「おおっ、これぞ一軒家、雪風の家ですか?」
「っぽい」
早速鍵を開けて家の中へ。
二階建、居間と台所と、御風呂、もう一室、二階にも三部屋。「広いですねー」
「同居している娘も結構いるっぽい。三人くらいは余裕っぽい」
「そうですね」
だから、一人暮らしには少し広すぎる気もしますけど。……これって、かなり贅沢な悩みですか?
ふと、……時津風、という名を思い出す。もし可能なら、…………いえ、止めておきましょう。
彼女と一緒に暮らす、というのもいいかもしれませんが、それは彼女がここにいる事、彼女の轟沈を期待する事になります。それは、願っていい事ではありません。
けど、もし再会する事が出来たのなら、もし、彼女がここに来るのなら、その時は雪風が出迎えましょう。言仁の言う危険性は解っていますけど、それでも、です。
「生活に必要な一式はそろっている、っていう感じですね」
壁掛け時計を見て呟く。二階の部屋にはお布団もありました。
「うん、これ以上を求めるなら働くっぽい」
「ぉおう、世の中金ですか。世知辛い世の中です」
「むしろ働かないでいろいろ欲しがるのは我が侭っぽい」
「ですよねー」
「けどまあ、」夕立は時計を見て「おゆはんは夕立が出してあげるっぽい」
「おお、ありがとうございますっ
お代は出世払いで」
「うむ、雪風は働くっぽい?」
問いに、雪風は苦笑。
「暇ですからねー」
実をいえば、内装の充実とかに興味はありません。……多分、働く必要はないでしょう。
けど、それでも、何もやらずここでぼんやりとしているのは、正直、苦しいです。
「鎮守府で大鳳が働く先を探してくれるっぽい。
落ち着いたら行ってみるといいわ」
「そうします」
どんなお仕事があるのか、……雷や電の運送屋さんみたいに体力使うお仕事は、ちょっと厳しいですけど、むぅ。
「鎮守府でお仕事とかいいですね」
あんまりきつい労働とかなさそうですし、…………「な、なんですか? 夕立」
ふるふると震える夕立。瞳の色が変わったときみたいな寒気のするようなのとは違う。えーと?
「鎮守府の常勤は、……物凄い競争率のお仕事っぽい。
っていうか、響と大鳳に抑えられて誰も出来ないっぽい」
「…………ああ、なるほど、言仁、人気ありそうですからねえ」
「はあ、それに秘書は響で決定って提督さんが言ってるぽいっ……いいなあ、夕立も提督さんの秘書になりたいぃ」
がくーっ、と肩を落とす夕立。……響。
「響って、雪風と同じ深海棲艦、ですよね?」
なんとなく、違う気もしますけど。
夕立は、ぷぅ、と少し可愛らしく頬を膨らませて、
「ちょっと違うっぽい。
なんでも、提督さんが直接改装したっぽい。それで、なんかもう、深海棲艦としても規格外とか、大鳳が歯ぎしりしてた」
「歯ぎしり?」
「だって羨ましいっぽい」
「まあ、そう、……かもしれませんね」
うむむ、恋する女の子は難しいです。……たぶん、言仁も解ってないでしょう。
というか、あのお子様はそういう事を解っているのかどうか?
