深海の都の話   作:林屋まつり

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八話

 

//.龍田

 

 この人が、新田中将なのね。

 提督の執務室、その中央に座る男性。

 がっしりとした、精悍な人。三十代、前半くらいかしら?

「龍田。だな。

 こちらの事情は若葉から聞いたな?」

「ええ」

「では、なぜお前が来た?

 私が呼んだのは秋月代将とその秘書艦だったはずだが?」

「それなんだけどね~」

 どうしたものかしらあ。

 若葉にヘリで下ろされてからここまで直行。だから、この人に対する判断材料がない。

 困ったわ~

「言い難い事があるならいい。

 他に調べる方法はある。帰りは若葉に送らせよう」

 む、……それは、困ったわあ。

 話すつもりがないのならさっさと帰れ、って事よねえ。それに、他に調べる方法がある、か。

 ………………はあ。

「実はあ、私達も解らないのよ~」

「……ほう、逃亡か? なんにせよ行方不明か。

 秘書艦もだな」

「そうなのよ~」

「手掛かりは?」

「え、えと、……探してくれるの~?」

「大本営からの命令だ。事情は若葉から聞いていないか?」

「そうだったわね~

 というか、そんな重要な事だったんだあ」

「生憎と、大本営との付き合いは少ない。だから重要度は知らないがな。

 だが、上からの指名だ。一応果たさなければならない」

「そういう事なんだ~」

 なら、大丈夫よね。

 大本営の名を楯にすれば、下手に逃げられるような事はないだろうしい。

「春日少将の基地に行ったって聞いたわ~

 島風が最初に依頼で行ってぇ。そのあと、司令官が行ったわあ」

「春日少将か」

「お知り合い?」

「成績を見た限り随分と優秀なようだ。その彼女が依頼か、……初霜」

「はいですっ」

「きゃっ」

 い、いたの?

「正規の依頼なら大本営に記録が残っている。関連する記録は全部引き出せ。

 それと、春日少将の基地についても情報を洗っておけ」

「了解しましたっ」

「この件についてはこちらから春日少将に問い合わせる。

 本日中に回答は来るだろうが、泊地に戻るなら手配しよう」

「そうね~」

 少し、悩む。一刻も早く戻って天龍ちゃんたちに会いたいけど。

 けど、それと同じくらい、提督の現状が知りたい。…………だから、

「ごめんなさい、待たせてもらうわ」

「了解した。若葉」

「空いている客室に案内する。

 龍田、こっちだ」

 …………隠密行動?

 

