深海の都の話   作:林屋まつり

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十話

 

 食材探しに近くのお店へ。電と雷は井上さんと手をつないで上機嫌です。

 そして、

「あの、私も一緒していいのでしょうか?」

 ちょっと困ったような表情の古鷹さん。

「もちろんいいわよ。

 ね、雪風ちゃん?」

「それはもう、友達と一緒にご飯を食べることを嫌がる理由はありませんよ」

「あの、せめてお金を」

「いいのよ。全部私が出してあげるから」ぽんっ、と古鷹さんの肩を両手で叩いて「真面目なのはいい事よ。けど、今は、気にしなくていいのよ。古鷹ちゃん」

「……は、はい」

 小さくなる古鷹さん。微笑ましい「かふっ」「きゃうんっ」

 お腹に衝撃っ!

「あ、いたた。

 ごめんなさいなのです。ごっつんしちゃったのです」

 へ?

「電っ?」

「あ、雪風なのです」

 なぜか、そこに雷がいました。エプロンを着ています。艤装なのか、なにかふわふわした物に乗っています。

「山茶花っ」「あっ、椿なのですっ」

「…………どういう事?」

 ぱちんっ、と手を打ち合わせる電二人。雷は困ったように、

「えと、……なんだっけ?」

「相応の資材と、……あとは、妖精さんのやり方次第で、同一の艦の艦娘が建造可能らしいのです。

 えと、それで、さっきの山茶花とか椿は、……えと、苗字? みたいなもの、です」

「なのです」「なのです」「なのです」「なのです」

 ……いや、延々と繰り返さないでください。なんか、訳わからなくなります。

 やたらと楽しそうにくるくると踊る電二人。……なんでしょう、なんなんですか、この光景。

「む、とすると、この都のどこかに雪風がいるかもしれないのですか」

 その場合は雪風も、なにか苗字を考えなければなりません。

「それは、いないと思ったわ。多分だけど、鎮守府に行けば分かると思うわ」

「そうですか、ちなみに雷はいるのですか?」

「ううん、いないわ」

「はわっ、……つ、椿、すっごい美人さんがいるのですっ!

 椿のお母さんなのですかっ?」

「それはさすがにすっごい誤解なのですっ!」

 確かに、艦娘にも深海棲艦にも、お母さん、なんて存在しないですよね。

 ただ、

「井上さんが母ですか、それは、さぞや幸福な家庭になるでしょう」

 古鷹さんもまんざらではなさそうで、何より、

「あら、そうね。

 電ちゃんみたいな可愛い女の子が娘だなんて、それも素敵ね」

 楽しそうに微笑む井上さん。

「じゃあっ、雷にとってもお母さんねっ

 おかーさんっ」

 ぎゅっと抱きつく雷、負けじと抱きつく電。たぶん、その場の勢いで抱きつくもう一人の電。

「あらあら、甘えん坊さんね」

 撫で撫で、古鷹さんがそれとなく羨ましそうな視線を送っていますけど、……こほん。

「えーと、彼女は井上さんです。…………人?」

「違うわよ。雪風ちゃん。

 魔縁よ、言仁の坊やと同じね」

「司令官さんは子供じゃないのです。

 見た目は子供だけどほんとは凄い人なのですっ」

 むんっ、と胸を張る電。

「あら、電ちゃんは坊やの事好きなの?」

「はうっ、…………あ、……す、好き、なのです」

 顔を真っ赤にしてもじもじと応じる電。とても可愛らしいです。

 ふと、

「古鷹さんは、しれぇとお知り合いですよね?」

「感謝と尊敬はしていますが、電のような好意は、難しいですね」

「それで、「Hey、電っ! いつまでも遊んでたらNoデスっ!」はうっ?」

 おや、この声は? ともかく、山茶花は困ったように下がって「お仕事の最中なのですっ、それではっ、また遊ぼうなのですっ」

 ふわふわと行ってしまいました。

「それじゃあ、私たちもお買い物をしましょうか。……だから、雷ちゃん。

 少し離れてくれないかしら? 歩けないわ」

「はっ、ごめんなさいっ」

 ぎゅーっと、ずっと井上さんにしがみついていた雷。

「いいわよ。

 それじゃあ、お買い物を済ませちゃいましょうね。おうちに帰ったらご飯を作ってあげるから、皆で食べましょう」

「はーい」「はい」「はいなのですっ」「了解しました」

 返事四つ聞いて、井上さんは微笑んで歩き出しました。

 

