深海の都の話   作:林屋まつり

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六話

 

 でっかい魚の背に乗って竜宮を泳ぎ回る。……っていうか、感覚としては飛び回ってる。

「あははっ、速い速ーいっ」

 提督の肩に手を乗せて、すっごい速度で飛びまわる魚の上。

 その魚の後ろには小さめな魚がついてくる。

 ぼこっ、と音。

「たこーっ?」

「うわあ、でっかいねえ」

 いや、大きすぎっしょ? なんで琵琶湖の底に鈴谷より大きい蛸がいるの?

 蛸は、なんともいえない瞳をきょろきょろさせて、ぶわーっと、どこかに行っちゃった。

「蛸?」「蛸だったね」

「いるんだ」「いるんだね」

 まあ、それはともかく、魚は急旋回。ぐわーっ、と。振り回されるような移動。

「か、艦載機の妖精さんってこんな気分なのかな?」

 なんとなくの思いつき、こう、艦載機に乗ってる気分?

 …………まあ、それはともかく、

 鈴谷の前には提督の、小さな背中。

 今は肩に手を乗せてる。けど、「えーと、提督」

「ん?」

「こういうの、いい?」

 少し、前に、提督を後ろから抱きしめる。

「ん、……いいよ」

 後ろから抱えるように、ぎゅっと抱きしめる。

 はー、なんか、いい感じ。

 

 湖底? に降りたって魚に手を振って別れを告げる。

 上を見上げればたくさんの魚が円を描くように泳いで、それぞれ去っていく。

 ずい、と竜王さんが顔を出した。

「宴の準備はできたが?」

「んー、その前に話をしようか竜王。

 僕が創った都の事、話した事あったっけ?」

「《波下の都》か、《くさなぎの剣》を持ってこないと思ったら、面白いものを創ったな」

「うん、……あ、返さないよ」提督は鈴谷を抱き寄せて「あの都には僕の大切な家族がいるんだ。奪うのなら、…………滅びる覚悟はできるね? 僕は、百足ほど甘くないよ」

「そのつもりはない。好きに暮らすといい。

 それで?」

「うん、それで、僕の都と竜宮を接続しようと思うんだ。

 いい?」

「……深海棲艦の住む都か。

 確かに、面白いだろうが、…………大蛇、しばし待たれよ。私の一存だけで決定できる事ではない」

「ん、いいよ。気長に待つよ」

 気にしないよ、と竜王さんに笑って応じた。

 

「どうしたの? 鈴谷」

「いや、……なんていうか」

 竜宮の一角に座る。なんとなく、だけど、竜王さんとの話を聞いて、なんとなく思った事。

「提督って、凄いんだなあ、って、改めて思ったの」

「そう?」

 きょとん、と首を傾げられた。

 あの、《波下の都》、癖の強い深海棲艦をちゃんとまとめて、そのほとんど皆に慕われて。

 鬼とか、竜王とか、たぶん、凄いのとも知り合いで、…………なんだろ。

 改めてこういう場所に座って思う。思っちゃった。……ちょっと、「遠い?」

「ひゃっ?」

 なんとなく感じた事、ストレートでいい当てられたっ! ……ただ、こくん、と頷く。

「わかった?」

「響が同じ事を言ってたからね。

 あれは、……響を作り直す少し前だったかな。豊浦を紹介した時だったと思うから」

「そう、なんだ」

「豊浦は意地悪いんだよね。

 まあ、その豊浦がいろいろと余計な事を響に吹き込んで、しばーらく、僕の前に出てこなくなったね」

「し、信じられないし」

 依存症とか言ってる響が、提督から距離を取ったって。

「それで、まあ、無理矢理押し入った。そしたら響、私が秘書でいいのとか言い出してね。……なんか、僕の秘書になるのに躊躇いが出たみたいなんだ。今の鈴谷みたいにね。

 困ったものだよ。だけどね、」

 

 笑う。傲慢な、こちらの都合なんてなにも考えない。ただ、自分の都合を押し付ける、押しつけて、聞く事を疑いもしない、聞いて当然だと、…………とても傲慢な笑み。

 ほんと、――――

 

「鈴谷の意思なんて関係ない。

 君は、僕のだ。遠いというのなら、その手を掴んで引き寄せる。絶対に、僕は君を手放さない」

 

