深海の都の話   作:林屋まつり

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八話

 

「……もう、なにあれなにあれなんなのっ!

 ほんと、マジ恥ずかしいしっ、最悪だしっ!」

「だから、止めようとしたのに」

 苦笑の提督。

 春画、なんていうか、春爛漫、桜絢爛とか、そんな絵を想像して広げたら、えろ絵っ! えろい絵っ! びっくりだしっ! ありえないしっ! あんなの売るなっ! ってか、描くなっ!

「うー」

「あはは、まあ、事故みたいなものだよね」

「そうだよお、解ってたら見ないよ。マジで恥ずかしいし」

 一瞬、電にお土産で買って行ったらどういう反応をするかな、って思ったけど、買う度胸ないし。

「あ、……あの、提督」

「ん?」

「ほんと、ほんとに事故だからね。鈴谷、知らなかったんだからね」

 あんなの見た事も恥ずかしいけど、それ以上に、提督に、ああいう絵が好きだって思われるのは、すっごいいやだ。

 提督、優しいから気にしないって言ってくれるかもしれないけど、それとこれとは話は別。……えっちな娘だなんて、思われたくない、し。

「大丈夫、解ってるよ。鈴谷」

 困ったような表情で言ってくれた。……はあ、よかった。

「ああいうの、好きなのかなあ。あの、北斎って」

「男でしょ。好きなんじゃないの」

 鈴谷には解らないけどね。解りたくもな、…………提督は?

 今は子供だけど、……えーと、ほら、もっと大人になって、鈴谷と同じくらいの年齢になって、……それで、そう言うのが好き、に、なった、ら?

 提督に迫られたら、……「どうしたの? 鈴谷」

「は。はひっ?」

 振り返る提督。まだ幼いけど、整った中性的な顔立ち。

 綺麗、それなりの服を着て女性です、って言ったら絶対に信じる。

 もし、そのまま成長して、そして、迫ってきたら? 提督、きっと、すっごく強引に迫って来ると思うし、いや、優しくリードしてくれる、とか。

 ど、どっちも魅力的すぎだしっ! そして、そしてっ! や、やや、夜戦カッコカリ、…………ふぁあ。

「すーずーやーっ」

「ひゃんっ、……あ、て、提督っ?」

「どうしたの? 大丈夫?」

「だ、だだ、大丈夫っ、全然大丈夫だしっ! うんっ!

 さ、さーてと、あとは電にお土産買わないとっ!」

 今、提督の顔を見たら中破は確実、場合によっては大破するかもしれない。だから鈴谷は急いで歩き出した。

 

 電にはかりんとうを買って買物終了。ついでに奥にお参りに行こうか、と提督。

「奥に何があるの?」

「社だよ。付喪が祀ってる、ね」

 奥へ奥へ。

「なんか、……不思議な感じ」

 暗い、暗い道を提督と手をつないで歩く。奥へ奥へ。足元を赤い着物を着た子供たちが走り抜けていく。

 左右に立つ鳥居、いくつも立ってるだんだんその間隔が狭くなる。

 お店の数も減って、左右には鬱蒼とした木々と、朱の鳥居。足元には赤い着物を着た子供がちょろちょろ走り回ってる。

 灯りは、朱の鳥居に下げられた提灯だけ。足元の石段は少しずつぼろぼろになり、足元に伝わる感触はでこぼこになって、苔の湿った感触も増えてくる。

 道は狭くなる。道は暗くなる。道は古くなる。数多の鳥居にかけられた提灯の明かりだけがぼんやりと灯りを投げかける。

 

 ころん、と音。

 

「すご、い」

「鈴谷、ここ、どう思う?」

 どう思うか、…………わからない、ただ、

 大江山の壮麗とも違う。竜宮の清澄とも違う。

 もっと雑然として、もっと俗悪で、……そして、陰湿な、………………けど、

「わか、ら、ない、し。……けど、」

 

 からん、と音。

 

「この先にあるなにかに、会いたい、……と、思う」

「そう、じゃあ、会おうか。《がらくた》に」

 

 ころん、と音。

 

 道の最奥、血のように赤い鳥居の向こう。陰湿な、泥沼のような濃緑の森。空は濁り腐った汚泥の色。そこに輝く月光か陽光か解らない光。黴生え、腐乱した白。

 境内にある蝋燭の青黒い炎に照らされた、苔むし、傾き、朽ちた社。

 

 からん、と音。

 

 そして、そこに佇む一人の女性。黒い着物と、その間に覗く、綺麗な肌。振り返る、寒気が走る瞳、血色の口の端に浮かぶ笑みを認識する。

 鬼とか、竜とか、とんでもない存在に会ってきた。けど、それは極め付け。

 

「こんにちわ、私の、愛し子」

 

 神に会った。……そんな実感。

 

「…………なんか、信じられないなあ」

 また、無目籠に乗っての帰り道。ぼんやりと呟く。

 デート、うん、確かにデート。

 一緒にお泊まりして、いろいろなところ回って、いっぱい遊んで、買い物した。

 想像もした事ないような出会いが、たくさんあった。驚く事もあったし、恥ずかしい事もあった。……なにより、とても、楽しかった。

「提督」

 鈴谷の膝まくらで寝てる提督。ここにきて、すとん、と寝ちゃった。

 いつもお昼寝してるみたいだし、……鈴谷に付き合って、起きててくれた。

 嬉しいな。そんな事を思って、眠る提督を撫でる。と、

「ん、…………鈴谷」

 寝言?

