深海の都の話   作:林屋まつり

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五話

 

「魂、か」

「あるのですね」

 魂、という存在を私は見た事がない。以前、同様に艤装を破壊され、《波下の都》への逗留を余儀なくされた際、時間つぶしに図書館で読んだ本を通じて知っているだけだった。

 縁遠い話だった。実際に存在するか否かはともかくだが、それは人の話だ。

 艦娘や深海棲艦に、そんなものがあるのか? 道真がいれば答えてくれるかもしれないが、生憎といなかった。

 その時に興味はあったが、どうでもいい事でもある。すぐに関心はなくなった。

 だが、現実としてそこに魂がある。

 賽の河原。魂が石を積み、崩される循環。

「無意味ではないのか、これは?」

「この地の意味は、私たちには解りかねます」

「それもそうだな」

 なにか、重要な意味があるのかもしれない。あるいは、ないのかもしれない。

 けど、それはどうでもいい。問題は、

「なぜ、言仁は私たちをこの地に導いた、か」

 視線を向ける。ほぼ全壊した閻魔の家がある。

 

 ここにいるよ。

 

「少し、散策をしてみましょう。

 このままここで立ちっぱなしというわけにもいかないでしょうから」

「そうだな」

 言仁の意図は不明だが、意味はあるのだろう。

 だから、その意味を探すためにも、私とすいは歩き始めた。

 

 ・・、ここに、来て、

 

「どこか、向かうあてはあるのですか?」

「そんなものがあれば苦労はしない」

 不思議そうな問いに、私は応じる。

「その割には、迷いがあるようには見えませんが?」

「そう、……か?」

「視線さえ泳がないでまっすぐ歩いていれば、誰でも目的地がはっきりしていると思います」

「……そうか」

 

 私は、ここにいるよ。

 

 そうか、………………立ち止まる。

 すいが、ぎょっとして目を見開く。ぽつり、口から言葉が零れる。

「みずこ」

 魂がある、見ず子の魂。

 存在する事さえ認められなかった、艦娘たち。

「ここに、いたのか」

 

//.とある基地

 

 とある基地。工廠の前。

「おじさまっ」

「睦月か、見つけたか?」

 翼のある睦月が彼のところへ、彼、鳶の姿をした魔縁。

 顕仁は視線を向ける。睦月と長月、三日月と望月の四人で抱えている物に視線を向ける。

 それは、鯨の骨。

「うん、言われた場所にちゃんとあったっ」

「でも、すごいなー、おじさま。基地一つ貸し切っちゃうなんて」

 望月があたりを見渡して言う。ここは工廠だが、ここに来る途中、基地内を通った。誰にも会わなかった。

 空っぽ。基地には艦娘を含めて、どんなに小さくても数十人の人がいる。けど、ここには誰もいない。

 文字通りの貸し切り。望月の言葉に睦月たちもこくこくと頷き、

「大したことではない。

 使える伝手があったというだけだ。平和的に解決できるのならば、それに越した事はなかろう」

 ちなみに、平和的に解決できないのならば、平和的ではない方法で解決をすればいい。

 顕仁の振るう能力は魔縁の中でも上位に位置する。この基地を地上から消滅させる事も、この基地にいる人も艦娘もまとめて抹消する事も容易であり、それをためらう彼ではない。

