深海の都の話   作:林屋まつり

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三話

 

「おーっ、これは壮観ですねー」

「すごい」

 思った以上に広い中庭。その中央にはあの、巨大な樹。

 ちなみに、根元付近が透けています。向こう側が見えます。そして、その周囲。

「なんですかあれ? 棒?」

「八剣宮。中央にあの樹の基盤の《くさなぎの剣》があるよ。

 壊さないでよ? 私はこの都が気に入ってるから、全力で妨害するよ」

「はーいっ、その時は夕立も助太刀するわっ!

 もう、悪夢は見るつもりなかったけど、それも必要なら、思う存分、悪夢を見せてあげるわ」

「い、いや、さすがにそんな事はしませんよ」「ですよねー」

 ……いや、本気で怖いですよお二人さん?

 言葉の途中からがらりと雰囲気が変わった夕立も、何も変わらないけど雪風の本能が全力で警鐘を鳴らし始めた響も、

 雪風と似たようなものを感じたのか、大和さんも慌てて手を横に振っています。

 ともかく、落ち着けー、と深呼吸。……「なんか、空気がいいですね」

「あ、そうですね」

「だからここは皆の憩いの場だよ。

 暇な深海棲艦はよくここに集まるよ。金剛がお茶会を開いたりね」

「あっ、金剛のおばあちゃんもいるんですかっ?」

「…………それ、金剛本気で泣くっぽい。前試してみたら泣きながら首絞められたわ」

「あい、自重します」

 ちぇっ、一回呼んでみたかったのですけど。

「そうですね。延暦寺みたいです」

 深呼吸をしながら大和さん。

「延暦寺? 比叡山のですか?」

「比叡さん? 比叡もいるっぽい?」

「いや、いないはずだよ」

「…………えと、ちょっと気持ちの整理ができるまでは、会いにくいというかあ」

 どうしても、昔の記憶は引きずってしまいますね。いや、それで気まずくなるのもごめんですけど。

 昔を否定したくもありませんし、大切な思い出もあるのですから。

「それと、違いますよ夕立。

 延暦寺って、比叡山っていう山にあるでーっかいお寺です」

「山? 比叡って山なんだ」

「私達のモデルとなった艦船の一部の名前に山の名前が使われていたはずだよ。確か」

「っていうか、あれ? 雪風が知っているのが意外なのですけど」

「駆逐艦だったころに乗っていた人が話してたんですよ。無事生還を祈願してきたとか。

 それだったら住吉大社行けって怒られてましたけどね。……いや、懐かしい思い出です」

 そっと、胸に手を当てて思い出す。いつかの、昔のお話し。

「あ、なるほど」

「雪風は、そっちの記憶も結構残ってるんだ」

 意外そうに響。昔の、駆逐艦時代の記憶について、

 いろいろらしいです。縁の深かった艦船の記憶は強く残り、姉妹艦は会った事なくても既知のように接するでしょう。

 けど、雪風は少し違っていたいみたいです。

 もちろん、記憶に残っている事はあります。比叡さんの事とか、同じ、陽炎型の皆さんの記憶も、……けど、それと同じくらい、記憶に強く残っている過去。

 とても、嬉しい記憶。

「そうですねえ。結構、駆逐艦雪風の乗組員の記憶も残ってますよ。

 いやあ、いい人たちでしたねえ」

 

 奇跡じゃない、死神なんて言わせない。

 俺たちを確かに還してくれるお前は、俺たちの誇りだ。

 

「そうですか」

「むー、夕立はあんまり覚えてないっぽい」

「私もだよ。よほど印象が強いんだろうね」

「そうですねえ」

 頷く。

「さて、」響は振り返って「司令官も、大鳳もまだ来ないし、少しここでのんびりしようか」

 すとん、と腰をおろしました。「夕立も賛成っ」と、夕立も芝生に座る。

 こうなると突っ立っているのも馬鹿らしい。雪風は大和さんと一度顔を見合わせて、微笑で二人に続きました。

 

 寝転がって爆睡を始めた夕立をくすぐって起こしました。可愛い悲鳴を上げて起きた夕立の抗議、けど、

「食べないなら食べないでいいわよ」

 カートを押してきた大鳳の言葉に態度一変。

「食べるっ、雪風っ、起こした事を感謝するっぽいっ」

「素直に感謝してくださいよお」

「起こし方がひどかったから感謝はしないっぽい」

「どっち?」

 まあともかく、大鳳が作ったサンドイッチとかを広げて、すとん、と一緒にいた言仁と大鳳も座りました。

「ここ、気に入ってくれた?」

 雪風の隣に腰を下ろした言仁。

「はい、憩いの場っていうのも解ります」

「それならよかった。

 そう言ってくれると創った甲斐があったよ」

「え? ここ、言仁が創ったのですか?」

「豊浦とかにも手伝ってもらったけどね。

 ただ、みんな喜んでくれてるみたいだから、僕も嬉しいよ」

 本当に嬉しそうな笑顔。

「なんで都を創ろうって思ったのですか?」

 ふと、気になって聞いてみました。雪風は言仁の事をよく知りません。

 死者、と言っていましたけど人なら深海棲艦はむしろ忌避の対象な気もしますし。

「そうだねえ。見てみたかったから、かな。

 御婆様が波の下にも都、海の底にも極楽浄土があるって言って、海の底に来たんだけど、そんなものなかったから見てみたくなって、ちょうど、」言仁は中央の樹を示して「《くさなぎの剣》も手元にあったし、やる事もなかったからね」

