深海の都の話   作:林屋まつり

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六話

 

 さて、と。

 なにもないがらんとした部屋、雪風はひとり、ころんと布団に寝転がりました。

 なーんか、いろいろとありましたねえ。

 大破進撃して轟沈して、そして、深海棲艦になって、不思議な都に来て、と。

 そして、今は自分の家をもらってそこの布団で横になる。……ですか。

 珍しい体験してますね。ほんと。……けど、なにより、

 寝巻は浴衣。ずらして胸を肌蹴る。そこにある空洞に触れる。

「なんなんですかね、これ」

 夕立から、深海棲艦について聞きました。想いの形、艦娘の想いが轟沈した艦娘を、想いを叶えるために造り変えた存在。

 人に対して強烈で強靭な憎悪を抱く艦娘は記憶や感情まで作り変えて地上のシーレーンを破壊して回る。それが、艦娘の戦っていた深海棲艦。

 そして、ここにいるのは、そこまでの変化を遂げなかった深海棲艦。雪風も同じ、けど、…………じゃあ、これは?

 胸に手を触れる。柔らかい感触と空虚な空洞。

 なにを想って雪風はこんな形を得たのか、それが、解らない。

「はー、あ。……何の問題もない、と思うんですけどねえ」

 問題ない、と口に出してみました。耳から入ってきた言葉は何ともいえず説得力ないです。

 問題ない、ただ、不気味なだけ。

 ふと、思い出したのは鎮守府で会った彼女。響も、こんな感じだったのかもしれないです。

「雷や電と会うのは、午後、ですね」

 鎮守府で待ち合わせの予定。だから、

 少し、響と話をしてみましょう。と、そんな事を考えながら目を閉じました。

 

 夢を見た。

 駆逐艦、雪風の見る夢。

 

 夜明け、艦橋に一人の青年がいる。

 傍らには水筒、徹夜明けか、ぎらついた瞳には緊張と敵意に輝く。

「奇跡、奇跡奇跡、奇跡の駆逐艦、ってか」

 苛立たしそうな声。視線は機械じみた精密な間隔で並ぶ双眼鏡を順番に覗き、周囲を警戒する。

「ったく、奇跡奇跡うるせーんだよ。

 んなもんがあるか馬鹿、現実見ろっての、挙句に死神だぁあ? てめぇらの腕が悪いんだろうがボケが」

 ったく、と悪態をつきながらも周囲の警戒は怠らない。仕事? 義務? 習慣? 日課? ……是、けど、それだけではない。

「夜明け、油断したところに砲撃ぶち込まれた? 運が悪かった? それがない雪風は幸運、ってか?

 な訳があるかボケどもがっ! 敵艦のクソ野郎どもが雪風だから砲撃しねぇとかあり得ねぇだろっ!」

 それは、意地。

 徹夜の疲労を意地が塗りつぶす。低下する集中力を意思が引き摺り上げる。

 決して沈ませない、絶対に轟沈させない。

「なめんじゃねぇぞ。

 奇跡なんかいるかよボケが、俺が、俺たちが、俺たちと雪風が、絶対に雪風を沈ませねぇ。絶対に生きて帰る。ただそれだけの事なんだよ。

 だから、――――――って、来やがったかっ! ったくっ! 独り言ぐらい最後までやらせやがれクソ野郎どもがっ!」

 双眼鏡を覗いてでさえ、点のように存在する小さな影。

 平時でも見逃しそうな小さな敵影、けど、例え徹夜で警戒をした直後であっても、彼は見つける。その意地にかけて見つけ出す。

 仲間を、雪風を、自分を、害する存在を見つける。そんな事はさせない、と。

 そして、彼は飛び出す。けど、

「はは、……見つけてやったぜ。

 俺に感謝しろよ雪風っ! てめぇを害するクソ野郎を見つけたっ! 後は仲間がなんとかしてくれるっ! 俺たちが何とかするっ!

 絶対にお前は沈ませねえっ! 俺たちが沈ませねえっ! そして、その第一歩は俺がつけてやったっ!

 感謝しろよっ! 雪風っ! また、俺たちがお前を生きて帰させてやるっ! だからっ! 俺たちを頼むぜ雪風っ!」

 叫び走る。その後ろ姿を見送って、雪風は頷く。

 ありがとうございました。はい、その願いは叶えます。絶対に、雪風は沈みません。

 貴方達を、死なせたりはしません。

 

 ――――そんな、夢を見た。

 

「おはよー、っぽい、雪風」

「おはようございます。夕立」

 眠そうな表情の夕立。挨拶。

「じゃあ、今日は鎮守府に行って、それと、お隣さんへ挨拶、っぽい?」

「その予定です。鎮守府は午後ですね。雷と電も来てくれるみたいですし」

 持つべきものは優しい友人です。ほんと。

「お隣さんですか、どんな娘ですかね?」

「さあ、会ってみないと何とも言えないっぽい」夕立は壁掛け時計を見て「朝も早いし、少し待ったりしてからいくっぽい?」

「そうですね。……あ、夕立も付き合ってくれますか?」

「んー、……そういえば、雪風は鎮守府にいつごろいくっぽい?

 十時ごろに愛宕からお手伝いを頼まれてるから、夕立は図書館に行くわ」

「それまでですか」

 もともと、響と話をしたいと思っていたので、

「じゃあ、鎮守府に行くまではご一緒しましょうか。

 いいですか?」

 もし、鎮守府まで行くことで遠くなるなら、まあ、その時は仕方ありません。

「ん、大丈夫っぽい。

 少し遠回りだけど気にしないわっ」

「そう言ってくれれば助かります」

 ぺこり、頭を下げました。

 

「菓子折りなんてないですねー」

「引越しそばもないっぽい」

 というわけで、お隣さんの家に突撃。

 時間は七時。ちょっと早めですけど、大丈夫でしょうっ!

