深海の都の話   作:林屋まつり

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四話

 

「おおっ、これぞ一軒家、雪風の家ですか?」

「っぽい」

 早速鍵を開けて家の中へ。

 二階建、居間と台所と、御風呂、もう一室、二階にも三部屋。「広いですねー」

「同居している娘も結構いるっぽい。三人くらいは余裕っぽい」

「そうですね」

 だから、一人暮らしには少し広すぎる気もしますけど。……これって、かなり贅沢な悩みですか?

 ふと、……時津風、という名を思い出す。もし可能なら、…………いえ、止めておきましょう。

 彼女と一緒に暮らす、というのもいいかもしれませんが、それは彼女がここにいる事、彼女の轟沈を期待する事になります。それは、願っていい事ではありません。

 けど、もし再会する事が出来たのなら、もし、彼女がここに来るのなら、その時は雪風が出迎えましょう。言仁の言う危険性は解っていますけど、それでも、です。

「生活に必要な一式はそろっている、っていう感じですね」

 壁掛け時計を見て呟く。二階の部屋にはお布団もありました。

「うん、これ以上を求めるなら働くっぽい」

「ぉおう、世の中金ですか。世知辛い世の中です」

「むしろ働かないでいろいろ欲しがるのは我が侭っぽい」

「ですよねー」

「けどまあ、」夕立は時計を見て「おゆはんは夕立が出してあげるっぽい」

「おお、ありがとうございますっ

 お代は出世払いで」

「うむ、雪風は働くっぽい?」

 問いに、雪風は苦笑。

「暇ですからねー」

 実をいえば、内装の充実とかに興味はありません。……多分、働く必要はないでしょう。

 けど、それでも、何もやらずここでぼんやりとしているのは、正直、苦しいです。

「鎮守府で大鳳が働く先を探してくれるっぽい。

 落ち着いたら行ってみるといいわ」

「そうします」

 どんなお仕事があるのか、……雷や電の運送屋さんみたいに体力使うお仕事は、ちょっと厳しいですけど、むぅ。

「鎮守府でお仕事とかいいですね」

 あんまりきつい労働とかなさそうですし、…………「な、なんですか? 夕立」

 ふるふると震える夕立。瞳の色が変わったときみたいな寒気のするようなのとは違う。えーと?

「鎮守府の常勤は、……物凄い競争率のお仕事っぽい。

 っていうか、響と大鳳に抑えられて誰も出来ないっぽい」

「…………ああ、なるほど、言仁、人気ありそうですからねえ」

「はあ、それに秘書は響で決定って提督さんが言ってるぽいっ……いいなあ、夕立も提督さんの秘書になりたいぃ」

 がくーっ、と肩を落とす夕立。……響。

「響って、雪風と同じ深海棲艦、ですよね?」

 なんとなく、違う気もしますけど。

 夕立は、ぷぅ、と少し可愛らしく頬を膨らませて、

「ちょっと違うっぽい。

 なんでも、提督さんが直接改装したっぽい。それで、なんかもう、深海棲艦としても規格外とか、大鳳が歯ぎしりしてた」

「歯ぎしり?」

「だって羨ましいっぽい」

「まあ、そう、……かもしれませんね」

 うむむ、恋する女の子は難しいです。……たぶん、言仁も解ってないでしょう。

 というか、あのお子様はそういう事を解っているのかどうか?

 

