深海の都の話   作:林屋まつり

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二話

 

 近くの喫茶店に向かう。本格的な食事ならば鳳翔のところに行くが、そこまで腹がすいているわけではない。

 そもそも、腹がすく事はない。食事は娯楽でしかない。本来なら無視するが。

 やる事もない。この都は本当に平穏だ。あまり長くいると中毒症状を起こしてしまうかもしれない。

 あまり、この都に寄らない理由はそれだが。

「いらっしゃいませ、……あら、すいとみず、久しぶりですわね」

 ウェイトレスの熊野が軽く驚く。溜息。近くのテーブルに座る。

「轟沈した。艤装の修繕待ちだ」

「そう、まあゆっくりしていきなさいな。

 それで、なにを御所望かしら? ローズヒップティーがお勧めですわよ」

「酒だ」

「蹴りだして差し上げましょうか?」

 ちなみに、本気だ。以前に言い続けたら奇声を上げながら文字通り蹴りだされた。

「客に向ける言葉ではないな」

「そちらこそ、喫茶店で言う言葉ではありませんわよ?」

「すいはどうする?」

「白湯で」

「………………わたくし、ばかにされているのかしら?」

 ちなみに、すいは真面目に応じたので首を傾げた。

 

「気味悪いな、それ」

「打ん殴りますわよ?」

 凄惨な瞳で睨みつける熊野。彼女の深海棲艦としての姿は、少し、不思議だ。

 腕が三本ある。一本は鋼鉄の腕だが。ふむ。

「その三本目の腕が生身の腕なら十分に、…………………………十分です」

「言葉を選んでいただき感謝しますわ。

 ちょっとお待ちくださいな、御所望の白湯に飽和寸前まで砂糖入れてきて差し上げますわ」

「サービスは痛み入るが、私は甘いものはあまり好きではない」

「……みず、部下の教育はちゃんとしていただけません?」

「諦めたら負けだ」

「……部下の教育は?」

「熊野、私にだって敗北はある」

 目の前の真面目な不思議思考を正すなど、出来るわけがない。

「………………はい、白湯と、珈琲ですわ」

「うむ、いただこう」「ありがとうございます」

 白湯はいくらなのだろうか、少し興味はあるが、まあいいかと思う。

 と、

「Heyっ! TeaTimeデースっ!