 扉を叩く、「はーい」

 扉が開かれる。エプロン装備の言仁が現れました。…………なんぞこれ?

「あ、おはよ、雪風、夕立」

「お。おはようございます」

「おはよう、っぽい?

 え? なんで提督さんがいるっぽい? ここ。提督さんの隠れ家?」

 あ、それならあり得るかも、けど、言仁は首を横に振って否定。

「鈴谷の家だよ。ただ鈴谷まだ寝てるから朝食作ってるの」

 ぴき、と幻聴を聞きました。

「な、なんで、提督さんが、鈴谷の家にいる、っぽい?」

 ちょっと声震えていません? 対して言仁は困ったように夕立を見て、

「寝ている間、無意識になにかあるかもしれない、って思ってね」

「あ。…………そう、っぽい」

「なにかあったときにすぐに出られるように隣の、鈴谷の家にいたの」

 お仕事の一環ですか、お疲れ様です。

 そして、そんな事はないと断言できない雪風。

 と、ふらー、っと。後ろからふらふら眠たそうな鈴谷。雪風のお隣さんです。

「鈴谷?」

「あ、……てーとく、おっはよー」

 ふにゃ、と笑って、そのまま言仁を後ろから抱き締めました。

「んー」

「おはようございます。鈴谷」

 しゃーわせーそーな表情のところ悪いですけど、現実見てもらわないと。「あ、へ? 雪」

 現実は、時に残酷に牙をむく。

 ふにゃ、とした表情の鈴谷。その眼前に突き付けられる連装砲。

 

「さあ、悪夢を見せてあげる」

 

 深紅の瞳を爛々と輝かせて、口元には引き攣ったような笑み。

「ちょ、ちょっと待ってーっ!」

 哀れ犠牲者の悲鳴が響きました。

 

「羨ましいっぽい」

「…………って言われてもねえ」

「えーと、ごめんね。夕立」

 苦笑しながら言仁は朝食を並べています。鈴谷が「うわ、鈴谷より上手かも」と慄いています。

「……提督さんって、料理もできるっぽい?」

 目を丸くする夕立。言仁は頷いて、

「まあね。井上のお母さんに叩きこまれた。最近は男性でも料理できないとだめらしいよ」

「井上のお母さん?」

 誰でしょうか? 誰かの、母親?

「魔縁、僕と同類だよ。

 たまに遊びに来る。物凄く危険で有害だけど、皆の事は気に入っているから大丈夫だよ」

「あんまり会いたくないんですけど」

 危険で有害って、だめじゃないですか?

「魔縁って皆、夕立たちに優しいっぽい。

 守屋もそうだったっぽい。そういうものなの?」

「そうだよ。老人は子供を可愛がりたくなるものなんだよ」

 くすくすと笑って言仁。

「子供って、鈴谷、子供じゃないし」

「夕立も、子供じゃないっぽい」

 むぅ、とむくれる鈴谷と、ぷぅ、と膨れる夕立。……そういうところが余計に子供っぽいんですけどね。

 ただ、

「雪風は大人ですよ。艦歴は三十年近いです」

 …………金剛さんの事をおばあちゃんとは言えませんねえ。とはいえ、ふっ、と格好よく笑って、

「鈴谷や夕立のような子供とはわけが違うのです」

「「ぐぅ」」

 ぐうの音が出ましたね。対して、言仁はくすくすと笑って、

「僕が生まれたのって、千百七十八年だよ」

「「「へ?」」」

 ほ、ほんとですか? 言仁は楽しそうに、子供っぽく笑って、

「僕たちに向かって子供じゃないっていうなら、最低三桁はいかないとだめだよ。

 夕立が言ってた守屋は四桁いってるからね」

「……け、桁が違うし」

 確かに、そんな人たちを前で十年二十年早い遅いを論じてたら、……というか、その程度の事で比べあっていること自体子供の証明ですねえ。

「まあ、そういう事。

 だから、みんなみたいに一生懸命な娘をみるとついつい手を出したくなっちゃうんだよねえ。

 それに、」

 優しい微笑みで、雪風たちを見て、

「僕はね。皆を家族と思ってる。

 皆がどう思っているかわからないし、押し付けだっていう自覚もあるよ。けど、それでもそう思ってるんだ。だから、困っている家族を見たら手を貸したい。

 夕立は優しいって言ってくれたけどそんな事はない、僕の我が侭なだけだよ」

 …………なんとなく、この人が夕立たちに好かれる理由がわかった気がします。

 我が侭、と照れくさそうに、なのに胸を張って告げる彼の微笑は、確かに、とても魅力的です。

 とまあ、雪風がそんな風に思ってしまうので、大破二。「「ひぁぁあああ」」と変な声。

 ぽつり、小さな、呟き。

「もう、家族を喪うのは十分だよ。もう、喪いたくないんだ。

 だから、手を貸したいんだ」

 

 結局、皆、雪風を残して先に逝ってしまいました。

 

 最後まで生き抜いた奇跡の駆逐艦。……それは、最大数の、死別、を得た駆逐艦でもある。

 皆、自分をおいて逝ってしまった。だから、もう喪いたくない。…………雪風には解ります。だから、その言葉の重さは、よく、解ります。

 …………口を開こうとして、閉じる。……しゃーわせそーな二人にはもう少し夢を見せてあげましょう。

 けど、まあ、

「ご安心をしれぇ。雪風は沈みません」

 きょとん、とする言仁に苦笑。

「…………まあ、ここにいる時点で説得力はないかもしれないですけどね」

 説得力はないです。けど、それでも、

「ううん、そういってくれるだけで嬉しいよ。雪風」

 

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