 夕立と雑談。そろそろ夕食と思ったところで、戸がたたかれる音。

「雷よ。遊びに来たわ」「電もいるのです」

「はーい」

 遊びに来るといっていましたね。雪風は玄関を開きました。するすると入ってくる電と、「うう、邪魔」

 大きな腕に難儀する雷です。

「あっ、夕立っ」

「そろそろこんばんわっぽい」

「こんばんわなのですっ」

 さて、

「どうしますか? いっそのこと皆で夕食に行きますか? ……夕立もちで」

「ええっ?」

「賛成っ」「なのですっ」

「ちょ、ちょっと待つっぽいっ、待ってっ、夕立っ、そんなにお金持ってないっぽいっ!」

 というわけで、雷と電、夕立の割勘となりました。

「くう、絶対に雪風の出世払いで取り立てるっぽい」

「大丈夫ですよお。借りっぱなしも性に合いませんし。

 けど、すぐ見つかりますか? お仕事、雪風はあまり力仕事は向いてないですけど」

「求人はたくさんあったわ。

 雪風は明日行くの? それなら雷も一緒に行ってあげるっ。存分に頼っていいわよっ」

 むんっ、と胸を張る雷、傍らで電がメモを開いて、

「明日は、……あ、午後からなら大丈夫そうなのですっ」

「……………………ご、午後から存分に頼っていいわよっ」

「はい、お願いしますね」

 せっかくの好意ですからね。…………「あ、あれですか?」

 食事処、という暖簾。

「そうなのですっ、鳳翔さんがご飯作ってるのです」

「ほう、それは楽しみです」

 暖簾をくぐりました。結構、盛況みたいですね。

 

//.鈴谷

 

 さて、と。そろそろ夕飯かな。

 食べなくても問題ないけど、やっぱ三食は大切だし、と。言うわけで台所へ。と、

 戸を叩く音。

「はいはーいっ」

 こんな時間に誰だろ、ともかく玄関へ。そこで、

「鈴谷、言仁だよ。

 こんな時間だけどいいかな?」

 へ?

「て、提督っ?」

 ちょっ、なんでこんな時間にっ? 夜戦カッコカリ? ちょっと待ってっ? 心の準備がっ! いやじゃないけどっ! どっちかっていえば歓迎だけどっ!

 じゃなくてっ、視線を落とす。……やばっ、仕事着のままっ?

「ま、待ってっ、ちょっと待ってっ! 着替えるから待ってぇえっ!」

「? 大した用事じゃないから別にいいけど」

 いいわけないでしょっ!

 

「……えーと、お待たせしてごめん」

 大急ぎで着替えて戸を開ける。提督は変わらぬ笑顔で「ううん、いいよ。僕こそごめんね。変な時間に押し掛けて」

 申し訳なさそうな声。困ったような表情。うう、抱きしめたいよー

 けど、一応自重。

「それでどうしたの提督?」

「うん、今夜一緒にいていいかな?」

「ふ、あ?」

 え、ほんとに夜戦カッコカリ? 

 思わず硬直する鈴谷に、提督は申し訳なさそうな表情で、

「急な事で申し訳ないんだけど、今夜は鈴谷のところにいたいんだ。

 だめ、かな?」

「ぜ、ぜぜ、全然大丈夫っ! むしろ歓迎っ、さ、ささ、上がってっ」

「うん、よかった」

 にぱっ、と笑顔。……鈴谷、今夜大丈夫かな? ……と、ともかく、

「あ、あはは、その、散らかっててごめんね」

 あんまり掃除とかしてないし、ちょっと恨めしい。来るって解ってれば、一日頑張って掃除して綺麗にしたのにぃ。

「僕は大丈夫だよ。けど、」提督は少し咎めるような表情で「あんまり散らかってると大切な物なくしちゃうから気をつけてね」

「はーい」

 うう、否定できない。たまに物なくすし。

「提督、御夕飯は?」

「あ、…………あ、あはは、ごめん。鈴谷のところに早く来たくて忘れちゃった」

 ばつが悪そうに笑う提督。………………ああもうっ、可愛いっ!

