「なんか、艦娘の都って、考えてみれば不思議よね」
「深海棲艦デス。………………まあ、どっちにしても不思議デス」
「ここが襲われる事って、ないの?」
もし、見つかったら総攻撃を受ける、と思う。何せ深海棲艦がたくさんいるわけだし。
…………いや、見つからないのかな。ここ、深海だし。
「今のところないのです。
電も、不安だったから司令官さんに聞いたけど、司令官さん、そうなったら僕が守るって言ってくれたのです」
「むう、ワタシは守られるより守りたいデス」
「けどけど、……司令官さんに守ってもらえるって、電は、嬉しい。
えへへ、大切にしてもらえてる、ってこと、なのです」
「それは確かに幸福デス。
けど、ワタシは守られるより守りたいデス、大切な人ならなおさら、デス」
「一緒に戦うって事で手を打てばいいと思うわ。
雷も、どうせなら、肩を並べてた方がいいし」
「あ」「うむ」
電が小さく声をあげて金剛が頷く。
守るより、守られるより、一緒に戦いたい。……雷は異形と化した左腕に視線を落とす。
武骨で、硬くて、大きくて、格好悪い。……けど、
いつか、もし、戦う事になったら。
守る必要があるかわからない、守る価値を見いだせないものを守るため。駆逐艦だから、なんて理由で戦うのではなくて、
本当に守りたいものを守るために、雷の意思で戦う日が来るのなら。
「戦う事になったら、この左腕も、使えるのかな」
「…………完全に打撃専用なのです」
「拳で殴りかかる駆逐艦。…………はらしょー」
「金剛、芸風が違うわ。
けど、うーん」
ぶんぶん振ってみる。
「お、お姉ちゃん。その、近くで振らないで、とげとげしてるからほんと怖いのです」
「殴られたら怪我じゃあすまなさそうデース。
けど、どのくらいの強度とかあるんデス? あまりの脆さに殴ったらボキッ、とか別の意味でHorrorデース」
「確かに、…………電、ちょっといい?」
「だ、だめなのですっ!
お姉ちゃんのその腕ほんと怖いのです、とげとげでかちかちで怖いのですっ」
「けど、硬度は高そうデス」
つんつん、とつついて金剛。…………「あー、これはまずいわね」
「なにがデス?」
「触られてる感じがかなり薄い。多分、見てなかったら気付かないと思うわ」
「そうデスカ。……んー、ちょっと危ないデスケド、これから付き合う自分の体デス、いろいろ試した方がいい思いマス」
「それもそうね」
「あ、……そうだっ!
雷、ちょっと寄りたいところがあるんだけど、いいのです?」
「いいわよ」
家に戻ってもやる事ないしね。それに、いまはこの都を見て回りたい。
長く、暮らすことになるからね。
「山茶花?」
その家の前には、そんな表札があった。
雷たちの家から少し離れた場所の家。多分、電の友達がいる、のだと思う。
それならいい、雷も、友達になりたいわ。けど、
山茶花、なんて、そんな艦はなかったわよね。
艦娘じゃない? ともかく、電は戸をたたく。
「山茶花ー」
やっぱり名前? そして、戸が開く。
「あっ、椿っ」
と、電が雷の傍らにいる電に呼び掛けた。…………「ふぇ?」
家から出てきたのは電。傍らの電は違い、なんか、黒いのに乗ってふわふわしてる。
って、え?
「あ、雷なのですっ」
「そうなのですっ、電のお姉ちゃんなのですっ」
「そうなんだあ。いいなあ。
電は雷と会った事はなかったのです」
「ちょっとちょっとちょっと待ってっ!」
にこ、と変わらぬ笑顔を浮かべる電二人。
「あー」
なに諦めたような表情してるのよ金剛っ!
