深海の都の話   作:林屋まつり

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七話

 

//.龍田

 

 傍らには、ぽかん、とした天龍ちゃん。

 周囲には轟音、私達の僚艦たちもきょとん、とした表情で見上げている。

 周囲には強風、その発生源は空にある。

「ヘリ?」

 

 新田中将のところには私が行く事にした。それで、どう行くか。

 大島、遠いわねえー、と地図を見ながら新田中将に会いに行く旨を伝えた。そして、迎えを出す、と。返事。

 迎えとして指定された場所は近くの運動公園。なぜかは解らなかったけど、ともかく、遠征の準備を終えて指定した時刻に運動公園へ向かった。

 そこで空から来たのは、ヘリ。…………なんでかしらあ?

「た、確かに、ヘリなら速い、か?」

「うん、そうよねえ。……空路だし」

 海上を渡る事は出来ないけど、陸上なら深海棲艦から攻撃を受ける事もないし、確かに、速い、けど。

 …………驚いたわ~

 ともかく、運動公園の中央、目の前にヘリが着陸。戸が開く。…………艦娘ね。

「龍田か、新田中将所属第三艦隊、旗艦。若葉だ。

 新田中将からの命令により迎えに来た。同行を願う」

「え、ええ」

 最低限の言葉に頷いて、私はヘリの、座席へ向かう。

「じゃあ、行ってくるわね」

「おう、…………ってか、随分と大層な出迎えじゃねぇか」

「効率の問題だ。

 話を聞くなら急いだ方がいい。こちらの方が海路より速い。それだけだ」

「まあ、そうだけどよ。こんなものまで貸し出してくれんだな」

「提督の私物だ。大本営から貸し出されたわけではない」

「し、私物、ってか」

「大本営から余計な口出しを避けるためにも、早急に進めたい。

 話は以上か? なら行くぞ」

「お、おいっ、ちょっと待てよっ! 提督は無事なんだろうなっ?」

「その確認のために話を聞く。それ以上の回答はない」

「あ、ああ」

 天龍ちゃんは困ったように言葉を探す。……まあ、なにが言いたいかわかるけどね。

「私は大丈夫よお~、ぱぱっ、と行ってすぐに戻ってくるからねえ~」

 

 若葉は、艦娘である事を考えれば違和感を感じる程滑らかな操作する。

「慣れてるわね~」

「必要な技能だから修得した。それだけだ。

 現状、東京湾は安全だからこのまま大島まで向かう。念の為東京湾には艦娘が索敵、掃討を行っている。現状の敵影はないらしい」

「けど、これ、新田中将の私物なのよねえ~

 お金持ち?」

「そうだ。仮にも中将。相応の給料を受け取っている」

「中将って給料高いのね~」

 私のところは、……まあ、提督甘いからね~

「大島一帯を任されているから、必要な経費も増える。

 実験という理由もあるから、必要経費に対しては割と甘い」

「実験?」

 大島の基地、そして、新田中将について、ある程度は知っている。提督、ファンだった。

 東京湾、その最終防衛ラインである大島を任せられた提督。海軍でも指折りの実力者。

 そして、大島に艦娘だけの町を作っている、らしい。

 実験、と、問いに若葉は頷いて、

「艦娘だけでどれだけ運営を回せるか、だ。

 この基地で得た情報や適材を判断して、出来るだけ泊地や基地から人を減らすようにしたいのだろう」

「そうなんだ~」

 面白い実験をするな~

「艦娘主導で基地の運営を回せれば人は人の生活を行い、深海棲艦との戦いは完全に艦娘だけが行う事になるだろう。

 そうなれば人の危険は減る。深海棲艦により危機的になった内政への注力も可能だろう」

「それも、そうね」

 頷く、けど、…………さびしい、なんて思っちゃうのは変かしらね~

 

 思い出すのは、幸せだったころの過去。

 出撃させろと迫る天龍ちゃん。仕事なんていいからかけっこしようよー、と強請る島風。

 二人に迫られて困り果てる提督、私に助けを求めて、そして、二人とお話をして、遠征とかの調整をしていた。

 そんな、…………幸せだった思い出。

 

