「占領された、という現実は何度見ても面白くないな」
舌打ち。私たちのいた泊地には何も残っていない。
ここにあった資材は根こそぎ持っていたかれた。占領を示すらしい旗もある。
面白くない。
「さて」
材木を放り出す。雪風たちと話しこんでしまい思ったより時間が経った。夜になる前には終わらせよう。
とはいえ、艤装は修繕中。不愉快極まりないが、隠れながらやるしかないか。
言仁は二日待って欲しいといわれた。艤装修繕完了と一日待つようだが、せっかくの提案だ。乗る事にする。
だから二日、あの都にいるのもいいが、都の平穏は中毒性がある。思わず、あの都で平穏に暮らすのもいい、と思えてしまうように、
けど、それは許されない。
胸に燻ぶるこの想いが消えるまでは、絶対に、…………とはいえ、
「出来ることなど、こんなものか」
溜息を一つ。鉈を振り上げる。材木を断ち割る。
「三十、だったか。
間に合うか」
少し、切り詰めねばならないか。
もともと、大して真面目に作るつもりはない。ただの、気紛れだ。
理由などないし、意味などない。ただ、何となくだ。
材木を断ち割る。三十の棒を作る。
気紛れなのだから場所とかにこだわりはない。何となく、やりやすそうな場所。
海の見える草原、そこに柱が立っている。その数を意識せず、柱を草原に突き立てる。
ただ、それだけ、だ。
三十、それを繰り返して一息。「墓標ですか」
「…………別に、そのつもりはない」
どうやってこんなところに来たのか、それは論ずるに値しない。
南朝の実力者、天台宗の有力者、……そして、強壮なる魔縁の一つ。方法など、いくらでもあるだろう。
彼は、
「護良か、こんなところまでご苦労な事だ。それで、何の用だ?」
「多くの命が散った場所なら、来るべきと判断しただけです」
「艦娘にまで経をあげるか。
あれは、ただの兵器ではないのか? 暇なのか、仏教徒」
「喪われた命を弔う事。それを蔑にしなければならないほどに忙しくなるなど、あり得ません」
「あくまでも命と言い張るか。
その意味も解らず、ただ、命令されるまま命を捨てる。心があるのに道具であると己に言い聞かせ、道具という使い方に殉じる。そんな出来損ないの命に、経が必要というのか?」
「不要です。……ただ、貴女と同じ、何となくですね」
「暇人が。そんな事をしている暇があったらさっさと《呪詛の御社》を見つけ出せ」
ため息一つ。苦笑。
「そうしたいのですけど、なかなか見つからないのですよ。
それより、手が赤いですよ? 人の使う傷薬は、効果ありましたっけ?」
その言葉に、掌の熱と痛みを、初めて意識した。
「ない」
「そうですか」
苦笑を、視線をそむける事でやり過ごす。
「では、」
彼は、真新しい木の棒の前に座り、何やら呟き始める。読経、というのだろうか。
あれに何の意味があるというのだ? あれは、ただの木の棒だ。百、……否、千歩譲って墓だとあの男が思いこもうとしているのであったとしても的外れだ。このあたりで轟沈した艦娘は、深海に沈んでいる。……つまり、本当に、
「馬鹿馬鹿しい」
夢を、みた。
まだ、自分が艦娘だったころの夢。深海棲艦となり、心が変質し、記憶が壊れて、なお、残る夢。
「・・っ」
私の名を呼ぶ声が聞こえる。建造間もない駆逐艦。
けど、私には返事をする余裕がない。…………否、余裕がないのではない。
怖かったのだ。
返事をする事が、言葉を交わす事が、…………彼女に、心があるという現実を認める事が。
いつか、彼女は自分を庇って死ぬ。それが命令であり、彼女はそれに殉じるだろう。私も、それを容認するだろう。
それが命令なのだから、……それが、この命に宿る責務を全うする、最適解なのだから。
だから、……悲鳴が聞こえる。
「・・、一緒に遊ぼうっ!」
いやだ、止めてくれ。勘弁してくれ。
お願いだ。話しかけないでくれ、笑顔を見せないでくれ、私に近寄らないでくれ、
「いつか、・・と一緒に出撃するわ、その時は、・、絶対に・・を護ってあげるからねっ」
…………お願いします。そんな事を、言わないでください。
そして、彼女は処分された。
戦いによる轟沈ではない。基地に設置された砲の実艦的となって、数十の砲弾を撃ち込まれて海に沈んだ。
大破した私は、それを見ている事しかできなかった。
「みず様は寝ながら泣くのですね。
新しい発見ですが、不気味です」
「少しは、言葉を選べ」
目を開ける。案の定、そこにはすいがいる。
「護良は?」
「私が来たのを確認して水面を歩いて行きました。
見慣れた光景のはずですが、……違和感が凄いです」
「そうだろうな」
水の上を歩けるのかあの仏教徒は。