夕立と雑談。そろそろ夕食と思ったところで、戸がたたかれる音。
「雷よ。遊びに来たわ」「電もいるのです」
「はーい」
遊びに来るといっていましたね。雪風は玄関を開きました。するすると入ってくる電と、「うう、邪魔」
大きな腕に難儀する雷です。
「あっ、夕立っ」
「そろそろこんばんわっぽい」
「こんばんわなのですっ」
さて、
「どうしますか? いっそのこと皆で夕食に行きますか? ……夕立もちで」
「ええっ?」
「賛成っ」「なのですっ」
「ちょ、ちょっと待つっぽいっ、待ってっ、夕立っ、そんなにお金持ってないっぽいっ!」
というわけで、雷と電、夕立の割勘となりました。
「くう、絶対に雪風の出世払いで取り立てるっぽい」
「大丈夫ですよお。借りっぱなしも性に合いませんし。
けど、すぐ見つかりますか? お仕事、雪風はあまり力仕事は向いてないですけど」
「求人はたくさんあったわ。
雪風は明日行くの? それなら雷も一緒に行ってあげるっ。存分に頼っていいわよっ」
むんっ、と胸を張る雷、傍らで電がメモを開いて、
「明日は、……あ、午後からなら大丈夫そうなのですっ」
「……………………ご、午後から存分に頼っていいわよっ」
「はい、お願いしますね」
せっかくの好意ですからね。…………「あ、あれですか?」
食事処、という暖簾。
「そうなのですっ、鳳翔さんがご飯作ってるのです」
「ほう、それは楽しみです」
暖簾をくぐりました。結構、盛況みたいですね。
//.鈴谷
さて、と。そろそろ夕飯かな。
食べなくても問題ないけど、やっぱ三食は大切だし、と。言うわけで台所へ。と、
戸を叩く音。
「はいはーいっ」
こんな時間に誰だろ、ともかく玄関へ。そこで、
「鈴谷、言仁だよ。
こんな時間だけどいいかな?」
へ?
「て、提督っ?」
ちょっ、なんでこんな時間にっ? 夜戦カッコカリ? ちょっと待ってっ? 心の準備がっ! いやじゃないけどっ! どっちかっていえば歓迎だけどっ!
じゃなくてっ、視線を落とす。……やばっ、仕事着のままっ?
「ま、待ってっ、ちょっと待ってっ! 着替えるから待ってぇえっ!」
「? 大した用事じゃないから別にいいけど」
いいわけないでしょっ!
「……えーと、お待たせしてごめん」
大急ぎで着替えて戸を開ける。提督は変わらぬ笑顔で「ううん、いいよ。僕こそごめんね。変な時間に押し掛けて」
申し訳なさそうな声。困ったような表情。うう、抱きしめたいよー
けど、一応自重。
「それでどうしたの提督?」
「うん、今夜一緒にいていいかな?」
「ふ、あ?」
え、ほんとに夜戦カッコカリ?
思わず硬直する鈴谷に、提督は申し訳なさそうな表情で、
「急な事で申し訳ないんだけど、今夜は鈴谷のところにいたいんだ。
だめ、かな?」
「ぜ、ぜぜ、全然大丈夫っ! むしろ歓迎っ、さ、ささ、上がってっ」
「うん、よかった」
にぱっ、と笑顔。……鈴谷、今夜大丈夫かな? ……と、ともかく、
「あ、あはは、その、散らかっててごめんね」
あんまり掃除とかしてないし、ちょっと恨めしい。来るって解ってれば、一日頑張って掃除して綺麗にしたのにぃ。
「僕は大丈夫だよ。けど、」提督は少し咎めるような表情で「あんまり散らかってると大切な物なくしちゃうから気をつけてね」
「はーい」
うう、否定できない。たまに物なくすし。
「提督、御夕飯は?」
「あ、…………あ、あはは、ごめん。鈴谷のところに早く来たくて忘れちゃった」
ばつが悪そうに笑う提督。………………ああもうっ、可愛いっ!
ともかく、落ちつけ鈴谷。鎮守府常勤の響と大鳳がほんと羨ましい。
「鈴谷もこれから作るところだったし、一緒に作ってあげようか?」
「ほんとっ、ありがとっ」
嬉しそうに顔を輝かせる提督。
で、
「あ、あははー、ごめんね。遅くなっちゃって」
というわけで、夕食、随分時間かかっちゃった。……いつもの倍くらい時間かかったかも。
仕方ないよねえ。と鈴谷の中だけで言い訳。……だって、やっぱり、好きな人に食べてもらう料理って、その、……作るの、緊張するし。
「そうだね。ずいぶん遅かったけど、どうしたの?」
「あ、…………あははー」
そしてもちろん、当人にその事を言える度胸はない。……こういうとき金剛とか羨ましい。
まあ、だから、
「……ごめん」
曖昧に笑ってごまかすしかない。……はあ。
内心で溜息をつく鈴谷、けど提督は柔らかく微笑んで、
「謝る事はないよ。……じゃなくて、どっちかっていえば感謝かな」
「ほえ?」
それこそ場違いな気がするけど、けど、提督の表情は変わらなくて、
「遅かったっていう事は、いつもはもっと早く作れたんでしょ?
