深海の都の話   作:林屋まつり

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二話

 

 とまあ、そんな感じで午前を終えて、後のお仕事は御願いします。夕立にはご飯奢る約束をして家に戻る。

 さて、ここからが戦い。十分な作戦と準備、そして、装備。……まずは装備。そしてしょっぱなからつまずいた。

「お、お金、ない、し」

 働いてるからお金はある。けど、……ぐう、デート資金としては非常に心もとない。日ごろの散財がたたった。……お金貯めるの、苦手だし。…………まあ、けど、ならこれに合わせたデート日程を組めばいいだけの事っ!

 むしろあれこれ迷う事が少なくなってオッケーっしょ。

 現実逃避気味な肯定をして、えーと、次は、放り出した服を洗濯して、皺にならないようにハンガーにかけて、と。

 あとは、最難関。デートコース、どーしよ。

 こういう時に頼りになるのはなんだかんだで金剛。実際彼女はすっごく頼りになる。…………なる、んだけど、

 最大の問題、彼女は鈴谷のデート相手である提督に心底惚れ込んでる。

 そんな彼女に相談なんてできない、だって、簡単に想像できる。

 きっと、金剛は一生懸命考えてくれる。鈴谷に申し訳ないって思わせないように冗談をいいながら、鈴谷と提督が一緒に楽しめるように、精一杯考えてくれるし、手助けもしてくれる。

 その胸にどんな思いがあったとしても、金剛は、優しくて、面倒見がいいから。

 だからこそ、彼女には頼れない。

 あとは、…………当然、鎮守府にいる二人、響と大鳳は論外。特に響は提督に好意を抱いている通り過ぎて依存症発症してるって当人言ってた。

 いぶきなら、頼りになるけど、いないし。

「うー」

 やばい、八方塞がり。何より基本的に鈴谷はこの都を出られない。出るための方法、聞いた事がない。

 だから自然、この都でのデートになるけど、……提督はこの都の長。大体のところは知ってる。

 それに、この都に暮らしている娘は大なり小なり提督に好意を持ってる。……妨害は、ないとは思うけどお。…………むぅ、なんともやりにくそうだし。

「ぐう」

 どーしよ。

 

 戸を叩く音がする。

「ふぁっ?」

 その音を聞いて反射的に顔をあげた。時計をみる。……やばっ!

「ね、寝てたっ?」

 時刻は十八時。……恐る恐る視線を下に向けると、まっさらなメモ帳。やばすぎ。

 戸を叩く音がする。

「ああもうっ、タイミング悪すぎだしっ」

 立ち上がる。誰が来たか知らないけどこの非常事態にっ!

 微かに感じる苛立ち、少し乱暴に「はいはいっ」と戸を開けて、

「や、こんばんわ、鈴谷」

 提督がいた。

「ひゃっぁっぁああっ!」

「わっ、ど、どうしたの?」

「て、てて、提督っ? な、なんで? え、ど、どうしてっ?」

「ん、約束したよね」

 提督はにっこりと笑顔。少し悪戯っぽい、物凄く可愛い笑顔で、

「デートしよ、鈴谷」

 …………大破しました。

 

 幸いにも洗濯した服は乾いてた。大慌てで部屋に戻って着替えて、お財布持って飛び出す。

「あ、あの、提督。その、……どうして?」

 なに聞けばいいかわからなくて、すっごく意味不明な問い。けど提督は笑顔で、

「んー、せっかくだから今日からって思ってね。

 今夜から、明日一日、……じゃ、だめ?」

「ぜ、全然だめじゃないし、むしろ大歓迎っ」

「そっか、よかった」

 提督は笑顔で歩き出す。「えーと、どこ、行くの?」

「僕が鈴谷と一緒に行きたいところ。……いいかな? 鈴谷が行きたいところがあるならそこに行くけど」

「い、いいわっ」

 プランまっさらな鈴谷にはすっごく有り難い。

「よかった」

「それで、どこに行くの?」

 都の中、だと思うんだけど、

「ん、鬼の居城」

 とんでもない答えが返ってきた。

 