「到着前に、軽く状況を話しておく。認識の齟齬があれば訂正を頼む」

「え、ええ」

 っと、あまり感傷に浸ってる場合じゃないわね。

「大本営より、秋月代将、および秘書艦に出頭の命令が出た。

 秋月代将は艦娘たちを家族のように接しているという事で、提督、新田中将のやり方について意見を聞きたいという事だ。

 先にも話した通り、大島は試験区域でもある。様々な考えを持つ提督から意見を聞き、よりよい運営方法を模索するための措置だ。

 もちろん、艦娘視点での意見も必要で、ゆえに、秘書艦の出頭も命じた」

「そういう背景なのね、あの呼び出しは」

「そうだ。

 だが、こちらの電文に対しては提督や秘書艦ではなく、龍田。君の署名が入った電文が返された。おまけに直接会って話がしたいという事だ。

 提督や秘書艦の職責を考慮すれば、なにかの事情で二人は連絡が取れない状況にあると判断している。提督はその件について確認をしたい、そういう事情で直接会いたい、という依頼を受け入れた。齟齬は?」

「ないわ」

「今ここでその事情を話す事は?」

 問いに、少し、考える。

 彼女、若葉は第三艦隊とはいえ旗艦を任されている艦娘。新田中将からの信頼も厚いはず。

 単純な話、旗艦を任されるという事はそれ相応の信頼を勝ち得ているという事。極論、基地の中でも圧倒的に最大規模を誇る大島基地、そこに艦娘の中でも、三番目に信頼されている艦娘、という事ね。

 なら、彼女の耳に入った言葉はもれなく新田中将に届く。それは、まだ、危険よね。

「デリケートな事なの。

 新田中将に直接話したいわ~」

「了解した」

 思ったよりあっさりと引いたわねえ。なら、逆に、

「新田中将の事を聞いてもいい?」

「答えられる質問には答えよう」

 答えられない質問もある、っていう事ねえ~

 けど構わない、答えられない、というのも一つの回答なのだから。

「若葉から見て、新田中将ってどんな人?」

「合理的で理性的な軍人だ」

「ブラックな人?」

 答えられないかな、と思って問いかける。若葉は視線を向けず、

「質問の意味が曖昧だ。

 艦娘を兵器として見ているという事なら否だ。そして、補給などを無視した運用はしない。艦娘の性能を無意味に落とすような事はしない。だが、戦場に出るという意味は解っている。

 轟沈の可能性がある指示も出す、轟沈したらそれまでだ。その覚悟がない者は出撃させない。提督はその割り切りをつけている。その意味では適材適所を最善としている」

「そう、…………じゃあ、轟沈したら悲しむ?」

「知らない。上に立つ者が部下の前で大きく感情を動かすのは下策だ。

 悲しみとやらで判断を狂わせるようでは、そもそも軍人になる資格などない」

 若葉は視線を向けない。

「勘違いしている者が多いようだが、艦娘は兵器でもなければ、家族でもない。

 軍人だ。己が護ると誓ったもののために、己の意思で身を削り、己の覚悟で命を捧げる。兵器と言ってなにも考えない馬鹿も、家族と言って甘える愚者も、戦場では邪魔だ」

 

//.龍田

 

「………………なんでこんなところで寝てるの?」

 目を開けた。

「あら? おはよう。言仁くん」

「おはよ。……風邪ひくよ」

 どこか呆れたような口調に目を開ける。……なんていうか、驚いた。

 すぐ横には眠る駆逐棲姫。そして、私の頭は戦艦棲姫の太ももの上。ちなみに、場所は鎮守府の中庭。

 ……………………わけわかんない。

「昨日の夜、三人で楽しく追いかけっこしてたら途中で寝ちゃったのよ」

「あれ、追いかけっこ?」

 っていうか、追いかけまわされただけ。

「うぐぐぐ、へ、へんたいがくるー、…………ごごごご」

 駆逐棲姫、……まあ、ひさめが変な寝言。

「おはよ、島風」

「あ、うん、おはよ」

 ともかく、そこには言仁。

「一応聞いておくけど、大丈夫? いろいろと。

 風邪とかひいて欲しくないんだけど」

「風邪ひくの? 私達」

 とりあえず風邪をひいた記憶ないけど。

「まあ、大丈夫ならそれでいいよ。

 それで、三人とも朝食どうする?」

「んー、食べてく」

「島風がここで食べていくなら私も食べていくわ」

「…………なんで?」

 きりっ、とした表情で応じる戦艦棲姫、もとい、いぶき。なぜ私?

