深海の都の話   作:林屋まつり

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九話

 

 魔縁の中でも特に危険な存在。

 それを聞いて、大きな不安と、少しの興味、一緒にいる雷と電も似たような表情です。

 その、……雪風の、深海棲艦としての姿を見られるのは抵抗ありますけど、これから会う相手の事を考えると一緒にいてくれるのは有り難いです。

「どんな人が来るんだろ」

「あう、大鳳はすっごい危険って言っていたのです。不安なのです」

 身を寄せあう雷と電。「あの、不安ならいいですよ?」

 いてくれてありがたいですけど、無理に付き合って欲しいとは思っていないです。

 ゆえの言葉に、雷はぷるぷると首を横に振って、

「もしかしたら危ないかもしれないでしょっ!

 雪風っ、こういうときは頼っていいのっ」

「けど、巻き込むわけには、い「いいからっ、もっとみんなを頼りなさいっ」」

 こくこく、と頷く電。…………はあ。

 

 欠落した胸に、手を当てて、

 

「ありがとうございます」

 有り難いです、と二人に言いました。

 と、ノック。約束の時間ですね。

 雪風たちは一度視線を合わせて、頷きあって、

「じゃあ、行きます」

 雪風のお客さんです。雪風が出迎えなければなりません。

 だから、戸を開ける。…………「わあ」

「ふああ」

 後ろから声。挨拶すべきなのに、思わず、言葉に詰まりました。だって、

「こんにちわ、貴女が雪風ちゃん?」

「………………………………っ、あ、はいっ、雪風が雪風ですっ!」

 うあ、な、なんか変な事言ってしまいました。

 けど、彼女はくすくすと柔らかく微笑んで、

「はじめまして、私が井上よ」

 ……とんでもない美女がきました。

 

 大和撫子、貞淑な貴婦人、上品な淑女、女性に向けられる称賛の言葉、すべてに似合う女性。

 さらり、と流れる烏の濡れ羽色の髪。すっきりとした輪郭の顔に完璧な造形の顔立ち。

 スタイルも完璧で、しゃんとしたその立ち振る舞いは緊張を与える一歩手前。思わず見とれる美しい仕草。

 なのに笑えば子供っぽい無邪気さ、優しく微笑めば母のような慈愛を感じる。…………なんですかこの女性、完璧すぎるのですが?

