「……なぜ、ですか?」
雪風は何か悪い事をしましたか?
帰り道、肩を落とす雪風、傍らの雷と電は困ったような表情。
「雪風、運のステータスが逆転したっぽい?」
「なぜですかーっ!」
そう、雪風が食べたいと思って注文した料理、ことごとく売切れっ!
「えっと、まあ、こういう事もあるわよ」
よしよし、と雷に撫でてもらいました。硬いほうの腕なので頭が痛いです。
ともかく、帰路の途中で雷と電と別れて、雪風は夕立と雪風の家へ。
「そういえば、お隣さんの挨拶もしないといけませんね」
「そうっぽい。近所づきあいは重要よ」
「お隣さんは、誰ですか?」
「んー、知らない。夕立、この辺あんまり来てないっぽい」
「そうですか」
面倒な人じゃなければいいなあ、と思いながら隣の家を見ました。
「夕立は、今夜は泊まりますか?」
「うん、そうするっぽい」
その返事を聞いて家の中へ。まだ、なれないです。
いつか、自分の家に帰ってきたんだなー、って思う日も来るんでしょうね。
「夕立も自宅あるんですよね?」
「うん、けど夕立の家はものがいっぱいっぽい。
お掃除の道具とか」
「仕事道具ですか?」
「うん」頷いて夕立は手を振って「そろそろお掃除以外の事も出来るようになりたいっ!」
「皆のお手伝いさんですか。いえ、頑張っているようで感心です。
雪風も付き合いましょうか? 報酬折半で」
「それならそれでもいいけど、お仕事は聞いてみるといいわよ。
もしかしたらいいのがあるかもしれないっぽい」
「鎮守府常勤」
と、言ってみたら夕立に睨まれました。
「それは夕立もやりたいっぽいっ! 司令官さんのところで働きたいっぽいっ!」
「残念ですねえ。
けど、どんな仕事があるんです?」
「お店のお手伝いが多いっぽい。鳳翔さんの食事処とか、あと、高雄と愛宕が図書館をやっているっぽい。
あとは道具屋さんとかのお手伝い。大工さんのお仕事とかもあるっぽい」
「大工仕事?」
問いに、夕立は重々しく頷きました。
「たまに家が壊れるっぽい。
前に夕立も半壊した睦月達がいる家を直した事があるっぽい。……お手伝いだけど」
「半壊?」
むむ、それは聞き捨てならないですね。
「物騒な事があるのですか?」
「おじさん、っていう、多分魔縁さんがお風呂に入ってた時に卯月が突撃したっぽい。
それで、おじさんが怒って爆発して半壊したっぽい」
「……な、なんですかその怖い展開」
「魔縁さんは、底が知れないっぽい」
「そうですね。……魔縁、って言仁もですよね?
他にいるんですか?」
「いる、っぽい。
夕立は提督さんと守屋にしか会った事ないけど、何度か名前を聞いた事があるっぽい。ただ、あまり深く突っ込んだら危ないっぽい」
「守屋、ですか。…………まあ、そうします。触らぬ神にたたりなしですね」
「それがいいっぽい。
さてっ、お風呂ーっ」
「お風呂、どうやって沸かすんですか?」
「ん、湧いてるわよ」
「へ?」
浴室、その戸を開けて、蓋をどければ、……確かに、お風呂が出来てます。
「常時?」
「地熱の循環がどうこう言ってた。…………っぽい」
「…………結構先進的ですね。この都」
ただのファンタジーじゃないとは、恐るべし。
「じゃあ、一番風呂はもらうっぽいっ」
早速服を脱ぎ始めた夕立。けど、「させませんっ」
何せ、この都に来ての初風呂、そして、雪風の家の初めてのお風呂。それは譲れません。
というわけで文句を言う夕立を追い払って、さて、
服を脱ぐ。包帯を外す。
「一緒にお風呂、はさすがに無理ですよねえ。
はあ」
胸にぽっかり空いた穴を見て、雪風は溜息をつきました。
傍らにある洗濯機に一度視線を落とし、着ていた服。……受け取ったガウンを放り込む。…………あ。
「服」
代えは、あるのでしょうか? あと、濡れたら拭かないと、
微かな抵抗。けど、雪風は脱いだ服をまた着て、
「夕立、代わりの服とかってありますか?」
「あるっぽい。えーと、押し入れの中、と」
下着と、受け取ったのと同じガウン、あとタオルを回収。「夕立の、そのメイドさんの格好ってどこから出てきたのですか?」
わざわざ買ったのでしょうか? 夕立は嬉しそうにくるっ、とターン。ふわり、スカートが舞って、
「提督さんがくれたのっ!
