「…………肉体労働ばかり、ですか」
大鳳が貸してくれたファイル。
ちなみに、駆逐艦限定でデート相手を募集とか言う、求人主に、いぶき、と書かれている書類はスルーしました。
「これなんていいんじゃない?」
で、大鳳が苦笑して掲げるのはデート相手募集。
「いぶき、……戦艦棲姫でしたよね」
「そうね。たまに来るわよ。前に真顔で訳のわからない事を相談に来たから蹴りだしたけど」
「…………なんで、そんな冗談の解りそうなおねーさんがあんなに凶暴だったのでしょうか?」
雪風はあった事ありませんけどね。とはいえ、物凄く強いとか。
「人も、人に助力する何もかもも、一切合財滅ぼすために存在しているのが彼女よ。
そのために艤装も心も全部作り変わったみたいだから、ここに来るのも休憩なのか、あるいは情報収集かもしれないわね」
「デート相手募集も情報収集の一環なのです?」
電の問い。そうなのかも、と思いましたけど、
「ただの趣味じゃない?」
「…………なのです」
「どんな相談に来たの?」
「潮みたいに胸の大きい幼女って邪道だと思うのだけど、…………とか言ってたわ」
「まあ、胸の小さな装甲空母、あたっ?」
投擲されたボールペンは精密に雪風の額に突き刺さりました。
「とはいえ、ものの見事に大変そうな仕事ばかりですねえ」
図書館募集の一枚。お仕事内容は本の運搬と陳列、整理。……重そうですよね、本。
「い、雷と電はどうですか? 雪風、がんばりますよ」
「そうね、大丈夫っ、どんと、「お給料出せる余裕はないのです」…………ごめん」
むんっ、と面倒見の良さを発揮して胸を叩く雷の傍らで溜息をつく電。
「雷は面倒見がいいのはすっごいいいところなのです。
けど、自分の負担を考えないで手を差し出すのはよくないのです。どうしてもだめなら電も我慢するけど、そうでもないのに何でもかんでも世話を焼くのはよくないのです」
「うー」
電にお説教されて唸る雷。……けど、さてどうしたものでしょう?
もちろん、雪風もそこまで困っているわけではないです。急がないといけない理由もないし、今日がだめなら明日でも構わないです。
「まあ、どっちにせよ。見学とかはしてみましょうか。
それからでも遅くないでしょう」
「雪風が見学希望者ですか?」
金色の輝く左目と、黄色がかった右目。その両目を細めての問い。
雪風は「はい」と頷き、
「実は昨日この都に来たばかりなんです。
それでやる事もないなら働けと大鳳に言われて、働く現場を見学に来ました」
「付添いの雷よ」「同じく、電なのですっ」
雪風の後ろでわー、と手を上げる二人。なるほど、と。
「解りました。
では、行きましょう」
古鷹さんは歩き出しました。
「大工仕事ですか」
「インテリアに凝る深海棲艦もいます。それに、」古鷹さんは胸を張って誇らしそうに「鎮守府の家具類も作っています。提督からも褒めていただきました」
「「「おおー」」」
と、三人で唸ると古鷹さんは少し照れました。
「…………っていうか、大工仕事って、どこから材料仕入れてくるんですか?」
まさか、あの都の中央に陣取るあの樹を切ってるわけないですよね?
「以前になにか作る事をしたいといったら、豊浦が大工道具や材料をたくさん持ってきました。
それで、それなら作ってみろと、最初は豊浦と教わりながら簡単な椅子や本棚を作ったりしていましたが、今はそれを仕事しています」
「ほー」
「提督にも場所を融通していただいているので、製作の幅も広がってとても楽しいです」
「そうですねえ、それは楽しそうですね」
工房、というのでしょうか。角材が並び、奥には工具や作った家具が並んでいます。
「ここで働くとしたらどういう事をします?
雪風、大工作業なんてやった事ないですよ」
「私だって最初はやった事なかったです。
いろいろと覚えてもらいます。あと、図面とかもお願いしたいです」
「ああ、そっちなら出来そうです」
「それだけにしないでください」
「へい」
頷く。けど、まあ、それでもいいかな、と。
「いろいろな物を作るのも楽しそうです。
あ、これってどこかに売っているんですか?」
「龍田の雑貨屋に持っていっています。
そこで買えます」
「そうなんだ。じゃあ、あとで行ってみよっか」
「はいなのですっ」
「それにしても、…………なんか、広いですね」
大量の角材や家具が並んでいるのであまり広さは感じませんでしたが、改めてみると、なんか、物凄く広くないですか?
