その手の登場人物が嫌いな人はお気をつけください。
一話
ぼこぼこと、沈んでいく。
苦しいとか、痛いとか、いろいろな思いが私の感情を占める。けど、
「私の、足」
ごぼっ、と空気とともに言葉を呟く。もちろん、自分にも届かないけど、
足、……手を伸ばす。砲撃で千切れ飛んだ、私の、足。
私の腰に直撃した砲撃は、おへそから下を消し飛ばして、両足は千切れて冗談みたいに浮いてる。
「私、…………の」
てーとくが褒めてくれた足。てーとくと一緒にたくさんかけっこした足。
それが、なくなった。そして、
「…………や、だ」
ごぼっ、と音。沈んでいく、轟沈した艦娘。腰から下がなくなれば、死ぬしかない。
「やだ、…………よ」
ごぼっ、と音。沈んでいく、明るい水面は遠ざかって、暗い、暗い、暗い、暗い、海の底に堕ちて逝く。
「てー、と、く」
消し飛んでいく意識を必死にかき集める。
「あい、…………た、……い、よ」
また、……てーとくと、………………かけっこしたい、…………よ。
――――――こんな、幻視。
血・・・・赤い・・・・・・。陰湿な、・・・・・・濃緑・・。
・・にある・・の青黒い炎・・・・れ・、・生し、・き、朽ちた社。
そこで、・が嗤う。
――――――そんな、幻視。
「目覚めたみたいだね」
「あ、…………え?」
目を覚ました。どこかの部屋、そして、見た事もない男の子がいる。
「あれ? 私、は?」
「はじめまして、僕の名前は言仁。
君の名前、聞いていい?」
「あ、……私は、島風」
「そう、島風ね。
それで、さっきの質問。私は? だね」
「え? あ、……うん」
質問、っていうわけじゃないけど、けど、確か、私は、…………
水面に浮かぶ、自分の両足。
「っ?」
いやな事を、寒気と吐き気を一緒に感じるような、とてもいやな事を思いだして、そして、
「……………………あ、…………」
恐る恐る、視線を下に、……腰から下が損失している。そんな、怖い事を考えてた。けど、
腰から下には、まるで、昆虫の足みたいなのが、四本。
「っ? ぐっ、げ、」
あまりの嫌悪感と気持ちの悪さ。内臓が蠕動する。臓器ごと吐き出すような。
ぽん、と音。
「あ、……ひっ、ぐ」
言仁、と名乗った男の子に軽く抱き寄せられて、背中を撫でられる。
嘔吐しそうになる。けど、飲み込む。口の中を酸っぱいなにかが占めて、のどがひりひりする。けど、
かろうじて、ほんと、かろうじて飲み込めた。
「大丈夫?」
「う、……うん、…………」
大丈夫じゃない、なにこれ? 私にこんなのがある、そして、これが私の体の一部なんだって、……だって、私の意思で、動かせる。
それが、一番、気持ち悪い。
「私、……は?」
「轟沈したんだよ」
告げられる言葉。否定、できない。
だって、私の最後の記憶は、轟沈した記憶なんだから。…………けど、「うそ」
「うん?」
「うそ、でしょ? だって、私生きてるもん。
私、ここにいるもんっ! 確かに、足は変なんになっちゃったけど、けど、私はここにいるよっ!」
「生きてないよ。艦娘、島風は死んだよ」
「じゃあっ、ここにいる私はなによっ!」
認めたくない、死んだなんて、絶対に、認めないっ!
だって、死んじゃったら、もう、てーとくに、会えなくなっちゃうよ。
「なにか、か。……そうだね。
深海棲艦、だよ」
「…………深海、棲、……艦」
それは、私たち艦娘とか、てーとくの、敵で、滅ぼすべき相手で、……てーとくの敵で、……てーとくの、
「ち、違う、違う、違う違う違うっ! 私、てーとくの、敵じゃない、深海棲艦、じゃない、てーとく、……の」
頭を抱える。怖い、いや、てーとくと戦うなんて、絶対に出来ない。そんなの、絶対に無理。
けど、てーとくは、深海棲艦と戦う人だから、私が、深海棲艦なら、てーとくと、「それは誤解だよ。島風」
「え?」
するり、と入り込む声。
「誤解?」
「深海棲艦は必ず人を襲わなくちゃいけないわけじゃない。
ここにいるなら人と戦う事はないよ。その、てーとく、さん? と、敵対する必要もない」
「そ、そうなの? ……ここって?」
そう言えば、ここは、どこ?