//.古鷹

 

 ちょっと一緒に歩きませんか、と言われて私は雪風と歩き始めました。

「どこに行きますか?」

「えーと、ちらっと聞こえてきた声が確かなら、…………ああ、ありました」

 道路に面したところにあるいくつかのテーブル。喫茶スペース。…………金剛ですね。

 すとん、とそこに座って、

「別に内密にするようなお話じゃないんですけどね。

 ただ、参考意見が聞きたくて」

 今、雪風が聞きたい事。

「こんな事古鷹さんに聞くような事じゃないって思っています。

 変な事を聞いてごめんなさいを前提なんですけど、」

 一息。

「どうして、雪風は幸運を捨てたんでしょうか?」

 確かに、それは私には解らない事。雪風でないと解らない事。

 けど、その答えが誰よりも欲しいのは雪風、です。

 だから、……ちゃんと考えて、答えましょう。

 友達、と言ってくれたですから。

「いらないから、……あるいは、持っていると不都合だから、ではないですか?」

 捨てる理由の一般解。捨てたものを考えなければ当然行き着く結論。

 もちろん、幸運がいらない、あるいはあると不都合と思う者なんているとは思えませんけど、

 突拍子もない的外れな事を言っている自覚はあります。けど、

「そうですね」

 雪風は真面目な表情で頷きました。苦笑。

「我が事ながら何考えているんですかね。

 奇跡の不沈艦が、奇跡を捨ててただの不運艦になったとか、それじゃあ、雪風はなにもないじゃないですか?」

 

 ふと、閃くものがありました。

 曖昧な疑問ではなく、形ある答えに触れたような感覚。

 

「不沈だったのは奇跡のおかげですか?」

「へやっ? ううんっ、奇跡じゃないですっ!

 皆さんの努力があってこその不沈ですっ、奇跡なんて曖昧な物に頼ったりはしませんっ」

「そうですよねえ」

 当たり前の事です。

 十六回以上の主要な作戦に参加し、戦果をあげながらもほとんど無傷で生き残った。

 確かに、一度や二度なら奇跡、幸運で片づけられます。

 けど、奇跡、幸運だけで何度も生き残れるほど甘くないのが戦争、戦場、その地に赴いたものなら、誰でも知っています。

 奇跡なんてない、そんな場当たり的な言葉など、歯牙にもかけず死が訪れる場所。それが戦場。故の死地。だから。

 奇跡じゃない、なら、なぜ雪風は最後まで生き残ったのか? 雪風の性能がよかったから? 確かに島風のように姉妹艦がいないのならそれもあり得るかもしれませんが、同一の型、陽炎型で生き残ったのは雪風のみ、それも違う。

 なら、ただ、沈ませないように必死だったのでしょう。誰が? そう、先に行った皆さんの、……つまり乗組員の努力。

 ああ、つまり、…………「ふふ」

「むぅ、……なんですかあ?」

「いえ、一つ確認したい事があります。

 そのころの、不沈艦雪風は、不幸だったと思いますか?」

「むぅ、ばかにしてますか?

 あんないい人たちに恵まれて、それで不幸な訳がないじゃないですか。これこそまさに奇跡ですよ。あの人たちと出会えたことこそが、奇跡の駆逐艦の最高の奇跡です」

 むくれたように語る雪風。……本当に、井上さん、貴女の言う事は正しいです。

「解りました。

 じゃあ、行きましょうか」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、解りましたって、え? 雪風が幸運を放り捨てちゃうような不思議な理由がわかったんですか?」

「はい。もちろん、教えるつもりはありません。

 ……けど、そうですね。さっきの、奇跡の駆逐艦最高の奇跡という言葉は覚えておきましょう」

 

//.古鷹

 