「ここの第一艦隊旗艦は、初霜なの~?」

 確か、若葉は第三艦隊の旗艦だったはず。……けど、若葉は首を横に振る。

「初霜は第二艦隊の旗艦だ。

 第一艦隊旗艦は武蔵、この時間なら寝ている。彼女は戦闘用の艦隊を率いている。今回のような仕事に出す必要はない。

 内政、外政を執り行う初霜と、私で十分だ」

「内政? 外政?」

 あんまり聞かない言葉ね。私の問いに若葉は窓から外を見て、

「この基地の範囲は大島全域で艦娘も多く所属している。

 食糧などの補給物資や、清掃などの維持管理も必要になる。それらを内政と総称している」

「……まあ、そうよねえ」

 私達のところはそんなに大きくなくて、清掃って言っても予定のない艦娘が午前中がんばれば大体終わるし。

 書類も、提督と私ががんばれば大抵半日で終わるけどお。……規模の桁が違うと大変ね。

「外政は今回のような件だ。

 提督はあまり人とは会いたがらない。ゆえに他者との接触は最小限にしているが、それでも大本営からの命令などを受け取る事がある。その対応だ」

「それを二人で?」

「否、統括は初霜で、基本的には彼女を長とする第二艦隊。あとは第二艦隊の予備役たちが行っている。

 私達第三艦隊は補佐だ」

「補佐、ねえ~

 どっちもやるっていう事?」

「そうだ。主な仕事は遠征による資材確保だが、出撃も行う」

 規模が違うわねえ。

「龍田。滞在期間はこちらの確認終了まででいいか?」

「そのつもりよ~」

「了解した。滞在場所はここ、基地本部の客室を使ってもらう。

 来客用の浴衣など宿泊に必要な物は部屋にある。食事は時間になったら部屋に届ける」

「ええ、わかったわ~」

 というわけで、客室に案内。扉を開ければ、

「わあ」

「不満か?」

「ううん、思ったより立派で驚いたわ~」

「押しかけてきた中将を宿泊させる部屋だ。

 本部の中では、上から四番目のランクの部屋だからあまり気を使わなくていい」

「…………えーと、話しの前半と後半がかみ合ってないような~?」

 上から一番目か二番目の部屋じゃない?

「部屋の選択は提督が行う。提督にとってどれだけ重要かだ。

 龍田、君たちの依頼は提督自身にとってはそこまで重要ではない。視察と同程度だ」

「それ、かなり大事だと思うのだけど~?」

「提督の人間嫌いは多々方面で面倒くさい。

 部屋に不満があるなら変える。一番目と二番目の部屋を使わせると提督が怒るが、まあ、もう一つ上なら大丈夫だろう」

「いえ、いいわよ~」

 四番目、と言っても泊地にある自室に比べれば全然いい部屋だし。

 ふと、

「ねえ、一番上等な部屋って、どんな人が使うの~?

 中将より偉い人?」

「提督の身内だ」

「…………身内贔屓なのね」

 あんまりな返答で、随分とぼけた応答しちゃったわ。

 

 あてがわれた部屋。ころん、とベッドに寝転がる。

「…………ほんと、どうしちゃったのかしらね~」

 大切な人が、離れていく。

 寝転がって、胸に手を当てる。深く、深く、呼吸をする。

 島風は轟沈して、提督も行方不明。

 島風は、大切な友達で、提督は、私にとって、…………

 

「無事じゃなかったら、承知しない、です。……よ~」

 

 ぽつり、声が部屋に響いた。

 

//.龍田

 

//.響

 

「それは何と言うか、……艦娘のやる事じゃないね」

 かたかたとキーボードを叩く初霜。資料検索室、などと銘打たれた部屋には大量のパソコンや、その倍数くらいありそうなディスプレイがある。

 初霜、と。

「ま、よくある事よ」

 夕張、彼女は爛々とした瞳でディスプレイを見つめている。

「大本営へのハッキ、……データ銀蠅。まあ、そもそも依頼した私が言う事じゃないけど、そういうのは問題があるんじゃないのかい?」

「大切なのはデータよ」

「…………倫理って、脆いんだね」

「まあ、別にいいじゃないですか」

 大本営へのデータ銀蠅、例の、春日少将の依頼や所在地などの収集。

 もちろん、いくら新田中将とはいえ、大本営で管理を行う者でないのなら、依頼に関するデータを覗きみる権限はない。けど、

 確認しろ、と言われたから二人は侵入する。…………まあ、つまり、

「海軍に所属してなければ、気にする事なんてないっていう事かい?」

 問いに、二人は反射的にこちらを見る。その瞳には強い警戒がある。

 さて、魔法の言葉を呟いてみよう。

「・・・・・・・・」

 その言葉、海軍では絶対に、断じて、聞く事のない言葉に、二人は不信ではなく驚愕の表情。

「…………貴女のような存在を、私は知りません」

「魔法の言葉を知っている、というだけで十分じゃないかな?」

 案の定。か。

 指を鳴らす、こっそりと構えていた夕張の大口径回転式拳銃が解体されて鉄屑になる。

「あまり物騒な事はしないで欲しいな」

「なに、今の?」

 驚きはないね。あるのは純粋な警戒。

「司令官、《波下の都》の長、言仁から受け取った権能だよ」

「…………ああ、だから名乗らなかった、んですか」

 なるほど、と納得する初霜。

「話は聞いてるわ。

 私も一度行きたいのよね。その都」

「君たちの間では周知なのかい?」

「君達、って?」

「南朝」

 おそらくだが、正確にはそこの所属なのだろう。私の問いに初霜と夕張は苦笑して頷く。

「その名前、外に出さないでよ?