「なんで電が二人いるのよっ!」
「司令官さんは分御霊とか、分霊とか言っていたのです」
「なのですっ」「なのですっ」「なのですっ」「なのですっ」
「うるさいわよっ!」
二人でなのです繰り返さないで、耳が痛くなるから。
しょんぼりする電二人は放置。金剛に視線を向ける。お願いっ、頼りになるお隣さんっ!
「エート、ワタシ達には伝えなかっただけで、材料と運さえあれば同一の艦の艦娘も建造できるみたいなのデス」
「なのデスっ」「なのデスっ」「なのデスっ」「なのデスっ」
左腕を振るった。電二人がわらわら逃げた。
口調を真似られて口元をひきつらせる金剛。
「で、この家の電は雷たちとは別の場所で建造された電のようデス。
彼女自身の話では建造されたのも、この家の電のほうが一年くらい先、みたいデス。外の表札は、……まあ、区別みたいなものデス」
「そうなのです。
あ、ちなみに電の家には椿、の表札があるのです」
そうなの? 気付かなかったわ。
「電は山茶花家の電。椿家の電がいるときは山茶花とか、山茶花電とか言われるのです」
「なるほど」
頷くと、電は遠い目。
「最初は、蛇足電と言われたのです。
その時はこの電と大喧嘩したのです」
「い、電は悪くないのですっ、真っ先に思い浮かんだのがこの区別だったのですっ」
遠い目をする電と、わたわたと自己弁護する山茶花。……いや、普通怒るでしょ。蛇足って言われたら。
「見たまんまデース」
「雷も、その、同一艦っているの?」
問いに、三人はそろって首を横に振る。
「聞いた事ないのです」「なのです」「なのデース」
「…………うん、わかったわ」
なんなの、この疲労感。
ハイタッチなどする三人を横目に、なぜか肩を落とした。……ほんと、なんでなのかしら。
ともかく、山茶花の家で夕食。ぱっぱとご飯を作ってくれた。
「ご飯、か」
食べた事なんて、なかったな。
艦娘は燃料で動く。ご飯は食べられるけど、嗜好品としての意味しかない。
そしてもちろん、あの男がそんな事を許してくれるわけがない。
「料理にはちょっと自信があるのです」
むん、と胸を張って山茶花。
「いいなあ、……電も、もっとお料理上手になりたいのです」
そして、羨ましそうな電。
「そう?」
「お料理上手は男の子からのPointが高いデス。
ワタシも手料理を作ってテイトクに食べて欲しいデースっ、これも修行デース」
「私も頑張るのですっ」
むんっ、と拳を握る電。そういえば、
「…………あの、すっごく気になったんだけど。
同一艦がいるってことは、……その、雷がたくさんいるかもしれないって事、よね?」
「電が、百人集まって、なのです、連呼は壮観デース」
「その時は金剛百人で、なのデース、連呼をして欲しいのです」
……悪夢にしかならないから止めて欲しいわ。
じゃなくて、
艦娘と深海棲艦の戦いは長い。轟沈された艦娘の数はもう、数え切れないほどいる。
みんながみんな深海棲艦にならないとしても、ここで暮らす深海棲艦も増え続ける。そうなると、
「この都って、どのくらい広いの?