「そういえば、……とっても広いのです」
改めて、ぐるりと辺りを見回して電。古鷹さんは頷いて、
「提督に場所を都合していただけました」
都合、っていうレベルの話なのでしょうか?
思わず、上を向いて歩いていると、こつん、と。
「あ、と。すいません」
なにか蹴っちゃいましたか。かんっ、と音。それが連続して、
「へ?」
ぐらり、と。「脚立っ?」
「危ないっ!」
音が、連続。雪風は古鷹さんに押し倒されて、同時に、
「大丈夫?」
巨大な腕で脚立を軽く受け止める雷。
「あ、……あー、びっくりしましたあ」
「大丈夫ですか?」
するすると寄ってくる電。彼女に助け起こされて立ち上がりました。
「よいしょ、と。
雪風、気をつけた方がいいわよ、いろいろあるんだし」
「はい、肝に銘じておきます」
なにか蹴ったか、もしかしたら脚立の足だったかもしれません。
古鷹さんは申し訳なさそうな表情で、
「もしかしたらちゃんと固定されてなかったのかもしれません」
「いやあ、単純に雪風の不注意です。
さて、それじゃあ、気を取り直してみて回りましょうっ」
不注意、かもしれないですけど。
けど、もしかして、
申し訳なさそうな表情の古鷹さんに手を振って、苦笑。
「幸運の女神もそっぽをむいちゃいましたか」
キスどころか、蹴り飛ばされた気分です。
「あ、あははは」
笑えない冗談を聞かされたように笑う電。雷は首を傾げて「それにしても、ひどかったわね」
「ですねー」
いろいろと見て回りました。けど、軽くなにかを蹴ってしまったら崩れ落ちる脚立やらなにやら、無造作に突き出た板に触れたら、ずだんっ、と音を立てて崩れ落ちたりとか、……雪風、なにかしましたか?
それにもちろん、
「雷、電もすいません。散々巻き込んでしまいました」
もちろん、近くにいた古鷹さんや雷、電も散々巻き込んで、迷惑をかけてしまいました。
古鷹さんは職場の整理が行き届いていないからだと悩ませてしまいましたし、…………はあ。
「なんだ、そんな事、全然気にしてないわっ、ねっ、電」
「電は古鷹の工場を見れて楽しかったのですっ!
また遊びに行きたいのですっ」
二人は笑顔ですけど、……なんですかね。
はしゃぐ雷と電を横目に、雪風は胸に手を当てて、溜息を一つ。
どうして、こんな風になっちゃんですかね。
そのまま、雷と電の家で夕食を食べる。一息、今夜はこっちに泊まろうかと話していたころに、
ノックの音。
「お客さんなのですっ」「誰かしら?」
ぱたぱたと玄関に向かう雷。そして、声。
「大鳳よ、こっちに雪風はいる?」
「大鳳? 雪風ならいるわよ」
「雪風ですか?」
「うん、そうみたい」
「どうしたのでしょうか?」
「鎮守府からなにかあるのでしょうか?」
大鳳は鎮守府の常勤ですし。
ともかく、リビングにいると雷に連れられた大鳳。彼女は雪風を見て、
「雪風、提督から、貴女に会って欲しい人がいるみたい。
というか、会いたいっていう人がいたわ」
「雪風に?」
多分、雪風は無意識に自分の胸に触れました。
響が、しれぇに相談してくれるって、……それ、でしょうか。
ともかく、
「誰ですか?」
「あ、電も一緒していいですか?」
興味津々と身を乗り出す電。雷も、それは同様。
「大丈夫、らしいわ。
私も会った事はないけど、雪風の家に、明日の十時に来るみたいよ」
「家、ですね」
「誰が来るの?」
雷の問いに、大鳳は首を傾げて、
「井上、っていう女性よ。提督いわく、魔縁の中でも特に危険だけど深海棲艦の事は気に入っているみたいだから、彼女の過去と家族について触れなければ大丈夫らしいわ」
夢を見た。
駆逐艦、雪風の見る夢。
砲撃の音、砲撃の音、砲撃の音、砲撃の音、砲撃の音、砲撃の音、砲撃の音、砲撃の音、砲撃の音、莫大量の砲弾が迫る音。
駆逐艦ごときがこの場にいることは間違いだ、と。弾雨が降り注ぐ、弾幕が迫る。
失せろ、消えろ、逝け、沈め、…………沈没せよ雪風っ!
砲撃の音は敵意を告げ、戦意を告げ、殺意を告げる。
轟沈せよ、沈没せよ、沈め、沈め雪風っ! お前も、お前が守る乗組員も、潰れろ、消えろ、失せろ、死ねっ!