 無目籠っていう変な船に乗る。これでこの都から出るらしい。

 出れるの? とは思うけど、まあ、多分大丈夫。

「それでデートだけど、まずは大江山っていうところにある鬼の居城で一泊して、それから琵琶湖の中にある竜宮に行こうね。

 で、その後は京都府の船岡山の近くにある、長坂っていうところでお土産とか買って、それで帰ろうか」

「…………えーと、大丈夫?」

「人がいるところにはいかないから大丈夫」

 笑顔で応じる提督。……なんか、まあ、確かに、あんまり人がいそうなところにはいかないみたいだけど、

 提督は苦笑。

「皆には申し訳ない事をしてるな、って思ってるんだ。

 《波下の都》からあまり出ないようにって言っちゃって、……皆、素直でいい子だからちゃんと守ってるよね。

 けど、本来ならもっとこうしていろいろなところを見て回った方がいい、って解ってるんだ。…………けど、僕もだめだね。皆に離れて欲しくないから、手の中から出したくなくなっちゃうんだ」

 自嘲するような言葉。……確かに「そうかもしれないね。うん、けど、」

 大丈夫だよ。

「鈴谷たち、みんな提督の事大好きだから。

 絶対に勝手にいなくなったりしないから、だから、提督はこうした方がいいって思う事やって、絶対、大丈夫だからっ」

 自嘲の表情なんて見たくない。だから、笑顔で告げる。提督には、笑って欲しいから。だから、

「うん、……ありがと、鈴谷」

 よかった。笑ってくれた。

 

「…………ここが、鬼の居城?」

「そうだよ」

 無目籠から出たらとんでもない光景が広がってた。

 鉄、銀、金の巨大な門と、その先にある壮麗な建物。

 確かに、鈴谷、あの都と、あとは鎮守府しか知らない。けど、

 これ、あり得ないっしょ?

 呆然とする鈴谷の手を引いて提督は楽しそうに歩きだす。三つの門を通り過ぎて、戸を叩く。

 程なく、

「こんばんわ、どういたしました? 言仁様」

 すっげー格好いい青年が出てきた。

 甘いマスク、すらっとした立ち姿。美青年、というのを形にしたらこうなるかもしれない。

 その彼は丁寧に提督にお辞儀。提督も頷いて、

「こんばんわ、酒呑童子。

 急に申し訳ないけど、今晩泊めてね。彼女と一緒に」

 押しかけっ? けど、青年は快く頷いて、

「かしこまりました。言仁様。

 それと、こちらの方は?」

「鈴谷」

「鈴谷様ですね。どうぞこちらに」

「あ、はいっ」

 案内されて家の中へ。当たり前っていうか、中も外観に劣らず豪勢。というか、壮麗。

 そして、そこにいた和服の女性。

「こんばんわ、ようこそお越しくださいました言仁様」

「沙希、彼女は鈴谷様だよ」

 酒呑童子さんが和服の彼女に鈴谷を紹介する。ぺこり、小さく頭を下げると、彼女は眼を細めて、

「鈴谷様ですね。

 私は、酒呑童子の妻である沙希と申します」

「は、はじめまして、鈴谷です。えと、」

 さすが、美青年の妻は美女だなあ、……奥さんの美貌、羨ましい。

 とか、そんなこと考えて言葉に詰まる鈴谷の横から、ひょい、と声。

「僕のデートの相手だよ」

 うわお。

 酒呑童子さんと沙希さんが驚きで目を見開く。そして、

「そうでしたか、言仁様の、…………ふふ、デートの宿泊場所に、私たちの家を選んでいただけるなんて光栄です。

 どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」

「う、うん」

「では、言仁様、鈴谷様。

 まずはお部屋にご案内いたしましょう。それから湯浴みを、食事はそれからでよろしいですか?」

「僕はそれでいいよ。鈴谷は?」

「す、鈴谷も、それでいい、です」

 かくかく頷く。っていうか、この展開、なんか、凄い。

「そんなに緊張する事はないよ。鈴谷様。

 自分の家にいるつもりで、気を楽にしていいからね」

 少し口調を崩して酒呑童子さん。うん、確かにそっちの方が気が楽になれる。

 気遣い嬉しい。くすくすと微笑。

「旦那様。こんなところで立ってお話しをしていてはいつまでも緊張は解けませんわ。

 部屋に案内させていただきます。旦那様は皆に」

「そうだね。では、沙希。よろしく頼むよ。

 くれぐれも粗相のないように」

「承知しています。

 では、言仁様、鈴谷様、どうぞこちらに」

 す、と歩き始めた沙希さん。酒呑童子さんは一礼して奥へ。鈴谷と提督は沙希さんに続く。

「あの、提督」

「ん?」

「ここ、鬼の、居城?」

 なんていうか、それを聞いた時、もっと、すっごいの想像してたんだけど。

 けど、中に入ってみれば和風の超高級旅館みたいな感じ。会ったのも、すっごい美青年とその美青年にお似合いの、美人な奥さん。

 どこが鬼? と、鈴谷の困惑に提督は不思議そうに、

「そうだよ? 鬼もいたでしょ?」

「どこに?」

 鬼っていえば巨躯で、あとは、赤くて角が生えてて、髭もじゃで、金棒持って虎縞のパンツをはいてる、とか。

 対して、提督はもう一度首を傾げて「酒呑童子」

「ほえ?」

 あの、美青年が、鬼? え? ほんと?

