深海の都の話   作:林屋まつり

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七話

 

//.長門

 

 出撃の命令が出た。

 場所は基地近海、深海棲艦の殴り込みらしい。

 淡々と歩を進める。なにを考える事もしない。何も考えない。

 下手な事を考えたら、壊れてしまうから。

 余計な事をしたら、壊してしまうから。

 

 覚えている。随分昔にそんな艦娘がいた。

 艦娘を庇って大破し、そして、その先に待っていたのは庇った駆逐艦の娘とともに、実艦的として数百の砲弾を叩きこまれての轟沈。

 

 その光景を見ていた。その時の恐怖は、まだ、頭にこびりついている。

 基地にある砲の、一時間近く続いた順次砲撃。砲弾のすべてが、主力艦だった一人に叩きこまれた。

 下手な事をすれば自分がああなる。その恐怖は今でも頭に残っている。

 だから、

 

「姉さん」

 

 ぽつり、声を聞いた。そちらに視線を向けない。余計な事は、考えたくない。

 何より、見たくない。

「出撃だ」

 感情を閉ざした妹の姿をみるのは、辛かった。

 

 主力艦、出撃。陣形は単横陣。

 突撃してくる深海棲艦の数は二艦。・・・で足止めをしている間に全艦集中砲撃で撃破。

 いつも通りだ。いつもと、変わらない。

 周りにはすでに出撃しているらしい・・・がいる。意識して、そちらは見ないようにして、

「「索敵開始」」

 瑞鶴と翔鶴が偵察機を飛ばす。程なく、見つけたらしい。

「「航空戦開始」」

 爆撃機を解き放つ、そして、・・・達はそちらに向かって突き進む。

 私たちは待機。まっすぐ向かってきているらしい。主砲を構える、砲撃準備。完了。

 あとは、射程圏内である事を確認したら砲撃する。…………ただ、それで終わりだ。

 だから、前を睨み、

 

「そんな、錆びついた眼してたら、一人前のレディーとして失格よ」

 

 は?

 目を見開く。眼前には、…………暁?

 いきなり現れた彼女は、笑って、連装砲を向ける。

「久しぶりね。旗艦さん」

「つっ?」

 横に跳ぶ。連装砲から放たれた砲弾がかすめる。攻撃を受けたのは、久しぶりか。

「ありゃ、やっぱり当らないものねえ」

「姉さんっ」

 隣にいた陸奥が砲を向ける。けど、「遅いわよっ」

 いつの間にかそこにいた叢雲が先手を打つ。砲撃されて陸奥が弾き飛ばされる。

「どういう、事だ? いつの間に忍び寄った」

 気付かなかった。索敵に気を抜いたつもりはない。何より、彼女が現れたのは懐、潜水艦でもなければこんなところに唐突に表れるなんて、出来るわけがない。

「いつの間にって、そりゃあ、暁、亡霊だもの。いつの間にいるなんて、当たり前よ」

「亡霊、だと?」

 なんだそれは? 思わずこぼれた問いに、暁は首を傾げる。なぜか、だって、

「だって、暁、旗艦さんに轟沈されたのよ?」

「な?」

 轟沈された。……確かに、…………それは、

 

 考えまいとしていた事、けど、考えてしまう。

 深海棲艦の足止めのために突撃し、私の砲撃を撃ち込まれて轟沈した・・・。

 確かに、その中には暁もいたかもしれない。……認識をするのが辛すぎて、気にしないように、見ないように努めていた、……気付かないように、していた。

 

「別に自分の敵討とか、報復のつもりはないけどね。

 旗艦さんに恨みはないし、仕方ない。…………んだけどね」

 けど、暁は笑って、

「そういうの、気に入らないってね。

 だから、しばらく付き合って、ビッグ7、「そして、」」

 叢雲は笑う。愕然とした表情を向ける皆に向かって、

 

「過去の亡霊がお相手願うわ。主力艦。

 恨むつもりはないけど、あんたたちの過去を噛みしめて、相対しなさい」

 