「轟沈した艦娘が堕ちた先。深海にある、僕の都だよ。
深海棲艦島風、この都にいるのなら、……この都の皆を害さないなら、平穏は約束するよ」
「都? うそ、なにそれ?」
信じられない、けど言仁は笑顔で部屋の扉を開ける。
扉の向こうにはたくさんの家。
そして、目の前の道を行き来する「深海棲艦?」
「そうだよ、君と同じね」
「ここ、この都って、どこにあるの?」
「どこ?」
だって、私は。
「帰りたい」
「うん?」
「帰りたいよ、私のいた泊地に、てーとくのいるところに、
てーとくに会いたいのっ!」
「…………死者は生者と会うべきじゃないよ。
と言っても、……聞かないみたいだね」
「当たり前よっ!」
確かに、確かに私は死んだ。腰から下を吹き飛ばされて、轟沈した。深海棲艦になったかもしれない。けど、
「いや、よ。
てーとくに、会いたいの、…………」
確かに、深海棲艦である私はてーとくに会うべきじゃない。解ってる。……けど、それでも、
ぽろぽろと、その面影を瞼に描いて涙を零す。会いたい、だめなの、解ってる。けど、…………だって、
「てーとくが、好き、なの」
…………だから、会いたいの。
溜息。
「仕方ないね」
//.響
堕ちてきた娘。島風の家の手配、それと必要と思われる家具一式の手配。
それを終えて、改めて司令官が私と大鳳を呼んだ。
用件は、
「えーと、二人のどちらかにお使いを頼みたいんだけど、いいかな?」
「お使い?」
「うん、地上にある基地に行って欲しいんだ。
そこで、島風の所属していた泊地と、提督? の、居場所を聞いてきて欲しいの」
む。……それは、あまり面白くない。
ここは死者の都だ。生者と関わりたくない。……というのもあるけど、現実的な話、深海棲艦がたくさんいるここ、《波下の都》の存在が公になったら、それは非常に危険、かもしれない。
異界となっているこの都に接続する事は非常に困難。とはいえ、出来ないわけじゃない。この前も大江山と接続した事だし。
ともかく、大江山の鬼たちのように理解のある他者なら受け入れも構わない。平穏が乱されなければそれでいい。
けど、いわゆる海軍の提督たちもそうとは、到底思えない。攻め込んできたら、……もちろん迎撃するつもりだけど、それでも攻め込まれて嬉しいとは思えない。どうせ攻め込むのは艦娘だろうから、なおさら。
「提督、私たちが海軍の誰かと関わるのは危険だと思います」
だから、大鳳の言葉に私も頷く。けど、
「うん、その基地の主は魔縁だから大丈夫だよ。
ほら、ちょっと前に来た長門たちがお世話になっている基地だから」
「ああ、あれ」
声が、少し落ちるのを自覚する。
長門たち、少し前にこの都に来た、初めての艦娘。
他にも駆逐艦の艦娘が来て、彼女たちはこの都で暮らしている。けど、
駆逐艦以外の、六人、彼女たちは資材の調達などと銘打って外にいる。提督の知り合いの基地に、…………それはいい、その基地の主は提督と同じ魔縁らしい。こちらの事も理解しているだろうから、構わない。
けど、もし、何かの拍子に他の基地や鎮守府と接触したら? それは面白くない。この都に堕ちてきたのなら、生者と関わって欲しくない。自分たちは死者である事を自覚して欲しい。
「ごめんね。本来なら僕が行くべきなんだけど」
あ。
「いえ、大丈夫です」「お使いについては了解したよ。司令官、大丈夫だ」
「…………そんな不機嫌そうにされても、ほんと、ごめんね。我が侭ばかり言って」
困ったような表情を浮かべる司令官を思わず抱きしめたくなった。けど、ここは落ちつこう、自制、自重。……よし。
「じゃあ司令官、私が行くよっ」
大鳳が同じ結論を出すより先に、私は声をあげる。……む、大鳳に睨まれた。けど、
「大鳳の索敵や艦載機はもしもの時にこの都に必要だ。
それに私は司令官の、秘書、だよ。司令官が動けない時こそ頼って欲しい」
早口に、そして、さりげなく秘書、を強調して告げる。
「ほんと? ありがとう。響」
にっこりと、少し安心したような笑顔。その笑顔だけでとても嬉しい。けど、…………ごめんね司令官。私も、女の子なんだ。
「けど、戻ってきたら、その、…………我が侭、聞いて欲しい、な」
大鳳がすっごく睨んでいるけど、まあ、気にしても仕方ないね。
「うん、いいよ。
僕に出来る事ならしてあげるから、なんでも言ってね」
「ありがとう、私、がんばるよっ」
変な事言うなよ、と視線で告げる大鳳は無視して、私は歩き出した。
大丈夫だよ司令官。一緒にお風呂も、添い寝も、司令官に出来る事だから。
//.響
「ここが、私の家」
目の前にある家に向かって、ぽつり、呟く。
「そうだよ。……まあ、長く居座るつもりはないんだろうけど」
「うん」
当たり前、私の帰る場所はてーとくのところだもん。
「君の提督を探すように頼んだから、それまではここで寝泊まりしててね」
「はーい」
探すように頼んだ。……はあ、ほんと、情けない。
私がいた泊地、場所、覚えてなかった。
てーとくの秘書艦だったけど、事務仕事とかあんまりやってなかった、そういうの龍田がやってて私は龍田を手伝ってただけだった。てーとくがいるところなら、どこだってよかった。
だから、泊地の場所どころか、名前さえ覚えてなかった。どーでもよかったんだもん。
そしたら言仁、探してくれるって言ってくれた。てーとくの名前を教えて、少し待っててって。
よかった。言仁にはほんとに感謝。
そして、家に入る。足の調子を見ながら家の中をぐるり歩き回ってみる。
探してもらうまでの一時的な寝床。一階には居間と台所とお風呂と、あと、寝室?
階段を登れば二階には三部屋。まあ、こっちは使う事なんてないでしょ。
さて、
「なにやろうかなー」
特にやる事も思い浮かばない。だから、居間に座ってぼんやりした。
言仁にはほんとに感謝してる。
けど、てーとくに会うべきじゃないっていう言葉だけは、絶対に曲げなかったのが不満。