「……あらあら、楽しそうですね」
沙希さんが来た。そして、そのころには鬼童丸ともいろいろ話をするようになった。
正直、彼女と話をするのは楽しい。沙希さんが声をかけなかったら完全に時間を忘れた。
深海棲艦に興味津々の彼女。けど、あの都で平穏に生きてる話は好みじゃないかなって思って、別の話をした。
それは、重巡洋艦、鈴谷、の話。雪風程じゃないけど、鈴谷も過去の記憶は残ってる。
レイテ沖海戦、妹、熊野との別れ、そして、火災と魚雷の爆発による、轟沈。
いやーな過去だけど、話をするのは楽しかった。鬼童丸、リアクション楽しすぎ。
艦隊戦で文字通り拳を握って興奮し、熊野との別れでは我が事のように寂しそうにし、炎上爆発を聞いて痛ましそうな表情。ほんと、嫌な過去だけど話してよかったって思えた。
だから、沙希さんの声は少し残念で、けど、鬼童丸はそうでもないのか、すっごい笑顔。
「母上っ、鈴谷ってすごいなっ!
俺も鈴谷みたいに戦いたいっ!」
「ふふ、それはまた後ですよ。
鈴谷様、娘が失礼をしました」
「いや、全然、鬼童丸と話してて鈴谷も楽しかったし」
「そうですか、それはよかった」
にっこりと微笑む沙希さん。そして、
「やっ、鈴谷」
「鬼童丸、鈴谷様に失礼な事はしなかったね?」
「む、父上もしつこいぞ。
鈴谷とは話をしていただけだ。父上っ、鈴谷って凄いぞっ」
「鬼童丸、彼女はお客様だよ」
「あ、いや、鈴谷は気にしないし、大丈夫」
「そうかい、それならよかった」
「鬼童丸、食事の準備をするから手伝いなさい」
「はーい、それじゃあ、またお話ししようなっ、鈴谷っ」
ひらひらと手を振って鬼童丸は沙希さんに続いて部屋の外へ。
「さて、食事が来るまで少し話をしようか。
言仁様と話をしてね。《波下の都》と、ここ、大江山の異界を接続しようと思うよ」
接続?
「そ、いつでも行き来できるようにね。
接続場所には、ちゃんとそれっぽい門も作ろうかなぁ」
「その場合は是非こちらにお声掛けください。言仁様。
僕たちが総力をあげて構築します」
「鬼にそう言ってもらえると心強いね」
それから、門とか鈴谷たちの都についてとかいろいろ話をしている、と。
すぱんっ、と音。
「父上っ、茨木童子から聞いたぞっ!
鈴谷たちのいる都と接続するんだってなっ! 俺、早く行きたいっ!」
賑やかだなあ。
「鬼童丸、あまり騒いではだめだよ」
「えーっ、だって楽しみだぜ?
えーと、…………船幽霊がいっぱいいるんだろ?」
「船幽霊違うしっ! 深海棲艦っ!」
「そうそれっ!
鈴谷の話もすっげー面白かったし、もっといろんな話が聞けるんだろ? なー、父上ー、接続したら遊びに行きたいっ」
「…………言仁様」
「いいと思うよ。僕も。
けど、辛い過去背負ってる娘もいるから、いやがったら深入りしたらだめだよ?」
提督の問いに鬼童丸は頬を膨らませて「甘く見るなっ、俺は酒呑童子の子だっ、そんな不作法するわけねぇだろっ!」
「…………鬼童丸。……」はー、と酒呑童子さんは溜息「申し訳ございません。言仁様」
「いやあ、いいって、僕は気にしないから。
けど、顕仁のおじさんは怒るよ、きっと」
「俺、苦手」
だろうねえ。
「それでは、言仁様。接続したら一家で都を拝見させていただきます」
にっこりと笑う酒呑童子さん。鬼童丸も「ぃよしっ!」と拳を握って、すかんっ、と音。
「あでえぇっ?」
「鬼童丸、準備の手伝いを頼んだのに、なにを遊んでいるのですか?」
こわっ?
