深海の都の話   作:林屋まつり

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七話

 

 朝は仕事があるから、と泣く泣く別れる鈴谷。

 そして、雪風と夕立、言仁は三人で鎮守府へ。

 交わす言葉は仕事の話、そして、それに関連する事で、

「しれぇからなにかして欲しいって言う事はないのですか?」

 喪失の嘆きを知っていて、そして、雪風たちを家族といってくれるなら、

 この人が采配を振るうなら、それに従おうと問い。「なんです? 夕立」

「んー、雪風が提督さんの事をしれぇって呼んだわ」

「…………別に深い意味はありませんよ。

 この都で暮らしていく事にしましたし、しれぇが雪風たちを家族と言ってくれたのは嬉しいです。だから、しれぇの采配に従う事は望むところですし、それならしれぇって呼んだ方がしっくりきます」

 だから、そんなにこにこと笑わないでください。調子が狂います。

「うん、じゃあ、改めてよろしくね。雪風」

「はい、しれぇ」

 と、握手握手。むくれると思っていた夕立は、意外にも嬉しそうに目を細めています。「嬉しいですか?」

「家族が増えるのは嬉しいわ。賑やかなのは好き」

「しれぇは雪風がもらいますよっ!」「悪夢を見せてあげるっ!」

 …………そうなりますよねえ。

 きょとん、としたしれぇはやれやれと苦笑を交わす雪風と夕立を見て、

「あはっはははっ」

 ほんとーに、子供っぽく笑いました。

「あははっ、うん、夕立の言った通り、賑やかなのは僕も楽しいし、雪風が来てくれて嬉しいよ。

 それと、僕がして欲しい事は基本的にはないかな。ただ、鎮守府のお掃除とか、大鳳を介してお手伝いをお願いする事もあるけど、それもやりたいなら、でいいよ」

「鎮守府のお掃除は夕立のお仕事っぽいっ!

 提督さんに撫で撫でしてもらえるこのお仕事は譲らないわっ!」

「報酬それですか?」

「いや、ちゃんと報酬払ってるよ。

 けど、綺麗にしてくれるのは嬉しいし、それで夕立が喜んでくれるならこのくらいはお安い御用だよ」

「それで響が不機嫌になってるけど、夕立は気にしないっぽいっ」

「気ぃ使わないんですか」

 まあ、それでも構わないと思いますけどね。しれぇは笑って、

「その響が言ってたよ。

 艦娘は運命と意義で動き、深海棲艦は私利と私欲で動くって」

「で、夕立の私欲はしれぇからの撫で撫でですか」

 まあ、それで満足な辺り夕立も恋する乙女なんですねー

「うんっ」

 ともかく、鎮守府に到着。

「あ、提督、それに夕立、雪風」

 入口のところにいる大鳳です。

「早速仕事?」

「んー、それは午後からです。

 ちょっと、響と話をしようかなって思ってきました」

 

「私と話ね。さて、何を聞きたいんだい?」

 紅茶とジャム――ロシアンティーだとかなんだとか、もちろん雪風は知りません――を口にする響の正面に座り、雪風は自分の胸に触れました。

「響も、深海棲艦として異形になっているところがあるって聞いています。

 多分、雪風と似たような形で」

「ああ、そうかもしれないね。

 まあ、隠したい事だけど、……いいか」

 一息。

「深海棲艦は想いにより造り直された形。

 例えば誰かに恨みがある場合は、それを可能とする形を与えるよ。艤装の強化、四肢の変質、……悲哀や同情といった感情の消滅、かつての僚艦に対する記憶の損失。

 まあ、この辺が艦娘が敵とする深海棲艦だけどね。……けど、」

 響は、包帯に手をかけました。

「さて、こんな目を手に入れた私は、何を想っていたんだろうね」

「…………う」

 包帯が落ちる。そこにある響の目は、純白。

 微かな青を帯びた瞳はない。ただ、ひたすらの純白。白一色の眼球。

 思わず後ずさる雪風に、困ったような微笑。

「あ、ご、ごめんなさい」

「いいさ、私が鏡を見たときは嘔吐したからね。それに比べればましだよ」

 一息。

「他の異形化ならいいさ。

 そうだね、例えば、足が四本になった、というのでもいい。確かに不気味かもしれないけど、速く動くためこうなったというなら納得もするよ。

 けど、この異形化はなにか? 私の想いを果たすためというのなら、私は何を想って深海棲艦になったのか、それが解らないんだ」

 それが気味悪い、と。響。それは、

「雪風もです。

 響、こういうの、見た事ありますか?」

 服をまくりあげます。その意図を察してくれた響は声をかけず、そして、「欠落、かな」

「欠落を望むなんて、雪風はそこまで絶望していませんよお」

 胸に空いた穴。響には穴を通して向こうの壁が見えるでしょう。

「響の気持ち、少しは解ります。

 雪風も解りません。これは、なんですか? 何を想いこんな形になったのですか?」

「……ごめん、私にもわからない。

 力には、なれない」

 沈鬱に沈んだ声。そこで、雪風は自分が泣きそうな声を出していると、気付きました。

 けど、

「怖い、ですよお。

 どうなっちゃうんですか? この穴が大きくなって、いつか雪風は消えちゃうんですか? 次は腹にでも穴があくんですか?