 ともかく、落ちつけ鈴谷。鎮守府常勤の響と大鳳がほんと羨ましい。

「鈴谷もこれから作るところだったし、一緒に作ってあげようか?」

「ほんとっ、ありがとっ」

 嬉しそうに顔を輝かせる提督。

 で、

「あ、あははー、ごめんね。遅くなっちゃって」

 というわけで、夕食、随分時間かかっちゃった。……いつもの倍くらい時間かかったかも。

 仕方ないよねえ。と鈴谷の中だけで言い訳。……だって、やっぱり、好きな人に食べてもらう料理って、その、……作るの、緊張するし。

「そうだね。ずいぶん遅かったけど、どうしたの?」

「あ、…………あははー」

 そしてもちろん、当人にその事を言える度胸はない。……こういうとき金剛とか羨ましい。

 まあ、だから、

「……ごめん」

 曖昧に笑ってごまかすしかない。……はあ。

 内心で溜息をつく鈴谷、けど提督は柔らかく微笑んで、

「謝る事はないよ。……じゃなくて、どっちかっていえば感謝かな」

「ほえ?」

 それこそ場違いな気がするけど、けど、提督の表情は変わらなくて、

「遅かったっていう事は、いつもはもっと早く作れたんでしょ?

 なんでいつもより遅くなったか、僕がいるからだよね? 僕に気をかけて、時間をかけてくれたんだから感謝するのは当たり前でしょ?

 それとも、僕に意地悪したかったの?」

「そ、そんなわけないしっ」

 反射的に否定。提督は頷く。

「もちろん、鈴谷がそんな事をする娘じゃないって解ってるよ。

 だから、感謝。僕に気を使ってくれてありがとう。鈴谷」

「う、うん」

 ありがと、と言葉とともに極上の笑顔。……ほんと、反則だよ提督。

 

 提督が来た理由は夜戦カッコカリじゃなかった。……いや、まあ、そーだよねえ。

「雪風ねえ」

 鈴谷の隣の家。空き家だったけど今日来たらしい雪風が入るみたい。

 まあ、それはいいんだけど、

「ちょっと前に、眠ると暴走する娘がいてね。

 今回の雪風もそうとは限らないけど、一応、近くにいておこうって思ったんだ。なにかあってからだと遅いから」

「そうなんだ。……って、それなら一声かけてくれればいいのに」

 もちろん、そういう理由であっても提督が来てくれるのは嬉しい。一緒にお話ししたりするのは楽しい。

 けど、提督が来た理由は危険に備えるため、そして、それは、……なにかあったら、自分が危険と相対するって言ってるよね。

 それは、正直、止めて欲しい。だから、

「なにかあったら鈴谷が何とかするし」

「ん、だめ」

 即答で否定っ?

「え、えーと、……鈴谷って、信用、ない?」

 それは、ちょっと寂しいけど「うん」

 ……即答で肯定って、…………うわ、泣きそう。

「鈴谷、さっき言った暴走した娘はね、大鳳でも勝てなかったよ」

「う」

 大鳳、……装甲空母。単純な性能だと鈴谷よりずっと上。おまけにここの大鳳は艦載機をいろんな形にできる。

 鎮守府の常勤は伊達じゃない。すっごく強い。……その彼女が勝てないってなると。確かに、鈴谷じゃあ厳しいかも。

「鈴谷の事、僕はいい娘だって思ってる。明るくて可愛い、僕の大切な人だよ。

 だから、相対するとき戦力に不安があるなら絶対にそんな事はさせない。完全勝利の確信がないなら戦闘に対する信用はしない。だから、鈴谷には任せない。絶対に、君を傷つけさせたりはしない」

 真剣な表情で語る提督。…………けど、なんか、ところどころに凄い事を言われたような。

「け、けど、鈴谷も、提督に傷ついて欲しく、ない、し」

「それに関してはお互いの言い分だけどね。

 けどね、鈴谷」

 

 そっと、鈴谷の唇に指があてられる。提督は、優しく微笑む。

「僕は深海棲艦や艦娘ごときには負けない。

 その不信は、不敬だよ。小娘」

 

「ふ、……あ、あ、は、はい、ご、ごめんな、さい」

 口が勝手に言葉を紡ぐ。多分、顔は紅潮しているか蒼白かどっちか。

 提督は頭を撫でて「心配してくれるのは嬉しいよ。けど、僕を信じて、何があっても、僕は絶対に大丈夫だから、ね」

「う、……うん」

 頭を撫でられるのは心地いい。その感触に身を委ねながら、落ち着いて―、落ち着いて―、と深呼吸一つ、二つ。

 胸に手を当てる。やたらと響く鼓動。もう一度深呼吸。

「あ、そうだ。けど、僕も鈴谷に謝らないと」

「え? 提督が鈴谷に? なにを?」

 謝られるような事はされてないけど、……いや、来てくれた事だけでも嬉しいし。

 提督は困ったような表情で頬を掻いて「いや、ほんとの事を言うと鈴谷のところに来る必要って、なかったんだ。ほら、雪風の家の逆隣、空き家でしょ? そこでもよかったんだし」