「ちょ、ちょっと待ってください? 海の底に来たって、人が、ですか?」

 それって、……「そうだね。御婆様に連れられて海に飛び込んだ。人としての言仁はそれで溺死したよ」

「そ、それはそんな、さらっと語っていいような事じゃないと思いますよ?」

 御婆様に連れられてって、心中ですか?

「ん、まあいいよ。過去の事だしね。

 それに、僕は今、皆と一緒にいられてすっごく嬉しいよ」

 にっこりと満面の笑顔。幼いけど整った顔と相まって、その威力は高くて、「轟沈、二、大破、一」

「ですねー」

 しゅーっと、そんな擬音が似合いそうな大鳳と響、照れくさそうにもじもじしている夕立です。

「あう、……提督さんの言う事、たまに、心臓に悪い、っぽい」

「そうかな? 僕、変な事言った?」

「自覚ないんですか?」

 我がことながら、微妙な笑顔の自覚あります。対して言仁は首を傾げて、

「変、かな?

 夕立も、可愛いし、お話ししてると楽しいから好きだし、一緒にいる事がすっごく嬉しいってだけなんだけど」

「…………ひぁぁああああああ」

 顔を真っ赤にして変な声が夕立から漏れました。

「轟沈、三」「なむー」

 肩を落とす雪風と大和さん。言仁は理解できなさそうに首を傾げました。

 

「はぅう、……提督さん。なんか、ずるい、っぽい」

「ある意味無双ですね。あの子供っぽさ」

「っぽいー、……はあ、子供っぽい好意、ってのは解ってるんだけどね」

 小さい男の子が一緒に遊んでる女の子に好き、って言っているような感覚ですね。

 とはいえ、それがわかっていても、「乙女ですねえ」

「はう、ゆ、雪風、あんまりからかわないでくれると、嬉しい、わ」

「恋する女の子の乙女心をいじるなんて、そんなひどい事はしませんよお」

 多分。

「それにしても、改めて不思議な都ですねえ」

「同感っぽい。夕立はもう慣れたけど」

「そういえば、ここって夜とかあるんですか?」

 周囲の光は、陽光によるものじゃありませんよね。

「ううん、ないっぽい。だから、」夕立は左手につけた時計を見せて「時計はあった方が便利っぽい。寝る時間とかわからなくなるっぽい」

「ですよねえ。……お金、必要ですか?」

 買うとなると、夕立は笑顔で雪風の肩を叩いて、

「応援してるっぽい」

「…………くぅ、便利な生活には労働が必須ですか」

 と、

「あだっ?」「きゃうっ?」

 はあ、と空? を見上げた雪風のお腹にぶつかる小さな頭。

「あ、いたた。

 あう、ごめんなさいなのです。ごっちんしちゃったのです」

「い、なず、ま、っぽい?」

 不思議そうな夕立の声。改めて視線を向けると、

「あら」

「あー、えーと、……なのです」

 困ったように頬を掻く電。雪風や夕立と違い、その異形化は、その、……変化が、大きいです。下半身が蛇みたいになっています。

「電っ、大丈夫?」

 後ろから声。雷、けど、彼女も左腕が完全に作りかえられています。

 華奢で小柄な彼女に不釣り合いな、大きな、鉄のような巨腕。

「雪風と、夕立?」

「う、うん」「その通りです」

「そう、はじめまして、雷よ」「電なのです」

 ぺこり、と頭を下げる二人。

「それで、おふ「電っ、お仕事残ってるわよっ」あ、はいなのですっ」

 笑顔で話を続けようとした電を遮る声。雷は勢いよく頭を下げて「雷と電はお仕事中なのっ、ごめんね。また後でっ」

「また後でなのですっ」

 お仕事? と、見れば後ろに大きな台車。ぱたぱたと雷は台車に乗り、電は台車から伸びた紐を手にして、

「ではっ、出発なのですっ!」「出発進行ーっ!」

 するすると、山と積まれた荷物と雷を乗せた台車はスムーズに出発しました。台車を引く電も、重いと感じているようには見えないです。

「あ、そうだ。雪風、夕立、お仕事終わったら遊びに行っていい?」

 ふと、問われた言葉。雪風はもちろんオーケーです。電も立ち止ってくれたので住所を見せる。「あ、思ったより近そう」と、雷。

「ここなら知っているわ。じゃあ、あとでね」「またあとでー、なのです」

 するすると行ってしまいました。「…………運送屋さん?」

「っぽい」

 

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