深海の都の話   作:林屋まつり

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二話

 

「ここ?」

 《波下の都》の中央、あの、大樹の根元にある一際大きな建物。

 大きな門と、その門に背を預ける、深海棲艦。

 大きな二つの装甲甲板と、彼女自身よりも大きい、巨大な砲塔がある真っ黒な艤装を持つ彼女。

 するすると電は彼女に向かう。

「こんにちわ、大鳳さん」

「ん、……ああ、こんにちわ。電。

 どうしたの?」

「雷を司令官さんに紹介に来たのです」

「そう」大鳳は微笑んで「雷ね。私は大鳳、見てのとおりで、いまはここの警備とかをしているわ。私はいつもここにいるから、用があったら来なさい」

「ええ、わかったわ」

 いろいろ不慣れだし、協力してくれるのは嬉しいわ。

「それじゃあ、お邪魔します」

「お邪魔するのです」

「お邪魔しマース」

「ええ、ようこそ、……あんただめ」

「グエッ?」

 笑顔で見送ってくれたけど、最後、横をすり抜ける金剛の襟首をつかみ引っ張る大鳳。

「な、なにするデースっ!」

「なにするじゃないわっ!

 貴女、前に来た時提督を抱きしめたらしいじゃない?」

「当たり前の愛情表現デース。

 大好きな人を抱きしめるのは当然デスっ! それを邪魔する気デスカ?」

「当たり前よ。

 好きな人を抱きしめたいのは確かに自然なことね。……けど、他の女が抱きしめるのは、面白くないの」

「はっ、懐が狭い女デス」

「独占したいっていうのは当たり前の事よ。

 貴女みたいに好きな人にべたべたくっつく女に、会わせたくないの」

「ちょうどいいデス。

 ここで貴女がいなくなれば、代わりにワタシがテイトクの傍にいれマス」

 し、深海棲艦同士が本気で睨みあうって、……なんか、艦娘同士が喧嘩するより怖いわね。

「は、はぅうう」

 おろおろする電を抱きしめて撫でる。……あ、ごめん、左手使っちゃった。痛そうだったわね。

 と、睨みあう金剛と大鳳の間に声。…………って、え?

「止れ、二人とも、ここでの喧嘩はご法度だよ。

 司令官に面倒をかけるつもりなのかい?」

 白、白、小柄な、純白の少女。

 白のワンピース。白のソックス。白の靴。雷たちとは違って、深海棲艦みたいな異形が、どこにもない。

 けど、

「ひび、き、……なの?」

 ぽつり、漏れた言葉に白い少女はこちらに顔を向ける。……その目は、包帯に覆われている。けど、

 その驚きは、わかる。

「驚いた、雷、…………なのかい?」

「うん、……あの、響、だよね?」

「Верный、……いや、そうだね。響でいいよ。

 会えて幸いだ。雷」

「チ、チガウノデスっ、ワタシはテイトクに会いに来ただけなのデスっ

 この女が邪魔をするのデス」

「ちょ、私だけのせいにしないでよっ」

「…………大鳳?」

「う、……ぐ、…………か、勝手にしなさいっ」

「気になるなら大鳳も来るといいよ。

 司令官は咎めたりしない」

「……そうね。ここで待つよりはそっちの方が健康に良さそうね」

 じと、と金剛を睨む大鳳と舌を出す金剛。響は溜息。

「じゃあ、行こうか。

 それと、雷、電、時間はあるかい? 私も話がしたいんだ」

「わかったわ。……って、いーなーずーまー」

「はうぅうう」

 そろそろ離れてもいいわよ? 電。

 

 響は目を包帯で閉ざしたまま、すいすいとここ、便宜的に鎮守府、って呼ばれているらしい、ここを歩く。その途中で、聞いた彼女の事。

「私は司令官の秘書艦をしているよ。

 もっとも、秘書、という方が的確かな。艦としての働きなんて何もしてないからね」

「そう、……その、響も、深海棲艦、なの、よね?」

「ここに艦娘はいないよ。

 司令官の秘書をしている私が言うんだ。信頼していい」

「そう」

 けど、あんまり、そうは見えない。深海棲艦として異形な部分。響にはそれがない。

 純白。白いワンピースを着ているせいか、その印象が強い。

 苦笑。

「私が、あまりそうには見えない。かい?」

「うん」

「まあ、そう思うだろうね、こんな姿だからね。

 けど、私にも異形の部分はあるよ」

「目?」

 包帯に覆われ、隠された場所。たぶん、そこ、

「その通り、ただ、……これで勘弁してくれないかな?