「ああ、そういえばそうだよね」

「けど、まあ、僕のわがままで鈴谷のところに来ちゃった。

 家族っていいよねー」

 楽しそうに笑って告げる言葉。家族、か。

 無人の家ではなくて誰かのいる場所。そっちの方がいいって気持ちは鈴谷も解る。

 その誰か、家族。……うんっ、それ、すっごくいいかもっ!

「あはっ、うん、そうだねっ!

 あ、じゃあ、提督は皆のお父さん?」

 この都の長だしね。家族、っていうのが鈴谷も含めたこの都の皆を示すなら、長である提督はお父さん、って思う。もちろん、見た目は鈴谷より小さいけどね。

 けど、提督は頼りになるし、いろいろ面倒も見てくれる有り難い人。だから、家族でも頼りになって慕われるお父さんって役割は間違えてない。

 そして、出来ればその伴侶は鈴「あ、それ前に響が言ってた。それで、お嫁さんは響だって」…………おい。

「鈴谷?」

「…………うー」

「どうしたの?」

 確かに、響は秘書だし、……けど、鈴谷は絶対に認めないわっ!

 一気にテンション下がったあ。提督は首を傾げる。

「まあ、そういうわけで、僕の我が侭でお邪魔します。

 あ、そうだ。鈴谷、我が侭のお詫びに僕が出来る事なら何でもしてあげるから、鈴谷からも我が侭言っていいよ」

「ふあっ?」

 な、なんでも我が侭一つ言っていいのっ?

「て、て、提督っ、あんまりそういう事ほいほい言っちゃっていいのっ?

 ちょっと警戒心なさすぎないっ?」

「失礼な事言うね鈴谷は」むぅ、とちょっと拗ねたように唇を尖らせて「誰にだっていうわけじゃないよ。けど、鈴谷の事、信じてるから」

 …………ごめん、夜戦カッコカリとか考えてごめんなさい。

 信頼の眼差しを受けて内心で土下座。けど、

「うう、えーと、いきなりそう言われると、鈴谷も悩むっていうかあ」

「そう? ……うーん、そうだねえ。例えば、……響には膝まくらをお願いされたかな、大鳳に言った時は添い寝、だったね」

「大鳳ぉおおっ!」

 なにそれ羨ましすぎるっ! 

「わっ、っと、ど、どうしたの?」

「あ、……ごめん。なんでもないわ。

 けど、えーと」

 そ、添い寝とか、鈴谷もお願いしていい、わよね? ……いや、それも魅力的だけど、

 ぐ、少し刺激が強すぎるかもしれない。「デート」

「うん?」

 明日は、……あう、お仕事だ。けど、お休みの日はあるし。

 次の休日、まだ予定はない。それに、我が侭、いいって言ってくれた。

 だから、

「じゃあ、……あ、あの、鈴谷とデートをしてくださいっ!」

 勢いよく頭を下げる。そう、一日、提督を独り占め。…………こ、これなら、鈴谷、頑張るっ! ……あ、けど、

 断られたらどうしよう。じくり、とその不安。提督、忙しいし。

 返事はない。だめ、かな?

 返事はない。「あ、あの、提督? その、……だ、だめ?」

 恐る恐る顔を上げる。提督は困ったような表情。

 断られる、と。覚悟、…………出来るわけないっ! そうなったらどんな顔をしよう。いつも通り、軽いノリで、……って、そんなの出来る自信ない。たぶん、ショックで崩れ落ちるかも。

 提督は、困ったような表情で口を開いた。

「鈴谷、でーと、ってなに?」

 崩れ落ちた。

 

//.鈴谷

 

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