 彼女たちの後ろに、何人もの駆逐艦の娘がいた。

 

//.長門

 

//.五月雨

 

 どういう事だろう。と、いつもなら固めた思考に疑問を挟む。

 主力艦からの砲撃はない。空母の皆さんからの爆撃も、もう、ありません。

 そうなれば私たちは錬度の低い駆逐艦、持っている装備もほとんどが初期の連装砲と、潜水艦が来た時にばらまくための魚雷くらい。

 そして、相手は深海棲艦の中でも上位の能力を持つ姫種、そして、鬼種です。

 相手になるはずもありません。実際、一撃で轟沈される事を覚悟して、それでも、それが命令だから足止めをしようと突撃して、けど、

「この先へは……通さんぞ……」

 泊地棲鬼は艦爆で近づこうとする艦娘を牽制。けど、不思議。

 通さない、と。言葉通り、攻撃するというよりは通さないように、立ちはだかってる。

 艦爆も射程距離より明らかに遠くから爆撃して近寄らせないようにしている。砲撃は、まだしていない。

 そして、その後ろにいる泊地棲姫に至っては動いてさえいない。背負った二つの単装砲、砲門に紙が貼られた方を前に向けて、動かない。なぜか、護衛要塞とか浮遊要塞は一つもない。

 どういう事? けど、それで完全に状況が膠着してる。

 私たちじゃ、傷一つつけられず、近づけず、向こうは攻撃する意思がない。みたい。

 どうすれば、いいんだろう?

 

//.五月雨

 

//.長門

 

 どうする、か。

 いくら数がいても結局は駆逐艦の娘。その攻撃では私たちは揺るがない。どれだけ攻撃されても、大した損傷にはならない。

 逆に、こちらが攻撃をすれば一撃だろう。けど、

「あ、…………い、や、」

 声、隣にいる比叡から零れた声。そして、その砲は、かたかたと、揺れる。

 かつて、仕方ないから、と、沈めた彼女たち。その彼女たちに攻撃をされている。

 

 これは、正しい報いではないのか?

 今までやってきた事。そのつけが回ってきたのか?

 

 ざっ、と音。

「どうしたのよ?

 なにもしないで突っ立ってるだけじゃ、ビッグ7って言っても笑われちゃうわよ」

 暁は苦笑する。

「お前たちは、……本当、に?」

「言ってる意味分からないわよっ、……けど、まあ予想できるけどね。

 そうよ、貴女達に轟沈された駆逐艦。……まあ、深海棲艦の親戚みたいなものよ。怨霊と亡霊なんて似たようなものだしねっ」

「なんだ、それは、そんな事が、あるの、か?」

「んー」暁は少し悩んで、首を横に振る。「もうっ、解ってないわねっ、深海棲艦だって艦娘の怨霊みたいなものしょっ、でっ、暁たちは艦娘の亡霊っ、怨霊がいるんだから亡霊がいてもおかしくないでしょっ」

「アナタ達は、ワタシたちに、復讐に来たのデスカ?」

 ぽつり、金剛が問う。叢雲は鼻で笑って、

「別に、そんなつもりはないわ。

 だって、シカタナカッタンデショ?」

 

 仕方なかった。

 それが、護国のためだから。

 それが、正しい運用だから。

 それが、艦娘の使命だから。

 …………だから仕方ない、だから、それでよかった。

 そう、亡霊が笑った。

 

「私たちはそれでよかった」

「護国のために、仕方ないって諦めていた」

「正しいから、それでいいって諦めていた」

「だから、私たちは深海棲艦にならなかった」

「誰も、恨んでいないのだから」

「誰も、怨んでいないのだから」

「だから、私たちは深海棲艦にならず、諦めて死んでいった」

「けど、そうじゃない艦娘がいた」

「辛いから、苦しいから、嫌だから、死んで欲しくないから」

「だから、彼女は庇って死んだ」

「だから、彼女は庇って殺された」

「正しい事が嫌だった」

「使命を認めなかった」

「だから、糺した」

「殺された。けど、彼女は許せなかった」

「人間が許せなかった」「提督が許せなかった」「艦娘が許せなかった」「貴女が許せなかった」「私達が許せなかった」

「だから、自分が許せなかった」

「だから、彼女は深海棲艦になった」

 