なんでいつもより遅くなったか、僕がいるからだよね? 僕に気をかけて、時間をかけてくれたんだから感謝するのは当たり前でしょ?
それとも、僕に意地悪したかったの?」
「そ、そんなわけないしっ」
反射的に否定。提督は頷く。
「もちろん、鈴谷がそんな事をする娘じゃないって解ってるよ。
だから、感謝。僕に気を使ってくれてありがとう。鈴谷」
「う、うん」
ありがと、と言葉とともに極上の笑顔。……ほんと、反則だよ提督。
提督が来た理由は夜戦カッコカリじゃなかった。……いや、まあ、そーだよねえ。
「雪風ねえ」
鈴谷の隣の家。空き家だったけど今日来たらしい雪風が入るみたい。
まあ、それはいいんだけど、
「ちょっと前に、眠ると暴走する娘がいてね。
今回の雪風もそうとは限らないけど、一応、近くにいておこうって思ったんだ。なにかあってからだと遅いから」
「そうなんだ。……って、それなら一声かけてくれればいいのに」
もちろん、そういう理由であっても提督が来てくれるのは嬉しい。一緒にお話ししたりするのは楽しい。
けど、提督が来た理由は危険に備えるため、そして、それは、……なにかあったら、自分が危険と相対するって言ってるよね。
それは、正直、止めて欲しい。だから、
「なにかあったら鈴谷が何とかするし」
「ん、だめ」
即答で否定っ?
「え、えーと、……鈴谷って、信用、ない?」
それは、ちょっと寂しいけど「うん」
……即答で肯定って、…………うわ、泣きそう。
「鈴谷、さっき言った暴走した娘はね、大鳳でも勝てなかったよ」
「う」
大鳳、……装甲空母。単純な性能だと鈴谷よりずっと上。おまけにここの大鳳は艦載機をいろんな形にできる。
鎮守府の常勤は伊達じゃない。すっごく強い。……その彼女が勝てないってなると。確かに、鈴谷じゃあ厳しいかも。
「鈴谷の事、僕はいい娘だって思ってる。明るくて可愛い、僕の大切な人だよ。
だから、相対するとき戦力に不安があるなら絶対にそんな事はさせない。完全勝利の確信がないなら戦闘に対する信用はしない。だから、鈴谷には任せない。絶対に、君を傷つけさせたりはしない」
真剣な表情で語る提督。…………けど、なんか、ところどころに凄い事を言われたような。
「け、けど、鈴谷も、提督に傷ついて欲しく、ない、し」
「それに関してはお互いの言い分だけどね。
けどね、鈴谷」
そっと、鈴谷の唇に指があてられる。提督は、優しく微笑む。
「僕は深海棲艦や艦娘ごときには負けない。
その不信は、不敬だよ。小娘」
「ふ、……あ、あ、は、はい、ご、ごめんな、さい」
口が勝手に言葉を紡ぐ。多分、顔は紅潮しているか蒼白かどっちか。
提督は頭を撫でて「心配してくれるのは嬉しいよ。けど、僕を信じて、何があっても、僕は絶対に大丈夫だから、ね」
「う、……うん」
頭を撫でられるのは心地いい。その感触に身を委ねながら、落ち着いて―、落ち着いて―、と深呼吸一つ、二つ。
胸に手を当てる。やたらと響く鼓動。もう一度深呼吸。
「あ、そうだ。けど、僕も鈴谷に謝らないと」
「え? 提督が鈴谷に? なにを?」
謝られるような事はされてないけど、……いや、来てくれた事だけでも嬉しいし。
提督は困ったような表情で頬を掻いて「いや、ほんとの事を言うと鈴谷のところに来る必要って、なかったんだ。ほら、雪風の家の逆隣、空き家でしょ? そこでもよかったんだし」
「ああ、そういえばそうだよね」
「けど、まあ、僕のわがままで鈴谷のところに来ちゃった。
家族っていいよねー」
楽しそうに笑って告げる言葉。家族、か。
無人の家ではなくて誰かのいる場所。そっちの方がいいって気持ちは鈴谷も解る。
その誰か、家族。……うんっ、それ、すっごくいいかもっ!
