「首尾は上々?」
言仁の問いに、私は月延石を掲げる事で応じる。
「意味はなかったかもしれないが、な。
彼女たちと話ができただけでも、意味はあったかもしれない」
「艦娘の魂が賽の河原にいるって少し不思議だけどね。
認められない、見る事さえしてもらえなかった存在、見てもらう事さえできなかった存在。か。……一応言っておくけど、それ、水子の呪いになるよ」
石を示され、笑みを浮かべる。
「なにをばかな事を言うか。
私は深海棲艦、この身はもとより怨念と憎悪、それに呪詛が加わったところで問題などあるまい」
「開き直れば強いね。
そうだね。開き直れば呪詛の意味はないよ。さて、それじゃあ行こうか。響」
「あ、うん」
さて、どのような心境の変化があったのか。
響は、言仁の手を強く握り、並んで歩き始めた。
「なんか、……懐かしいな。
数時間留守にしただけなのに」
ぽつり、響が呟く。
場所は鎮守府の前、そして、
「おかえりなさいっ」
ぱたぱたと、大鳳が飛び出してきた。その表情は安堵で、
「っと、響?」
響は駆け出し、大鳳に抱きついた。
きょとん、とする大鳳。けど、
「おかえり、響」
「うん、……ただいま」
微かに震えた声で、響は応じた。大鳳は優しい表情で響を撫でる。
「響には無理をさせちゃったね。
今日はもう休んでいいよ。大鳳、響が無理しないように見張っててね」
「了解しました。提督。
さ、響」
ぽん、と響の方を軽く叩いて大鳳は響の手を引いて歩き出す。言仁もそんな二人に続く。
続きながら、声。
「明日、朝ここに来てね。
おじさんから贈り物があるから」
//.とある基地
ばさっ、と音。
「おじさまっ」
その音を聞いた睦月は顔をあげる。時間が空いたからここで待っていた。溜息。
「なにを通路で座り込んでいるのだ馬鹿者。
どこぞの部屋に行けば椅子などいくらでもあるであろう」
「あぅ、…………だって、おじさまと早く会いたかったし」
確かに、通路に座りこむのはよくない。冷たいし、顕仁の言うとおり適当な部屋に行けば椅子もある。
けど、
ばさっ、と音。顕仁は睦月の肩に止り、
「出迎え感謝する。
が、寒い中で待つ事はない。またやるのなら毛布でもかぶっていろ」
「……あ、はいっ、おじさまっ」
感謝の言葉を聞いて、睦月は笑顔で立ち上がった。
「お疲れさまでした。おじさま。…………睦月、後で少しお話をしましょう」
如月は笑顔でいい、一緒にいた皐月と菊月は拗ねたような視線を睦月に向ける。
「え? え?」
いきなりな言葉に、顕仁を抱きかかえた睦月は混乱。
「お、お話し、って?」
「ずるいっ、準備を抜けだしておじさまのところに行くなんてっ、ボクも行きたかったっ」
「抜け駆けは厳禁だ」
「ちょ、ちょっと待ってっ、睦月のお仕事終わったよっ
如月もそう言ってたよおっ」
「それでも、抜け駆けはだめです」
「えーっ」
「というわけでっ、睦月はおじさまとお風呂にはいっちゃだめー」
「そ、……そんなぁ」
ひょい、と顔を出した文月。崩れ落ちる睦月。
「馬鹿者、風呂は一人で入る」
「え? ……おじさま、一緒はだめ、ですか?」
「…………弥生、なぜそこまで落胆するのだ?」
「だって、……一緒がよかった、です」
「うーちゃんがおじさまの体洗ってあげるぴょんっ」
「少しは話を聞け馬鹿者」
わーっ、と手を上げる卯月に顕仁は溜息。
「私はおじさまと一緒に寝ればそれで満足だなあ」
「いや、その役割はぜひ私が」
「いいからさっさと飯にせぬか。
腹が減った」
わいわい盛り上がる少女たちに、顕仁は溜息をついた。……ふと、
「為朝と相模坊はどこに行った?」
「お二人でしたら、近くのホテルに、邪魔をしては悪いといっていました」
謹直に応じる菊月の言葉に顕仁の口元がひきつる。
「二人も、気がきくな」
「………そうだな」
感心した口調の長月にはとりあえず応じておく。あの部下二人はなに訳のわからない気遣いをしているのだ、と。
「ふふ、では、おじさま。
まずは食事にしましょう。その後はお風呂で、その後は、…………ふふ、おじさまも好きなんだからー」
