深海の都の話   作:林屋まつり

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五話

 

「なんか、艦娘の都って、考えてみれば不思議よね」

「深海棲艦デス。………………まあ、どっちにしても不思議デス」

「ここが襲われる事って、ないの?」

 もし、見つかったら総攻撃を受ける、と思う。何せ深海棲艦がたくさんいるわけだし。

 …………いや、見つからないのかな。ここ、深海だし。

「今のところないのです。

 電も、不安だったから司令官さんに聞いたけど、司令官さん、そうなったら僕が守るって言ってくれたのです」

「むう、ワタシは守られるより守りたいデス」

「けどけど、……司令官さんに守ってもらえるって、電は、嬉しい。

 えへへ、大切にしてもらえてる、ってこと、なのです」

「それは確かに幸福デス。

 けど、ワタシは守られるより守りたいデス、大切な人ならなおさら、デス」

「一緒に戦うって事で手を打てばいいと思うわ。

 雷も、どうせなら、肩を並べてた方がいいし」

「あ」「うむ」

 電が小さく声をあげて金剛が頷く。

 守るより、守られるより、一緒に戦いたい。……雷は異形と化した左腕に視線を落とす。

 武骨で、硬くて、大きくて、格好悪い。……けど、

 いつか、もし、戦う事になったら。

 守る必要があるかわからない、守る価値を見いだせないものを守るため。駆逐艦だから、なんて理由で戦うのではなくて、

 本当に守りたいものを守るために、雷の意思で戦う日が来るのなら。

「戦う事になったら、この左腕も、使えるのかな」

「…………完全に打撃専用なのです」

「拳で殴りかかる駆逐艦。…………はらしょー」

「金剛、芸風が違うわ。

 けど、うーん」

 ぶんぶん振ってみる。

「お、お姉ちゃん。その、近くで振らないで、とげとげしてるからほんと怖いのです」

「殴られたら怪我じゃあすまなさそうデース。

 けど、どのくらいの強度とかあるんデス? あまりの脆さに殴ったらボキッ、とか別の意味でHorrorデース」

「確かに、…………電、ちょっといい?」

「だ、だめなのですっ!

 お姉ちゃんのその腕ほんと怖いのです、とげとげでかちかちで怖いのですっ」

「けど、硬度は高そうデス」

 つんつん、とつついて金剛。…………「あー、これはまずいわね」

「なにがデス?」

「触られてる感じがかなり薄い。多分、見てなかったら気付かないと思うわ」

「そうデスカ。……んー、ちょっと危ないデスケド、これから付き合う自分の体デス、いろいろ試した方がいい思いマス」

「それもそうね」

「あ、……そうだっ!

 雷、ちょっと寄りたいところがあるんだけど、いいのです?」

「いいわよ」

 家に戻ってもやる事ないしね。それに、いまはこの都を見て回りたい。

 長く、暮らすことになるからね。

 

「山茶花?」

 その家の前には、そんな表札があった。

 雷たちの家から少し離れた場所の家。多分、電の友達がいる、のだと思う。

 それならいい、雷も、友達になりたいわ。けど、

 山茶花、なんて、そんな艦はなかったわよね。

 艦娘じゃない? ともかく、電は戸をたたく。

「山茶花ー」

 やっぱり名前? そして、戸が開く。

「あっ、椿っ」

 と、電が雷の傍らにいる電に呼び掛けた。…………「ふぇ?」

 家から出てきたのは電。傍らの電は違い、なんか、黒いのに乗ってふわふわしてる。

 って、え?

「あ、雷なのですっ」

「そうなのですっ、電のお姉ちゃんなのですっ」

「そうなんだあ。いいなあ。

 電は雷と会った事はなかったのです」

「ちょっとちょっとちょっと待ってっ!」

 にこ、と変わらぬ笑顔を浮かべる電二人。

「あー」

 なに諦めたような表情してるのよ金剛っ!