 その、……私も女の子なんだ。あまり、異形な姿は見て欲しくない」

「そうだよねえ」

 その気持ちは、雷も痛いほどよくわかる。雷だって、こんな不格好な左手、隠したいもん。

「それで秘書が務まるのデスカ?」

 金剛の問いに響は悪戯っぽく笑って、

「その時はちゃんと包帯をはずしているさ」

「提督と一緒にいるときだけね。

 私も、付き合いは長いけど響が包帯をはずしたところ、見た事ないわ」

「私の異形化は特殊なんだ。大きな変化がないこと、あまり羨まないで欲しい。

 隣の芝生は青い、…………ってあってるかな? 私としては君たちのほうが羨ましい。隠す事が出来るのが唯一の救いだよ」

「そうなの?」

「鏡見て真っ先にやろうとした事は、眼球ごと自分の顔を見て覚えた脳を破壊しようとした事だった。

 司令官に止められたけどね」

 苦笑気味に語る響。けど、羨むつもりは、ない。

 隠せる事はいいなあ、って思うけどね。

 ともかく、響を先頭に雷たちは建物、鎮守府の中を歩く。

「結構、ちゃんとしているのね」

 意外。綺麗。

「ちゃんと掃除しているからね。……困ったものだよ。

 司令官自身が掃除を始めるんだ。やる事があるからそういった雑用は秘書の私がやるべきだと思うのだけどね」

「秘書は秘書らしくしなさい。

 提督の仕事を補佐するのが貴女でしょ。そのくらいの事は私がやっておくわ」

 響の頭を肘で小突いて大鳳。小突かれた響は苦笑して、

「いや、私がやりたいんだ。私が掃除をすれば司令官に褒めてもらえるし、頭を撫でてもらえる」

「それが目的なの?」

「その通り、深海棲艦は艦娘とは違って私利私欲で動く。私だって例外じゃない」

 響は笑う。

「敬愛する司令官に褒めてもらうのは、私の一番の楽しみなんだ。

 これは譲れないね」

「……うう、敵が多いデス。

 けど、大丈夫っ、テイトクっ、絶対にテイトクのHeartはワタシがGetデスっ」

「何言ってるのよ。貴女なんてお呼びじゃないわよ。

 て、提督には私がいるから、それで十分なのよ」

「……その、司令官。好かれてるのね」

「あははは」

 電は困ったように笑い、けど、するり、と。異形と化した下半身に視線を落として、

「こんな姿になっちゃった電たちも、受け入れてくれるのです。

 だから、皆すっごく感謝しているのです」

「そうだね。……まあ、御自身も、魔縁っていう、深海棲艦より恐ろしい存在だからって言ってたけど、異形となった私たち、深海棲艦をわけ隔てず受け入れるのは驚くよ」

 そうだね、と。雷は異形と化した左腕に触れる。

 こんな姿でも、ここにいていいよ、って言ってくれるなら。

 嬉しい、な。…………響は一際大きな扉の前で足を止める。

「さて、ここだ。入るよ」

 そして、扉が開かれた。

 

「司令官、新しく来た娘を連れてきたよ」

 響が雷を示す。そして、その先。

「新しい? ああ、電が出迎えに行った娘かな?」

 立ち上がる。「…………って、子供っ?」

 なんか、雷よりちっちゃい? ……いや、同じ年、くらい? あれ?

「テイトクーっ」

「っと、わっ?」「ああっっ?」

 さっそく駆け寄った金剛がその子供を抱き上げて、抱きしめる。

「んー、会いたかったデスっ」

「会いたかったって、金剛。一昨日「金剛っ! 離しなさいっ!」」

 突き飛ばすように大鳳がその子供を金剛から奪い取る。そのまま抱きしめる。

「大丈夫ですか? 提督、お怪我はありませんか?」

「大丈夫だよ。

 だから離してくれるかな?」

「ふふ、いやです。出来るなら、ずっとこうしていたいくらいです。

 だ「Assaultオオっ!」きゃああっ!」

 ダッシュしてジャンプして打撃して大鳳を吹き飛ばす金剛。……そのまま取っ組み合い。

「やれやれ、まったく賑やかだね司令官」

「…………うん、そうだね。ところで、響?」

「ん?」ぎゅーって抱きしめてる響は幸せそうな笑みで「いい機会なんだ。このままでいさせてくれないかな?」

「………………新しい娘、って?」

 雷、なんか置いてけぼりなんだけど、

「…………いや、忘れてはいないよ」

「うそなのです」「うそだわ」

「……………………さて、司令官。彼女は雷だよ。私の妹に当たるのかな」

「そう、」彼は穏やかに微笑んで「僕の名は言仁、司令官、なんて言われてるけど、まあ、この都の代表だよ。戦争に駆り出すつもりもないし、約束事を守ってくれれば君たちの生活に口を出すつもりはない。平和に、暮らして欲しいな」

「……言仁、ね」

 雷は、意識して異形と化した左腕を差し出す。……はあ。

 予想はしていたけどね。こっちの考えている事はお見通し、みたいだわ。

 彼は躊躇なく雷の、異形と化した手を握る。不釣り合いに大きな手に、言仁の小さな手が触れる。

「怖くないの、ね」

「僕は魔縁、……こんなこと言ったら傷つくかわからないけど、あえて言わせてもらうとね。

 君たち、深海棲艦よりずっと恐ろしい存在だからね」

「そうなの? 雷はそうは見えないわ」

「電も、……あの、司令官さん。すごく、優しい人、なのです」

 少し照れくさそうに電。司令官、えと、言仁は柔らかく微笑んで「ありがとう」

 おいで、と手招き。するすると寄ってきた電を優しく撫でる。電はくすぐったそうにして響が、む、とする。

「それに、僕が恐ろしいとか、雷にはあまり関係ないことだよね?」

「まあ、そうね」

 雷も深海棲艦。今更、恐ろしい存在だって言われても忌避はない。

 妹や、新しく知り合ったみんなとの平穏さえ守ってくれるなら、それでいいわ。

 だから、と言仁は雷に手を広げる。

「ようこそ、僕の都へ。

 僕はここの長として歓迎するよ。なにか必要な物があったら言って欲しい。出来るだけ便宜を図るから、……もちろん、ある程度は働いてもらうけどね」

「そうよね」

 無料で何もかももらえるなんて、さすがにそこまで都合がいいって思ってないわ。

 それに、頼ってもらうのは、嬉しい、し。まあ、無理な事は言わないと思うけど、……「ぎゅ」

「どうしたの? 響」

「いや、手を広げてたから。

 抱きしめてくれるって言う事だよね?」

「………………君は自由だねえ」

 

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