 熊野っ! 今日お勧めのTeaはなんデースっ?」

「白湯ですわ」

「………………アタマ、大丈夫デース?」

 賑やかだな。振り返ると優しい瞳の金剛がいる。

「Hey! みずとすいっ! 久しぶりデースっ!」

「金剛、来て欲しい」

「なんデース? 御一緒デスカ? 歓迎しマースっ!」

「そうですね。一緒に一息入れましょう。

 ですが、その前に金剛にお願いしたい事があります」

 すいが謹直に言う、金剛は胸を張って、

「OKっ! なんでも言ってみなサーイっ!」

「腹いせに殴っていいですか?」「やつあたりをさせて欲しい」

「OKっ! 素敵なパーティーを始めまショウ」

「止めないと十倍希釈の紅茶を出しますわ」

「さ、最悪の仕打ちデスっ!」

 ともかく、金剛は私たちの座るテーブルに腰を下ろす。

「…………すいが飲んでいるの、何デス?」

「白湯です」

「それ、喫茶店で飲むものデース?」

「いえ、私はみず様の付き合いだったので、別に来なくてもいいかなと」

「…………付き合わせて申し訳ないな」

 確かに誘ったが、面と向かってそういう事は言わないで欲しい。

「相変わらず、真面目不思議ちゃんデス」

「言うな」

 首を傾げられた。自覚がないのだから始末に負えない。

「で、ご注文はなににしますの?」

「紅茶をストレートで御願いしマース。

 あとは、スコーンを、プレーンで御願いしマース。今日はSimpleでいきマースっ」

「焼き肉が欲しい」「食パンをください」

「………………カツサンドで我慢してくださらない?」

「……そ、その発想はありませんでしたっ」

「同感だ。さすが熊野」

「……わたくし、ばかにされていません?」

「そんなつもりはない。誤解されたのなら謝罪しよう。

 肉を食べたいといった私と、食パンを食べたいといったすいの希望をまとめて叶えられる提案をした熊野の機転に感心したのだが」

「ごめんなさい」

「…………カツサンドですわね。作ってきますわ」

「スコーンも忘れちゃNoデースっ!」

「解っていますわ。ガムシロップ味ですわね」

「それなんデースっ?」

 熊野は奥へ、そして、久しぶりにこの都に来た理由。

「ああ、金剛に轟沈されたんデスカ。

 ゴシュウショウサマデス」

 なむー、と手を合わせられた。そこそこ不愉快だ。

「基地の殲滅デシタネ。

 正直戦力不足じゃないデース?」

「……解ってはいるのだがな」

 溜息。私とすいだけではあの基地を殲滅する事は不可能だろう。

 認めるのは癪だが、あの基地の提督は優秀だ。階級は少将で、海軍でも主力と言っていい一人だろう。

 そして、当然その実力に見合うだけの設備があり、相応数の艦娘がいる。

 だが、

「それでも、やらねばならぬのだ」

「その意思を否定するつもりはありまセン」

 金剛は苦笑。言葉はつなげなかった。けど、言うまでもない。

 だって、私は深海棲艦なのだから。

「せめて仲間を増やすなりなんなりするべきデース」

「お前たちはこの都から出るつもりはないだろ」

 私たちのように普段から都の外にいる深海棲艦とは異なり、普段はこの都にいる深海棲艦のほとんどは都からでない。

 この都の長、言仁がそれを戒めている。死者は生者と関わるべきではない、と。

「もちろんデース。

 みずとすいは得難い友人と思っていますガ、テイトクの意思には逆らいたくありまセン」

「命令と言わないのだから、やはりお前は深海棲艦だよ」

 溜息。

「なにかペナルティでもあるのですか?」

 そういう事ではないと思うがな、だが、そういう事らしい、金剛は頷く。

「テイトクとTeaTimeが出来なくなりマースっ!」

「轟沈しますね。金剛」

 半ば生甲斐とかしている時間だ。出来なくなれば死ぬだろう。

 私とすいは手を合わせた。金剛が嫌そうな顔をした。

「カツサンドと、紅茶とスコーンガムシロップ味ですわ。

 それより、みず、すい、他の深海棲艦はどうなんですの? 上にいる」

 恐る恐るスコーンを食べ始める金剛を横目に、溜息。

「いぶきに聞いてみたが、基地に忍びこんで艦娘の下着をあさっていいか問われてな。

 一時間に及ぶ殴りあいの末交渉は破綻した」

