深海の都の話   作:林屋まつり

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九話

 

「あ、あなたは、ばか、ですか」

 ぐるぐると目を回しす私。……衝撃だけで破損はないし、私達に怪我がないのは良かったですけど、

「いやあ、面倒でな。

 と、出てきたわ。小娘。そこにいろ。出てくるなよ。掃除してくるから」

「へ? って、正成っ?」

「隠れてろ。お前がいる事ばれるのは面倒だ」

「あ、はい」

 隠れろ、と言われても、……私はとりあえず助手席、ダッシュボードの下にもぐりこみました。今は、この小さな体に感謝です。

 そして、がちゃ、と音。扉が開いてするり、と正成は外へ。

「……正成」

 大丈夫、ですよね。

 きっと、大丈夫です。あんなふうに気楽に、大口叩いて出て行ったのですから、すぐに戻ってきます。

「戻って、きます、よね」

 ばれちゃいけない。今の私が出ても足手まといだから、正成の言う事は解ります。

 だから、静かにしていなければいけない。外の音は聞こえない。おそらく、この装甲車の密閉性ゆえ、でしょう。

 けど、それでも声を出していい理由にはならない。万が一の事がある。

 なのに、

「正成」

 小さく、呟きました。……一人、不安を抱える時間は思っていた以上に長くて、ただ、お願いします。

 無事、でいてください。

 

 がちゃ、と音。

「おう、待たせたな」

「正成っ!」

「うおわっ?」

 扉が開いて、声を聞いて、私は反射的に飛びついてしまいました。飛びついて、押し倒して、

「なんだっ? なにかあったか? 小娘っ、怪我は?」

 私に押し倒されて、警戒の表情であたりを見回す正成。……ふと、我に返って、

「あ、……わ、私?」

「なにもねぇな? どうしたんだ一体?」

 気がつけば私に押し倒されたまま、不思議そうな視線を向ける正成。

 どうしたって、それは、その、…………えっと、

「ま、正成が、……い、いえ、あの、な、なんでもないですっ!」

 心配だったから、いなくなってしまわないか、不安だったから。

 けど、そんな事、本人の前では言えないです。

「ったく、なんでもないなら突撃すんなよ。

 てか、小娘みたいな寸胴に押し倒されても嬉しくねぇよ。もうちょっと胸とか出てからにしろよ」

「な、…………」

 ひ、人が心配していたのにっ、なんて言い草っ!

「ばかーっ!」

「いたっ、なんで殴るんだよこの大馬鹿っ!」

「うるさいですっ、正成のばかっ! 正成が大馬鹿ですっ!」

「俺が何したってんだよっ!」

「うるさいっ! どれだけ心配したと思ってるんですかっ! いて欲しい人がいなくならないかって、そんな不安をどれだけ抱え続けたと思っているんですかっ!

 責任取ってくださいっ。この大馬鹿正成っ!」

「責任って何だよっ!」

「いいから黙って殴られなさいっ!」

「ふざけんな小娘っ!」

 

「意味わかんねえ」「意味がわかりません」

 げんなりと肩を落として歩く私と正成。……なんだったのでしょう、あの喧嘩は。

 ともかく、トラックを加賀に任せて、基地内をこつこつと歩く私と正成。なんていうか、

「静か、ですね」

「基地なんて言ってもほとんどは実験施設だからな。

 攻撃を前提とした場所じゃないから、警備の連中を薙ぎ払えばしばらく大人しくなる。研究成果の避難を優先してな。

 艦娘の避難は、まあ、やらないか最後かどっちかだろ」

「そう、ですか?」

「なくなれば資材を使ってまた造ればいいって認識だろうからな」

「あぅ、……そ、そうですよね」

 俯く。ぽん、と撫でられる。

「そういうのが気にいらねぇから来たんだろ。

 さっさと行くぞ。一階のどこぞにいるはずだからさっさと引っ張り出す」

「案外、警戒とかされないのですね」

「艦娘をそこま厳重に管理をする必要はないって認識だな。

 非公式の存在だから他者から奪い取られる心配もない。場所が場所だから逃げ出しても捕まえられる。艤装を外せば、まあ、数で対応すれば反乱をおこしても抑えられるし、反乱をおこすようなやつらでもない。それならさっさと実験場に出られるような場所にまとめて管理が利口だろ」

「非公式、ですか?」

 あまり、鎮守府の外は意識した事がないのですが。

「当たり前だ。艦娘なんてのが公式、ってか、民間に知れ渡ってみろ。……そうだな。護良曰くで、場合によっては南北朝や源平みたいな、……いや、どっちかっていえば安土桃山か、まあ、そんな戦争が起きるな」

「はあ? なんでですか?」

「民間企業が艦娘を量産するって話だ。

 多少は自覚しろよ。護良も言ってただろ? お前たち艦娘は兵器として見た場合、とんでもなく優れた存在なんだよ。資材や施設の奪い合い、権力争いを発端とする武力争い。他いろいろ。深海棲艦なんていなくても国が破滅するには十分な存在なんだよ。

