――――こんな、夢を見た。
弾雨が降り注ぐ、空襲だ。莫大量の弾雨。敵艦載機の波状攻撃で戦艦は何度も揺さぶられる。
傍らにいる伊勢や榛名も同様。爆撃の音が重なり、震え、そして、
さようなら。
「つっ!」
跳ね起きた。胸に手を当てる。鼓動の音が響く。
「……夢、か」
「ぬごごごごご」
小さくつぶやいた言葉に、応じるように妙な唸り声。
見ると、毛布を蹴飛ばしたぴりか、「ぎゃおー」と寝言。……どんな夢を見ているのか。
「……まったく、なんなんだ、本当に」
ため息一つ。私は蹴飛ばされた毛布をかけ直してやった。
本当に、なにをしているのだろうか?
//.伊勢
「これ、ですか」
眼前に広がる威容。巨大な、船。
深海棲艦によって閉ざされた海。今時こんな船時代遅れ、だけど。
「そうだ。
造船部と兵器部の合同開発。理論上は、深海棲艦を打破できる、らしい」
「そうですか」
別に、深海棲艦は幽霊じゃない。砲撃も、当たれば、沈められる、かもしれない。
当てられればね。艦砲が人と同じ大きさで、しかも高速で移動する深海棲艦に当てられるとは思えない。
けど、
「それで、これ?」
これ、いくらかかったんだろ?
「それで、実験として出撃。っていう事?」
「いや、正確には護衛艦としてだ。遠征だな」
「そう」
護衛艦か、……まあ、いいか。
どうでもいいな、と。ぼんやりと思う。
そう、……あれから、何もかもがどうでもよくなった。
日向を、……大切な妹を見殺しにしたんだ。
そう、……だから、もう、どうでもいい。
だから、頷いた。
「わかった」
//.伊勢
「目覚めたっ!」
と、そんな声で私も目を覚ました。
「あうう、ぴりかちゃん、毎朝毎朝うるさいですよー」
のろのろと、箒も起床。……そうか、いつもか。いつも、なのか。
「おはようっ、ほーきっ、ひゅーがっ!
聞けっ! 私はちゅぱかびゅらになってでっかい塔を殴ったっ! そしたら折れたっ!」
「そうですかあ、危険な夢ですねえ」
ふぁーあ、と。欠伸をする箒。「ちゅかぱびゅら強いっ」と胸を張るぴりか。……ところで、そのちゅぱかびゅらだかちゅかぱびゅらだか知らないが、それは何なのだろうか。
舌噛みそうな名前だ。あまり近づきたくない。
「さて、それじゃあ今日は何をして遊びましょうか」
「お昼寝だっ」
「じゃあ、一日寝てますか?」
「やだっ!」
確かに、それは困るな。……とはいえ、やる事も思いつかない。
なにか、家事手伝いでもしようか。ふと、そんな事を考えていい案だと思う。
ここにきてからなにもやっていない。助けてもらった上に世話になっているのだ。これ以上居座るだけというのはさすがに気まずい。
そいうわけで、聞いてみた。
「手伝えること、ですか?」
「そうだ。……居候させてもらっているわけだし、なにもしないというのも心苦しい」
「そうですか。では、…………薪割りとぴりかちゃんのお世話、どっちがいいですか?」
笑顔で問う箒。もちろん、私は即答した。
「やれやれ、……どうしたものかな、この状況」
よいしょ、と。斧を振り上げ、振り下ろす。
まさか、こんな事をやる事になるとは思えなかった。薪割りをする艦娘など私くらいだろう。
まあ、あまりいてもな。
「よ、っと」
斧を振り上げる。振り下ろす。かつんっ、と音。
「ふぅ」
一息。視線を向ける。
まだ、頼まれた量には届かないか。…………「まあ、いいか」
時間はある、のんびりとやっていけばいい。
斧を振り上げる。振り下ろす。かっ! と、音。
割れた薪を手に取り積み上げる。
ふぅ、と一息。なんとなく、視線を森の方に向ける。
わははーっ、と笑う声、ひゃーっ! と、声。そして、また笑い声。
「賑やかだな」
あまり、自分はそういうタイプではない。けど、
「まあ、悪くないか」
呟く、ふと、……そこには小さな狐。
斧をおいて腰を落とす。なんとなく、手を差し出す。
小さな狐はとことこと近寄って、顔を擦り寄せる。
手を動かして撫でてやる。狐は一度顔をあげて、すぐに手に頭をすりつけ、また、とことこと森の方へ。
顔を上に向ければ突き抜けるような青空。そして、燦々と輝く太陽。…………そう、だな。
「悪くない、な」
厭戦的な戦艦、という欠陥品である自分には、こちらの方が向いているのかもしれない。
……………………そんな、馬鹿な事を考えて、また、斧を手に取った。
「ふう、終わった」
「お疲れ様です」
海に飛び込んだらしい。ぴりかの服をそこら辺に引っ掛けて体を拭いている箒。
「また海に飛び込んだのか」
「すまんっ、やりたくなったっ!