「うわっ、は、母上っ? いや、これは、深いわけがあって、だな。……あっ、虎熊童子っ、助けろっ!」
「冗談じゃねぇっ!」
虎熊童子、って呼ばれた誰かの野太い声。そして、どたどたと賑やかな音。
うぎゃーっ、って、鬼童丸の悲鳴と引きずられる音。…………なんてか、
「賑やかだねー」
最初のイメージががらがら、……いや、鈴谷もこっちの方が楽しいから、いいけど。
「なんていうか、すいません」
酒呑童子さんは困ったように謝った。
「オ食事ヲオ持チシマシタ」
かたかたと、人形みたいにやってきた鬼童丸。合成音声みたいな平坦な声。うん。
「…………きもっ」
「うるせーっ!」
ともかく、最後に配膳を終えた沙希さん。料理、すげー美味そう。旅館、どう見ても旅館だしこれっ!
「それと、言仁様、鈴谷様」
「ん?」
「食事が終わりましたら、そちらの庭で田楽踊りをさせていただきます。
どうかご観覧ください」
「田楽踊り?」
なんだっけそれ? 踊り、……ダンス?
「日本舞踊、のようなものです」
「へー」
と、言いつつあまりよく解らないし。うーん? こう、扇子を持ってひらひらさせたりする?
「ま、見ればわかるよ。
鬼の田楽は面白いからね」
「ふふ、言仁様がご期待されていると、伝えておきます」
最後にそう笑って沙希さんは部屋を出た。………………「浴衣」
「ん?」
「ううん、鈴谷の浴衣、似合ってるよ」
「そ、そう?」
そう言えば、鬼童丸の突貫とかインパクト強い事が多くて忘れてた。
視線を落とせば浴衣姿の鈴谷。……こういう格好、初めて、かも。
「あの、提督」
「ん?」
「変なところとか、ない?
その、鈴谷、浴衣着るの初めてだし」
「ううん、全然変なところとかないよ。
けど、少し驚いたかな。髪形変えたんだね」
「あ、えーと」
確かに、あまり気にしてなかったけど今は髪の毛をあげてまとめてる。
マッサージする時、最初に間違えて引っ張ったりしないようにってまとめられた。……そのままだ。
「変えたっていうか、……に、似合ってる?」
変えた、わけじゃないけど、ちょっと気になって聞いてみる。提督は首を傾げて、
「そうだね。普段の鈴谷も可愛いけど、今は大人っぽいっていうか、綺麗な感じかな。
どっちが好きかっていうならいつも通りの鈴谷が好きだけど、うん、いつもと違う印象の鈴谷が見れて嬉しいな」
「あ、……あはは、あ、ありがと」
どうしてっ、提督はっ、言う事が凄いしっ! ……そうか、
「提督も浴衣」
「ん? ああ、そうだね。変かな?」
「ううん、…………けど、そ、かあ」
これから、同じ部屋で寝るんだ。…………ぐ、やばい、顔が熱くなってきた。
と、ともかくっ!
「さて、それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
手を合わせて、ぺこり、と。箸を取った。
何度か、提督と一緒に食事をとった事はある。提督、食事中に喋る事は基本なし。
まあ、鈴谷としてもそれはそれでいいし。お喋りしながら食べるのも嫌じゃないけど、無理にしゃべらせようなんて思わない。
だから、自然、静かになる。……それにしても、
提督って、やっぱ格好いいんだなー
鈴谷は、提督について実はそんなに詳しくない。
魔縁、というらしい。そして、それは死んだ人、らしい。
そして、鈴谷は提督の生前の事を知らない。けど、予想は出来る。
たまに見せる上品な仕草、何より、胸をぞくぞくさせる、傲慢な仕草。
上流階級とか、多分そう言う人。
「ん? どうしたの、鈴谷」
「あっ、……えと、……ごめん」
見入ってた。提督は一度首を傾げて、
「あっ、そうだった。これかな?
鈴谷」
「ふぇ?」
「はい、あーん」
「ふぇええっ? な、なっ?」
箸で煮物をつまんで差し出す提督。いや、なに始めるのっ?