なにを想像したのかくねくねし始める如月を放置。
「で、食事は?」
「こっちだよー」
「…………作りすぎだ。馬鹿者」
食堂にあった広いテーブル。そこを埋め尽くす料理。
いろいろだ。カレーにクレープ、サラダに肉じゃが、強いて言えば、鳶の姿をした顕仁を気遣ってか鶏肉はない。
「皆で頑張りました」
胸を張る長月。「がんばったのはいいのだがな」
明らかに、作りすぎだ。為朝や相模坊がいないのでは余るかもしれない。
が、
余ったら《波下の都》に持っていけばいい。言仁の秘書である響をはじめ、《波下の都》には幼い少女もいる。甘いものは喜ばれるだろう。
「あの、おじさま。
申し訳ございません。皆で話したりしながら作ってたら、作りすぎてしまって」
困ったような表情の三日月に、顕仁は首を横に振る。
「私のためにがんばってくれた事は感謝する。
確かに量が多いがな。土産にすればよい。食べ終わったら持ち帰れる分は持ち帰ろう」
「了解した。
では、デザートや揚げ物は少なめにしよう。カレーやらは持ち帰りにくいからここで食べたほうがよさそうだ」
生真面目に応じる菊月に顕仁は首を傾げ、
「菊月の言う事はもっともだが、食事は楽しんだ方がよい。
好きなように食べよ。持ち帰る方法など後で考えればよい」
「…………そう、だな」
面倒な事を言ったか、と俯く菊月に、微笑。
「よく進言した。
菊月、そなたの言う事は間違いではない。礼を言うぞ」
「は、はいっ」
顕仁の言葉に、安堵の笑みで顔を上げる。あまり見る事のない外見年齢相応の笑顔に顕仁も笑みを浮かべる。
「それじゃあ、食べようっ」
睦月の言葉に、皆が思い思いの場所に腰を下ろす。顕仁も空いた席へ。両隣りにいる皐月と三日月は歓声を上げ、正面に座る睦月は万歳。他の少女たちからは羨ましいと声。
「これから食事というのに騒ぐな馬鹿者」
少女たちの会話に顕仁は微笑。賑やかだな、と。ともかく、
「いただきます」
いただきますっ! と、この時ばかりは声が重なり、賑やかな食事が始まった。
「う、うーちゃん、おなかいっぱい、だ、っぴょ、ん」
食べ過ぎてぐったりする卯月。傍らで似たような状態の睦月はお腹を抱えて唸っている。
「食べすぎだ馬鹿者」
望月の膝に乗り呆れる顕仁。皐月と三日月が毛繕いをしている。この後入浴だからあまり意味はない気がするが、当人がやりたいと言ったのだ。放っておいている。
「おじさま、為朝に容器を頼んだよ。
明日、お土産を詰めて持っていこう」
長月の言葉に顕仁は頷き「御苦労、では、そろそろ入浴して寝るか」
入浴、と。その言葉を聞いて、
「私、おじさまと一緒がいい」
「あら、だめよ弥生。
ね、おじさま、如月が御一緒させていただきます」
「だめだよーっ、ここは一番お姉さんの睦月があっ」
「睦月はそこでおなか抱えって唸ってればいいでしょ。
おじさまー、一緒にお風呂入ろうよー」
「……一人でよい」
「おじさま、一人で入っちゃった」
皐月が肩を落として呟く。似たような表情を浮かべるのは長月で、
「残念だな」
「…………あのさ、おじさまって、男性なのですよね?」
ぽつり、問うのは三日月、「なにをいまさら」と、応じるのは菊月。
「女性と一緒にお風呂って、興味ないのでしょうか?」
ぴたり、動きが止った。
「まさか、女性として認識されていない、とか」
珍しく深刻な表情で望月。呟いて、眉根を寄せる。
「いろいろ、ないからねー」
ぺたぺたと自分の胸に触れるのは文月。溜息。
「く、元が駆逐艦という艦種だから、か?」
むむ、と呟く菊月、けど、
「如月とか、……あと、会った事はないけど、浜風も結構あるらしい」
「潮は私たちと同じくらいの背丈で、大きいらしい。
いぶきがいってたよ」
「艦種は関係ないって事?」
文月の結論に一同、動きを止める。
「なにが、足りないのかなあ」
自分の胸に触れながら望月。「牛乳」
「ん?」
「きっと牛乳だよっ、電が大きくなるためには牛乳なのですっ! って言ってたっ!