 亡霊が歌う。

「だから、ここに来たのよ。

 暁たちは諦めてたんだけどね、けど、死んでも諦められないんだもん。深海棲艦になっても忘れないんだもん。なら、」

 暁は笑う。口を開く、その言葉は諦観ではない。

 

「仕方ないわよねっ!」

 

//.長門

 

//.五月雨

 

 熱い?

 

 ごうごうと、びゅうびゅうと、風が吹いてる。

「な、なにこれ?」

 熱い、物凄く熱い風が吹いてる。

「下がれ、これ以上は危険だ」

 泊地棲姫が呟く。艦爆を解き放っていた泊地棲鬼は後ろへ。

 …………なんですか、あれ?

 海水が蒸発してる? 泊地棲姫の立つ海面から、蒸気が立ち上ってる。物凄く熱い風が渦巻いて、海水が蒸発してる。

 泊地戦姫は眉を寄せて、なにかに耐えるように歯を食いしばってる。

 その、泊地棲姫は呟く。

「貴様らに問う。

 なぜ、戦うのだ?」

 なぜ、って、

「それが、命令だから」

 提督から、そう命令されたから。そんな、模範解答。

「そうか」と、呟く。

 

 怨霊は笑った。

「それを聞いて安心した」

 

//.五月雨

 

//.長門

 

 戦線は、硬直。彼女たちの攻撃は大きな損傷は与えられず、私たちの攻撃は、当たらない。

 当たらない、彼女たちに向ける砲身は震え、砲撃には躊躇いを超えて恐怖さえある。

 陸奥たちも、蒼白になって戦っている。……当たり前、だ。

 必死になって目をそらしていた過去。罪。その形が目の前にある。

 どうしても、頭から離れてくれないのだ。ここで、彼女たちに轟沈されるのが正しいのではないか、と。

 そんなわけがない。自分たちは護国の使命がある、提督の命令がある。だから、沈むわけにはいかない。

 それが正しいのだ。……けど、

 

 本当にそうなのか?

 自分たちは、彼女たちに殺される義務があるのではないのか?

 

 頭にこびりついた疑問が砲撃の手を緩ませる。射線は狂い砲撃は当たらない。

 外から見たら信じられないというだろう、高い錬度の戦艦や正規空母が、十数とはいえ、駆逐艦たちにまともな損傷さえ与えられていないのだから。

 私の前に立った暁が、ふと首を傾げる。

「そもそも、なんで戦うのよ?」

 問いに、反射的に零れた模範解答。

「それが、提督からの命令だから、だ」

 応じる、と暁は「ふーん」と頷く。

 

 亡霊は笑った。

「それを聞いて安心したわ」

 

//.長門

 

 では、その模範解答を採点しよう。

 

 『蛭』の文字を剥ぎ取る。体を内側から蒸発させる炎熱が荒れ狂う。油断すれば砲に込められた出力が逆流して自爆。すいも、みずこ達も、ここにいるすべての存在が蒸発する。そんな事はさせない。

 砲に宿るのは、『蛭』の文字で覆い隠された存在。森羅万象を消滅させるに足る絶大な力。それを、砲に宿して解き放つ。

 射程など関係ない。最大出力で射程は五十万キロ、砲撃範囲を一万度の光熱が薙ぎ払う。

 あとは、いかに出力を絞り込むか、範囲も余波として零れる熱量も抑え込まなければならない。解放寸前、その余波で放たれる熱風は駆逐艦たちの接近を許さない。

 荒れ狂う灼熱の暴風。炎熱に焦がされながら歯を食いしばって制御。………………………………笑う。

 

「慈悲深い深海に貴様らの居場所はない。

 だから、その存在の一欠片も残さない。塵芥となれ、忌々しい人間ども」

 

 紅炎が放たれる。それは艦娘たちの頭上を駆け抜け、基地を焼却した。

 

「さて、それでどうする?