海があった、ならば飛び込むっ!」
「もー、だから、服を脱いで体拭くものを用意してからにしてください」
「風邪、ひきたくない」
「だからですよー
さ、ぴりかちゃん、拭き終わりました。服代えますよ」
「はーい」
手をつないで家の中へ。「日向さんも、お昼ご飯作るので部屋で待っていてください」
「ああ、そうさせてもらう」
二人に続く。両手をあげて服を着せてもらうぴりか。
私は近くの椅子に腰を下ろす。一息。
「疲れましたか?」
「まあ、慣れていないからな」
軽く腕を回す、痛みがあるわけではないが、少し、重く熱をもった感覚がある。
「ゆっくり休んでくださいね。ご飯作りますから」
「美味しいのっ! ほーき、私は美味しいご飯が食べたいっ!」
「いつもは美味しくないですか~?」
「いつも美味しいっ! さすがほーきだなっ」
「では、いつも通りですね」
「やったっ、いつもの美味しいご飯が食べられるっ」
万歳するぴりか、箒は微笑して奥へ。
そして、ぴりかは近くの籠から飛行機の模型を取り出して遊び始めた。
「ぼげーっ」
……それは何の音だろうか。
模型を手にとってくるくる回るぴりか。
「飛行機は、好きなのか?」
「飛べるからなっ! 空を飛べるのは羨ましいっ!」
「そうか」
空に憧れる、か。……確かに、その気持ち、解らなくはない。
「空を飛べれば、皆をもっと広いところに連れてけるかな」
「みんな、か?」
彼女の言う、みんな、とは。
「みんな、居場所が小さくなると、弱くなる。
この島は好きだけど、もっと広いところじゃないと、だめだ」
皆、この島にいた熊や狐たち。精霊、と言われていたか。
「昔は、もっと大きかったのか?」
問いに、ぴりかは頷いて両手をあげる。広げる。
「そうだっ、熊はでかかったっ! けど、奪われると小さくなっていった」
そういうと、ぴりかは肩を落とした。見ているだけで寂しくなるような、そんな表情で、……そして、
「だから、もう、奪わせない。
近づくの、全部壊す。もう、誰にも、近寄らせない」
底冷えするような、憎悪。そして、その根底にある、深い、悲しみ。
話し合いとか、奪うとは限らないだろうとか、そんな、当たり前の言葉がなに一つ口から出てこない。
気の遠くなるほど昔から、奪われ続けた。……以前、箒から聞いた言葉。
大げさ、と思ったが。ぴりかのその声を聞けば嫌でも納得する。
ずっと、ずっと、奪われ続けた。ぴりかの表情に感じる深い悲しみと憎悪はその言葉が正しいと思わせる。
……なら、
「なぜ、私を殺さなかった?」
「奪わない、と思ったから」
即答に、確かに、そうだな。と、あの時を思いだして頷く。
なにをする気力もなかった。攻撃されたら抵抗する事なく、轟沈しただろう。
「奪わないなら、お話、したかった」
「……そうか」
もしかしたら、寂しかったのかもしれない。この島で、彼女と話をしていたのは箒くらいだ。
手を伸ばす。反射的に身を引かれた。けど、
丁寧に、その頭を撫でる。ぴりかはきょとんとしたけど、すぐに心地よさそうに目を細める。
「いつまでここにいるかは解らないが、私でよければ話し相手くらいにはなろう。
……まあ、あまり楽しい会話を期待されると、自信はないが」
けど、ぴりかは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとな、ひゅーが」
「そうですか、ぴりかちゃんが」
箒は昼寝をするぴりかを丁寧に撫でて、困ったように微笑む。
「ぴりか、……か。
彼女は何者なのだ?」
深海棲艦、と聞いている。けど、……いや、そもそも、深海棲艦自体が不明な存在だ。
水死した人たちの怨念とも、人を呪い轟沈した艦娘とも、言われているが。
ぴりかは、そのどちらにも見えない。どちらかと言えば、この島にいる精霊に近く、見える。
「さあ、私にも解りません。
まあ、なんでもいいですよ。ぴりかちゃんはぴりかちゃんです」
「…………それも、そうだな」
「ふごごごごご」
妙な音を立てて眠るぴりか。箒は彼女を優しく撫でる。
「日向さん」
「なんだ?」
「日向さんは、えーと、艦娘、ですよね?」
「そうだ。…………まあ、欠陥と言われても仕方ないがな」
厭戦的な戦艦というだけでなく、敵である深海棲艦の保護を受けているのだ。
「艦娘を」知っているのか、と問おうとして口を噤む。知っているだろう、私の回復物資を届けるために艦娘が来たのだし。
「知っています。……というか、話は聞いています。
直接会ったのは日向さんが初めてです」
「そうか」
「いえ、日向さんにも姉妹とかいるのかなって。
ほら、前に来たお二人、すっごく、………………楽しそうだったじゃないですか」
「まあ、楽しそうだったというか。……楽しそうだったな」
詳しく追及したくないが、傍から見れば楽しそうだった。と、思う。
ただ、姉妹、か。
「いたな。伊勢、というんだ。
なんと言うか、あまり積極的ではない私の手をよくひいてくれたな」
今思えば、あれも彼女の気遣いなのだろう。有り難い事だ。
そして、皮肉な事だ。離れてみてその有り難さに気付いたのだから。
「心配、しているでしょうか?」
「いや、おそらく、私はすでに轟沈したと思っているだろう。
悲しんでいたというのなら、まあ、……彼女には申し訳ないが、少し有り難いか」
我が侭な事だが。いなくなって誰かに悲しまれるというのは、その人にとって大切だったという事だろう。それは、嬉しい。
「ぴりかちゃん、怨まれていないでしょうか?」
少し、困った表情。……さて、それはどうだろうか?