「夜、……か。もうこんな時間か」
「言仁様が提示された時間まで後一日あります。
都に戻りますか?」
問いに、私は首を横に振る。
「あそこに長居するのは気が引ける。
すい、先に戻って言仁に準備をしておくものを聞いておき、そろえておけ」
「承知しました」
と、
「それと、これを古鷹に返しておいて欲しい」
鉈を放り投げる。すいは受け取り、海へ向かう。
「一日、か」
ここも、いつ艦娘が来るかわからない。艤装もない状況では戦う事も出来ない。
こそこそ隠れているしかないか、面倒だ。
溜息を一つ、夜のうちに、適当に隠れる場所を見繕っておこう、立ち上がる。歩き出す。奪われたといっても慣れた泊地だ。隠れる場所の一つや二つすぐに思い浮かぶ。
とはいえ、確認は必要だ。艦娘を見つけて慌てて隠れに行ったら待ち伏せがいた、などという事になっては目も当てられない。だから、今のうちに確認はしておく。
ふと、振り返る。そこには無数に突き立てられた木の棒があった。
約束の日、私たちは都を出て、山道を歩く。山、なのかは不明だが、ともかく山道を歩く。
メンバーは私とすい、言仁と、彼の秘書である響。
空は暗い。《波下の都》と、ある意味似ているかもしれない。陽光の存在しない暗さ。
ちなみに、行く先は地獄らしい。
歩みは遅い、私が普通に歩くのの半分程度か。その原因。
「えーと、大丈夫? 響。
無理に来なくていいんだよ。急な事だから篁、いないかもしれないし」
「だ、大丈夫、私は、大丈夫だよ。司令官」
言仁が困ったように問う。歩みが遅い理由は、言仁にしがみつきながら歩く響。
歩みが遅いが、彼女の表情をみると文句を言う気が引ける。
「無理をしなくてもいいんだよ?」
「だ、だめだよ。そういうわけにはいかない。
私は、司令官の秘書なんだっ、こういうところでちゃんと付き合わないと、だ、だめなんだ」
「素晴らしい忠誠です」
「そうだな、言仁は秘書に恵まれているな」
誰の目から見ても、響の表情には恐怖がある。まあ、地獄に向かっているといえば当たり前かもしれないが。
だが、それでも付き合うというのだから大したものだ。
「そうだね」言仁はしがみつく響を丁寧に撫でて「僕は、響が一緒にしてくれてとても助かってる。とても大切な人だよ」
「う、……うん」
主のために恐怖を感じながらも助けになろうとする秘書と、その秘書の想いを素直に感謝で受け止める主。
理想的だな、と思い、それ以上の事は思わないようにする。…………「どうした? すい」
「いえ、あの関係が理想的なら私たちもやるべきではないかと思いました」
「そう言っている時点で台無しだからやらなくていい」
ここですいが震えてしがみついてきたら蹴り返す。
「すい、みず、向こうについたら閻魔と会って話しをするから。
それで、二人をある場所に案内するね。あとは、まあ、巧くやって、もしかしたらなにか、あるかもしれないから」
「む、解った」
曖昧な言葉だが、おそらく言仁自身も解らないのかもしれない。
とはいえ、強化の目処が立つというのなら、曖昧な事であっても手を伸ばしたい。
「話しをしている間は黙っててね。
大丈夫、拒否はさせないから」
「どういう意味だ?」
拒否させない? と、首を傾げる私の問いに、言仁は響を撫でながら、
「蕃国の成り上がりごときに、僕の言葉を拒否させるつもりはないよ」
いつもと変わらぬ、柔らかい表情で、彼はそう告げた。
口が動く。
拒否したら、殺すから、と。
そして、閻魔の前へ。
響は私の隣、しっかりと手をつないでいる。そして、いざとなったら逃げようと、周囲に視線を送る。
眼前には閻魔。という、巨大な男、らしきものがいる。
そして、周囲には獄卒、数は二十、か。
その誰もが屈強で、相当な威圧感を感じる場所だが、言仁にとっては何一つ気負う事はないらしい。
「なんだ、やっぱり篁はいないんだ。
まあいいや、それで、閻魔。三途の川に行きたいんだけど、どうやっていけばいい?」
問いに、周囲に緊張と警戒が走る。閻魔が目に見えて不機嫌になる。
微かな震えを感じ、響の手を強く握る。元をただせば私の力不足が原因だ。巻き込んでしまった以上、絶対に彼女の無事は確保する。
「小僧、なにを言っているのかわかっているのか?」
閻魔の傍らにいた、一際屈強な獄卒が鋭い視線で問う。言仁は首を傾げて、
「取り巻きごときが口を開かないでよ。
閻魔、早く場所を案内してくれないかな? 時間が惜しいんだ」
「貴様っ」
一斉に周囲の獄卒が金棒を構える。
「言仁、なぜいきなり挑発を始めるんだ?」
「挑発?」
言仁は、心底不思議そうに首を傾げる。
「ハエが飛んでたらうるさくて追い払おうとするでしょ?