「破綻したほうがいいのではないんですの、それ?」

「アマっ!」

「あとは、うらに聞いた見てのだが、ウゴキタクナイデスと壊れた機械のように繰り返していてな。

 太ったらしい、指摘したら殴り合いが始まり破綻した」

「うら? ……ああ、港湾のですのね。

 確かに重量級な艤装ですわね」

「私たち深海棲艦は艤装もほぼ本体と同じです。

 ゆえに、うらは、…………肥えています」

「……す、スコーンの食感をした砂糖の塊を食べている気分デース」

「当人に会ったら大質量と言ってごまかしなさいな」

「忠告痛み入ります」

「仕方ないから北に向かった。ぴりかが飛行機の模型で遊んでいたので聞いてみた。

 ナラバアソベと言われたから面倒になって逃げてきた」

「ま、……まずい、デ、ス」

「金剛がスコーンで大破しましたね」

「遊んであげればいいじゃないですの? それで援軍が入るなら」

「遊ぶといわれてもな。…………砲撃をするしかなくて」

「なんですの? その飛躍は。コミュニケーションの大部分を砲撃戦ととらえるのはそろそろどうかと思いますわ」

「いえ、熊野。

 拳で語るという言葉があります。拳でコミュニケーションを取れる者はきっと、打撃により意思疎通が可能なのでしょう」

「…………打撃しながら愛の語らいを始めたとしたら、十分にホラーですわね」

「黒砂糖と、カレールーは、別物、デース」

 大破して突っ伏す金剛を横目に、少し考える。

「砲撃により意思疎通は可能だろうか。

 こう、砲撃をしながら助力を要請するとか」

「世間一般的にそれは脅迫といいますわ」

「むぅ」

「南の方に行ってみたらどうですの?」

「上半身が全裸な女を連れて歩けというのか?」

「………………ま、まあ、そーですわね」

「か、カレーの甘口は、砂糖、では、ない、デ、ス」

「あれは貞淑に隠しているそうです。髪の毛で」

「……貞淑って、どういう意味ですの?」

「それは本当なのか?」

「当人に確認したので間違いありません。

 その格好、恥ずかしくないのですか? 恥知らずですか? 変態ですか? 痴女ですか? 露出Lv150ですか? と。そしたら半泣きで、髪の毛で貞淑に隠しているのよ、と。

 ついでに襲われました」

「大丈夫だったのか?」

「はい、残りの二人が、あんたのせいで私たちまで露出限界突破Lv100だとか言われるのよ。と半泣きで迎撃したので、何とか取り押さえる事が出来ました。

 ただ、三人そろって泣きながら打撃戦を繰り広げていたため、うるさかったです」

「その光景を想像したが、言葉を選べば修羅場だな、阿鼻叫喚というか」

「……それ以外に見つかりませんわ」

「そういう事情で助力は得られていない」

「なんていうか、協調性以前ですわね。

 そろってもう少し個性のLvを落としたらどうですの? せめて限界値であるはずの99くらいに」

「深海棲艦なのだから仕方ない」

「……それもそーですわね。

 で、他のは? ……名前があるかは知りませんが、あの、頭になにか乗せてるのとか」

「言葉が通じない。

 いや、あまり試していないからわからない、いたりいなかったりするからな。あいつらは自由すぎて困る」

「……そーなんですのね」

「ちび姫でも見つけようと思ったのだがな、その前にここに来る事になった」

「ちび姫でしたらちょくちょくとこの都に来ていますわよ。

 前に提督のところに遊びに行って響と喧嘩をしていましたわ」

「ではちび姫でも探してみるか」

 

 横にあった紅茶にガムシロップを投入し、請求書を放置して店を出る。

 向かう先は一つ。

「鎮守府、ですか」

「そうだ。ちび姫がいるかもしれない。

 あるいは言仁がなにかいい案を出してくれるかもしれない」

「そうですね。言仁様でしたら、なにか見繕ってくれるかもしれません」

「強請る事前提ではないのだが」

 まあいいか、ともかく、鎮守府に到着。「大鳳」

「あら、みずとすい、久しぶりね」

「こんにちわ、言仁様はいますか?」

「提督ならいるわよ。どうしたの?」

「なにかいただきに来ました」

「…………タカリ?」

「違う、少し詰まってきたから助言をもらいに来たのだ」

「ああ、例の、基地の殲滅?