家政婦さんの格好だからお掃除とかにいいっぽいっ」
「言仁だとまったく二心なくそう思って勧めたんでしょうねえ」
こう。他の人なら夕立のメイドさん姿を見たいから、っていうのもあるかもしれないですけど。
雪風のぼやきが聞こえたのか、がくー、と肩を落として、
「夕立のメイドさん姿が見たいからっていう理由があったら、すっごく嬉しいっぽい」
「…………ある意味で残酷ですねえ」
「は、…………あ、あ」
じんわりと、熱がしみこむ感触。空っぽの胸に湯が流れ込みました。けど、大丈夫。
もう開き直ってちゃんと穴の中も洗って、…………正直、すっごい嫌ですけどね。
「気味悪い、ですね」
ちゃぷん、と深く湯につかりました。
たぶん、こんな事を言ったら当人たちに怒られるでしょうけど、正直、下半身が蛇みたいになった電や片腕が巨大、硬化した雷の方が羨ましいくらいです。
あれならそういうものだと割り切れます。けど、この、変化は、意味がわからなくて不気味で、なんでこの体にそんな変化が来たのか、解らないのが、不安で、
「いや、ですね。これ」
湯に浸かって暖かいのに、自分の体を抱きしめて、深く、溜息をつきました。
//.鈴谷
「へうう」
とぼとぼと、鈴谷は二階から一階へ。
解ってはいたけど、……どーしよお。
三部屋ある。……けど、これ幸いと物置に使っちゃったから、布団敷ける場所ないし、そもそも、掃除してないしい。
せっかく提督が来てくれたのに、だらしない女の子って思われたら、…………はあ、ショック。
もっと普段からちゃんとしてればよかった。
肩を落として一階へ。
「あ、鈴谷」
お風呂から出た提督。濡れた髪をドライヤーで乾かしてる。
「お風呂どうだった?」
調整いらずで勝手に沸いてくるけど、問いに、提督は少し渋い表情。
「いい湯だったよ。
豊浦はこういうの作るの上手だよね。ほんと」
「豊浦? これ、提督が作ったんじゃなくて?」
この都は提督が創った、らしい。どうやって、とか。そういうところを突っ込まれると全然わからないけど。
「豊浦はこの都を創ったときの協力者。
僕が創りたかったんだけど、……はあ、細かいところまで手が回らなかったし、僕だと出来ないところもあったから、手助けしてもらったんだ」
むぅ、と面白くなさそうに提督。
「全部自分でやりたかったのに」
少し拗ねたように頬を膨らませる提督。こういうところは外見相応ね。
「けど、おかげで快適に暮らせてるんだし、鈴谷は有り難いわ」
撫で撫で、と。……あ、提督撫でてた。怒られるかな?
いや、大丈夫ね。提督心地よさそうにしてるし。
「まあ、気に入ってくれてる娘がいるならいいか。
鎮守府でも、大鳳は喜んでるし」
「響は?」
もう一人、鎮守府にいる提督の秘書。提督は苦笑。
「僕と同じ、これ作ったの豊浦だって知ってるからなんか複雑そう」
「そうなんだ。……その豊浦、って人、嫌なやつ?」
…………力強く頷かれた。
「そうなんだよっ、聞いてよ鈴谷っ!
この前も久しぶりに来たと思ったらやれ構築が甘いだの構想が弱いだの散々文句を言うだけ言って酒呑んでどっか行ったのっ! 響と一緒に思い切り岩塩投げつけたよっ!
それも真面目に言うなら忠告だって思って受け取るけど、笑いながらっ! あれ絶対に馬鹿にしに来たんだよっ! あーもーっ、思いだしたら腹立ってきたっ!」
「おーい、てーとくー」
ぱたぱたと、全身で憤りを現す提督。なんかもう、すっごい子供っぽい。……可愛い。
「はー、……まあ、そういうわけ」
「まあ、気に入らない人が作ったのだからってことね」
「そ、……まあ、便利だからいいんだけどね」
それでも面白くない、と提督は頬を膨らませる。……なんだろう、この、普段は見られない提督の表情を見た、役得感。ラッキーっ、ってやつ?
っと、それより、「あ、あのー、提督」
「ん?」
「その、提督が寝るところだけど」
どうしようかなあ、まだ決まってない。
「ん、僕はどこでもいいよ?