 やるなら、構わない」

 焼却。消滅、あるいは炭化した瓦礫が残る元基地。

 さすがに、この単装砲を使う気にはなれない。みずこを宿した護衛要塞や浮遊要塞を戻して、改めて問う。

 やるなら、相手になる。と、

「いや、我々の負けだ」

 旗艦らしい長門は、溜息をついて応じる。

 周囲には似たような、なにかが零れ落ちたような表情の主力艦六人、そして、茫然としている駆逐艦の娘たち。

「土産に聞かせて欲しい。

 あの、亡霊とは何だったのだ?」

「私もこの基地の主力艦だった。

 そこで、お前たちと同じ事をやっていた。それで沈めた艦娘たちだ。そんな私に協力をしたのだから、酔狂な者たちだ」

「いや、その亡霊が言っていた。

 正しい事を糺した、と」

 長門は告げて苦笑。

「私たちには出来なかった事だ。

 結局、兵器でしかなかったという事か」

 一息。

「この、駆逐艦の娘たちを任せたい。

 彼女たちは建造の報告さえされていない。存在していない艦娘だ。他の拠点に行く事も出来ないだろう」

「馬鹿か貴様は、私は深海棲艦だぞ。

 第一、私に何の得がある?」

「彼女たちは死後も貴女のために戦おうとした。

 それ相応の信頼を得ているのだろう。……それと、確かに得はないが」

 長門は、そう言って自分の頭に砲を向ける。陸奥たちが息を飲む音が聞こえる。

「私の命ではどうだろうか?」

 ………………溜息。

「姉さんっ」

 陸奥が声を上げる。他の主力艦たちもそれは同様。……本当に、艦娘というのは、面倒だ。

 

 面倒なのは自分だ。

 深海棲艦になって、心も完全に壊れてくれれば、こんなことを考えずに済んだのに、

 

「貴様の命などいるか。

 そうだな、……戦艦や正規空母の誇りを投げ捨てて、資材の輸送に奔走するのなら、いいだろう。

 来るなら来い、貴様らに面白い物を見せてやる」

 私の言葉に、息を飲む音。そちらを無視して背を向ける。

 さて、彼女たちを《波下の都》に連れていくか。そこならいいだろう。……問題は、

「…………格好つけていますけど、言仁様に土下座は覚悟してください」

 すいが小さな声で呟いた。十分にあり得るので項垂れた。

 





みずに渡された装備について

 みずが基地破壊のために放った砲撃はとある神の神威です。装備を渡した顕仁は過去、神道の最高祭司者(=帝)であったため神降ろしも可能です。
 神の名は「水蛭子」。
 恵比寿の名前の方が有名になっています。神話では不具の子として流されて消えた神です。さらには子として数えないとまでされています。
 あるいは、最初の「見ず子(=水子)」かもしれません。「ひるこ」という読み方には何の関係もない「水(=見ず)」はここから来ているのかもしれません。
 では、神名ですが、『蛭』の文字について、少し外れた解釈をしています。
 天照大神の異称、「大(おお)日霊(ひるめ)貴神」、この「ひるめ」を「日の女」とし、それに対応して「ひるこ」は「日の子」としています。そのため、みずに渡された砲は日の炎、紅炎を砲撃として放つ装備として登場していただきました。
 ちなみに、「ひるこ」が漢字としては「日子」と書くとしたら、日本人の名前で見かける「○彦(=ひこ)」の源流はここかもしれません。
 恐らくは、まったく意識せずに「日の子」という、最上位に位置するであろう神の名を子に託すのですから、神話の影響というのも不思議です。
 …………もっとも、流行のきらきらネームには縁のない話ですが。
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