 知らない艦娘の方が多いんだから」

「了解した。まあ、その辺を見越して私も自分の所属を話したんだけどね」

「そうでしょうね」

「ところで、新田中将も魔縁なのかい?」

「そうです。もっとも、その威を使う事は滅多にありませんが」

「《波下の都》っていう事は、しろは深海棲艦っていうことね?」

「そうだよ。ああ、安心していいよ。君たちを襲おうとは考えていないから」

「襲われたら迎撃するから大丈夫ですよ」

 にっこりと笑って応じる初霜。…………左手、薬指に視線を落とす。その言葉の意味、解るよ。

 さすがに、二人を相手にするのは、少し面倒そうだね。

 敗北はない、と思ってる。司令官からもらった権能を使えば艦娘には負けない。……もっとも、魔縁である新田中将が出てきたら厳しいだろうが。

 まあ、挑むつもりもない、軽く肩をすくめて受け流す。

「それで、見つかりそうかい?」

「ん、ええ、大丈夫よ。

 大本営へのデータ銀蠅はよくやってるし」

「…………そうなんだ」

「監視のためにね。……連中、南朝の事を嗅ぎまわっている

 問題なのは、陸軍と連動していることね。海軍はある程度、情報を覗き見出来るけど、陸軍が手出しできていないわ」

「陸軍ね。そこには南朝はいないんだ」

 意外だな、南朝は、どこにでも忍び込んでると思ったのだけど。

「大将がやり手なのよ。

 将門、陸軍大将、その防壁が厳しくてね」

 夕張がひらひらと手を振る。

「そうなんだ。

 まあ、私にはあまり関係ないか」

 正直、関わりたくない。初霜と夕張も同意。

「それで、なんでその、都にいるしろがこんな事を調べているのですか?」

 初霜が問う。

「少し前に、島風が都に来てね」

 その言葉に、初霜と夕張が息を飲む。都に来た、その意味は一つ。

 轟沈した、から。

「彼女が自分の提督の事を気にしていたから。様子を見に来たんだ」

「大変ねえ。……まあ、そういう事ならいいわ。…………あ、あった」

 夕張はディスプレイに視線を向ける。初霜と私も覗きこむ。

「これが、依頼内容?」

「そうね。基地近海の大規模敵泊地の掃討作戦。

 旗艦は、発案の春日少将のところの第一艦隊旗艦、曙。中核部隊も春日少将のところね。

 けど、想定される規模に対して艦隊規模が小さいから他の泊地や基地に依頼を飛ばして、連合艦隊として出撃した、と。例の、島風も参加してたらしいわ。

 報酬は、基本は資材、あと、MVPには指輪、と」

「指輪ね」

「性能上限を突破できる。だっけ?」

「そうです。……ただ、現時点では適合者は二十、程度だったと思います。

 今回の連合艦隊で、その適合者はいたのでしょうか?」

「見た限りいないわね」リストをスクロールさせながら夕張が「なんていうの? ケッコンユビワ? みたいな扱いもされているらしいから、その印象でつられたんじゃない? あるいは、いつかきっと、みたいな」

