かつん、こつん、かつん、と音が響く。
先導するのは言仁を抱きかかえて上機嫌な金剛。
同行するのは雷と電。仕事があるっていう大鳳と響は残った。……大鳳と金剛がまた言仁をめぐっていい争ってたけど。結構しぶしぶ、残ってた。
見せたいものがある、と。
「この都の中枢だよ。
一番大事なところなんだ」
「そうなの?」
都の中心、か。…………「そういえば、言仁」
「ん?」
「ここにいる深海棲艦って、みんな雷みたいなの?
えと、……なんていうか、雷が地上にいたときに、見た事がある、その、深海棲艦とは全然違うのよ」
どうして?
雷の問いに、金剛と電は困ったように視線をそらす。言仁は、…………苦笑。
「彼女たちも、同じ深海棲艦だよ。……ただ、心が壊れてるんだ」
「心、が?」
「艦娘が轟沈すると深海棲艦になる。これはいいね?」
「う、うん」
「深海棲艦は艦娘じゃない。
その、」言仁は、とん、と雷の胸に手を当てて「体を動かすのは、想いなんだ。憎悪、絶望、あるいは、愛情、思慕、……強すぎる想いが艦娘として死んだ体に残って、艦娘が堕ちた先、……深海でも生きられるように造り直された形、それが深海棲艦なんだよ」
「えっと、……轟沈して、深海でも生きられるように造り直された、っていう事?」
「惜しいかな。
艦娘の想いを叶えるために造り直した。その過程で深海に適応出来た、っていう事。その左腕は想いを叶えるために欠損があると不備があるから、っていう事で造られたのだと思うよ」
「想いを、叶える」
胸に手を当てる。……雷の想い、願い、それは、………………
「それで、その想い。その憎悪が強すぎると、艦娘の感情さえ造りかえられる。
造りかえられた場所が大きくなって元の形を損失する。心も、感情も、記憶も、全部想いを叶えるために造り直される。……妖精さん、って言ってたっけ? なかなか罪深い事をするよね。
想いを叶えるために、自分さえ壊してしまうのだから」
「そんな、に?」
雷は、異形と化した左手を見る。
「じゃあ、これは、雷が望んだ、形、なの?」
「憎悪や敵意は、まったくなかった?」
「そ、……れは、」
あった。司令官に向けての、…………その、想い?
その想いが、欠損した左腕を造り直した、の? その想いを叶えられる形、に?
「強い憎悪、敵意が心を壊し、体を造り変えた。欠損を補うどころか、欠損していない場所まで憎悪を叶えるために造り変えてね。
多分、雷が上であったっていう深海棲艦はそんな娘たちだよ。……昔、まだ、艦娘っていうのが少なかったころは、随分とひどい事をされていたみたいだからね」
「そう、なんだ」
雷も、噂程度なら聞いたことがある。調査のための分解とか、耐久実験とか、そういうの。
そんな思いをして轟沈して、……だから、…………心まで、壊れちゃったんだ。
「そんな娘たちはこの都にもほとんど来ないんだ。
皆、自分の憎悪を晴らすことを最優先にしているからね。僕はそれを止める権利を持っていない。し、止めるつもりもないよ」
「それは、ワタシも、デス、カ?」
金剛は不安そうに問う。確か、金剛は、……言仁は困ったように微笑む。
「止めるつもりはないよ。
ただ、前に言ったよね。…………ううん」
否定の言葉、金剛は彼を見て、彼は金剛の頬に触れる。
「僕は金剛の事、好きだから。
だから、ずっと笑顔でいて欲しい。消えないで欲しいよ。それは僕のわがままだけどね。出来れば、聞いて欲しいな」
あー、…………すご。
ぼっ、と一瞬で顔を真っ赤にする金剛。
「て、てて、て、テイトクっ!
そ、そういう事は、もっと、ムードを、……こ、こういうところで、いきなりそんな、大切な事を言っては、た、タイミングとかっ、もっと気を使って欲しい、デスっ!」
「あ、ごめん。気に障った?」
「Noっ、いやとか、全然思ってないデースっ!