「夢でも会えた、っていう事かな?

 なんか、ろま「響、大鳳、」…………って、わけにはいかないか」

 微笑。提督の寝言から零れるのは都にいる皆の名前。……提督の、家族。

 ちょっと残念、なのかな? 提督の、一人きりの特別な女性になれていなかったみたいで、……けど、

「ま、それならそれでいいし」

 今の、家族って関係も、幸せだからそれでいい。……ま、諦めるつもりもないし。

 けど、……ええと、周り見て、誰もいない。いるわけないけど、

 提督に視線を落とす。顔が熱くなっているのが解る。きっと、提督、目覚めてたら心配されるかもしれない。

「このくらいなら、許してね。……提督」

 額に、キスをした。

 

 少し、意外だった。寝てる提督をおぶって鎮守府へ。

 そこで出迎えた響と大鳳。なにか言われるかなー、って思ってたけど、

 二人は寝入っている提督を抱えて、微笑して鎮守府へ。ありがと、とか言われるなんて思ってもみなかった。

 さて、まずは、「金剛、鈴谷だよー」

 上司の家、ノックして声をかける。

「Oh、…………あふう」

 欠伸しながら出てくんな。

「うう、眠いデース。なにしてたデース?」

「眠いのです。おはようなのです」

「って、あれ? 電もいたんだ」

 まあ、たまに遊びに来たりしているの知ってた、鈴谷もよく遊びに来てたし。

 ともかく、家の中へ。

「なんでこんな時間で眠いの?」

 時計を見ればまだ六時、全然これからの時間っしょ?

「いえ、昨日夕立と働いて、そのまま夕立の家に遊びに行ったのデス。

 そこで時雨とショーギをやってマシタ」

「時雨強かったのです。

 というか、金剛がチェスとルール混在していたのでそれ直すのが大変だったのです。最終的には将棋とチェスの異種格闘技戦みたいになったのです」

「……それはそれで興味あるような」

 ともかく、

「はい、お土産だよー」

「お土産? なんのです?」

「お休みでどこかに遊びに行ったのデス?」

 問いに、まあ、隠しても仕方ないか、と。ざっくりと今日一日の事を話す。……おおう、金剛が、がくがくし始めた。

「テ、テイトクとデ、デデ、………………コホン、お出かけしたんデスっ?」

「デートなのですっ!」

「それは言ってはいけまセンっ!」

「あはは、まあ、そう怒らないで、ほら、お土産あげるから」

 というわけで、かりんとうを広げて、「はい」

「こ、コレハっ!」

 渡した神奈川沖浪裏を見て、金剛と電は目を輝かせた。

「す、凄いのですっ!

 これは、深海棲艦の血が騒ぐのですっ! ざばーってしてどばーってして、沈むのですっ!」

 あ、沈むんだ。……そうか、深海棲艦だからか。

「TSUNAMIと、FUJI=サンっ!

 SUSHI、TENPURA、SAMURAIに並ぶ日本の象徴デースっ!」

「…………今の富士山。発音繰り返して」

「FUJI=サン」

 なんだろう、この、名状しがたい間違えている感。

「はむ、かりんとうも美味しいのです。

 紅茶はいらないのです」

「ムムム、確かに、これは紅茶はあいまセン。

 鈴谷、これはワタシに対する挑戦デス?」

「いらないなら食うな」

 手を伸ばす金剛からかりんとうを遠ざける。

「お菓子に罪はありまセンっ!」

「美味しいのです。

 金剛の家に緑茶がないのは残念なのです」

「ワタシは紅茶一筋デースっ!

 美味しいデース」

 ぱりぱりとそんな事を言いながらかりんとうを啄ばむ二人。そういえば、

「えーと、なんか、鬼の居城とここを接続するんだって」

 ぽろっ、と電が手に持っているかりんとう落下。

「お、おお、お、鬼、鬼なのですっ?

 こ、怖いのですっ」

 ぷるぷる震え始めた。可愛い。

「おに? オニとはなんデース?」

 なんだろう? ……えーと? ………………なんだろ?

 金剛にどう説明すればいいかわからんし。ただ、言える事は、

「全然怖くなかったわ。話してて楽しかったし」

「そ、そうなのですか?」

「うん、……だから、」

 さて、今回のデートで見た事。

 そのすべてを話そうと思う。ここだけじゃなくて、改めて提督に話して、青葉たちの新聞に載せてもらうのもいいかもしれない。

 二人だけの秘密、っていうのもいいけど、この高揚は、一人じゃ持て余しちゃう。誰かと話したい。だから、

 話そう。長い話になるかもしれないけど、まずは、一番重要な事から、

「これからさ、もっと、楽しい事になりそうだよ」

 確信を持って、にっ、と笑って、二人に告げた。

 

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