 ――――ぞくぞくする。

 

「すーずーやーっ」

「はひっ?」

 声に、肩を跳ね上げて応じる。そこには心配そうな表情の提督。

「大丈夫? ぽーっとしてたけど」

「あ、……うん」

 たまに、だけどね。普段は優しくて、穏やかなんだけど、

 たまに、すっごく傲慢な態度をとる時がある。けど、そんな態度も、不思議と似合ってて、いやじゃない。

 提督は優しく微笑んで鈴谷を撫でて、

「距離感を感じる必要はないよ。僕は僕だから。

 前に鈴谷が言ってたよね? あの都、僕の大切な家族たちで、僕はお父さんだって、だから距離を感じる必要はないし、そうされると僕は凄く寂しいよ」

「うん、……ごめんね。変な事言っちゃって」

 はあ、……ほんと、鈴谷何やってんだろ。

 提督が鈴谷たちの事、過保護って言えるくらい大切にしているの、知ってるのに、

 家族を喪ったって聞いてるのに、距離とられたら悲しいって、解ってるのに、…………「ひゃっ?」

 溜息をつく鈴谷のふとももの上に、すとん、と提督が座る。そのまま手を掴まれて、提督の前へ。

 提督は振り返って、悪戯っぽく笑って、

「変な事言った罰。

 竜宮のおもてなしっていうの、見てる間はこのままだからね」

「え、えーと」

 これは、罰っていうか、嬉しすぎる。っていうかー

 口ごもる鈴谷に提督は勘違い。相変わらず悪戯っぽい笑顔のまま、

「だーめ。勝手に距離とっちゃうような意地悪な鈴谷にはこの位の罰はしないと」

 だから、全然罰になってないっ! ……ああもうっ!

「はーい、ごめんなさーい」

 いろいろと諦めて、もう、どうせだから顔とか近づけちゃお。…………綺麗な、さらさらの髪と、ふわりとした匂い。

 はあ、なんで遠いなんて思っちゃったのか、……これ、遠くに行っちゃうとかほんと、考えられないし。

 …………もーだめ、鈴谷、幸せすぎるよー

 

 圧巻だったし。

 数えるのもばかばかしいくらいの魚が一糸乱れぬ動きで水中を駆け回る、驚嘆しながら目で追いかけて、でっかい蛸がゆらゆら踊って提督と笑い転げて、物凄い速度で迫りすぐ上を駆け抜けていくサメ、みたいなのに思わず悲鳴上げちゃったりして、

 ちなみに、のそのそと歩く山椒魚がじんわりと可愛かった、持って帰っていいか聞いてみたら竜王さんがだめだって。…………残念。

 竜宮でのおもてなしで満足した鈴谷と提督は一路湖面へ。

「さて、じゃあ、次は船岡山だね。

 車で行くから」

「…………え? 提督、運転できるの?」

「出来ないよ。免許証持ってないからね」

「……あ、うん、そりゃそーだ」

 とすると、タクシー? お金あるの? …………って、うん、まあ、解ってた。

 琵琶湖にある公園に停車してる黒塗りのリムジン。

 そして、顔を出したのは加賀。……は?

「加賀ぁあっ?」

「うるさいです」

 眉根を寄せる加賀。艤装装備してないけど、間違いなく加賀。正規空母の艦娘っ? なんでこんなところにいるの?

「鈴谷っぽい、と。少年。

 貴方が言仁?」

「そうだよ。はじめまして、加賀」

「ええ、はじめまして」

「っていうか、鈴谷、っぽい?」

「私の知る鈴谷は艦娘。

 あなたは違うでしょ?」

「まあ、そうだけど。……いや、なんで加賀がいるの?」

「ちょっとした縁よ。貴女が、……深海棲艦がここにいる事の方が、よほど不自然だとは思わない?」

「……まあ、それもそうだけど」

 納得しちゃった。加賀は頷いて、

「船岡山ね。行くわよ」

 リムジンに乗った。当たり前のように、運転席に、

「加賀が運転するんだ」

「そうよ」

「免許は?」

「持ってるわ」

「…………戸籍は?」

「信用していないのね。

 はい」

 放り投げられる一枚のカード。……運転免許証。加賀の写真と、「加賀、まつ?」

「姓と名が必要なのよ。

 加賀は名に不適切だから適当な名をつけたわ」

「なんでまつ? 松竹梅?」

「昔にいた女性の名よ」

「…………いや、戸籍はどこからわいて出たの?」

 確か、艦娘になかったはず。

「欲しいって言ってもらいました」

「もらえるんだ」

「もらえるのです」

 ……なんだろ、突っ込んでいいのかこれ?