「それと、雷ちゃんと、電ちゃん、ね」

「は、はいっ」「よ、よろしくなのですっ」

「ふふ、初対面だからって、緊張しなくていいわ」

 優しく微笑んで丁寧に二人を撫でる井上さん。とたんに、少し硬かった二人の表情が溶けるように、ふにゃ、となりました。

「あら、雷ちゃんも電ちゃんも、とても可愛いわ」

「あ、ありがとう、なのです」

「井上さんも、すっごく綺麗です。

 こんな綺麗な人がいるなんて、雪風驚きました」

「お上手ね。ふふ、雪風ちゃんみたいな可愛い子に言われると嬉しいわ」

 そんな話をしながら居間へ。さて、

「それじゃあ、まずは雪風ちゃんのお話を聞いておこうかしら?」

「あ、はい。その、」

 ちら、と雷と電に視線。……ちょっと、やっぱり深海棲艦の部分を見られるのは抵抗があります。

 ……いえ、しれぇにも裸見られちゃったし、開き直っちゃえばそれまでなんですけどね。

 察してくれた雷と電は「二階で待ってるわ」「終わったら、一緒にお話ししたいのです」と言ってくれました。

 くすくすと微笑。

「いいお友達ね」

「はい」

 頷きました。本当に、有り難い友達です。

「それじゃあ、あの、見せます、ね。

 あの、気持ち悪いかもしれないですけど、……えと、ごめんなさい、です」

「うーん、ここよりは、……お隣の部屋に、お布団は?」

「あ、あります」

 基本寝室に使うつもりですし、雪風の肯定に井上さんは頷いて「じゃあ、そっちにしましょう」

「はい」

 隣の部屋へ。片づけたお布団をまた敷き直しました。

「じゃあ、脱いでもらっていいかしら?」

「…………はい」

 まだ、ちょっと恥ずかしいです。けど、雪風は上着を脱ぎました。

 下着一枚になって、布団に寝転がりました。

「あ、あの、……気味悪くない、ですか?」

 当然、そこにはぽっかりと空いた穴。

「そうね。不思議、とは思うわ。

 けど気味悪いとは思わないわ。……触って、いいかしら?」

「は、はい」

 …………凄い、真面目な表情をしているとここまで凛々しくなるんですね。この完璧さん。

 居間で雪風たちに向けていた、慈母のような表情とは一転、凛々しくて、格好いい。

 まずは、穴の開いていない方の胸、お腹、そして、穴の周囲に指を這わせて、

 くすぐったくて、恥ずかしいですけど、

「え、えーと、ひゃんっ?」

「と、ごめんなさい。痛かった?」

「あ、いえ、大丈夫ですっ」

 腋の下は反則ですよお。…………ともかく、井上さんは指を離しました。

「お、終わりですか?」

「ええ、終わり、お疲れ様」

「あ、あはは、お見苦しいものをお見せしました」

 ……今まで、特別意識していなかったですけど、穴の事は別にしても、……はあ、貧相ですよねえ。あまり大鳳の事をちっちゃいとか言えないです。言いますけど。

 くうぅ、大人バージョンの大和さん程とまでは言わなくても、せめて、同じ陽炎型の浜風くらいは欲しいです。

「お見苦しい?」くすくす、と井上さんは微笑んで「あんなに綺麗なのに、それでお見苦しいなんて、謙遜も過ぎれば嫌味にしかならないわよ。雪風ちゃん」

「そうですかあ? けど、痩せて貧相じゃあ?」

「何度も言わせないの。あれで貧相なんて言ったら私の子供の時なんて骸骨になっちゃうわ。

 羨ましいくらい、綺麗だったわよ」

「そうですかあ? 井上さんの子供のころ、…………えー?」

 今の彼女をみると、どう見ても絶世の美少女、っていう言葉しか出てこないのですけど。

「こーら、今、私の年齢の事とか考えなかったかしら?

 だめよ、いくら雪風ちゃんが女の子でも、女性の年齢を考えるのは無作法よ」

 いちいち仕草が可愛いですねっ!

「いえ、井上さんの子供の頃って、さぞや可愛らしかったんだろうなあって」

「あら、ふふ、ありがと、雪風ちゃん。

 雪風ちゃんにそう思ってもらえるのは嬉しいわ」

 さて、と。井上さんは座って、

「ね。雪風ちゃん。

 少し、二人でお話ししましょうか。雪風ちゃんの事、聞きたいわ」

「あ、……えと、」

 それより、この欠落の事を、と思ったのですが。

「いいでしょ?」

「はい」

 押し切られるようにして、頷きました。

 

//.雪風の家

 

 雪風は井上の太ももに座り、背を預けて話す。最初は少し戸惑いながら、けど、井上の言葉に応じるうちに熱が入り、少しずつ、言葉を加速していく。

 駆逐艦雪風の戦果、そして、搭乗員の笑い話、武勇伝、まるで、大切な宝物のように、己の戦果よりなお誇らしそうに、大切にされた事を、とても嬉しそうに、その想いを言葉として紡いでいく。

 井上は言仁から、そして、言仁は響や大鳳から駆逐艦雪風、艦娘雪風の事を聞いている。だから、井上は雪風の事を知っている。

 当然、奇跡と冠せられた武名も、……けど、

「そう、……雪風ちゃんは、その人たちの事が好きだったのね」

「好き、っていうか、この人たちとともにあの日々を駆け抜けた事が、すっごく誇らしいですっ!

 皆さんのおかげで雪風は不沈艦って言われていましたっ!」

 むんっ、と誇らしそうに胸を張る雪風に、井上は柔らかく微笑んだ。

 

//.雪風の家

 

 ノックの音、むぅ、もっとお話ししたかったのに、

「あら、お客様かしら?」

 井上さんが困ったように微笑みました。雪風の頭を丁寧に撫でて、

「じゃあ、私は電ちゃんと雷ちゃんを呼んでくるわ。

 雪風ちゃんは、お客さんのところに行ってあげて」

「はいっ」

 ぱたぱたと、玄関へ、戸を開けると、「古鷹さん?」

「あ、雪風。

 先日はすいませんでした」

「へ? あ、いえいえ、そんな、雪風の不注意ですから、そんな気を使わなくていいですよっ」

 お菓子まで持ってきてもらってしまいました。いや、ほんとに、気にしないでいいのに、

「いえ、効率を優先したせいで配慮に欠けていました。

 昨夜改めて対策をしたので、もう大丈夫です」

「……お、お疲れ様です」

 確かに、よくよく見ると寝むたそうというか、もしかして夜通しチェックしたのでしょうか?