「…………まあ、それに高価な物ですしね。転売もできるでしょうし」

「で、その、島風のところの提督はそれにつられたってわけかい?」

「どっちかっていえば島風がつられてみたいね。

 依頼受領のサインが秘書艦名義になってるわ。作戦内容に暗いところはなし、提出された想定の作戦も無茶な展開はしてないし、まあ、妥当ってところね。

 作戦推移は、………………あー、これ、自爆だわ」

「自爆?」

「島風が命令無視して先行突撃したみたい。MVPの報酬に釣られて戦功を急いだってところね。

 それで、深海棲艦の大軍をひきつれて戻ってきて、包囲展開していた春日少将の艦隊から飽和攻撃。深海棲艦もろとも轟沈したみたいね。…………うあ」

 夕張が変な声を漏らす。ディスプレイを覗きこみ、目に付いた文字。「拘留?」

「報酬を受け取りに来たと思ったら暴行未遂。そのまま拘留、と。

 ええと、秋月代将は報酬の受け取り拒否、……と、そこまでね」

「秋月代将は、艦娘を家族として接しているタイプの提督です。

 それに、秘書艦なら思い入れも強いでしょうし、…………若いですねえ」

「初霜が言うとなんか不思議な気分になる言葉だね」

「ともかく、以上よ。

 秋月代将は春日少将の基地で拘留されているわ。大本営をつつこうにも、後ろ暗いところが一つもない、正当な行為だから動かないわね」

「島風轟沈も、かい?」

「そうね。むしろ被害拡大を速やかに防いだ、適正な対処として称賛されるでしょうね」

 淡々と応じる夕張。そして、私にも特に思う事はない。

 さて、大鳳に報告かな。もう一晩ここの基地に泊まって、明日には帰れるね。……けど、溜息。

 司令官に甘えるのは、もう少し先になりそうだ。司令官は優しいから、島風の事をもう少し気にかけるだろう。

 せっかく甘えられるんだ。司令官には私以外の女性の事を考えて欲しくない。けりをつけてから、存分に甘えよう。

「ありがとう、二人とも。

 じゃあ。後ろ暗い会合はこれで終わりにして、お互いの機密維持を期待するよ」

「もちろんです」「当然ね」

 

//.響

 

//.龍田

 

「さて、秋月代将だが、春日少将の基地に拘留されている」

 新田中将に呼び出されて、最初に言われたのはこんな言葉。…………一瞬、言葉に詰まって、

「どういう、事かしら~」

「春日少将の依頼を受け、その報酬を受け取りに行った。

 その際、春日少将に暴行を行いそのまま拘留された。幸いにも未遂に終わったが」

「……そんな事が、あったんだぁ」

 はあ、とため息。提督、普段は優しいけど、変なところで見境なくなるからなあ。

「秋月代将は春日少将の基地にいる。

 …………が、それまでだな。それ以上の事は出来ない」

「出来ない、……ですか~?」

「暴行未遂による刑罰として拘留は妥当だ。軍規に明記されている。

 権限でどうにかなる問題ではない」

「…………そう、」

 困ったわ。……と、溜息をつく私に、新田中将は一息。

「一応話しておく。

 軍規では、事前申請のない状態で一週間以上、泊地および基地を提督が直接指揮をとれない状態が続いた場合、提督に管理能力はないと判断されて解雇、所属する艦娘は必要とされる場所への移動となる。

 つまり、泊地の解体だ」

 

 それは、最悪の結末。

 

「……う、…………そ」

 あの生活が、終わる、の?

 島風と一緒に遊んだあの場所が、天龍ちゃんとたくさん頑張ったあの場所が、…………提督と、一緒にいたあの場所が、なくなる、の? …………そんな、の。

「い、やよ」

「だろうな。

 拘留の権利、刑期については拘留を行った基地の提督に一任されている」

 ひらり、と一枚の紙。

「春日少将の基地に関する位置情報だ。

 交渉するなり、懇願するなり好きにするといい。そちらの望んだ情報は以上か? ならば帰りは手配しよう」

 

//.龍田

 

//.若葉

 

「いいのか? 提督。

 あの様子では穏便には行かなさそうだが」

 私の問いに、提督は頷く。

「構わない。……が、《波下の都》の長が出るかもしれない。

 若葉、その経過、そして長を監視しろ。なにかあれば助力してやれ」

「貸しを作るという事か?」

 問いに、提督はしろの持ってきた風呂敷を一瞥し、

「前払いで報酬も受け取っているし、どの程度かは、期待できないがな。

 近くに初霜も向かわせる。龍田を送り届けた後、初霜と合流後監視だ」

「了解した。では、まずは龍田を送り届ける」

 

//.若葉

 

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