「だって、ちっちゃい女の子がご飯食べてるところって、見てて飽きないもの」

「…………まあ、いいけど」

 

「おはようございます、提督」

「うん、おはよ。大鳳。

 三人分追加、お願いしていい?」

「…………ああ、やっぱり三人も一緒なのね」

「たいほー、なんで途中でいなくなるの~?」

「追いかけっこの相手は出来たでしょ?」

「追いかけっこっていうか、追いかけまわされたというか」

 はあ、と肩を落とす。私の方が速いけど、いぶきの持久力はとんでもなかった。

 それに、…………ぐったりとしたひさめを抱えてご満悦ないぶき。

「さて、島風。それじゃあ少し話をしようか」

 食事を作りに戻った大鳳を横目に、「幼女の汗のにおい、…………いいかほり」などと言う変態は無視。

「君のところのてーとくさんだね。

 今、上で調べてもらってるよ」

「ほんとっ?」

「うん、……なんでかわからないけど、泊地にはいなかったらしいんだよ。

 それで、その泊地にいた、……えーと、龍田、だったかな。彼女に事情を確認しようっていうところ」

「いな、……かった、……って、どういう事?」

「それを確認しているところだよ。

 まあ、義興は中将だから、それなりに調べられるんじゃないかな?」

「ね、ねえ、てーとくは、大丈夫、だよね」

 行方不明って、……もしかして、てーとく、も?

 頭を撫でられた。 

「ごめんね。それを今聞いてるところなんだ。

 だから、解らない」

「う、……うん」

 そう、だよね。今、それを確認しているところなんだから。

 頭を撫でられて、少し、力が抜けるのを自覚する。けど、

 てーとく、無茶してないかな。

「龍田からすぐに話が聞ければよかったんだけどね。

 ただ、多分面倒な事になってると思う。龍田は迎えに行った艦娘にはなにも話さないで、直接義興に話すって。

 だから、まだこれ以上の情報はないの」

 申し訳なさそうな言仁。……いけない、と思う。言仁はいろいろ調べてくれたんだから、感謝しないと。

 と、

「なんなら、私が見て来てあげましょうか?」

 いぶきがくすくすと笑って問う。気持ちは、嬉しいんだけど「君が行ったら余計大事になると思うよ?」

「同感」

 戦艦棲姫が乗り込んできたら、洒落にならない。

 と、こと、と音。

「あんたの場合、様子を見に行くついでに基地ごと壊滅させるんじゃないの?」

 朝食を用意した大鳳が、なにか、とんでもない事を言ったような。

 対して、いぶきはひさめを撫でて、

「ええ、もちろん。……ごめんね、島風ちゃん。

 貴女のてーとくさんも、殺しちゃうかも」

「冗談じゃないわよっ!」

「けどねえ。……私、人を見たら殺したくなっちゃうのよねえ」

 くすくすと、とんでもない事を言いだした。

「なんで、よ?」

「だって、いない方がいいでしょ。

 いて何になるの? 艦娘造って壊して造って壊して、それで、それ、私達に何の価値があるの?」

「なんの、……って?」

 いぶきの表情は変わらない。優しい姉みたいにひさめを撫でて、穏やかな表情で言葉を紡ぐ。

「人がいなければ、艦娘は深海棲艦を襲う必要はなくなるでしょ?

