//.天龍
目の前の椅子には座らない。俺が座るところとは思っていないから。
ここは、あいつが、提督が座るところだ。
「くそっ、……提督、どこ行っちまったんだよ」
ため息一つ。俺が座っているのは提督の執務室にある、簡単な会議のための長机にある椅子。提督の椅子にも、秘書艦の椅子にも座るつもりは、ない。
提督、そして、秘書艦、島風。……二人は、いない。
「天龍ちゃん」
「おう、龍田か。……どうせやる事もねえんだ。さっさと寝ちまえよ」
島風が轟沈して、提督がいなくなって、……この泊地は事実上休業状態。
第二艦隊の旗艦やってた俺が何とかまとめてはいるけど、大本営からの命令とか聞く余裕はねぇ。
それは龍田も解ってる。んだけど、
「天龍ちゃん。上からの電文よ~」
「なもの無視だ無視。聞いてる余裕はねぇって言っただろ?」
ひらひらと手を振る。けど、
上? という言葉が少し引っ掛かった。大本営、じゃなくてか?
「ええとお、それなんだけど、新田中将。……って、知ってるわよねえ?」
「ああ、提督がファンしてた中将だろ?」
現代戦の英雄。横須賀鎮守府や首都、東京都がある東京湾への最終防衛線。
大島全土という広大な基地を治める、最強の一角と名高い提督。新田義興中将、だったか。
「そいつがどうかしたのか?」
「その人から、緊急の問い合わせなのよ~
秋月代将、第一艦隊秘書艦島風とともに大島まで出頭を依頼する。…………ですってぇ~」
「なんだよ、それ」
最初に感じたのは、不快感。そう、だって、
「また、かよ?」
島風のやつが轟沈した依頼も、そうやって呼びだされた。
「結局、そいつも俺たちを利用しようって腹か? ああ?」
「私に凄んでも仕方ないわよ~
それに、今回は提督も同伴、前とは違うと思うわあ」
「……ああ、そうかもな。
で、その中将サマがどういう用事だよ?」
「知らないわよ~、こっちに来たのはそれだけ。
けど、どうする?」
「どう、って?」
「提督が行方不明って、伝える?」
「…………ああ、それか」
そう、提督は行方不明だ。
島風を轟沈させたヤロウのところに乗り込んで、そして、戻ってこない。連絡もない、音沙汰なしだ。
「噂だけなら、新田中将は信頼できそう、なのよね~」
「噂だけだろ、面拝んでねぇのに判断できっかよ。
…………けど、そうだな」
どうするか。
「伝えて、どうなるよ?」
「こっちにとって最善なのはあ。新田中将があ、提督を探してくれる。で、あのヤロウを罰してくれるってことねえ。……島風を轟沈させたやつなら、その首落としたいけど~」
「たりめぇよ。八つ裂きにしてやるぜ」
「逆はあ、揉みつぶされる事よね~
私達もばらばらにされてぇ~、島風轟沈の依頼もなかった事にされて~、提督も、どこかに行っちゃって~」
「…………ざけんなよ」
「当たり前よお。そんな事されるくらいなら、現代戦の英雄様相手に、死に花散らしましょうね~」
「刺し違えてもな。……っていいてぇところだが」
ちびどももいる。今は、なんとか抑えている。けど、もし次になにかあれば、……そうなれば、あいつらは、…………
「じゃあ、こういうのはどうかしら~?」
「あ、なにかあんのか?」
「私がいってくるわ」
「おいこら龍田。てめぇ、なに言ってっかわかってんのか?