 いくら貴女達でも一つの基地を滅ぼすのは難しいでしょうね」

「残念ながらな、単体で基地を壊滅させられるのは、いぶきと響くらいだろう」

「それもそうね」

 艦娘単体なら、私たちでも勝利できる。目の前にいる大鳳や喫茶店にいる金剛でも可能だろう。

 だが、基地全体となれば数十の艦娘が所属している。そのすべてを打破するのは、難しい。

 もっとも、言仁をはじめとする魔縁ならば、容易だろうが。

「二人ならともかく、もっと仲間増やしたらどう?」

「それもそうだが、……いや、それでちび姫を探しに来た」

「ああ、彼女ならいるわよ。

 確か「痛いじゃないかっ!」降ってきたわね」

 上からちび姫、……もとい、ひさめ。

 彼女は艤装と完全に一体となった足で着地して上を睨む。その先、

「ふふ、ひさめ。

 やっていい事と、悪い事だがあるよ」

 白い、少女がいた。

 目を覆う白い包帯、白いワンピース、白い髪と白い肌。

 言仁の秘書をしている響。彼女はとんっ、と窓から飛び降りる。

 たんっ、と。着地、そして、ちび姫と睨みあう。

「なにやってるのよ、響」

「いいじゃないかっ! お昼寝してる言仁くんの布団の中にもぐりこんだってっ!

 だって可愛いし、誰だってそうしたくなるよっ! 響だってそうでしょっ!」

「そんな事をしていたのか?」

 まったく、なにをしているのやら。だが、そう思ったのは私とすいだけらしい。

「確かにね。司令官の寝顔は可愛い。思わず寝ている布団に入りたくなる気持ちも解る」

「解るのか」「解るのですか」

「けど、許容できる事とできない事がある。

 ひさめがそんな事をするのは、私が許さない」

「そうね。よくやったわ響」

 静謐な表情で大鳳が話に加わる。

 少々置いてけぼりな感じはするが、巻き込まれるとろくな目に合わないだろうから静観。

「響も、よく気がつきましたね。

 索敵能力が高くなりましたか」

 すいが感心したような声を上げる。「いや」と、響は首を横に振る。

「その時私は司令官の布団の中にいたから、普通は気付く」

「響ーっ!」

 大鳳が響に襲いかかった。

 そして、三つ巴の喧嘩を始めた。とりあえず放置して鎮守府に入ろうとしたら、後ろから音。

「ファイヤーーーーーーーっ!」

 その掛け声でとび蹴りはおかしい。とりあえず回避したら後ろにいたすいに直撃した。

 

「到着っ!」「到着なのですっ!」

「雷、電か?」

「あ、みずなのです」

「配送か?」

「ええ、そうよ。

 他にも色々回ったから、ここに来るのが遅くなっちゃったわ」

 なるほど、他にも鎮守府に届ける荷物を引き取ったのだろう。そりには私の渡した土産のほかにもいろいろと乗っている。

 それで、

「なんで鎮守府の前で喧嘩してるの?」

「喧嘩というよりは乱戦となってるが」

「はぅうう、み、みんな、痛いのはだめなのです」

 おろおろしている電。私はとりあえず彼女を撫でて「じゃれあっているだけだ。あまり気に病む事はない」

「そ、そうなのですか?」

「まあ、誰も艤装まで持ち出していないしね」

 さて、どうしたものか、そろそろ止めた方がいいかもしれない。

 と、

「ん、ふぁーあ、…………あう、どうしたの、みんな?」

 枕を片手に抱えて、眠たそうな浴衣姿の言仁。

「寝起きか?」

「んー」眠そうに眼をこすりながら「賑やかだから、さっき、起きたの」

「もー、男なんだからそんな寝ぼけた顔してちゃだめよ。

 しゃんとしなくちゃだめなんだからねっ」

 ぴっ、と親指を立てる雷。言仁は眠そうに眼をこすりながら、「う、うーん、気をつける」

「昼寝中だったか、すまない。騒いだな」

「ん、…………ふぁあーあ、うん、僕、お昼になると眠くなるの。

 うん、けど大丈夫だよ。……って、あれ? どうしたの?」

「うん?」

 そういえば、静かになったな。

 騒がしかった隣に視線を向ける。……おお。

「連鎖轟沈」

 ぽつり、雷が呟いた。

 きょとん、とすいがしているが他は似たような状態。

 どうも、寝起き寝惚けの言仁に見惚れていたらしい。

 

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