なんか冗談みたいに言ってたけど、電百人受け入れられるの?」
「えーと、ちょっと待って欲しいのです」
ふよふよと、山茶花は隣の部屋へ。そして、すぐに一冊の本を持って戻ってきた。
「顕仁のおじさんからもらったのです。
浦島太郎、なのですっ」
「絵本?」「あ、可愛いのです」
山茶花が持ってきたのは大判の絵本。タイトルは、浦島太郎。表紙は亀に乗った男の子。
ご飯食べながら本を開くのも行儀良くないけど、けど、気になるわ。
この本を持ってきた意味。金剛もそれが気になるのか口を出さないで覗きこむ。
「後で貸してあげるから今は大切なところだけ拾うのです」
ぱらぱらと数ページ飛ばして、表紙と同じ、亀さんに乗った男の子の絵。
そして、鯛とか平目とかが踊っている絵。「竜宮?」
「そうなのです。
顕仁のおじさんが言ってたのです。ここは、そもそも、もともと雷たちがいた世界とは、別の世界だって」
「アヴァロン、妖精郷、……イギリスにもそういった話はあるのデス。
もともとワタシ達がいた世界とは別の世界。異世界、デス」
「うん、だから、雷が思ってる以上に、この都、この世界は広い、と思うのです。
顕仁のおじさんは、えと、山幸彦とか、常世とか、補陀落渡海とか、よくわからない事もたくさん言ってたけど、多分、金剛が言っているのが正解、だと思うのです」
「……そうなんだ。……えと、なんで雷、そんな凄いところに迷いこんじゃったんだろ?」
答えなんて期待していない独り言。夢のような世界にいる、その現実。その理由、……金剛は困ったように応じた。
「テイトクも、山茶花電も、電も、……ワタシも、雷も、死んだから、デス」
ここは、平穏で平和なユートピアで、死者の都であるディストピア。
なんか、もしかしたらとんでもないところに来ちゃった、のかなあ。
山茶花のところでご飯を食べて、欠伸。
「ここって、夜とかないのよね?」
「ないのです。ずっとこのままなのです」
淡い、青の光で満たされた世界。昼も夜もない。
「時間感覚なくなるわね」
「一応、時計はありマス」
そう言って金剛は懐から懐中時計を取り出す。時間は、「うわ、……もう、二十時」
「ぁう、いつもなら寝てる時間なのです」
そうなんだ。
「電は寝る時間が早いデス。
夜はこれから、デースっ!」
雷も、なんか眠くなってきた。いろいろな事があったからかなあ。
欠伸をもうひとつ。
「寝むそうデスネ」
「うん、……いろいろ、あったからかな。
夜って思ったらなんか眠くなってきちゃった」
「眠るといいのデス。……あ、一つ、頼りになるご近所サンから助言がありマース」
「ん?」
「今夜は、電と一緒に寝るのがいいデス。
こんな、夢みたいな現実だからこそ、大切な人の事を感じるのは、必要デス」
うん、そうだね。
「電も」ひし、と電は雷の手を握って「一緒がいい。……お姉ちゃんに会えたの、夢みたいだから、……目を覚ましたら終わりなんて、いや、なのです」
「うん、……今夜は、一緒にいよう」
眠っている間、手をつないでいよう。触れ合っていよう。
幻じゃないって、夢じゃないって、……確かにここにいるよって、そう感じて、…………
「えへへ」
ころん、と寝転がった雷、その右肩に、こてん、と頭を載せて抱きつく電。
「久しぶりなのです。こうするのは」
「そうね」
久しぶり、地上の基地にいたころ。
薄い、床よりマシという程度の布団の上。薄い毛布。寒さをこらえるために、抱きあって、お互いの体温で眠りに就いた。
…………電が、轟沈するまでは、
右手を動かす、電を抱き寄せる。
「お姉ちゃん?」
「あの、電、あの、ね。……もっと、ぎゅってして」
電が轟沈するまでは、……してから、それからあとは、
一人、冷たい布団の中で震えていた。失ってしまった温もりを思い、涙をこぼし、一人、泣いていた。
だから、雷は電を抱き寄せる。あの頃の温もりを、また感じたくて、
…………ここにいて欲しくて、
「もう、仕方ないお姉ちゃんなのです」
優しい微笑。そして、指が伸びる。目元を拭う。…………そこで、雷は気付いた。
そっか、雷は、泣いてたんだ。
懐かしい温もりを感じて、ぽろぽろと涙をこぼす、届く言葉は懐かしくて、優しくて、……とても、温かくて、
「おやすみなのです。雷、これからは、一緒、なのです」
涙に滲んだ視界の向こう、優しく微笑む、妹がいる。
喪ってしまった大切な半身。小さく、淡く、確かに言葉を紡いで目を閉じた。
…………おやすみなさい、電。