 こんな施設が罷り通ってるのはその辺の事情もあるんだろうな」

「そんな事、……あるの、ですね」

 これが現実。認めるのは辛いけど、紛れもない、現実。

「ま、安心しろ」ぽん、と正成は俯く私を撫でて「そうなったらその前に俺たちが、……魔縁が国を滅ぼすから、気にするな」

「いや、それもどうなんでしょうか?」

 というか、

「国滅ぼすって、そんな凄いのですか?」

「俺は、……まあ、それなりだ。

 単純な攻撃能力なら顕仁と井上と守屋はけた外れだな。それに道真と豊浦が補佐で入れば、足りるだろ。単純に戦力で考えれば」

「五人?」

「俺も含めて魔縁は他にもいるけどな、護良とか、主君とか、あと、あの都の主、言仁とか。けどまあ、それだけで十分って話だ」

「凄いの、ですね」

「生者がこの国を滅ぼすのなら俺達死者が代わりに滅ぼしてやる。

 それだけの話だ。言仁のがきが生者と関わるとろくな事がないとか言ってたが、まあ、そういう事なんだろうな」

「私は、そこまで過激な関係は考えていませんが」

 特に生者と接したいとは思っていません。……戦艦大和として、過去の僚艦には会いたい気持ちはありますが。

 それでも、この身は深海棲艦。不要なトラブルを呼び込んでまで無理に会いたいとは思いません。

 そう、本来、死者と生者は関わるべきではないのだから。

「小娘、確か広い部屋あったな。見取り図」

「あ、はい」私は改めて左右を見て位置を確認「このまま、突当たりは結構広い部屋だったと思います」

「ならそこかな」

「そう思いますか?」

「一階なら出し入れもしやすいし、単純な兵器としてしか見ないのなら、大部屋に放り込んで一括管理のほうが楽だからな」

「…………それもそう、ですね」

 あんまりおもしろい想像ではありませんが、ともかく到着。扉に手をかけて「鍵、かかってますね」

「そりゃあそうだろうな、と」

 ……躊躇なく刀抜きました。

「か、刀ですか?」

「銃だと向こうにいるやつまで撃ち抜きかねないし、防弾性だとしたら跳ね返ってくるかもしれねえからな、と」

 がんがん、と何度か柄で叩いて、

「ふっ」

 鋭い呼気一つ。きんっ、と音。

「斬った?」

「斬った、さっさと開けろ」

「あ、はい」

 開ける、というか押すだけで、きぃ、と小さな音を立てて戸が開きました。

「だ、れ?」

 暗い部屋の中から声。え、と。

 その声、聞いた事がない。けど、解ります。

 だって、私は戦艦大和。なら、その声に気づかないわけが、ありません。

「矢、矧?」

 けど、その弱々しい声が、あまりにも不安で、

「その声は、大和、なの?」

「は、はいっ、大和ですっ

 えと、電灯は?」

 辺りを見て、手さぐりで、……見つけました。手を伸ばして電灯をつけて、

「矢矧っ?」

 その姿を見て、思わず、悲鳴のような声。

 部屋の奥に座る矢矧は、ぼろぼろ、でした。

 艤装はなく、体中に傷を負い、特に、左肩はなにかに撃ち抜かれたのか、じくじくと血が染みだして、そこを乱暴に包帯で止めただけ、

「こんなところで、感動の再会もない、けど、元気そうね、随分と可愛らしくなった、みたいだけど」

「そんな事より、そんな、……どうして、こんな」

「大和ですか?」

「祥鳳?」

 かけられた声、視線を向けるとなにかを持ってきた祥鳳。彼女はきょとんとして、

「どうして、こんなところに?」

「そうね。なんで貴女までこんなところにいるの? まさか、」

 二人の表情が暗くなりました。私はあたりを見て、誰もいない事を確認。一つ頷いて、

「私は、二人を助けに来ました」

「「へ?」」

 きょとん、とする二人。

「この施設の事は聞いています。

 だから、そんな酷いところから二人を連れていくために、私はここに来ました」

「い、いえ、……ちょ、ちょっと待ってください。

 連れていくって? あの、どこへ? 大和のいる鎮守府、ですか?」

「だとしたら、気持ちは嬉しいけど無理よ。

 私達が、ここにいるのは、鎮守府より上からの指示なの。……連れて出てくれたところで、また連れ戻されるのがオチよ。それに、貴女にも、貴女の所属する鎮守府にも害が及びかねないわ」

「私は、鎮守府に所属していませんっ」

「は?」「へ?」

 きょとん、とする二人。私はまっすぐにその二人を見据えて、

「私は、艦娘ではありません。

 深海棲艦です。今も、鎮守府とも、軍とも関係のない人のお願いを聞いてきました」

「ちょ、ちょっと待って、……え? 深海棲艦って、本当、なのですか?」

「私達が戦うべき深海棲艦とは違うかもしれません。

 けど、確かに艦娘ではありません。だから、この姿になっているのです」

「……た、確かに艦娘大和に比べると、随分と可愛らしいような」

 困ったような表情で祥鳳。

「そう、……けど、これは軍属としての指令でもあるのよ。

 ここで実験に付き合う事、っていうね。私に、軍務に違反しろっていうの?」

 困ったような、疲れ果てたような声で問う矢矧。

 ………………そんな声、聞きたくないです。

 確かに、彼女とともに戦ったのは戦艦だった時、けど、確かに僚艦として一緒にいた記憶があるのなら。

 絶対に、

「違反してもらいます。

 こんなところで、こんな風にぼろぼろになっているところなんて、私は見たくありませんっ! 嫌がっても、絶対に、連れだしますっ!

 艦娘としての使命なんて聞きませんっ、軍属の指示もっ、私は知りませんっ! 仲間が傷ついてるのなら、大和はっ、私はっ、絶対に助けますっ!」

「凄い、啖呵もあったものね。

 けど、連れだしてどうするの? 海軍が運営しているところよ? 鎮守府じゃなかったとしても、逃げ場なんてないわ」

「お寺があります。きっと、そこなら大丈夫です。

 加賀もいました。軍にはまだ見つかっていないって言っています。だから、大丈夫ですっ」

「そう」

「矢矧、私は、大和の言う事を信じてみようって思います」

「…………そうね。こんなところで実験台にされ続けるくらいなら、逃げたほうが、いいわね」

 疲れたような溜息。けど、矢矧はふらふらと立ちあがって、

「足手まといになると思うけど、頼むわね。大和」

「はい」

 

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