 だから、たまたまでしかない。顕仁がここにいる過程で誰ひとり死傷者が出なかったのは。

 ともかく、鯨の骨をおく。

「御苦労。後は休んでいてよい」

「はーい」

 睦月は笑顔で工廠の床にぺたんと座る。望月も続く。

「おじさまっ、他にお手伝いする事はありませんか?」

「私も、出来る事があれば言ってください」

 三日月と長月の言葉に、顕仁は首を横に振る。

「材料がそろうまでは私もやる事はない。

 それに、あとは私がやる事だ。助力の申し出は感謝するが、疲労もあるだろう。休むがよい」

「「はい」」

 生真面目な二人は小さく頷いて睦月と望月のところへ、そして、

「うーちゃん到着だっぴょんっ」「戻りました。おじさま」「ただいま」

 卯月と如月、弥生、ばさっ、と翼を翻して戻ってくる。三人の手には袋。

「おじさまっ、言われたもの買ってきましたっ」

「御苦労」

 袋をおく。中には丸い鏡。合計四枚。

「おじさま、あと、やる事はありますか?」

「ない、体を休めているがよい」

「そう、ですか」

「不服か?」

 小さく呟く弥生に、顕仁は問う。弥生は首を横に振って、

「不服じゃ、ないです。けど、もっと、おじさまのお手伝いをしたいです」

「十分だ。助かった」

「じゃあっ、うーちゃんおじさまをぎゅってしながら待ってますっ」

「あ、わ、私も」

「私もお願いしますわ」

「ずるいっ、睦月もっ」

 睦月も立ち上がる。溜息。

「不要だ、やる事ないならそこで座ってればよい」

「うー」「はい」「残念です」

「おじさま、工廠の妖精の説得は終わった」

「なにもなかったねー」

「順調なのはいいことだよ」

 菊月と文月、皐月が顔を出す。その表情は拍子抜け。

 もともと、妖精は気紛れで、警戒心が強い。

 基地の主である提督の指示なら従うが、それでもどんな悪戯をするかわからない。それに加えて赤の他人なら、断られても当然と思っていた。けど、

「そんなところであろう」

 顕仁からすればその結果は当然の事。何せ、妖精と顕仁では存在の格が違う。

 天災に逆らうなど無意味。そもそも逆らうという発想自体がばかげている。ただ、安全なところに避難し、無事を祈り震えるだけ、顕仁の命を聞くというのは、つまりそう言う事。

 下手な事をすれば一欠片の慈悲もなく消滅させられる。本能に忠実な妖精が消滅覚悟の反抗をするわけがない。

 そして、かつん、と音。

「主、要求された品を用意しました」

「御苦労」

 続いて現れたのは艦娘でも、深海棲艦でもない。

 魔縁、為朝。彼の手の中には一抱えの木船。そして、もう一人。

「…………主、これでいいですか」

 疲れた様子を見せない為朝と違い、彼はぐったりと肩を落としている。

 彼は、魔縁ではない。当然、艦娘でも深海棲艦でもない。

 修験者、相模坊。彼の持っている瓶の中を見た睦月たちは嫌そうな表情。

 瓶の中には蛭。

「気持ち悪い」「うーちゃん、見たくなかったぴょん」「ぬめぬめしてます」「あれは、とてもいやだ」

 聞こえる声に相模坊は項垂れる。げんなりとしたその表情に、顕仁は苦笑。

「すまぬな」

「いえ、主。

 彼らは山を徘徊するのが日常です。虫を集めるのは得意でしょう」

「貴様」

 視線を合わせず言い捨てる為朝を睨みつける相模坊。基本的に、二人は仲が悪い。

「このようなところで喧嘩をするな馬鹿者。

 為朝、睦月たちに菓子でも買ってきてやれ、相模坊。念の為工廠を封印せよ。……そうだな、睦月たちは工廠から出ておけ」

「「了解しました」」

 相模坊と為朝は頷く。けど、

「おじさま、私たちもお手伝いを」

 おずおず、と睦月が言う。他の皆も頷く、が。

「ならぬ」

 強い、言葉。それを聞いて睦月は怒られたように身を竦ませる。苦笑。

「そうだな。終わったら腹が減るであろう。

 二時間ほどで終わるが、食事の用意をしておけ、相模坊。睦月達に必要な物を聞いて買い出しをしておけ」

「了解、……えーと、僕もご一緒してよろしいですか?」

 おずおずと問い。顕仁は苦笑。「睦月たちに聞け」

「いいよ、あ、もちろん為朝さんも、」睦月は振り返って「皆も、いいよね?」

 肯定が返る。よし、と相模坊は拳を握り為朝は微笑。

「よいな、手を抜くな。

 これが終わったら私はしばらく休む。ついでに寝床の準備をしておけ」

 