最悪の場合考えろよ? なにされっかわからねぇんだぞっ!」
提督がいなくなって、ダチの島風がいなくなって、龍田まで、いなくなったら、……俺は、………………
抱きしめられた。
「龍田?」
「天龍ちゃんはみんなを支えてあげなくちゃだめよお~
ね、島風ちゃんと、提督の帰る場所を護ってあげなくちゃ」
「……けど、よお」
「だめ、……これが、提督を取り戻せるチャンスかもしれないんだから、だから~
私、行ってくるわ」
「………………くそ、卑怯だぞその言い方。……帰ってこなかったら、承知しねぇからな」
//.天龍
実は、眠くない。
「はー、あ」
ロッキングチェアに座る。足が大変な事になってるから結構難儀したし、寝転がるなんて出来ないけど、
まあ、これならある程度はのんびりできる。けど、
なにも、やる事ないなあ。
娯楽のためのものはなにもない。もう、時間としては夜だから、誰かのところに遊びに行くのも、悪い、と思う。
昼寝したから眠くもない。むしろ冴えてる。
だから、
「…………で、なにしているの貴女は?」
「おうっ?」
唐突にかけられた声に振りかえる。「大鳳?」
なんか、凄い事になってる艤装を背負った大鳳。彼女は呆れ顔。
「なにって、……走ってる?」
「見りゃあわかるわよ。
こんな夜中に都の道駆け回らないでって事。なにかと思ったわよほんと」
「ああ、それ」
振り返る。私が走ってきた道がある。
一人で走ってもつまらない。けど、やる事もなかった。気晴らし程度には、なる。
「だって他にやる事ないんだもーん」
「はいはい、まあ、来たばっかりだしね。
うーん」
首を傾げ始めた大鳳。なに考えてんだろ? と、見てると大鳳は溜息「道路爆走されるよりマシな場所考えてるのよ」
「おう? わかった」
「顔に出やすいのはある意味長所よね」
「素直、だって」
「…………ああそう。
ともかく、道路は走らない、転んでもぶつけても自業自得だからいいけど、誰か轢いたら笑いごとじゃ済まないわよ」
「はーい」
「おうっ?」
鎮守府、案内されたのは中庭。
冗談みたいにでっかい大樹。そして、それを中心とした広場。
「ここなら走っても文句は言われないわよ」
「それもそうね」
さて、……「じゃあ、大鳳」
「なに?」
「かけっこ、しよ?」
ま、てーとく相手じゃないのが残念だけど、一人で走るよりは、ましよね。
そして、…………
「おっそーい、……っていえばいい?」
「いや、それ卑怯すぎでしょ」
壁に背を預けて崩れ落ちる私と、とんっ、となにかのボードから飛び降りる大鳳。
艦載機、らしい。……いや、あり得ないでしょそれ。
艦載機、と言いつつなにか、黒い靄みたいなのがわき上がって、それが一か所に集まって固まって出来たのがそれ。普通、艦載機はそういうんじゃない。
「卑怯じゃないわよ。これが私の、深海棲艦としての形で得た艤装よ。
私達が艤装を使うなんて、当たり前でしょ?」
「気味悪」「貴女に言われたくないわよ」
…………否定できない。けど、
「うー」
「なに? まだやる?」
「もち「あーっ、大鳳っ!」え?」
鎮守府の方から声。聞き覚えのない声。けど、その姿は、「駆逐棲姫っ?」
直接会った事はないけど、資料で見た事がある。ここにいる深海棲艦とは違う、正しく、艦娘の敵である深海棲艦。その、姫種。
反射的に身構える。視線を横に向ける。大鳳は、…………溜息。
「どうしたのよ? ひさめ」
ひさめ? 駆逐棲姫の事?
「どうしたじゃないっ!
遊びに来たら言仁くんも響もいなかったっ!」
「二人とも出かけてるわ」
「えーっ、遊びに来た意味なーいっ! …………うわっ! 足が変なのがいるっ!」
「あんたにいわれたくないわよっ!」
「……って、えーと! …………しまぱん?」
「違うわよっ!」
「しー、…………しーしー、…………しましまっ!」
「し、ま、か、ぜっ!」
「おおう。そうだった」
腹を抱えて笑っている大鳳を横目で睨む。
「っていうか、なにやってるの?」
「追いかけっこよ」
「あれ? しましまって世界最速じゃなかったの?