身長の事かと思ったけど、その他もいろいろ大きくなるためには牛乳が必要なんだよっ!」
皐月は立ち上がり拳を握る。ぱちぱちと拍手。
「なるほど、牛乳が必要か」
菊月の言葉に返るのは同意の言葉。《波下の都》に戻ったら電からどこで買っているのか聞いてみよう、と。
「スタイル良くなって、身長も伸びて、…………どのくらい欲しいですか?」
三日月の問いに考え込む。
「や、大和くらいには、望んでいい、か」
恐る恐る呟く長月。けど、首を横に振るのは菊月で、
「前に、都であった大和は、私たちと大差なかった。あれでは参考にならない」
「金剛くらいは、欲しいな」
長月の言葉に皆が頷く。明るくて一緒にいる楽しい、面倒見のいい性格でそちらに目が行きがちだが、
「あれ、実は着痩せするんだって。脱いだら凄いって言ってた」
小さな声で文月、ちなみに言っていたのは当人。
「あれよりすごくなる、ですか」
想像できない、と、三日月。
「胸はともかくだけどー
私は身長とか、いぶきに憧れるなー」
文月の言葉に、皆が思い浮かべるのはいぶき。
胸が大きい、というわけではないが、高い身長とすらりとした四肢は憧れる。
「確かに、あれは格好いいな」
むぅ、と長月。綺麗、というよりは格好いい。
「そうだな、私も、ああなりたい」
格好いい、と。その言葉に菊月も頷く。
「胸で言うと、……うらとか凄いよねー」
「あれは驚きだよ」
望月の言葉に文月は頷く。
「確か、いぶきが挟まってみたら埋もれたとか。……これは、努力で追い付くのでしょうか」
三日月が自信なさそうに呟く、むぅ、と。
「うーん、……まずは、格好から?
そう簡単には出来なさそうだしー」
「コスプレだね」
望月の言葉に文月が頷いた。そして、
頭にずしりと、煮詰まった感触。
「……なにをしていたのだ一体?」
呆れたような言葉に、三日月は目を覚ます。
「あ、……れ?」
確か、皆でコスプレの話をして、……首を傾げて辺りをみる。
いつの間にか浴衣を着ている。体を拭いた覚えはないが。浴衣が濡れている様子はない。
そして、自分と似たような状況の姉妹たち、長月、皐月、菊月、望月、文月がいる。
「おじさま?」
「のぼせておったわ馬鹿者。
道理で遅いわけだ。目が覚めたなら水でも飲んでおけ」
「はい、……すいません」
どうも、コスプレ談義が行き過ぎてのぼせたらしい。途中から話の内容を覚えていない。
諌める、厳しい表情を浮かべていた顕仁は、不意に、意地悪く笑って、
「広い浴場ではしゃいでいたのだろう?