 くぅ、まさか、古鷹さんがここまで意地悪だとは思いませんでした。

 決めました。

「古鷹さん」

「なんですか?」

 上機嫌に前を歩く古鷹さんに、じっとりとした声。

「決めました。雪風、古鷹さんの職場で働きます。

 不沈艦ならぬ不運艦に意地悪した事、たくさん後悔してください」

「そうですね。幸運を捨てた事を後悔したら、そうしましょうか。

 じゃあ、明日一緒に鎮守府に行って話しておきましょう」

 ……まさか、笑顔で流されるとは思いませんでした、不覚。 

 

 買い物を終えて、雪風の家で井上さんがお料理。お手伝いをがんばると胸を張った雷は腕が大きくて邪魔なのです。と妹の言葉に轟沈して雪風の隣でめそめそしています。

「はうう、雷、邪魔じゃないもん、邪魔じゃないもん」

「はいはい、雷はいらない子じゃないですよ」

 めそめそしている雷。何となく電と姉妹なんだなあ、と思いました。

 ちなみに、和気藹藹と古鷹さんと電と井上さんがお料理をしているので、雷のめそめそはとどまるところを知りません。

「それにしても、なんで井上さん、あんなに優しくていい人なのに危険なんて言ってたのでしょうか」

 大鳳が言っていましたけど、おそらくしれぇの感想なんでしょうね。

「うーん、……雷もよくわからないわ。

 けど、初めてじゃないのよね。そういうの」

「そうなのですか?」

 問いに、雷は頷いて、

「言仁も、自分の事を災厄の、……なんだったかな。なんかそんな怖い事言ってたわ。

 おじさんとか為朝とか、言仁以外の魔縁とも会った事あるけど、怖い人はいないの。けど、皆が魔縁はすっごく怖い存在だって言うの」

「そうですか」

 そういうものでしょうか、と。……老人は幼子を可愛がりたくなもの、と。……うーん、それが理由なのでしょうか?

 魔縁の、その本質は、「あらあら、言仁の坊やはそんな事を言ってたの?」

 振り返れば料理を両手に持った井上さん。

「危険、ですか?

 井上さんも、そんな人には見えません」

 古鷹さんも首を傾げています。もちろん、雪風も同感です。

 しれぇも、なにか考えがあっていったのでしょうけど。

「そうねえ。…………いえ、全然それで間違いないのだけど、まあ、それよりもご飯を並べちゃいましょう。

 雷ちゃん、雪風ちゃん、お手伝いをお願いしていい?」

 井上さんの言葉に、雷は立ち上がりました。雄々しく。

「もちろんっ、こ、今度こそ雷に頼っていいんだからっ!」

「ええ、お願いね。

 じゃあ、雪風ちゃんも行きましょう」

「はいっ」

「あ、井上さん。運ぶのは私たちでやります」

「お母さんはお休みなのです」

 また台所に戻る古鷹さんと電。井上さんは微笑んで、

「そうね。それじゃあお願いね。みんな」

 

 そして、

「どーしてこーなるんですかねー」

「あら、嫌かしら?」

 夕食を食べて、雷と電は自宅へ、明日一緒に鎮守府に行く古鷹さんは二階の一室で眠り、

「ふふ、さ、いらっしゃいな」

 浴衣に着替えた井上さんが布団を軽く持ち上げて誘ってきました。

「では、お邪魔します」

 雪風の布団ですけどね。けど、何となくそういって布団の中へ。……はい、井上さんたっての希望で一緒に寝ることになりました。

「ぎゅ」「むぎゅ」

 そして、抱き寄せられました。……凄い、大きすぎもせず小さすぎもせず、なにも飾らない、特別な言葉がなにもいらない。シンプルで頂点な、おっぱいの感触。極上です。

「さ、おやすみなさい。雪風ちゃん」

 優しく頭を撫でられました。

 とろけるような甘い匂い。耳元でささやかれる優しい言葉。

 温もりを感じるごとに積もる眠気。少しずつ、眠くなって、

 

「明日から、不運で幸福な日々が待っているわ」

 

 優しい言葉を聞いて、雪風は眠りに落ちていきました。

 

 夢を、みた。

 駆逐艦、雪風の見た過去。

 