あの、……す、凄く、…………嬉しい、デス」
顔を真っ赤にして、金剛は小さく呟いた。
嬉しい、と。返事をもらって言仁は満足そうに微笑む。
「……なんて言うか、響とか大鳳もだけど、ほんとに好かれてるわね」
ちら、と電を見る。羨ましそう、凄く。……電も好意持ってるわね。
「大抵は、目が覚めたときは僕がついてるからね。
雷の時は電たっての希望だったけど、……なんて言うのかな、やっぱり、不安とか恐怖とか、あと、嫌悪感が強いから、そんなときに誰かが隣にいると励みになると思うし、それで、好意を向けられる、のだと思うよ。
………………えーと、僕、女の子の気持ちとかあんまりわからないから、多分、だけど」
困ったように頬を掻いて言仁。確かに、そうよね。
何せ、自分の体が造り変わっているのだから。そして、深海棲艦になったあと、これからどうするか、不安だから。
雷は傍らに電がいてくれたから、大丈夫だったけど、……もし、電がいなかったら。
もし、あの場に誰もいないで、ただ、一人でこの異形となった左腕を見たのなら。
雷も、……どうなったかわからないよ。なにか、壊れちゃったかもしれない。
「電の時は凄かったよね」
「はうっ?」
悪戯っぽく笑う言仁の言葉に電が変な悲鳴。
「なにかあったのデス?」
「うん、あの足で思いっきり締め付けられた。
いやあ、体がばらばらになるかと思ったよ。全力、っていうか、なんか、死力っていう感じだったし」
「…………ふあ~、い、言わないでくださいいぃっ」
「……って、よく無事だったわね」
電の足にどのくらいの力があるかわからないけど、艦娘が全力で締めあげたら、普通の人だったら、…………「普通の人じゃない、だっけ?」
「そういう事。
起きたときの混乱で他の娘が傷つけられることもあるから、最初は僕がいるようにしてるんだ。落ち着くまでは一緒にね。…………確か、金剛は落ち着くまで五日間かかったっけ?」
「Ohっ! テイトクっ、それは言わないでくだサイっ!」
「最初は殺されかけたなあ。…………最後の一日は離れなかったけど。
いやあ、夜、布団の中で「テイトクっ! レディーの過去を蒸し返すのはマナー違反デスっ! デリカシーにかけマスっ!」」
顔を真っ赤にして怒鳴る金剛。楽しそうに笑う言仁。
けど、……まあ、言仁の言いたかったこと、何となくわかったわ。
一番つらい時期に、一緒にいてくれる。それは、とても大切な人だと思うから。「………………電、なんで雷の時は電がいようとしたの?」
確か、たっての希望、とか言ってたわよね?
「…………お、お姉ちゃんを最初に迎えるのは妹の役割、なのですっ!」
「それだけ?」
もちろんそう言ってくれるのは嬉しい。お姉ちゃん冥利に尽きるわ。
それに、身近な人のほうが、立ち直りも早いし、うん、混乱して傷つけるかもしれないのに、それでもいてくれたこと。電の気遣いはすっごく嬉しい。
けど、
「ほんとーに、それだけ?」
「……………………な、なのですっ!」
「電あ?」
「…………………………お、お姉ちゃんが司令官さんにぎゅってしたら嫌なのですっ! ……っていうのも、ちょっぴり」
本音出た。
そして、扉を開ける。
この都を支える大樹。その根元。大きな広場。
そこには他の娘もいた。声をかけ、挨拶を交わしながら広場を横切る。
……やっぱり、言仁は人気者みたい。抱きしめて歩いている金剛を羨む声も混じってた。
「結構、集まってるのね」
「憩いの場なのです」
そうそう、そんな感じ、……寝てる子いるし。
「ここは落ち着きマース。
ここでTeaTimeをするのがワタシの日課デース」
「そうよね」
落ち着く、……深呼吸。なんか、すっごく心地いい。
その広場を中央に向かって歩く。中央、大樹のある場所。…………なんだろう。
深呼吸してみる。なんか、それだけで気分が良くなる。都を覆っていた青い光、その密度も濃い気がする。
なんていうか、すっごく居心地がいい。ここで飲む金剛のお茶は凄く美味しいだろうし、お昼寝したらいい夢が見られそう。
憩いの場、ほんと、よくわかるわ。
「なんだろ、ここ、すっごく居心地がいいわ」
「うん、電も一番好きな場所なのです」
「そう言ってくれると創り主としては嬉しいよ」
え?