大鳳余裕そうだけど」
「あんな反則艤装とか追い付けるわけないでしょっ!」
「ああ、あれね。確かにあの、反則艦載機はねえ」
「反則反則うるさいわよ。
別に得たくて得たものじゃないんだから、愚痴らないでよ」
そして、大鳳は不意に腕時計に視線を落として、
「だったら、ひさめ。貴女が代わりに島風の相手をしてやってよ。
どうせ暇なんでしょ?」
「ん、いいよ」
気楽に頷く駆逐棲姫。……もとい、ひさめ。
深海棲艦、それも姫種と追いかけっことか、想像した事もなかった。
ひさめは、にや、と笑って、
「ま、世界最速だか足四本だか何だか知らないけど、そーんなのでこの私に追いつけるわけないしね」
かちん。
「なに言ってるのよ。
この私に追いつけるわけないじゃん」
「へーん、負けて這いつくばってから同じ事言えるとは思わないでよ」
胸を張るひさめ。本気で腹立つ。
「じゃあ、やってやろうじゃない」「よしきた」
腰を落とす、ひらひらと手を振る大鳳。
絶対に、こいつ泣かす。と、覚悟を決めた瞬間。
「みーつけたあ」
//.大鳳
「経過は順調、と」
艤装、微細な艦載機は平面の形に集まり文字を描く。
内容は、
『例の提督も来ないらしい。
第二艦隊の龍田が来るらしいよ。どういう事情なのかわからないけどね』
「そう、……まさか、忙しいからってわけじゃないわよね?」
『代将にとって中将は雲の上の人。
提督によっては艦娘の命よりも、一度会う機会の方が大切だろうね』
「まあ、そうよね」
頬杖ついて応じる。業腹な事だけど、間違えてはいないでしょう。
「それで、響。
貴女は会うの?」
『まさか、私が司令官に頼まれたのは調査だけだよ。
その提督がどこでどんな事をしているか、それがわかれば十分だよ。さっさと戻るさ』
「…………提督に変な事しないでよ?」
『添い寝を頼んだ大鳳が言うと説得力があるね』
まだ根に持ってる。
『本来なら今日中に帰るつもりだったけど、仕方ない。
こっちで一泊するよ。……ただ、ここも面白いね。私達の都みたいだよ』
「艦娘の都?」
『そうだね。農耕に手を出しているところはなかなか勉強になりそうだよ。時雨を引っ張り出して見学したいな』
「あの駄目棲艦時雨が行くわけないでしょ」
『………………ただ、これ、新田中将の提案かもしれないけど、南朝の思惑が入ってると思う』
「南朝?」
悪の秘密結社、らしい。私もよく知らない。
ただ、
「クーデターでもするの?」
『と思うよ。そのために艦娘を集めている。というところじゃないかな?
そして、その最前線基地が大島。最終防衛ラインじゃなくて、最前線ね。……まあ、私達は傍観するけど』
「首突っ込みたくないわよそんなの。
島風の件は了解したわ。それで、援軍は必要? 一応、ひさめが鎮守府でいぶきと追いかけっこしてるけど」
正確には逃げ回っている。島風と一緒に。
『あんな露骨に深海棲艦が来たら大変な事になるよ。
それと、今のところは大丈夫。時雨を引っ張り出せれば来て欲しいけどね』
「無理、まあ、頼むわよ。
無事に戻ってきなさいね」
『当然、私は私の家族を悲しませたりしないよ。……大鳳は私が戻らなかったら悲しいかい?』
「当たり前じゃない。
しばらく泣いてから、どこかにいるであろう響が嫉妬で発狂するくらい提督に甘えるわ」
『了解した。死んでも戻って不埒な事をする大鳳とパーティーを楽しもうか』
「そうね。だから戻ってきなさい」
『了解』
//.大鳳