一話
奇跡を信じて行われた大破進撃。
そして、当たり前のように奇跡は起こらず、当然のように雪風は轟沈しました。
――――――こんな、幻視。
血のように・・・・・・・・。陰湿な、泥沼の・・・・・・・。
・内・・・蝋燭の青黒・・に・らさ・た、苔・・、・き、・ち・社。
そこで、・が嗤う。
――――――そんな、幻視。
夢を、みた。
駆逐艦、雪風の見た過去。
なけなしの食糧を全部引っ張り出して、あるだけの飲み物を机に並べて、
無事生還を果たした祝いの宴会。
宴会、なんて言ってもあるのは少しの食べ物と飲み物。準備をしているのは屈強な軍人で、酒がないだの食べ物が少ないだの、挙句の果てには男だらけで華がないだの。
けど、生きて帰れた事に皆さんのテンションはすっごく高くて、ただの水が入っただけのコップを掲げて乾杯。
一気に飲み干し、「うめーっ」と叫ぶ。「ただの水だけどなっ」と同僚の指摘に「うるせー」と笑う。
ただの水、アルコールなんてないのに、皆さん酔っぱらったように上機嫌で、
俺のおかげで先制攻撃を避けられた、と。声が聞こえればそんなわけあるか、と、笑う声。
俺の操舵能力は凄いだろ、と。声が聞こえれば雪風に無理させすぎだ馬鹿野郎、と、笑う声。
けど、最後に、
「やっぱ、雪風のおかげだよなっ!
さすがは奇跡の駆逐艦だっ」
その言葉に否定はない。みんな頷き、「「「我らが雪風に乾杯っ!」」」と、再度水の入ったコップを掲げる。
ただ、一つ。
雪風だけは首を横に振ります。
違いますよ。
奇跡の駆逐艦、そんなものは存在しない。
雪風は、ただの駆逐艦、鋼の塊を燃料で動かすだけの、ただの駆逐艦。
あのとき、先行砲撃を早期対応できたのは奇跡じゃない、休む間を惜しんで索敵を続けていた彼のおかげ、
あのとき、砲撃を回避し、一つの被弾も受けなかったのは奇跡じゃない、ごめんな雪風、と、謝りながら必死に舵を取った彼のおかげ、
奇跡の駆逐艦なんて存在しないです。あるのは、乗員が必死になって生きて帰ろうとした、その想いが出した結果だけ、
だから、駆逐艦雪風は、……その想いは微笑む。奇跡の生還なんて存在しない。全部、雪風が無事なのは、貴方達のおかげです。と、
――――そんな、夢を見た。
そして、目を開いた。
「あ、れ?」
目を開ける。目に飛び込んだ色は白。
「ここ、は?」
辺りを見ました。けど、なにもない白い部屋。外につながる扉が一つ?
ええ、と? と、かちゃ、と扉が開く音。
「あ、目、覚めた?」
「あ、はい」
両手になにか、いろいろな物を抱える男の子。どちら様でしょう?
「はじめまして、僕は言仁。
……それより、大丈夫? 体に違和感とかない? 痛いところは?」
「い、いえ、なにもないですよ」
「そう、けどちゃんと診るね。
いろいろと聞きたい事はあると思うけど、今は君の体調が重要だから、あとにして欲しいな」
「あ、え、はい」
確かに、聞きたい事はたくさんですけど、けど、彼、言仁の真面目な表情が気になって頷く。
痛みとかない、ですけどね。
「体を起してるならちょうどいいね。
ちょっと触るけど、痛かったら痛いって言ってね」
「わ、わかり、って、ええっ?」
反射的に下を見れば、素っ裸な雪風。これはちょっと、ないですよぉ。…………「へ?」
そこで、雪風は言仁の真面目さの意味を理解。
白い、凹凸の少ない肌。そこにある、ぽっかりと空いた、あ、な?
「な、なに、これ?」
さー、と。裸を見られた羞恥の火照りが、一瞬で冷めて青くなる。
「…………鏡、見る?」
遠慮がちに問われる言葉、雪風は、恐る恐る、頷きました。
知るのも怖いけど、確認しないのも、怖い。
用意されたのは大きな姿見。映し出されたのは下着だけの雪風。
華奢な体と、凹凸の薄い、白い肌。小柄な姿。
…………そして、左胸にぽっかりと空いた、掌程度の大きさの穴。
その空洞、その先、後ろの白い壁が見えている事を自覚して、
「んっ、うぐっ」
吐き気を必死に飲み込みました。だって、これ、何の戯画ですか? 何の冗談ですか?