「なんで電が二人いるのよっ!」

「司令官さんは分御霊とか、分霊とか言っていたのです」

「なのですっ」「なのですっ」「なのですっ」「なのですっ」

「うるさいわよっ!」

 二人でなのです繰り返さないで、耳が痛くなるから。

 しょんぼりする電二人は放置。金剛に視線を向ける。お願いっ、頼りになるお隣さんっ!

「エート、ワタシ達には伝えなかっただけで、材料と運さえあれば同一の艦の艦娘も建造できるみたいなのデス」

「なのデスっ」「なのデスっ」「なのデスっ」「なのデスっ」

 左腕を振るった。電二人がわらわら逃げた。

 口調を真似られて口元をひきつらせる金剛。

「で、この家の電は雷たちとは別の場所で建造された電のようデス。

 彼女自身の話では建造されたのも、この家の電のほうが一年くらい先、みたいデス。外の表札は、……まあ、区別みたいなものデス」

「そうなのです。

 あ、ちなみに電の家には椿、の表札があるのです」

 そうなの? 気付かなかったわ。

「電は山茶花家の電。椿家の電がいるときは山茶花とか、山茶花電とか言われるのです」

「なるほど」

 頷くと、電は遠い目。

「最初は、蛇足電と言われたのです。

 その時はこの電と大喧嘩したのです」

「い、電は悪くないのですっ、真っ先に思い浮かんだのがこの区別だったのですっ」

 遠い目をする電と、わたわたと自己弁護する山茶花。……いや、普通怒るでしょ。蛇足って言われたら。

「見たまんまデース」

「雷も、その、同一艦っているの?」

 問いに、三人はそろって首を横に振る。

「聞いた事ないのです」「なのです」「なのデース」

「…………うん、わかったわ」

 なんなの、この疲労感。

 ハイタッチなどする三人を横目に、なぜか肩を落とした。……ほんと、なんでなのかしら。

 ともかく、山茶花の家で夕食。ぱっぱとご飯を作ってくれた。

「ご飯、か」

 食べた事なんて、なかったな。

 艦娘は燃料で動く。ご飯は食べられるけど、嗜好品としての意味しかない。

 そしてもちろん、あの男がそんな事を許してくれるわけがない。

「料理にはちょっと自信があるのです」

 むん、と胸を張って山茶花。

「いいなあ、……電も、もっとお料理上手になりたいのです」

 そして、羨ましそうな電。

「そう?」

「お料理上手は男の子からのPointが高いデス。

 ワタシも手料理を作ってテイトクに食べて欲しいデースっ、これも修行デース」

「私も頑張るのですっ」

 むんっ、と拳を握る電。そういえば、

「…………あの、すっごく気になったんだけど。

 同一艦がいるってことは、……その、雷がたくさんいるかもしれないって事、よね?」

「電が、百人集まって、なのです、連呼は壮観デース」

「その時は金剛百人で、なのデース、連呼をして欲しいのです」

 ……悪夢にしかならないから止めて欲しいわ。

 じゃなくて、

 艦娘と深海棲艦の戦いは長い。轟沈された艦娘の数はもう、数え切れないほどいる。

 みんながみんな深海棲艦にならないとしても、ここで暮らす深海棲艦も増え続ける。そうなると、

「この都って、どのくらい広いの?