「…………鈴谷、何か誤解してない?

 沙希」

「ええ、鈴谷様。

 旦那様、酒呑童子は確かに鬼です」

「本物?」「本物です」

「…………み、見えない」

 くすくすと微笑。

「響も鬼って聞くと不安そうにしていたけどね。

 そうだね、こう、……なんて言うのかな、筋骨隆々な巨躯で、角とか生えてる強面の男っていうイメージ?」

 こくこく頷く。

「それは後の人が適当につけただけだよ。

 始原の名無しじゃあるまいし、そんなに怖い事はないよ」

「大丈夫?」

「もちろん、それに鈴谷様は言仁様の思い人。害するなど決していたしませんわ」

 穏やかな微笑に、ほう、と一息。

「ここです。

 満足をしていただければいいのですが」

 す、と襖が開かれる。…………うん、まあ、とんでもないってのは予想していて、それだけは予想通り。

 温かい照明と、窓の向こうに広がる上品な庭園。畳敷きの部屋が二つ、少し小さいほうの部屋には中央に囲炉裏なんてあるし。

「うん、ここでいいよ。

 鈴谷はいい?」

「う、うん、全然大丈夫っ」

「そっか」

「ふふ、満足していただけたのでしたら幸いです。

 湯浴みの準備ができるまで、おくつろぎください」

 

「はー」

 沙希さんが部屋を出て、提督と二人きり。けど、まずは一息。

「びっくりした?」

 いたずらっ子みたいな可愛い表情で提督。思わず、抱きしめたくなったけど、自重。

「もー、提督も人が悪いわよ。

 いきなりこんな流れでほんと驚いたし」

 ぷぅ、と膨れて見せる。ああもう、提督やっぱり笑顔っ! 可愛いっ!

「やったっ、驚かせられたっ!

 デートっていうのについて調べたけど、えーと、さぷらいず? っていうのが大切だって書いてあったんだっ」

 大成功っ、と。提督ご機嫌。

「まあ、確かに明日って約束してたのに今日、いきなり引っ張り出したのは悪いことしたなーって思ったんだけどね。

 けど、出来れば今夜から一緒にいたかったんだ。デートにはお泊りが必要らしいからね」

「…………その知識、どこから仕入れたの?」

 提督、そう言う事疎いはずなんだけど、……対して、提督は頷いて、

「大鳳が隠し持ってた乙女漫画。響とこっそり読んでみた」

「……………………うわお」

 後で読ませてもらお。

「それで、えーと、どうかな?」

 どうか、そんなの言うまでもない。

「すっごく驚いたけど、すっごく嬉しい。

 こんなところに来れるなんて、想像もできなかった」

 改めて室内をみる。一息つければすっごく居心地のいい部屋。こんな部屋に泊まれるなんて、想像さえした事なかった。

「そうだね。……鈴谷にも気に入ってもらえるなら、都の皆も案内してみようかな」

 それは、多分、提督と一緒に来るっていう事。提督の頭の中じゃ、それも全部デート、になるのかな?

 ちょっと、悔しい、かも、……けど、都の皆や、提督自身にとってもそれはいいと思う。まだあんまり話は出来てないけど、酒呑童子さんも沙希さんも、悪い人には見えない。

 いろいろと、見て回った方がきっと、楽しいから。

 だから、

「うんっ、それいいと思うっ!

 鈴谷も協力するからさっ、都を、提督のところが皆の居場所で、いろいろなところに行ってみるってすっごく楽しいよっ」

「みんな、僕のところに帰って来てくれる?」

 微かに、本当に少しだけ、不安そうな声。だから、

「もちろんっ、みんな提督の家族だしっ!」

 胸を張って応じる。……もちろん、都には鈴谷の知らない娘もいるし、いい加減な事を言ってる自覚もある。

 けど、提督の不安を少しでも和らげられるなら、それでいい。

「あはっ、そうだね。

 うん、ありがと、鈴谷。そう言ってくれて僕、すっごく嬉しい」

 やった、笑ってくれた。

 

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