こちらだって彼女に向かって砲撃をしたのだ。敵意を示した。轟沈させようとした。
だから、彼女も反撃し、こちらも轟沈する。それは当たり前のことだ。それこそが戦場なのだ。…………けど、
「怨んでいる、かもしれないな」
当たり前のことだ。けど、割り切れない事もあるだろう。
例えば、伊勢が私の目の前で轟沈したらどうだろうか? ……………………
例えば、あの時、自分はどう思っただろうか。
「――さん?」
あ、れ?
「日向さんっ!」
「っ? あ、……と、す、すまない」
目の前には心配した表情の箒。……いけないな、どうも、ぼんやりしていたらしい。
「日向さんも、少し休んだ方がいいですか? その、薪割りとか体力使うような事を頼んじゃって、申し訳ないです」
「いや、……」大丈夫、という言葉を飲み込む。
疲労の実感はない。ただ、慣れない運動だ。もしかしたら疲労がたまっているのかもしれない。
「そうだな、少し、休ませてもらう」
「はい、どうぞごゆっくり」
箒に言われ、寝転がる。目を閉じる。
眠るつもりはなかった。ただの休憩のつもりだった。……けど、
もしかしたら疲れていたのかもしれない。思っていた以上にあっさりと、眠りに落ちて行った。
夢を見た。
夢の中、私は一人茫然とたたずんでいた。
場所は戦艦日向の甲板。浮き砲台となり戦艦の役目を果たせなくなった日向。
けど、それはいい。それは仕方ない。戦場だ、損害を受けのは当然で、動かないのなら浮き砲台として使われるのは当然のこと。むしろ、処分されないだけでも幸運かもしれない。
けど、……そんな事よりも。
風切り音が聞こえる。爆撃音が聞こえる。破壊の音が聞こえる。
怒号が聞こえる。悲鳴が聞こえる。誰かが、害される音が聞こえる。
空襲、数多の艦載機から投下される爆弾は、動く事の出来ない日向を度々爆撃し、そして、そこにいる人たちを薙ぎ払う。
やめてくれっ!
吹き飛ばされる。衝撃に薙ぎ払われて甲板を転がり、体を打ち付けて血が零れる。破片に貫かれて崩れ落ちる。
衝撃波に吹き飛ばされて、四肢を欠損させ、命を散らし、……日向の甲板は見る見るうちに血に染まり、死体が積み重なり、……それらすべて、爆撃に吹き飛ばされる。
やめてくれっ!
もう、お願いだから止めてくれっ!
浮き砲台でしかない自分には、逃げる事さえ出来ない。いくら砲撃を重ねても波状攻撃に小さな穴を開けるだけ。何の意味もない。
人が、死んでいく。自分とともに戦ってくれた人たちが、自分が、護らなくてはいけない人たちが。私の所で死んでいく。
けど、私には、護る事も、逃げる事も、…………何も出来なかった。
残骸と亡骸が散らかった甲板の上。ただ、私は茫然と思う。
私は、なにも出来ないのか、と。
なぜ、なにも出来ない私がこんなところにいるのか、と。
――――そんな、夢を見た。
//.作中追加設定
深海棲艦に通常兵器が有効なのか? 有効、という事で話を進めていきます。
通常の艦砲でも轟沈する事は可能です。ミサイルを使えば複数はまとめて粉砕できるでしょう。
核兵器に代表される戦略兵器を用いれば、海域一帯の深海棲艦を殲滅させる事も可能でしょう。個体数不明、海域に存在する深海棲艦を殲滅しても、しばらくすればまた発生するような深海棲艦相手に、戦略兵器などを使って殲滅するなんて不毛な事をする余裕はないでしょうが。
とはいえ、人と大差ない大きさで、海上を縦横無尽に、高速で駆け回る深海棲艦を艦砲で狙い撃ち、当てる事は難しく、また、深海棲艦に合わせた対人の銃火器なら当てられるかもしれませんが、艦船と同等の装甲を持つ深海棲艦を撃ち抜く事は難しいです。
そのため、有効な通常兵器は非常に限られており、さらにはほぼ同時に現れた艦娘は非常に低いコストで深海棲艦を撃破出来たため、通常兵器に頼るよりは艦娘に撃破してもらった方が負担も少ない、という事で深海棲艦の撃破は艦娘の役割となっています。