ぽん、と背中を叩かれました。
「落ち着いて、吐いてもいいから。ゆっくり深呼吸をして、少しずつ落ち着いてくれればいいよ。
僕はここにいるから」
見た事もない子供に、ほとんど裸に近いまま軽く抱きしめられる格好。けど、今はそれでも有り難いです。
言われるままに、意識して呼吸を、口を開いたら何が出るかわからないから鼻だけで深呼吸。口の中にたまった酸っぱい感触を何とか押し戻して、小さく口を開いて、細い呼吸を繰り返して、
「も、もう、だいじょう、ぶ、です」
「うん、……まず、痛みとかはない? 違和感は?」
「な、ない、です」
穴のあいた左胸にも痛みとかはないです。体調に問題は、ありません。
「じゃあ、ちょっと触るよ。
痛かったら痛いって言ってね」
「あ、はい」
丁寧に、慎重に寝かせられて、触れられる。
「ん、あぅ。……ひぅ」
胸を触られる羞恥とか、くすぐったさはあるけど、我慢です。言仁も真剣な表情で触れていって、
「空洞の中に指を入れる。目を閉じて、痛みとかがあったらすぐに言って」
「ぇう、はい、です」
イメージとしては内臓を直接触れられるようなもの。けど、
目を閉じました。さすがに、自分の体の中に他者の手指が入るのは、かなり怖いです。
触れて、確かに触れられる感触。痛みはないです。ただ、普通に肌に触れられる、それだけの感触。
「痛くない?」
「い、いたくはないです。ただ、普通に触られてる感じがするだけで」
「なら、大丈夫かな。
うつぶせになって、背中も見るから」
「はい、です」
寝転がる。背中を見せて、またそこに触れられる感触。
くすぐったいけど、我慢我慢。丁寧に、慎重な指づかいは物凄くくすぐったいけど、それでも我慢です。
「痛みとかはないね?」
「はいです」
「なら、とりあえずは大丈夫かな。
念の為包帯を巻いておこうか。体を起して」
「はい」
そうするといろいろ見えるけど、もう気にしていられません。
体を起こし、穴を覆い隠すように丁寧に包帯を巻いてもらって、一息。
とりあえず、見た目の体裁は整いました。……はあ、それだけですけど、気分は楽になる物ですね。
「よかった。最初見た時はだめかと思ったよ」
「あはは、そうですよねえ」
…………気楽に笑ってますけど、この子供に思いっきり素っ裸見られちゃったんですよね?
笑顔が硬くなる、けど、仕方ないと割り切りましょう。彼にも邪念があったようには見えないですし。
さて、雪風は渡されたガウンを着ながら「じゃあ、質問いいですか?」
「答えられる範囲でね。いいよ。
けど、信じられない回答が多いと思うから覚悟してね」
「最初からそうきますか」
自分の体見た時からいろいろと諦めましたよお。けど、言仁は苦笑。
「経験則だよ。
大体みんな最初は信じられないって応じるからね。さて、まとめると二つかな?」
ぴっ、と言仁は指を二本立てました。
「一つ目、自分はどうなったのか?
二つ目、ここはどこか?」
「ご明察です」
経験則、ですよね。
「じゃあ、……ああ、そうだ。
君の名前は?」
「あ、雪風です。申し遅れました」
「雪風、ね。じゃあ改めて、僕の名前は言仁。
この都の長だよ」
「都、ですか?」
「ん、そうだよ。
場所は深海の異界、深海棲艦の暮らす都だね。名前は《波下の都》」
「……きょ、驚愕の言葉ですね」
「そういう君も深海棲艦だけどね」
それは、そうさらっという事ではないですよお。……けど、
けど、覚えてる。大破進撃、そして、当然の結末としての轟沈。
何より、さっき見た胸の空洞。あんなものが艦娘にあっていいわけがないです。
深海棲艦ならあり? …………えーと? あり、……でもないような気がします。
「すぐに納得してくれとは言わないよ。
ただ、ここはそういう場所という事は認識して欲しいな。雪風以外にもいろいろな娘がいるから、不要な衝突は避けて欲しいし」
「了解です」
確かに簡単には納得いきませんけど、
「あの、ここは、深海棲艦がたくさんいる、っていう事ですよね?
大丈夫ですか? 雪風、深海棲艦に袋叩きにされたら簡単に死んじゃいますよ?」
「うん、大丈夫だよ。
大体は君みたいな娘ばかりだから。君たちが戦っていた深海棲艦は、雪風以上に異形化が進んだ深海棲艦だよ」
「異形化、……これ、ですよね?」
左胸を示しました。
「そうだよ。轟沈した個所の修復、轟沈した艦娘の想いを叶える為の再構築。それが艤装も、本体も全部造り変えて、記憶も意思もほんとど再構築、艦娘だった過去を喪失した、そんな深海棲艦だね」
「そうですか。……じゃあ、この都にいるのは雪風みたいな、軽度、って事ですか?」
「そうだよ」
なるほど、なら、よかったです。
それで、
「貴方は、えと、言仁は艦娘でも、深海棲艦でもないですよね?」
「違うよ。僕は魔縁。
過去に死んだ人。で、今はこの都の長をやってるよ」
「……え? と、……ま、まあ、ここの代表って事ですね」
「立場なら、そうだね。……君たちの感覚だと提督とかが近いかな。
実際そういう愛称で呼んでる娘も多いよ。もっとも、海戦なんて何も知らないけどね。僕は」
「そうですか。……それで、えーと、どうしましょう?」
とりあえず、場所と自分の状況については、理解は出来ないまでも納得はします。じゃないとどうにもならない気がしますし。
けど、それでこれからは?
「ん、ご自由に。
暮らすための家はこっちで手配するから、あとは好きに暮していいよ。
深海棲艦なんだから燃料も必要ないし、暇なら仕事の斡旋もしてるから、やりたい事をやりなよ」
「それはまた、難しい注文ですねえ」
もともと、雪風たちは深海棲艦撃破のために造られて、そのためにいろいろやってきました。
けど、その目標をごっそりと失って、いきなり好きな事をやれって言われても、
こんな雪風の内心も、言仁はお見通しみたいです。彼は肩をすくめて、
「気持ちはわかるけどね。時間はあるからゆっくり決めていけばいいと思うよ。
都にはいろいろいるから、その娘たちと相談するのもいいし、大切な人が見つけられればその人のために時間を使うのもいいしね」
「それしかないですねえ」
「さて、もう大丈夫だね。
じゃあ、行こうか。まずは鎮守府、……なんて呼ばれてるけど、この都の中心、そこで雪風の家とかを手配するから、そこになれる事から始めるといいよ。ご近所さんとの付き合いもあるからね」
「そうします。あっ、家ですかっ?」
まさかの一軒家っ?
「みんな驚くみたいだね。
そうだよ。最低限の家具はあるけどそれ以上は働いて稼いだお金で買ってね」
「了解ですっ」