 賑やかな声が聞こえる。誰が寝床の準備をするか、どんな料理を作るか、……誰が添い寝をするか、と揉め始めたらしい、騒ぎ声を聞いて顕仁は溜息。

 なれぬな、と。……とはいえ、賑やかなのは嫌いではない。

 どちらかといえば、憧れか。……過去を思い出しそうになり、首を横に振る。

「まあよい、始めるか」

 顕仁の言葉、そして、鳶の姿が黄金に染まる。翼を大きく広げる。黄金が舞い上がる。

 鏡が輝く。鯨の骨が溶け崩れ、骨子となる。船が形を造り変え、素材となる。

 艤装を造り出す工廠が強制的に稼働する。あり得ない起動に人が作りあげた機械が軋み悲鳴を上げる。

 超過駆動。黄金の輝きの中。ぽつり、声。

 

 始めるのは、創造という名の、神祭。

 

「鍛造、鋳造、資材構築、…………完了。開発、…………」

 

 作り上げるのは一つの砲。紅炎を放つ対城塞用艤装。

 

//.とある基地

 

 駆逐艦の少女がいる。誰だったか、覚えていない。

 その姿は魂となり艦船の形を喪う。名前はない、あるいは、いくつかあるのかもしれない。

 みずこ、だ。

「私たちのこと、覚えている?」

 石を積みながら、彼女は問う。

「忘れられるなら、深海棲艦になどなったりしない」

 そうだ、もし、なにも気にせず忘れられるなら、例え轟沈してもそれで終わりだろう。

 忘れられないから、忘れる事が出来なかったから、……だから、私は深海棲艦となった。

 基地を滅ぼすために、艤装の攻撃性が高くなった。一撃必殺の砲を得た。手数を補うために護衛要塞や浮遊要塞が追加された。

 戦い続けられるように体のすべてが造り変わった。余計な同情を抱かないように感情が変質した。身も心も、深海棲艦として再構築された。けど、

 けど、忘れてはいけないものがある。

 例え、心も体も造りかえられ、昔の面影を完全に喪ったとしても、それでも、忘れてはいけない事がある。

「そう、だね。ごめんなさい」

 

 悲鳴が聞こえる。

 ――――その音は、多分、自分の声。艦娘だった自分の声。

 

「なぜ、謝る?

 謝らなければならないのは、私だ」

 ああそうだ、目の前にいるみずこ。私を庇って轟沈した艦娘。私が轟沈させた艦娘。

 私のせいで、死んだ少女たち。

「私が殺したっ、なのに、なぜ謝るっ!