「ええと、そういうわけなので、……その、危ない目にあわせておきながらこういう事を頼むのも図々しいと思うのですが」

「古鷹さん?」

「その、……出来れば、また遊びに来て欲しいです」

 困ったようにそういってお土産を押し付ける古鷹さん。……えーと、それは、

「受け取ってあげなさい。

 せっかくの好意なのだし、その思いを受け取ってくれたという事は、彼女のためにもなるわ」

 井上さんの言葉に頷き、……「古鷹さーん」

「ふぁっ? あ、……え?」

 視線の先には雷と電と手をつないで二階から降りてくる井上さん。……硬直の理由はよくわかります。すっごいですからね、この人。

 まあともかく、

「幸運の女神に蹴っ飛ばされたような雪風ですが、それでもいいなら、はい、また遊びに行かせていただきますね」

 あるいは、それと解っていて受け入れてくれるのなら、いっそのこと古鷹さんのところでお世話になっちゃいましょうか。

 それもいいかもしれませんね、と。雪風はお土産を受け取りました。

 

「ふふ、雪風ちゃんもいいお友達に恵まれたわね」

 いい子いい子、と古鷹さんを撫でる井上さん。古鷹さんはおろおろと、

「あ、あの、……」

「あら? 嫌だったかしら?」

「あ、いえ、……その、髪、き、きたくない、でしょうか?」

「そんな事はないわよ?」

 もちろん、そうは見えないです。ちゃんと洗っているのは傍から見ても解りますし、濃いブラウンの髪は少し癖はあってもちゃんと整えられています。もっとも、

「っていうか、井上に比べたら大抵の人は、悲しいと思うわ」

「電も、…………羨ましいのです」

 烏の濡れ羽色、艶やかで、輝くような色。一本のくせもなく、一筋の痛みもない。

 それと比べれば雪風の髪だって相当悲しい事になります。

「そんな事はないわよ。

 綺麗にしてあると思うわ」

「そう、ですか」

 ほう、と一息。

「古鷹ちゃんね。雪風ちゃんと仲良くしてあげてね」

「もちろんです」

 むん、と胸を張って古鷹さん。そういってくれると嬉しいです。くすくす、と笑って、

「それならいいわ。

 じゃあ、雪風ちゃん、貴女の欠落をお話ししましょうか」

「あ」

 そう、……でした。あまりにお話しが楽しくて忘れかけていました。

「欠落?」

「ええ「雪風の、深海棲艦としての部分です」」

 井上さんの言葉に重ねて応じます。これは、雪風の事。

 少し、困ったように動きを止める古鷹さん。そして、顔を見合わせる雷と電。

 雪風は、そっと胸に手を当てて、

「ここにですね。穴があいているんです。ぽっかりと」

「あ、な、ですか?」

「はい、…………さすがに、お見せするのは恥ずかしいので嫌ですけどね。

 ぽっかりと、向こう側が見えるような穴があいてるんです。雪風の体に」

「それは、…………えと、」

 困ったように口を噤む雷。苦笑。

「まあ、そういうわけで井上さんにみてもらいました。

 ……なんといいますか、正直、気味が悪い、です」

 感じたのは悪寒。こんな自分になったことへの不安。……けど、

 抱き寄せられました。井上さんに抱き寄せられて、抱きしめられて、ぽん、と。軽く背中を叩かれました。

 それだけで、悪寒が消えていってくれるのだから、雪風も、単純です。

「あの、井上さん。雪風は、……その、」

 古鷹さんが少し言いにくそうに、雷は頷いて「雪風は、大丈夫なの?」

「そうねえ。……だめといえばだめだけど」

 え?

「な、なにかあったのですかっ?」

 ずい、と電に詰め寄られました。雷と古鷹も、心配そうに見ています。けど、

「雪風、は?」

「そうね。雪風ちゃん。

 貴女からは、幸運が欠落したのよ。体に空いてしまった穴は、その欠落の象徴ね」

「え? ……あれ?

 深海棲艦になるのって、想いを叶えるために形が変わるっていうことよね? どうしてそれで幸運が欠落するの?」

 首を傾げる雷。雪風も、それは解りません。

 どうしてなのか? と、集まる視線に井上さんは微笑んで、

「だからね。雪風ちゃん。

 その穴が変わる事はないわ。埋まる事もないし、広がる事もない。もう、雪風ちゃんの幸運はなくなっちゃったのだからね」

「え、……と、むぎゅっ」

 雪風の言葉は、井上さんに抱きしめられる事で口に出す事が出来ず、代わりに、

「それで、雷ちゃん、電ちゃん、古鷹ちゃん。

 雪風ちゃんは困った娘。幸運を捨てて、不運を得た。雪風ちゃんの不運に、皆も巻き込まれて大変な思いをするかもしれないわ。

 けど、「それでも、雪風は友達です」」

 井上さんの言葉を遮って、きっぱりと告げる古鷹さん。

「もちろんよっ、どんなに不運だってそんなの雷には関係ないわ。

 …………じゃなくて、それで雪風が困るなら絶対に雷は助けるわ」

「電も、お手伝いするのですっ」

 雷と電も続く。くすくすと、優しい微笑。

「私から言える事は、あと一つよ。

 ね、雪風ちゃん」

 優しい言葉は、子守唄のように、雪風の不安を溶かすように、

 

「貴女は、不運かもしれない。

 けど、決して不幸じゃないわ。ちゃんと、その事を覚えていてね」

 

 はい、……もちろんです。

 

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