「なめんな」
敵意を返し、戦意を笑い、殺意を見極める。
彼は砲弾を見据えて睨み、舵を取る。操舵する、雪風を振りまわす。
その両手が握るのは、乗務員の命、雪風の命。その両肩に圧し掛かるのは、乗務員、雪風、……大切な仲間の命を預かるという重圧。
だから、
「させるかよっ!」
弾幕をかいくぐる。経験、直感、雪風の大きさ、性能、砲弾の射線、速度、風向き、波、あらゆる要素を計算し、算出。回避、雪風の幸運なんて足元にも及ばない、まさに奇跡と言える操舵を持って弾幕をかいくぐる。
「っしゃっ」
生き延びた。その事を喜ぶ事を刹那、自分に許して声を上げる。
けど、すぐに視線を前へ。ここは戦場、戦地にて死地、一秒、一秒を生き延びる事が正しく奇跡。一度や二度なら奇跡と言えるでしょう。けど、百、千と続く事を果たして奇跡というのでしょうか?
…………まあ、つまり、
「次が来たっ!」
「解ってるっ! 派手に動くっ! 吐くんじゃねぇぞっ!」
警告の言葉に、応じるのは咆哮のような言葉。
判断が一秒遅れれば轟沈、死亡。
操舵が一拍ずれれば轟沈、死亡。
莫大量張り巡らされた死線を擦り抜ける。奇跡の生還を実力でつかみ取る。
弾幕回避、さらに前に駆逐艦は突き進む。
砲弾が集中する。当たり前です。沈めなければいけない敵。容赦などない。なぜなら、敵艦も、自分たちと同じなのだから。
護国のために、命をかけているのは敵も同じ、ならばこそ、彼らの目的も意思も自分と同じ。
全滅。殲滅。敵を滅ぼして国を、そして、そこにいる大切な人を護る。お互いの意思は同じで、対象が正反対で、ゆえに敵の気持ちは解り、だからこそ、手加減は出来ない。
十の砲弾を掻い潜るなら百の砲撃を、百の砲撃を擦り抜けるなら千の死線を解き放ち敵を沈める。
砲弾が集中する。それはつまり、それだけ敵も必死だという事。ばかだな、と。操舵する彼は押し寄せる弾幕を前に小さく笑う。
奇跡の駆逐艦? これだけ必死に雪風を沈めようとする連中相手に、運がいいから生き残った? 運が悪かったからあいつらは雪風を沈められなかった?
戦場においてその意思は、なんて無礼なんだ、と。
「俺たちもてめぇらも、死に物狂いだな」
当たり前だ。雪風が近づけば近づくほど死に近づくのは敵も同じ、己の命を、仲間の命を、そして、命を預ける艦を守るために、死力を尽くして砲撃する。
だから、……はは、と彼は笑って、
「負けるかよっ!」
精緻にて精密。技量のすべてをつぎ込んで弾幕を擦り抜ける。
もう少し、もう少しで手が届く。
魚雷を叩きこみ、敵艦を轟沈させる。仲間ならそれを叶えてくれる。命を預けた信頼に応えたのだ。なら、期待をしてもいいだろう。
けど、
「魚雷だっ!」
弾幕の下に隠れるように迫る魚雷。駆逐艦一艦に大盤振る舞いの砲弾と、さらにそれを囮にして放たれる魚雷。
必殺だ。その魚雷発射にどれだけの技がつぎ込まれたのか? 魚雷の数は一つ。本命を悟られないようにするために最小限に、雪風が回避する場所を精密に狙った一撃。
弾雨回避に全力をつぎ込んだが故に、回避動作は間に合わない。
だから、彼は口を開く。
零れる言葉は何でしょうか?
敵艦への罵声?
運命への呪詛?
無念への悲嘆?
「ごめんな」
謝る言葉は誰に向けて?
護り切れなかった国?
帰りを待つ大切な人?
運命を共にする仲間?
「雪風」
なぜ、雪風に謝るのですか?
技量が至らなかったから?
帰港ができなかったから?
轟沈させてしまったから?
――――否。
「無理させるっ!」
整備の人が警告した限界。それを超える操舵。
雪風を構成する鋼鉄が軋みを上げる。機関が悲鳴を上げる。
雪風を構成するすべてが苦痛の絶叫を上げ、駆逐艦が無理な操舵に轟沈しそうになる。否、このやり方は轟沈確定。魚雷で沈まなくても、無理な運動と傾きは自壊するに十分な負担を与える。けど、
艦内から声が上がる。彼の操舵を正しく理解し、自壊確定である事を認識し、声。
「頼むぞっ! 雪風っ!」
はい、お任せください。
雪風は、決して、沈みません。
――――そんな、夢を見た。