「大鳳の乙女漫画でこんなことやってるシーンがあったけど、違った?」
「大鳳っ!」
提督になに読ませたよくやったっ! いや、勝手に読んだんだっけ?
じゃなくてっ!
「あ、違った?」
催促したと思われてたっ? ……はっ、これはチャンスっ!
「そ、そうそう、提督いつやってくれるのかなって楽しみに待ってたっ」
ひっこめられる前に、早口で応じる。提督は「ごめんね」と、少し申し訳なさそうな表情。痛む鈴谷の良心。
で、
「はい、あーん」
「あ、あーん」
ぱく、と食べる。……味は、美味しい、と思う。思う、だってあまりに恥ずかしくて味とか意識できないし。
…………これ、こんなに恥ずかしいものだったの?
鈴谷は、なんかもういろいろ凄い事になってる。けど、提督は変わらず食事に戻る。せめて反撃を、
「て、提督」
「ん?」
「は、はい、あーん」
やる方も恥ずかしいしっ!
ぱく、と食べる。
「うん、美味しいね」
「う、うん」
なんで鈴谷の方がダメージでかいしっ?
平然と食事を続ける提督。………………鈴谷、戦術的敗北。
食事も終わってお皿も片づけてもらってお茶を飲んで提督とまったり。
「そういえば、田楽って言ってたね」
不意に、提督が声をあげる。そういえば、そんなこと言ってた。
と、そんな事を話していると、ぞろぞろと庭に男たち? が出てきた。
「あ、始まるのかな」
提督が興味深そうにつぶやく、男たち、だと思う。
皆、顔に面をつけてる。法被着てるのは男だと思うけど、狐のお面をつけて傍らに座るのは浴衣を着てるから、よく解らない。
中央を開けて、左右に琵琶や三味線、琴や笛を持つ、仮面をかぶった誰か。
「ちょっと、不気味、かも」
こういっちゃ悪いけど、仮面は、ね。
「まあ、仕方ないよ。
仮面は必要だし」
「そうなんだ」
うーむ、さすが奥深い舞踊の世界。……鈴谷には理解できないし。
「ま、それよりはじまるよ」
見ると、楽器を持ってる人達、その中央に、えーと、ひょっとこ、だっけ、そんな仮面をつけた人たち。
ぺこり、頭を下げて、不思議な踊りが始まった。
狐が笛を吹き、猫が三味線を奏で、犬が鼓を叩き、蛇が琴を弾く、雀が鈴を鳴らす。
――――その中央、鬼が舞う。
遊び、駆け回り、笑う異形。追放され、討伐されて、滅ぼされていく。
遊ぶ事も出来ず、生きる事も叶わなかった。殺されて逝く者たち。消え逝く者たち。
………………そんな彼らを救ったのは、神様でした。
「……はー、……」
不思議な優艶さと、お腹を抱えて笑いたくなるような滑稽さ。
寒気がするような恐怖と、なんとなく感じる寂寞。
その全部を混ぜた、不思議な舞踊。けど、
「凄かった」
「そうだね。……鬼の田楽は何度見ても見事だよ」
珍しく、提督も少し心ここにあらずって感じで応じる。
………………ただ、
「提督」
「ん?」
「寝るときは、一緒で、いい?」
いろいろな思いがある。鬼の田楽は、見た人にいろいろな感情を、思いを押し付ける。だから、
その思い、一人じゃ持て余しちゃう。独りで寝るのが、怖い。
だから、大好きな人と一緒にいたい。
「だめ?」
「ううん、いいよ」
「こーやって鈴谷と寝るのは二度目だねー」
「……う、うん」
頷く、一回目は、雪風が隣に来た時。
新しく来た子が暴走しないように、だっけ? …………「あのさ、提督」
「ん?」
「なんで、提督は鈴谷たちの事、家族って、大切にしてくれるの?」
ぽつり、聞いてみた。
提督は優しい。鈴谷たちの事を家族って言って接してくれる。
そして、真剣に鈴谷たちの身を案じてくれる。……少し、過保護なくらいに、
問いに、困ったような笑顔。手を伸ばされる。頬に触れる。
「喪ったものを、また得たいって変かな?」
「喪った?」
「僕がまだ生きていたころの話だよ。
僕、家族みんな殺されたんだ。だから、……また、家族が欲しかったんだ」
殺さ、れ、た? なに、それ?