「あはっ、うん、そうだねっ!
あ、じゃあ、提督は皆のお父さん?」
この都の長だしね。家族、っていうのが鈴谷も含めたこの都の皆を示すなら、長である提督はお父さん、って思う。もちろん、見た目は鈴谷より小さいけどね。
けど、提督は頼りになるし、いろいろ面倒も見てくれる有り難い人。だから、家族でも頼りになって慕われるお父さんって役割は間違えてない。
そして、出来ればその伴侶は鈴「あ、それ前に響が言ってた。それで、お嫁さんは響だって」…………おい。
「鈴谷?」
「…………うー」
「どうしたの?」
確かに、響は秘書だし、……けど、鈴谷は絶対に認めないわっ!
一気にテンション下がったあ。提督は首を傾げる。
「まあ、そういうわけで、僕の我が侭でお邪魔します。
あ、そうだ。鈴谷、我が侭のお詫びに僕が出来る事なら何でもしてあげるから、鈴谷からも我が侭言っていいよ」
「ふあっ?」
な、なんでも我が侭一つ言っていいのっ?
「て、て、提督っ、あんまりそういう事ほいほい言っちゃっていいのっ?
ちょっと警戒心なさすぎないっ?」
「失礼な事言うね鈴谷は」むぅ、とちょっと拗ねたように唇を尖らせて「誰にだっていうわけじゃないよ。けど、鈴谷の事、信じてるから」
…………ごめん、夜戦カッコカリとか考えてごめんなさい。
信頼の眼差しを受けて内心で土下座。けど、
「うう、えーと、いきなりそう言われると、鈴谷も悩むっていうかあ」
「そう? ……うーん、そうだねえ。例えば、……響には膝まくらをお願いされたかな、大鳳に言った時は添い寝、だったね」
「大鳳ぉおおっ!」
なにそれ羨ましすぎるっ!
「わっ、っと、ど、どうしたの?」
「あ、……ごめん。なんでもないわ。
けど、えーと」
そ、添い寝とか、鈴谷もお願いしていい、わよね? ……いや、それも魅力的だけど、
ぐ、少し刺激が強すぎるかもしれない。「デート」
「うん?」
明日は、……あう、お仕事だ。けど、お休みの日はあるし。
次の休日、まだ予定はない。それに、我が侭、いいって言ってくれた。
だから、
「じゃあ、……あ、あの、鈴谷とデートをしてくださいっ!」
勢いよく頭を下げる。そう、一日、提督を独り占め。…………こ、これなら、鈴谷、頑張るっ! ……あ、けど、
断られたらどうしよう。じくり、とその不安。提督、忙しいし。
返事はない。だめ、かな?
返事はない。「あ、あの、提督? その、……だ、だめ?」
恐る恐る顔を上げる。提督は困ったような表情。
断られる、と。覚悟、…………出来るわけないっ! そうなったらどんな顔をしよう。いつも通り、軽いノリで、……って、そんなの出来る自信ない。たぶん、ショックで崩れ落ちるかも。
提督は、困ったような表情で口を開いた。
「鈴谷、でーと、ってなに?」
崩れ落ちた。
//.鈴谷