お風呂の準備ができました、と沙希さん。……ちなみに、
「混浴ではありません。申し訳ございませんが、言仁様と一緒にお風呂に入るのでしたら、部屋にある露天風呂で御願いします」
「ふぶはぁあっ?」
女湯、なんて書いてあった暖簾をくぐって、最初に言われたのはこの言葉、思いっきり噴き出した。
そんな鈴谷を見てくすくす笑う。……まさか、実は結構悪戯な人っ?
ともかく浴場、沙希さんは手を二回叩く。
「「お呼びですか? 奥様」」
そして、声。奥から、双子? らしいまったく同じ顔立ちの女性。
「沙耶さん、沙代さん。
旦那様から聞いていますね? 鈴谷様のお世話をしなさい。彼女は言仁様の大切な方です。くれぐれも不敬のないように」
「「承知しました。奥様」」
えー、と?
「では、鈴谷様。
私は夕食の支度をしています。二人にはなんでもお命じください」
「えー、と?」
お世話? 鈴谷の疑問符を沙希さんは黙殺し、二人は、
「「では、鈴谷様。お召物をこちらに」」
「へえっ?」
ぬ、脱がされるしっ? ぱちぱちと手際よくボタンを外されて、スカートのホックをぱちんっ、と。
「ってっ、ちょ、ちょーっとタイムっ!
いきなりとかほんと恥ずかしいしっ!」
慌ててスカートを抑える。えーと、どっちかの女性が首を傾げて、
「恥ずかしがる事などありませんが?」
「いえ、沙代。
鈴谷様は恐らく、言仁様以外の方に肌をさらす事を禁じているのです」
「貞淑ですね。さすがは言仁様の逢引相手っ」
そっちっ? ……い、いや、貞淑っていうか、…………た、確かに、提督なら、いい、……けど、
こ、混浴とか、
「「あらら、顔が真っ赤」」
はっ?
「鈴谷自分で脱げるからっ、ほらっ、出て出てっ!」
「「いえ、奥様よりお世話を命じられておりますので」」
冷静な、沈着な表情。……いや、わかるし、声聞けばわかるし、絶対楽しんでるしこの二人。
「ってか、お風呂でお世話って何?」
「背中を流させていただきます」
「髪を洗わせていただきます」
「腋の下など敏感な場所を洗わせていただきます」
「…………性的にいやらしい部分を丁寧に洗わせていただきます」
「出てけーっ!」
特に最後二ついらねーっ!
「お待ちくださいっ、鈴谷様っ!」
「な、なに?」
沙代が真面目な表情で応じる。あまりにも真剣で少し気圧された。
「ご自分で洗うには難しい場所もありますっ!
今夜、言仁様にいろいろとお見せするとき、なにかあったら一大事でしょうっ!」
「一大事だっ! …………いや、貞淑はどこに遊びに行ったっ?」
妥協案、……まあ、妥協した結果髪と背中を流してもらう事になりました。なんでそんなに残念そうなのか、問い詰めたい。けど、問い詰めるの少し怖い。
さすが鬼の館っ!
ともかく、
「ふふ、髪の毛もお綺麗ですね。鈴谷様。
ほんと、羨ましいです」
「そかな?」
あんまり意識した事ないんだけど、
「そうですよお。
丁寧に手入れをしていると察します」
「そうでもない、けど」
シャンプーとか、スーパーで適当に買ったやつだし、いや、毎日洗ってるけど。
「な、なんです。って?」
「絶句すんなし」
「いえ、申し訳ございません。
これほど綺麗な髪なら毎日よほど丁寧に手入れをしていると思っていたのですが、地というのでしたらなおさら羨ましいです」
「そっかー」
あんまり意識した事ないなあ。
「鈴谷様、差し出がましいようですが、髪は女性にとってとても重要です。
手入れには気遣いを」
「そう?」
首を傾げる。あまり実感わかない。けど、沙代は真面目に頷いて、
「もちろんです。
ご想像ください。鈴谷様。言仁様の胸に抱きしめられた時、真っ先に言仁様に届くのは髪の匂いです」
「はああっ?」
いや、そんなシチュエーションは流石に、………………提督なら案外あり得るかも。
そして、その時、髪臭いとか言われたら、鈴谷轟沈。再浮上不可。
「りょ、了解した。か、か、髪の手入れ、じゅ、重要」
「ふふ、鈴谷様のこの綺麗な髪でしたら、私はいつまでもお手入れをして差し上げたいです」
「……いや、さすがにそれはいらないし」
「鈴谷様、お背中洗い終わりました」
「あ、了解っす」
沙耶が声をかける。彼女は妙につやつやした表情で、
「髪ももちろんですが、背中も綺麗でしたよ鈴谷様。
お肌も色白で、すべすべで、とても羨ましいです」
「そ、そうかな?」
こういう事で褒められた事ないから、照れる。
「はい、これなら言仁様も、抱きしめられるととても心地よいでしょう。
ただ、……背中を流させていただく時にちらちら見えた横乳を触、……こほん、洗えないというのはやや残念でした」
「なに言いかけたっ!」
「鈴谷様のおっぱいを、揉みたかったっ!」
「出てけーっ!」
「湯加減はいかがですか? 鈴谷様」