ここでも「だめ」」
ここでもいい、って言おうとしたんだろうけど、そんなの絶対にだめ。
「鈴谷?」
「提督も疲れてるんでしょ? 仕事もたくさんあるって聞いてるし、ならちゃんと休まないとだめ」
「まあ、……そうかもしれないけど」
「寝場所ならなんとか作るから、ちゃんと休まないとだめよ」
まだ決まってないけど、……いざとなったらこの時間からでも掃除して、ともかく、提督に無理はさせられない。
「…………そう、するよ。うん、ありがと」
柔らかく微笑んで提督。その笑顔を見て、ほっ、と一息。
さて、どうしようかな。
「それで、僕はどこで寝ればいい?」
「…………あ、あはははー」
ぱんっ、と手を合わせて、
「ごめん、決まってない。……いやあ、二階物置代わりに使っちゃって、隣の、鈴谷の部屋くらいしかなくて」
「そ、それじゃあそこにしようか」
「へ?」
「ここがだめで、二階もだめならそこしかないでしょ?
それとも、廊下?」
「な、ないないっ、絶対に廊下なんてダメっ! ……けど、鈴谷の部屋、お布団、一つしか敷けないしぃ。
部屋も、その、……散らかってる、し」
「じゃあ同じ布団でいいよ」
「ふぁいっ?」
さ、さらっととんでもない事を言われたっ?
「鈴谷が嫌じゃなければそうしよっか。
それなら寝場所も問題ないでしょ? あ、けど、なにかあったら僕出るから、抱きついたりするのはなしね」
「ちょ、ちょ、ちょっとっ、ちょっと待って提督っ!
そういう事はそんな気楽に言っちゃだめよっ!」
両手を挙げて大歓迎の内心を抑えて言う。ほんと、こういうところは子供っぽいから困るっ!
「気楽って? 鈴谷なら大丈夫だって信じてるから言ったんだけど。
鈴谷が嫌なら止めておくよ」
ほんと困るっ! 嫌じゃないしっ、むしろ嬉しいしっ!
とはいえ、提督が休む場所ないのもそうだし、……とりあえず、明日から真面目に掃除しよう、とか。このままならまた同じような機会があればまた同衾っ、とか、……同衾はだめでしょっ!
じゃなくて、落ちつけ鈴谷っ! ……とりあえずは、
「い、いやじゃないし、……その、提督が良ければ、…………うん、お願いしたい、わ」
「そっか、うん、それじゃあよろしくね。鈴谷」
「……はい」
頭のどこかに、完敗、と二文字が浮かんだ。
「…………あとでお掃除してくれるお手伝いさん、紹介してあげるね」
苦笑する提督。鈴谷は横で肩を落として「はい、お願いします」
まあ、そんな状況。……はあ。
「誰にでも得手不得手はあるけど、大切な物をなくしたりするからお掃除はこまめにした方がいいよ」
「はぁい、……がんばります」
苦笑する提督。ともかく、部屋の中央に敷いてある布団のところへ。
「あ、鈴谷奥でいい?
そっちの方が僕は出やすいから」
「う、……うん」
これから提督と一緒に、…………うあ。
だめ、あまり深く考えたらだめ、どうにかなりそう。
ともかく布団の中へ。提督もいるし、出来るだけ隅の方に「こらこら、そんなに端っこに行ったら落ちちゃうよ」
「……はい」
確かに、寝返り一つで布団から転げ落ちる位置。けど、
背中に手があてられる。
「ね、鈴谷。
こっちを向いて、背中を向けられると、寂しいよ」
「あ、…………う、うん」
恐る恐る、転がるように向こうに、反転。当然、
「ん、やっぱりこっちの方がいいな」
目の前に微笑む提督がいる。優しい表情で手を伸ばして、頬に触れる。
「あ、……あの、て、提督」
触れられて、じわじわと、顔が赤くなるのを感じる。
「ん? どうしたの? 鈴谷」
「ど。どうって、……あ、あの、は、恥ずかしい、し」
「そうだった? ごめんね」
くすくすと悪戯っぽく笑いながら提督。
「さて、鈴谷はもう寝ちゃっていいよ。
おやすみ」
おやすみなさい、……その前に、
「う、……うん、あ、あの、提督」
「ん?」
貴方の事が、大好きだから。
「手、……繋いで、いい?」
触れていたい。
「ん、いいよ。
起しちゃったらごめんね。鈴谷」
優しく微笑む提督。鈴谷は、小さく頷いた。
手の中に、大切な人のぬくもりを感じた。
//.鈴谷