頭が真っ白になる。どういう事? だって、提督、生きていたころ、……その頃って、まだ、普通の人、だよね?
それで、……え?
「こ、殺された、……って、なんで?」
「いろいろだよ。刀で斬殺された人もいた。矢で射殺されたり、槍で刺殺されたりね。
あとは、……海に飛び込んで入水自殺。僕も、……死因は御婆様と入水、心中自殺になるのかな、あれは」
感じたのは寒気。……目を閉じる。怖い、……
だって、目の前にいるはずの提督が、手の届かないどこかに逝ってしまう。そんな事を考えちゃったから。
だから、
「鈴谷? 少し苦しい、かな?」
「ご、……ごめ、ん、……ごめんなさい」
ごめんなさい、苦しいって解ってる。だって、強く、ほんとに強く、提督を抱きしめているから。
けど、……ごめんなさい、後で怒られてもいいから。今は、こうしていたい、こうしていないと、いや。
いや、消えて欲しくない。離れて欲しくない。……なんで、寝る前にこんな話を始めちゃったんだろ?
眠るのが怖くなった。目を開けたら、大切な人がいなくなってしまう。……提督の言葉を聞いて、そんな事を考えちゃって、それが、ほんとに怖い。
だから、
「変な事聞いて、ごめんなさい。
こ、怖いの、……鈴谷、提督の事大好きで、だから、消えて欲しくなくて、なのに、……なのに、なんでえ」
消えてしまう、なんて考えたんだろ。
背中を優しく撫でられる。
「謝らないでいいよ。僕も、変な事言ってごめんね。
大丈夫、僕はここにいるから、鈴谷の傍にいるからね」
鈴谷の背に回された手に、少し、力が込められる。ぎゅって抱きしめられる。
感じたのは羞恥とか緊張じゃなくて、安堵。
いてくれる。……よかった、その実感が、すっごく嬉しい。
「だから、安心して眠っていいよ。
鈴谷」
…………そして、冷静になれば眠れなくなった。
「提督、寝付きよすぎ」
灯りを消して暗い中、鈴谷の腕の中ですやすやと眠る提督。
時雨が思わず布団にもぐりこんだっていうのも解る。……もう、提督の寝顔可愛すぎ。
……ともかく、布団に入って、鈴谷と少し話をして、すぐに夢の中の提督。
そして、そんな提督に軽く抱きつかれて眠れない鈴谷。…………はあ。
「好き、なんだなあ」
提督の頬に触れる。
好きになった、実は、その理由よく解らない。
別にそんなドラマチックなあれそれがあったわけじゃないし、目を覚まして、提督がいて、話を聞いて、……その時、混乱して暴れちゃったっけ?
抱きしめられるように止められて、暴れ疲れて落ち着いて、それから家をもらったりでお世話になって、
大鳳が読んでるような乙女漫画にあるみたいな運命的展開なんてなにもない。
ただ、…………優しかったから、かな。
ちょろいなー、とか苦笑。優しくされたからころっと惚れちゃうとか、どんだけちょろいんだって、……けど、
「仕方ないし」
きっかけなんて何もない。ただ、普通に会って、言葉を交わして、何か特別な事をしたわけじゃないのに、
気がついたら、…………「ま、仕方ない、か」
考えるだけ時間の無駄。そう、鈴谷は提督の事が好き、きっかけとか別にいらないし理由もいらない。こうして一緒に寝て、眠れないくらいどきどきしちゃってる、これだけで十分。
さて、寝不足覚悟で、大好きな人の寝顔を堪能しますか。
重巡洋艦鈴谷は囁く。
彼に惹かれている。……それは、当たり前だ、と。
なぜなら、彼の存在こそ、艦船にとって天上の栄誉なのだから。