「ここ、言仁が作ったの?」
…………まあ、深海棲艦が作ったとも思えないけど。
「そうだよ。……もともと、僕の御婆様が波の下にある都に行こうって言ってね。
けど、そんなものどこにもなかったから、代わりに創ったんだ。豊浦とかに手伝ってもらってね」
御婆様? それって、えっと、両親の親、だっけ?
やっぱり、言仁って、人、なの? ……言仁は自嘲するように笑う。
「うん、極楽浄土なんてどこにもなかったんだ」
「ワタシにとっては、ここは極楽浄土デス」
自嘲する言仁の言葉を吹き飛ばすように、金剛が力強く言う。
頷くのは電。
「い、電も、……あの、極楽浄土っていうのが、なんなのか、わからないけど。
けど、電はここにいて楽しいのです。お姉ちゃんとも会えたし、…………それに、……その、と、言仁、くん、とも会えた、し、……す、すごく、幸せ、なの、です」
顔を真っ赤にしてぽつぽつ言う電。……金剛、妹を警戒で睨まないで欲しいわ。
対して言仁は電を撫で撫で、電は顔を真っ赤にして俯く。
「ありがとう、そう言ってくれると僕も嬉しい。
僕も、電に会えて嬉しいよ」
「…………う、うん」
金剛の警戒色を見て眼前の甘ったるい空間を無視する。ふと、言仁が雷にだけ聞こえるような小さな声で呟いた。
「そういえば、今、言仁くんになったような。
なにか意味あるのかな?」
「知らないわよ」
可愛い妹の事だから見当はつく。……いや、つかない鈍感男なんて知らないわ。
そして、大樹の根元まで到着。
近くで見れば文字通り、まっすぐ上を見ても全部見えない。なんか、物凄く大きな樹。
「これ、なんて樹なの?」
もっとも、地上にあるとは思えないけど。
「さあ、名前は考えてないよ。
……まあ、必要なら考えようかな、そうだね。……うん、叢雲しようかな」
「ああ、駆逐艦吹雪型の五番艦ね」
「……え、いるんだ。…………うーん、……熱田、じゃあ、地名か。…………うーん?」
「あ、あの、司令官さん。
その、無理に考えなくてもいいと思うのです」
なんか、むーっとなってる言仁におずおずと電。確かに、なんでもいいと思うわ。
「困った顔しているテイトクも可愛いデースっ」
こっちは無視。って、
「なに、これ?」
雷が十人くらい手を広げないと届かないんじゃないかっていうほど、太く、大きな大樹。
けど、その一番下はほとんど空洞。っていうか、薄い、感じ。向こうの景色とか見える。
大樹の周りには、剣が浮かんでる。大樹自体が透けているから、大樹を囲うように八本の剣が浮いているのがわかる。
そして、その中央。大樹の中心。宙空に浮かぶ、一本の、剣。
「剣?」
雷は、剣とか知らないけど、……けど、その剣が凄いものだって言うのはわかる。見れば、……ううん、その存在を感じるだけで、わかる。
それが、物凄い存在。それこそ、都一つを創っちゃうような、並はずれた剣だって、
「そう、これがこの都の中枢。
八剣宮と、本宮、の、《くさなぎの剣》だよ。大事な場所だから、大切にしてね」
茫然と見る雷に、悪戯っぽい声が聞こえた。