子供だから仕方ないが、気をつけよ? そなたらが溺れるなど、笑い話にもならぬ」
「……はい」
もちろん、はしゃいでいたわけではない。
最後は、
「あの、……おじさま」
「ん?」
「その、おじさまは、どんな服を着た女性が、好み、ですか?」
おずおずと問い、溜息。
「馬鹿者、その程度の事気にするか。
外面取り繕うくらいなら都で雷とでも遊んで笑っていればよい。無理に服など着こむより、そっちの方がよほど魅力的だ」
残った皆も目を覚まし、意地悪く笑う顕仁とともに肩を落として寝室へ、そこで、
「おじさま、私、勝ちました」
ひっかきまわされた布団、散乱する枕。
目をまわして倒れる睦月に、共倒れでもしたらしい、寄り添って崩れ落ちる卯月と弥生。
それら惨状の中、やり遂げたという表情で微笑む如月。彼女は笑顔で、
「おじさま、一緒に寝ましょう?」
「…………もう、このまま雑魚寝でよい」
いろいろ面倒になり、顕仁は適当な布団に転がった。
//.とある基地
「というわけで、くれてやる」
「…………はあ?」
鎮守府で月延石の効果を確認し、上に戻るかと思った矢先にかけられた声。
「おじさん、それ、単装砲?」
響も首を傾げる。顕仁が持ってきたのは一つの単装砲。
ちなみに、砲口には、『蛭』と大書された紙が張り付けてある。
「蛭?」「蛭、だな」「蛭ですね」
私とすい、大鳳は首を傾げる。意味がわからない。
「…………まさか、弾丸の代わりに蛭が出るのでしょうか?」
「い、嫌な兵器ね」
なにを想像したのか頬をひきつらせる大鳳。まったくもって同感だ。
ただ一人、言仁は真剣な表情を向けている。
「馬鹿者、何だその嫌がらせ兵器は。
ちゃんと意味がある、というか封印だ」
……蛭と書かれた意味がわからないのだが。
「あのさ、おじさん。
これ、本気? 多分、みず、死ぬよ」
は?
「使うか否かは当人が判断すればよい」
「死ぬ、って、穏やかじゃないですね。
これ、ただの艤装ではないのですか?」
大鳳が首を傾げる。同感だ。
「ただの艤装じゃないよこれ。神降ろしの結果でしょ?
擬似的な神器、これ、まともに使えるの皇統くらいじゃないの?」
「そうだがな、が。…………まあ、装備して封印を軽く解除してみればどのようなものかわかるであろう」
「む」
そういうものか、と私は単装砲を艤装に取り付ける。
「つける場所あるんだ」
響が呟く、私は首を傾げて「まあ、そういうものだからな」
つけようと思えばつく。艤装はそういうものだ。…………違うのだろうか?
まあいい、単装砲を取り付ける。蛭、と書かれた紙に手を伸ばす。
「それ、剥がしたら蛭があふれ出すのでしょうか?」
………………すいの言葉に、とんでもなく嫌な事を想像して手を止める。
「そんなわけがあるか馬鹿者。
が、……そうだな。剥がすのはやめておけ、砲門を覗かせる程度でよい」
「む、こうか?」
言われた通り、紙を軽く持ち上げる。正面にいる顕仁には砲門の一部が見えただろう。
視界が暗転する。世界が漆黒に染まる。
自己の矮小を確信する。それを前にすれば、すべてがあまりにも小さすぎる。
灼熱、焦熱、光熱、暑い、熱い、全身を蒸発させるほどの熱。莫大な熱量。圧倒的な光、熱。光が突き刺さる。光に触れただけで焦げる。その存在に近づけば蒸発する。例外はない、あらゆる存在を焼滅するに足る存在。
触れてはいけない、見てはいけない、ただ、跪くだけ、ただ、ただひたすらそのまま存在している事を祈るだけ、
弱ければ凍死、強ければ焼死、漆黒の中に存在するあまりにも強大で巨大な存在、規格外、否、規格にあてはめること自体が不敬。有史より森羅万象に恩恵をもたらしてきたその存在、即ち、…………
「ふむ、まあ、耐えられたか」
「あ、…………え?」
目を開ける。汗を拭う。
「なん、…………だ、いまの、は?」
「みず?」
首を傾げる響、私はしばらく、呼吸を繰り返して、
「その艤装の中にあるものだ。
撃とうと思えば撃てるが、……まあ、それがどういう事か、解るな? その代償も、その力も、だから、」
顕仁は、笑った。
「好きに使うがよい。使わないのも構わぬ。
尊治も欲しがっていたからな、貴様が使わぬのなら、あやつにくれてやる」
「尊治、なんでこんなもの欲しがってるの?」
言仁の問いに、顕仁は首を横に振る。
「あやつの考えている事など知るか。どうせ、なにも考えていなかろう。
が。面白そうだからな。なにに使うか、それはそれで見物だ」