 これが何か分からなくて、怖いです。……響、教えてください」

 恐怖、不安、夕立と一緒にいたからまぎれていた感情が零れて、

「雪風は、どうやって折り合いをつけていけばいいのですか?」

 

「えーと、ごめんなさい」

「いいさ、私が司令官にしてもらった事をそのまましただけだからね」

 気がつけば、響にしがみつくようにして泣いていた雪風。

「不安を抱えたまま生活するのも苦しいだろうからね。…………さて、どうしたものかな」

「響は、折り合いをつけていけましたか?」

「そうだね。雪風と違ってなにか害がある方向に傾く事はない、と思ってるから。

 後は、こんな不気味な私でも受け入れてくれた人がいるから、その人に依存して何とかなってるよ」

「ああ、しれぇですか」

「………………………………とらないでよ?」

「とりませんよお」

「司令官がいなくなったら私は精神崩壊する」

「……いや、それは胸張って断言する事じゃないですよね?」

「まあ、私は縋って依存する人と、あとは、大丈夫だろうって思いがあるからいいけどね。

 ただ、雪風はその思いもない。か」

 体に穴がもう一つあく。その可能性は、零ではないです。……というか、そうならないという確信がないです。

 常に怖い。そのまま日常を送るのは、それ自体が怖いです。

「その辺、誰か見てもらえる人とか心当たりはありませんか?」

「…………組織、という意味なら南朝だけど、多分だめだろうから、……司令官にも聞いてみるよ。

 ごめん、私じゃあこれなら大丈夫、っていう道を示す事が出来ない」

「いえ、いいですよ。

 もともと、雪風が折り合いをつけないといけない事ですし、雪風こそごめんなさい。なんか、変な相談しちゃって」

「家族なんだから、気にする事はないよ」

 さらり、と。

「家族、って思ってます?」

「思ってる。不愉快? けど、私は気にしないよ。

 雪風が嫌がっても私は雪風を家族と思うよ」

「……はあ、響は自由ですねえ」

 嫌ではないですけど、……むしろ嬉しいです。

「生活については私たちに相談して、力になるから。

 仕事の相談もいくらでも乗るよ」

 力強く頷く響。

「では、しれぇの秘書になります」

「わかった。素敵なパーティーを始めよう」

 

 知恵を貸してくれる人をしれぇに紹介してもらう、という事で、お昼です。

 夕立は図書館に向かって、代わりに、

「来たわっ」「来たのですっ」

「あ、雷、電」

 思ったより早かったです。

「雷、電? 遊びに来たの? 歓迎するよ」

 ひょい、と響。あれ、と、大鳳が、

「昼食、まだよね?

 二人とも食べていく?」

「まだなのですっ、一緒に食べたいのですっ」

「雷も作るの手伝うわっ」

「そう、助かるわ。お昼は、食堂でいいわね」

「そうですね。お願いします」

 中庭でもいいですけどね。と、そわそわしている電。

「あの、響。司令官さんは?」

 そわそわと辺りを見る電。残念ですけど、……いえ、ごめんなさいですけど、

「司令官なら外に出てるよ。

 諸事情があってね」

「ぁう、……そうなのですか」

 しゅんと肩を落とす電。ごめんなさいです。

「それで、遊びに来たのじゃないのです。

 電たちは先輩さんとして雪風のお手伝いに来たのです」

「手伝い? ああ、働き口を探す事だね」

「そうなのですっ」

「雪風はまだ不慣れですからね。

 場所とか、案内してくれる人がいると助かります」

「いっぱい助けになるように頑張るのですっ」

 むんっ、と胸を張る電。ほんと助かります。

 