「あー、最高っす」
「本来なら冷やしたお酒を、と言いたいところですが。
今しばらくお待ちください。代わりに、これをどうぞ」
「ん、なにこれ?」
渡されたのは透明な液体。
「冷水です」
「ああ、水ね」
まあ、確かに下手なジュースだされるよりはこっちの方がいいかも。
純和風な岩に囲まれたお風呂でオレンジジュースとか、出されたら反応に困る。
ともかく一口。「美味しい」
びっくりした。水って、こんなに美味しいんだ。
もちろん、お風呂で体が火照ってるから、冷たい水が美味しく感じる。ってのもあるだろうけど、
それでも、……いや、ほんと驚いた。
「喜んでもらえて何よりです。鈴谷様」
「これ、どこの水? 水道水、じゃないよね?」
「はい、言仁様が入浴をしたお風呂の水を冷やしました」
「ぶほはっ?」
噴いた。
「な、なな、な、なに飲ませるのっ?」
「冗談ですよお。山の雪解け水を自然濾過した、いわゆる天然水、というやつです」
「だ、だよねー」
あー、ほんとびっくりした。
と、
「鈴谷様」
「なに?」
沙耶が申し訳なさそうに声をかける。
「その、旦那様ですが、言仁様と御話があるそうです。
奥様も、料理の仕込みに熱を入れすぎてしまって、少し時間が空いてしまいます」
「そう?」
提督とお話し、……都の皆もここに呼ぶ、とか言ってた。多分、それかな。
そう言う事なら気にしない。大切な事だって解ってるし。
「それで、鈴谷様。
お時間もある事ですし、マッサージなどいかがでしょう?」
「謹んでお断りします」
おっぱい揉みたいと叫んだ女性にマッサージさせるほど、鈴谷はだめになってない。
「なん、だと?」
「だとっ?」
「沙耶、地を出してはいけませんよ」
「地っ?」
それを堂々という方もどうかと思う。
「では、失礼します」
ならばお尻を撫でますっ、と。拳を握る沙耶を部屋の外に蹴りだして、沙代。御願いしますー
ともかく、浴衣は脱いで背中を出して、……いや、お尻は隠してるよ? 浴衣で。
「痛かったら言ってください。
ただ、少し我慢をしていただく事もあります」
「あい、らじゃーっす」
蒸したタオルを背中に乗せる。じんわりと、血行がよくなる実感。
「あああああ」
「あら? 熱かったですか?」
「いや、全然大丈夫」
思わずもれた変な声。首を傾げる沙代には首を横に振って応じる。
「では、参ります」
ぐい、
「おおうっ?」
き、効く。……ちょっと痛いけど、けど、これは効く。
ぐりぐりとマッサージしてもらう。あー、これは凄い。と、
「帰ったぜーっ」
「お?」「あら?」
どたどたどたどた、と。この高級旅館のような館には似合わない、乱暴な足音。そして、
「面白そうな客ってのはここかっ?
うわっ、背中丸出しの痴女がいるっ!」
「いきなりなにっ?」
「はははっ、いや、すまんすまん。
虎熊童子のやつから、なんか面白そうな客がいるって聞いたから来てみたんだ」
からからと楽しそうに笑うのは眉目秀麗な美少女。
「いや、いきなり痴女呼ばわりとかあり得ないわよ」
「だからすまんって言っただろ?
部屋に入ったら、いきなり背中はだけてる女がいたらどうだよ?」
「…………まあ、周りを見た方がいいと思う」
「まっ、それもそーだな」
けらけらと楽しそうに笑う彼女。誰だろ?
「鬼童丸様。鈴谷様はお客様。それも、言仁様のお連れの方です。
粗相のないように」
沙代が困ったように窘める。けど、
「そうか? 鈴谷ってこういう方が楽なんじゃねぇの?」
「まあ、楽っていうか、あんま気にしないし」
がちがちに丁寧だとさすがに息苦しいけどね。
それより、
「鬼童丸?」
「おう、俺は鬼童丸。酒呑童子の子だ」
むん、と胸を張る鬼童丸。…………「なんだよ?」
「いや、…………ああ、似てる、うん、似てる似てる」
「そうかっ?」
ぱっ、と嬉しそうに笑う鬼童丸。
印象としては上品な酒呑童子さんと、どっちかっていえばやんちゃな感じの鬼童丸はあまり似てない。
けど、よくよく見れば切れ長の眼とか、顔のパーツで似てるところは多い。
「それで、鈴谷は何者だ?
ただの人、ってわけじゃねぇだろ?」
「うん、えーと、深海棲艦、だけど」
通じるかなー? ………………通じた、なにも言わずとも解る、凄い、瞳がきらきらしてる。
「深海棲艦っ? それってあれだろっ? えーと、……海に出るやつだろっ?」
「ざっくりっ?」
「それでは、船幽霊みたいですね」
「かなり嫌だしそれっ!」
思い出すのは高雄たちのいる図書館で見た船幽霊。あの、白装束着て柄杓で船沈めようとしてる血色最悪なほっそいの。
「そうなのか? 底抜いた柄杓で水掬って船沈めるとか、すっげーばかだなっ」
「だから違うってばっ!」
楽しそうに指さして笑う鬼童丸、船幽霊とか、絶対に、認めるわけにはいかないっ!