 船渠にある駆逐艦雪風、その甲板に座る一人の男。

 艦長、その手には杯、そして、甲板にはもう一つの杯と、酒瓶。

 酔っぱらってる。傍目から見ても赤い顔で、けど、彼の表情は穏やかで、

「なあ、雪風よ」

 彼は困ったような表情で、

「うちの若いのが喧嘩してたよ。

 お前の事を、他の艦の運を吸い取る死神だって言われてな。本気で切れやがった」

 たはは、と笑う。

「年食うと面倒くせぇなあ。ほんと。

 俺だって止めたくなかったんだぜ? 俺たちの雪風をそんな風にいうやつなんだ、ぶん殴ってやりてぇよ。……けどまあ、艦長じゃあ仕方ねえな。若造を止めるが艦長の役割なんだし」

 杯に注いだ酒を一口。ふぅ、と一息。

「奇跡の駆逐艦、雪風。……なあ、雪風。

 その奇跡のうち、少しくらいは俺達の腕前だって、誇っていいよな?」

 少し、なんてとんでもないです。

 自分は知っています。休む間も惜しんで、皆を生きて返そうと、雪風を轟沈させまいと、気を配って整備をしてくれる人たち、そして、その雪風を十全に操作し、強い意志を持って任務をやり遂げる乗組員の皆さん。

 奇跡なんてない。全部、皆さんの実力です。

 はは、と笑う声。

「雪風の奇跡を疑うつもりはねぇけどよ。

 やっぱり、俺にってお前は、奇跡っていうよりは誇りだよ。整備の連中も、船員の連中も、ほんとによくやってる。………………面と向かって言うとつけあがるからいわねぇけどよ。

 だから、なあ、雪風」

 艦長は優しく微笑む。強面に、微笑を刻んで、

「死神だなんて言われても、気にしないでくれよ?

 奇跡も、死神も何もねえ、お前は、雪風は、俺たちの誇りだ。……それだけで、十分って事にしてくれや」

 十分です。……いえ、自分には過ぎた誉れです。

 苦笑。

「って、俺も歳だな、感傷的になって仕方ねぇ。…………ふぁあー、あ」

 ばた、と倒れるように艦長は雪風の甲板に転がる。そのまま、小さな寝息。

 貴方達にとって、雪風が誇りの艦だというのなら、雪風にとって、貴方たちこそ誇りであり、そんな貴方たちの想いにこたえられる事こそ、誉れです。

 奇跡や死神なんて言われても気にしません。幸運の文字に覆い隠された、本当の奇跡。奇跡の駆逐艦雪風にとって、唯一で最高の奇跡。

 貴方たちに出会えたこと、後の奇跡は、全部、貴方達が、雪風にくれた奇跡です。

 だから、かなうなら、眠る艦長に毛布の一つでもかけて、ありがとう、っていいたい。

 けど、駆逐艦雪風にそんな機能があるわけがなく、ただ、そこにありました。

 

 ――――そんな、夢を見た。

 

 夢を、みた。

 雪風の見た現在。

 

 この都で出会った皆。

 しれぇ、大鳳、響、夕立、大和さん、雷、電、鈴谷、古鷹さん。そして、井上さん。

 幸運なんてなくて、奇跡なんてなくて、きっと、関わった人皆に雪風は不運を振りまいて迷惑をかけてしまうかもしれません。

 けど、

 

 胸に開いた穴に、ふわふわと降り積もる、温かくて、心地いいもの。

 

 これがあれば、きっと、奇跡なんてなくてもやっていけます。

 昔からそうでした。奇跡なんてない、皆さんのおかげで、雪風は生きていけました。

 そして、これからもそうです。奇跡なんてない、幸運なんてない、けど、それでも、……かつて、雪風を沈めないように必死になってくれた皆さんと同じように、今、雪風を支えてくれる皆がいます。

 

 ――――だから、大丈夫です。

 駆逐艦雪風と、ともにいてくれた皆さんに、笑顔で告げました。

 胸の空洞を埋めてくれる温かいもの。幸運、と、それに隠れて見えなくなりそうな、大切なもの。

 

 それを抱いて、雪風は、不運で幸福な明日を夢見ました。

 

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