 なんか冗談みたいに言ってたけど、電百人受け入れられるの?」

「えーと、ちょっと待って欲しいのです」

 ふよふよと、山茶花は隣の部屋へ。そして、すぐに一冊の本を持って戻ってきた。

「顕仁のおじさんからもらったのです。

 浦島太郎、なのですっ」

「絵本?」「あ、可愛いのです」

 山茶花が持ってきたのは大判の絵本。タイトルは、浦島太郎。表紙は亀に乗った男の子。

 ご飯食べながら本を開くのも行儀良くないけど、けど、気になるわ。

 この本を持ってきた意味。金剛もそれが気になるのか口を出さないで覗きこむ。

「後で貸してあげるから今は大切なところだけ拾うのです」

 ぱらぱらと数ページ飛ばして、表紙と同じ、亀さんに乗った男の子の絵。

 そして、鯛とか平目とかが踊っている絵。「竜宮?」

「そうなのです。

 顕仁のおじさんが言ってたのです。ここは、そもそも、もともと雷たちがいた世界とは、別の世界だって」

「アヴァロン、妖精郷、……イギリスにもそういった話はあるのデス。

 もともとワタシ達がいた世界とは別の世界。異世界、デス」

「うん、だから、雷が思ってる以上に、この都、この世界は広い、と思うのです。

 顕仁のおじさんは、えと、山幸彦とか、常世とか、補陀落渡海とか、よくわからない事もたくさん言ってたけど、多分、金剛が言っているのが正解、だと思うのです」

「……そうなんだ。……えと、なんで雷、そんな凄いところに迷いこんじゃったんだろ?」

 答えなんて期待していない独り言。夢のような世界にいる、その現実。その理由、……金剛は困ったように応じた。

「テイトクも、山茶花電も、電も、……ワタシも、雷も、死んだから、デス」

 ここは、平穏で平和なユートピアで、死者の都であるディストピア。

 なんか、もしかしたらとんでもないところに来ちゃった、のかなあ。

 

 山茶花のところでご飯を食べて、欠伸。

「ここって、夜とかないのよね?」

「ないのです。ずっとこのままなのです」

 淡い、青の光で満たされた世界。昼も夜もない。

「時間感覚なくなるわね」

「一応、時計はありマス」

 そう言って金剛は懐から懐中時計を取り出す。時間は、「うわ、……もう、二十時」

「ぁう、いつもなら寝てる時間なのです」

 そうなんだ。

「電は寝る時間が早いデス。

 夜はこれから、デースっ!」

 雷も、なんか眠くなってきた。いろいろな事があったからかなあ。

 欠伸をもうひとつ。

「寝むそうデスネ」

「うん、……いろいろ、あったからかな。

 夜って思ったらなんか眠くなってきちゃった」

「眠るといいのデス。……あ、一つ、頼りになるご近所サンから助言がありマース」

「ん?」

「今夜は、電と一緒に寝るのがいいデス。

 こんな、夢みたいな現実だからこそ、大切な人の事を感じるのは、必要デス」

 うん、そうだね。

「電も」ひし、と電は雷の手を握って「一緒がいい。……お姉ちゃんに会えたの、夢みたいだから、……目を覚ましたら終わりなんて、いや、なのです」

「うん、……今夜は、一緒にいよう」

 

 眠っている間、手をつないでいよう。触れ合っていよう。

 幻じゃないって、夢じゃないって、……確かにここにいるよって、そう感じて、…………

 

「えへへ」

 ころん、と寝転がった雷、その右肩に、こてん、と頭を載せて抱きつく電。

「久しぶりなのです。こうするのは」

「そうね」

 久しぶり、地上の基地にいたころ。

 薄い、床よりマシという程度の布団の上。薄い毛布。寒さをこらえるために、抱きあって、お互いの体温で眠りに就いた。

 …………電が、轟沈するまでは、

 右手を動かす、電を抱き寄せる。

「お姉ちゃん?」

「あの、電、あの、ね。……もっと、ぎゅってして」

 電が轟沈するまでは、……してから、それからあとは、

 一人、冷たい布団の中で震えていた。失ってしまった温もりを思い、涙をこぼし、一人、泣いていた。

 だから、雷は電を抱き寄せる。あの頃の温もりを、また感じたくて、

 …………ここにいて欲しくて、

「もう、仕方ないお姉ちゃんなのです」

 優しい微笑。そして、指が伸びる。目元を拭う。…………そこで、雷は気付いた。

 そっか、雷は、泣いてたんだ。

 懐かしい温もりを感じて、ぽろぽろと涙をこぼす、届く言葉は懐かしくて、優しくて、……とても、温かくて、

「おやすみなのです。雷、これからは、一緒、なのです」

 

 涙に滲んだ視界の向こう、優しく微笑む、妹がいる。

 喪ってしまった大切な半身。小さく、淡く、確かに言葉を紡いで目を閉じた。

 …………おやすみなさい、電。

 

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