 私が、謝らなければならないんだっ」

 ごめんなさい。……その言葉に、みずこは首を横に振る。

「辛い思いをさせたから。

 ・・は、優しいから、……けど、私たちは、艦娘だから、だから、護国のために、正しい事を、糺さなかった」

 正しいから、彼女たちの死も、自分が壊れた事も、

 何もかも、正しいのだ。それにより基地は高い戦果をあげた。海軍の中でも、指折りの若手であり、将来を期待された提督となった。

 正しいのだ。……けど、

「糺さなければいけないの、だ」

 私たちにも、心はあるのだと。

 このやり方は、辛いのだと。苦しいのだと。悲しいのだ、と。

 その思いを伝えなければいけなかった。けど、ずっと、ずっと言えなかった。

 正しいからこそ、伝えられなかった言葉。

 ……せめて、もっと早くに、

「糺した?」

「糺した。……けど、意味なんてなかった」

 私を慕ってくれた駆逐艦の娘が実艦的として轟沈した時。

 糺した、こんな扱いは止めてくれと。…………そうだ。その時だ。私が轟沈したのは、

 反抗する兵器など、欠陥だ。

 兵器はその性能をただ発揮するだけでいい。心という名の不純物など、誤作動を起こす要因であり、確実な戦果をあげるためには不要。

 ゆえに、そんなものを持つ貴様はただの欠陥兵器だ。

 その言葉の次に待っていたのは実艦的という、彼女と同じ結末。

 糺す言葉に、何の意味もなかった。何もかも、遅すぎた。

「だから、せめて逃げればよかった。

 私に声をかけてくれたお前を抱えて、……そうすれば、よかったのだ」

 それが出来なかった。諦観の霞みを払うのが、遅すぎた。

 結局、私は何もできなかった。

「・・は、私を庇ってくれた」

 小さな呟き、そう、だ。

 反射的だった。自分に言葉をかけた駆逐艦の娘を、私を庇った彼女の手を掴み、抱え込み砲撃を受けた。

 なぜそんな事をしたのか、もう、何人もの艦娘を楯として使いながら、なぜそんな事をしようと思ったのか。

 けど、

「私は、羨ましかった」

 ぽつり、声。

「私たちは、怖かった。けど、護国のためだから仕方ないって思ってた」

「私たちは、嫌だった。けど、それが命令だから仕方ないって思ってた」

「私たちは、辛かった。けど、誰かを守れるならそれでいいって、言い聞かせてた」

「だから、私たちは羨ましかった」

「そして、私たちは嬉しかった」

「私たちは、・・がいた事が、とても嬉しかった」

 みずこの声が重なる。

「嬉しいなど、ばかげているっ!

 私が何人見殺しにしたと思っているんだっ! 何人殺したと思っているんだっ! 私は、お前たちに憎まれなければならないんだっ!」

 

 お願いします。私を怨んでください。私を呪ってください。

 じゃないと、あれでよかったんだと、そう諦めてしまいそうなのです。

 

「みず様は、憎まれたいのですか?」

 不意に、声。振り返る。すいが不思議そうに首を傾げた。

「なぜ憎まれたいのですか?」

「な、ぜ、……とは?」

「憎悪はよくない感情だと思いますが? それを好んで向けられたいのですか?

 被虐嗜好ですか?」

「……いや、…………いや、私は、そういうわけではなくて、だな」

 すいの言葉に肩を落とす。視界の隅、みずこはくすくすと笑う。

 激情に冷や水がかけられ、熱に浮かされて出そうだった言葉が引っ込む。溜息。

「私が悪いのだ。ならば、憎まれるのが道理だろう?」

「理解しかねる道理です。

 それを命じたのは基地であり、そこを滅ぼすために戦うのでしょう? みず様。的外れな自責は見苦しいですよ?」

「い、いや、……とはいえ、その命令を糺すのが遅かった。

 そのせいで、多くの娘が死んだ。それが、私の罪で、だが」

「とはいえ、その被害者は気にしていなさそうですが?

 そして、その贖罪のために戦い続けているのではないのですか? それとも、あれはただの八つ当たりなのですか?

 その程度の事で、深海棲艦になったのですか?」

「い、……私、は?」

「悪いと思っているのならば、原因めがけて抜錨し、出撃しましょう。

 気に入らないなら力づくで否定しましょう。腹立たしいなら叩きつぶせばいいのです。随分と、艦娘みたいな悩みを持つのですね。みず様」

 思わず、思考が漂白される。そして、不思議そうな表情のすいを見て、

「は、……」

 声が零れた。

「は、……はは、ははは」

 ああ、まったくもってその通りだ。

 何を悩む。なぜ悩んでいた?

 気に入らないから叩きつぶす。それだけでいい。……本当に、随分と艦娘のような悩みを抱えていた。

 私が笑い、くすくす、とみずこは笑う。だから、

「私たちは、これからあの基地を滅ぼしに行く。

 気に入らぬからな。だから、手を貸せみずこ。理由など、……そうだな、私に目をつけられたから、でいいだろう」

 そうだ、私は深海棲艦。……何を悩む必要があるか? 気に入らないから叩きつぶす。それで十分だ。

 自責も自虐も、もう、いい。……そうだ、私たち深海棲艦は私利私欲で動く想いの形、なら、気に入らないから叩きつぶす、で十分だ。

 そして、みずこは積み上げた石塔から一つの石をつまみあげる。

「これ、あげる。……これで、一緒に、深海棲艦としての、あり方を果たそう」

 月延石、というらしい。魂を留める石。それを受け取る。

「なら、私たちとずっと一緒だよ。

 みず」

 





艦娘の水子

 当たり前ですが、作中の設定です。
 元々は流産した胎児など、『子として認知されないまま死亡した』子であり、水子として書かれていますが、『見ず子』が語源かもしれません。
 それに関連して、艦娘では提督や僚艦から個としてろくに認識してもらえなかった艦娘。囮や楯などの目的で使い捨てられるために建造され、その通りの役割を果たして轟沈した艦娘として登場していただきいました。
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