 深海棲艦も、人に害するだけで艦娘を襲おうなんて思っていないわ。ほら、人がいなければ平和になるのよ? 人がみんな死ねば平穏になるの。

 人がいても艦娘を造って深海棲艦を襲わせて、そして最後には壊して深海棲艦を増やして、その深海棲艦を壊すために艦娘を造って、……その繰り返し。いない方がいいのよ。人なんてね。

 だから、人がいたら殺す事にしているの。そうすれば平穏になるでしょ?」

 淡々と、穏やかな表情で語るいぶき。……なんか、なんていうか、……ちょっと、怖い、かも。

「え、えーと、…………あ、あの、大鳳?」

 助けを求めた先ではため息一つ。

「相変わらず言う事に容赦ないわね」

 淡々と朝食を並べる大鳳。

「大鳳も、そう思ってる?」

「さあ? 特に執着するような人に出会った事はないし、いぶきが人類絶滅のために動くのなら止めるつもりはないわ。

 私にとって大切なのは提督と、この都で暮らしている家族と、友達だけよ」

「あら? 私も大鳳にとって大切な存在?」

「友達と思ってるわ。安心しなさい。私が好きなのは提督だけよ」

「ちっ」「ありがと、大鳳」

 微笑でわざとらしく舌打ちするいぶきと、嬉しそうに微笑む言仁。配膳が終わって、みんなでいただきます、と手を合わせて食事開始。

 けど、

「艦娘は、人を護るためにあるよ、ね?」

「残念、私は深海棲艦よ。特に人に害するつもりはないけど、護るつもりもないわ。

 私は私にとって大切な存在を護れれば、それでいいのよ。島風は、……例の、てーとくさん?」

「うー、………………うん」

 お国のためとか、そこに生きる人とか、……そういうのは、よく解らない。

 ただ、てーとくだけは、命に代えても、護りたい。………………………………ふと、感じる悪寒。

「ふーん」

「いぶき、ここで暴れたらだめだよ?」

「あら、残念」

 悪戯っぽく舌を出すのはいぶき。……って、「なにか、しようとした?」

「人を護るんじゃあ、……仕方ないわよねえ」

「な、なに?」

「私の願い事を成就させる邪魔をするなら、……ううん、島風ちゃんは可愛いんだけど、ね。

 殺しちゃおうって思ったの」

 穏やかな表情。優しい、って言ってもいい表情。

 そんな表情で、とんでもなく物騒な事を言いだした。

「彼女たちみたいな、……まあ、艦娘ががんばって戦ってた深海棲艦の性よ。感情が振りきれてるのはね。

 けど、都からでなければ、安全よ」

「そういう事。いぶきも、この都で暴れるのはやめてね。

 僕だって怒る時は怒るよ?」

「…………はい、暴れません」

「素直ね」

 意外。いぶきは溜息をついて、ぱくぱくと幸せそうに朝食を食べる言仁に視線を送る。

 見た感じ、子供だけど、凄いのかな? 言仁って、

「みずや鈴谷から聞いてるわよ。

 相変わらず、随分と暴れたとか」

「気に入らないんだもん」

 むぅ、とむくれる言仁。子供っぽい。

「僕もね。いぶきのやりたい事については口出ししないよ。殺したければ殺せばいいし、全滅させたければそうすればいい。

 僕の大切な皆に手を出さなければね」

「協力してくれれば嬉しいんだけど?」

 くすっ、と笑っていぶき。言仁はひらひらと手を振って「やだよ。面倒だもん」

「あら、残念」

「そういうのはおじさんか尊治を頼りなよ。力貸してくれるんじゃないの?」

「…………面倒なの二大巨頭をあげられてもね」

 けど、

「てーとくは、死なせたりしない」

 ぎゅっと、いぶきを、正しく人の敵を睨む。てーとくは、大切な、大好きな人だから。

 だから、死なせたくない。

「そ、せいぜい頑張りなさい。

 上手に立ち回って私の敵にならないようにね」

 くすくすといぶきは笑う。まともに戦っても勝てない、とはわかってる。けど、

 けどね。

「しっらないよー

 私は私のやりたいようにやる」

「そう」

 拳を握って言いきる。……うん、そうだ。

 私は、私のやりたいようにやる。いぶきの言う事も、言仁の言う事も、聞かない。

 また、てーとくに会うんだ。……そして、…………そして、また、あの幸せな泊地で、大好きな皆と一緒にいるんだ。

 そのためにも、

「絶対に、てーとくは殺させない」

「……せいぜい頑張りなさい」

 くすくすと、いぶきは笑った。

 

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