 大鳳と雷が作ってくれた料理を並べて、皆で手を合わせていただきます。

「そういえば、しれぇも料理作ったりするんですか?」

 思い出すのは朝の事。しれぇの料理は十分に美味しかったです。

 対して、響は首を横に振りました。

「司令官に雑務を任せたくはないよ。

 基本は大鳳が作ってる。前に、大鳳が使い物にならなくなった時は司令官が作ったけどね」

「使い物にならないって? ど「その話はいいでしょっ!」」

 潰されました。

「なにか危険な事があったの?」

 首を傾げる雷。もっとも、響の言葉に危機感はなかったので大したことではないと思いますけど、

「そんな事はないよ。

 ただ「響っ!」」

 べし、と音。

「……最近、実力行使が多いね」

「そうでもしないと止まらないでしょ貴女は」

「…………まあ、……そう、まあ、……………………司令官と添い寝したんだよっ!」

「なにぶっちゃけているのよ貴女はっ!」

「……大鳳さん、……えー?」

「…………司令官さんと、……はぅう」

「って、電っ、電っ! 耐えてっ、刺激が強いかもしれないけど耐えてっ、こんなところで轟沈しちゃだめよっ」

 顔を赤くして轟沈寸前の電をがくがくと揺さぶる雷。

 けど、

「大鳳さん」

「な、何よっ、別にいいでしょっ!

 我が侭言っていいって言ってくれたのよっ! す、好きな人にそんな事言われたら、少しくらい、お、思い切った事したくなるじゃないっ!」

「夜戦カッコカリ、ですか?」

「なにもないわよっ!」

「夜戦カッコカリ?」

 大破した電をがくがく揺さぶりながら雷。雪風は重々しく頷いて、

「それはですね。男女に許さ、ひゃんっ?」

 すとん、と椅子を抜かれて垂直落下。お尻打ちました。凄くいたいです。

「雷と電に何語ろうとしているのよ。この年増幼女っ!」

「新しいジャンルですね」

 それ言ったら大和さんは、…………ああ、普通に幼女でしたね。ここにいる大和さんは、

「詳しく告げたら電は轟沈、雷は大破するから止めた方がいいよ」

「…………響は?」

 首を傾げる二人を横目に問いました。響は、陰鬱な笑みで、

「いぶきに散々その手の話を叩きこまれたからね。

 ふ、ふふ、ふふふふ、……いいかい、雷、電、無垢というのは幸せな事なんだよ」

「いぶき?」

 陰鬱な笑いに手を取り合ってがたがたする雷と電。は、いいとして、

「上の、心も記憶も造りかえられた深海棲艦ね。まれに遊びに来るわ。

 彼女たちは彼女たちでここを尊重しているから、諍いになる事はないけど。いぶきは上で戦艦棲姫なんて言われていたわね」

「そうなんですか」

 深海棲艦と話をする。……むぅ、元艦娘としてはどう思っていいのか。

「ちなみにそのいぶきはちょっと前に、胸が小さくても興奮できるとか、悟ったらしいから気をつけた方がいいよ」

「………………な、なによ、なんでみんなで見るのよ?」

 すっ

「気まずそうな表情でそろって視線逸らさないでよっ!

 悪かったわねっ! どうせ小さいわよっ!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ大鳳。地雷でしたか。

「それで、雪風。

 言仁が料理って、なにかあったの?」

「朝にいただきました。

 普通においしかったですよ」

「へえ、そうなんだ。

 男の人でも料理できるのね」

「最近の男の子は料理も出来ないとだめらしいのです。

 いえ、難しい世の中ですね」

「……司令官さんの手料理、……羨ましいのです。

 電も食べてみたいのです」

 ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らませる電。

「電、言仁も忙しいんだし、あまりわがまま言っちゃだめよ」

 めっ、と可愛らしく叱る雷。

「解っているのです。我が侭言わないのです。

 けど、羨ましいのです」

「もしかしたら機会ありますよ。…………また大鳳がしれぇと添い寝して、使い物にならなくなったときとかっ!」

「きゃーっ!」

 首を絞めないでください。苦しいです。

「大鳳、……あまり我が侭を言うなら、私にも考えがあるよ」

「大鳳ばっかりずるいのです」

 電は可愛い女の子でいいのですが、響は怖いです。

「大変ねえ」

 で、他人事のように苦笑する雷。

「そ、それで、雷と電はどうしたの?」

 そっぽを向いて、少し駆け足で問う大鳳。

「雪風、お仕事を探しに来たのですけど、お二人が手伝ってくれるって言うので甘える事にしました」

「そうね、どん、と頼っていいのよ」

 むんっ、と胸を張る雷、心強いです。

「仕事ね。希望はある?」

「はいっ、しれぇの秘書を、…………」

 すっごい勢いで睨まれました。「冗談ですよお」

「ふふ、雪風。言っていい冗談と悪い冗談があるよ」

「肝に銘じておきます」

 これは地雷ですね。

「お仕事か、……うーん、じゃあ、食事が終わったら見に行きましょう」

 大鳳の言葉に頷きました。

 

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