「どっち? 天台? 南朝?」

「南朝です」

「…………そ、」

「南朝?」

「悪の秘密結社」

 さらっ、と提督に言われた。「マジ?」

「いろいろあるけどそれが一番正しいよ。

 ね、加賀」

「そうね。それが一番正しいわ」

「ちょっとその話詳しく」

「止めておきなさい。知ったら殺されるわ」

「…………なに、その漫画表現」

「弓矢は準備してあります」

「殺すの加賀なんだっ?」

「鈴谷が相手では苦戦すると思いますが、大丈夫。

 弓矢に砲声はありません」

「暗殺っ?」

「ちゃんと鏃にはヤドクガエルのあれそれが塗ってあるわ」

「毒殺っ?」

「そんな事、僕がやらせないけどね。

 と言っても、鈴谷も、余計な事は聞かない方がいいよ」

 提督はそう言って、重々しく告げた。

「世の中には知らない方がいい事もあるんだ」

「そ、そうなんだ」

 そう言う事もあるんだ。

「本音は?」

「……………………だって、南朝の連中、面倒だから関わりたくないんだもん」

「そっちっ?」

「そうね」

「否定しないんだっ?」

「私は、嘘をつきたくありません。

 例え、それが私の知り合いを貶める事になったとしても、それでも、その人たちを嘘で語るよりはずっとましです」

「…………ああ、うん」

 重々しく言う事なのそれ?

「まあ、どっちにせよ関わらない方がいいよ。

 特に、南朝の長はね。この前遊びに来た時、なんて言ったかな。空母棲姫と空母棲鬼をまとめて打倒してそのまま南朝に引き入れたんだってさ。

 深海棲艦の秘書とか最先端だなっ! とか大騒ぎして酒呑んで帰ったよ」

「…………ひ、姫と鬼を、一人で?」

「そうね。私も一度が戦っているところを見たけど、桁外れね。

 魔縁ってほとんどあの実力なの?」

「一部はね。ま、そういう事。

 南朝の連中は大抵面倒だし、一部は面倒でしかもとんでもなく厄介だから関わらない方がいいの。興味があるあるなら紹介するけど?」

「遠慮します」

 触らぬ神にたたりなし。鈴谷の結論に加賀は「それが無難ね」と頷いて、

「さて、船岡山ね。行くわ。

 …………大丈夫。ただの自動車など、この装甲車にかかれば鎧袖一触よ」

「えっ?」

 なんとなく、加賀の言葉に引っ掛かりを感じて思わず零れた疑問符。……なんか、今、やばい事言わなかった?

 ただ、鈴谷の疑問符に加賀は勘違いをしたらしい。

「ちなみに、鎧袖一触というのは鎧の袖が一度触れただけで触れた相手が即座に倒れる、という意味よ」

「い、いや、それは、わかってる、し」

 解ってる。鈴谷だってその四字熟語の意味は知ってる。けど、

 …………いや、運転する人がそれ言うの、なんか、リアルに怖いですけどっ?

「じ、事故らないでよ?」

「ハンドルを握ると、気分が高揚します」

「ちょっと待ってーっ!」

 




小話。
竜王との会話、『《くさなぎの剣》を持ってこないと思ったら』のくだりについて、
元々安徳帝は竜王の次男、八岐大蛇の生まれ変わりという伝承があります。
そして、《くさなぎの剣》は竜宮の秘宝らしいのです。
竜王は何度か《くさなぎの剣》を取り返そうとして失敗したようですが、崇徳帝が海に《とんでもない物》を放り込んでくれたおかげで八岐大蛇が安徳帝へと転生して、あとは、平家物語などで語られる色々な事があって結果として《くさなぎの剣》は海中に没し、見事竜王は《くさなぎの剣》を取り戻しました。
と、いう伝承があります。あの発言はこのあたりからネタとしてとらせていただきました。
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