それと同じようなものだと思うけど」
「普通は、思いません」
すいには同感だ。両手が使えなくなるが仕方ない。震える響を抱き上げる。
そして、ハエと同列にされた事で怒り狂った獄卒が迫る。艤装は動く、なら、
「まったく、これだから躾のなってない蕃国の連中は鬱陶しいな。
…………なにに挑もうとしているのか、弁えろよ。不敬」
感じたのは、吐き気を覚える程の、寒気。
言仁から、無数の黒い奔流が放たれる。
それが、獄卒に直撃。打撃して飲み込む。言葉を発するより早く黒に飲み込まれ圧殺。
それだけでは飽き足らず、黒は建物を打撃して削り取る。触れるものすべてを飲み込み粉砕し駆け回る。数秒で壮麗な建物はぼろぼろになる。愕然とする閻魔を前に、言仁は微笑む。
「徳の字を諡号に持つ存在が何なのかわからないのかな?
早く僕の問いに答えてよ。そのためだけなら、僕を前に言葉を発する不敬を、咎めないであげるからね」
//.響
三途の川、というところで私は司令官と並んで腰を下ろす。みず達を待つ。
しん、と沈黙。もともと私は饒舌な方じゃないし、司令官も、仕事中はあまりしゃべらない。
沈黙は嫌いじゃない。家族のために頑張るのは誇らしいし、司令官と傍にいるのはこの上なく嬉しい。不意に顔を上げた時に見える司令官の真剣な表情に見入ってしまった事も何度もある。
けど、今は、……いたたまれない。だから、ぽつりと、
「ごめん。司令官」
「ん?」
謝罪に、司令官は首を傾げる。
「その、……私、無理矢理ついてきて、……それなのに、脅えてばかりで、何の役にも立たなかった」
感じているのは悔恨。怖い、その思いは変わらない。けど、
それでも、私は司令官に力をもらった。戦う力を、負けない力を、
規格外にして破格、この力を振るえば、基地とそこにいる艦娘も何もかも、文字通り裁断できるだけの桁外れの力をもらっている。
だから、守れると思っていたのに、
「悔しい?」
問いに、私は司令官に視線を向ける。
「当たり前じゃないか、私は、……私は、司令官の秘書なんだ。
本来は、あんな、無様に脅えるんじゃなくて、司令官を護らないと、いけないのに」
なのに、大きさに、相対する存在に、圧倒された。
それが、情けなくて、悔しい。
「ね、響」
声に、いつの間にか俯いていた顔を上げる。けど、
「わっ」
抱き寄せられた。そのまま、強く抱きしめられる。頭を撫でられる。
「え、……えっと、司令官」
「そんなに責めなくていいよ。響。
誰だって怖いからね。そうだって解っていながらついてきてくれたんだ。それだけで十分に合格点だよ。みずにもいったけど、僕はそんな響が秘書として傍にいてくれて、本当に嬉しいんだよ」
「う、……うん」
「それで、満点を取りたかったら少しずつがんばっていけばいいよ。
どんな相手にも脅えないようにね。悔しいなら、もう悔しい思いをしなくていいように頑張って、僕はいくらでも協力してあげるからね」
「ほんと、に?」
司令官に抱きしめられるのは嬉しくて、助けてくれるのが嬉しくて、小さく問う。問いに、司令官は耳元に口を寄せて、
「ほんとだよ。
僕、頑張ってくれる響の事、大好きだから、そんな響の傍にいたいから、だから、協力したいんだ」
「うん」
頷く、抱きしめられていたのが、少し離れる。
司令官の温かさが離れるのが、残念だけど。
「それじゃあ、みずの事が終わったら、……そうだね。
いろいろとお客さんと相対してみようか、今度こういう事があっても普段通りに出来るように、ね。響」
にっこりと、笑顔の司令官。
敬愛する人から向けられる笑顔、すっごく綺麗で、可愛くて、そんな笑顔が自分に向けられていると、自分だけに向けられている事が、嬉しい。
顔が真っ赤になってる。それだけ、熱が集まってる。
「う、うん、……あ、ありがと。司令官」
//.響
言仁について
生前は安徳帝。現在は魔縁として、騙られる伝承に応じた能力を保持しています。
大伯父に崇徳院、弟に顕徳(後鳥羽)院がいます。作中での彼の台詞、『徳の字を諡号に持つ存在』とはこの方たちです。
入水という崩御理由から落ち延びたなど、様々な伝承が伝えられます。作中の能力も伝承に合わせて水の制御、支配を基本的な能力としています。
なお、作中で能力の参考にした伝承。
1.龍神の子であるヤマタノオロチ(水神)が転生した存在。
2.仏教における天部、十二天の一角、水天と同一存在。
3.三種の神器の一つ、《くさなぎの剣》を所持。
※《くさなぎの剣》は熱田神宮にあるので、これは皇位継承用の分霊です。
《くさなぎの剣》のオリジナルは壇ノ浦に沈んだと言い張る人がいたら熱田神宮に向かって謝ってもらってください。
いろいろ出てきますね。雪風の話で登場した井上さんに決して負けていません。
TYPE-MOONのFate風に言うと、現人神としての神性、神代最大の大蛇龍の転生体として竜の因子保持、Fate/EXTRA CCCラスボスと同位である天部。宝具は、神器《くさなぎの剣》。
…………どこかに出ませんか? この御方。