//.北方海域
「幸運、と言うべきなのでしょう」
加賀は小さく笑いながら矢を番える。弓を引く。
廃棄同然の出撃、大破により航行不可能。死ぬ直前になんとか拾われ、奇跡の生存。
……そして、自分の戦いは終わった、と思っていた。廃棄されたのだ。それなのにおめおめと戻るなど無意味で、そんな事、己の誇りが許すわけがない。
敗者は去るのみ、拾われたのが寺院だからそこで静かに暮らそう、と思っていたが。
「軍艦の血が騒ぐという事ですか?
当然です。所詮、私達に平穏な暮らしはあり得ません」
言葉とともに聞こえるのは砲撃の音。加賀は横に移動して回避。砲弾が横をすり抜ける。
そして、艤装が口が開く。そこから飛び出すのは無数の艦載機。
「ええ、そうでしょう。
だから言うのです。幸運である、と。……いえ、幸運というよりは、良縁と言うべきですか。まさか、空母棲鬼と演習ができるなんて思いませんでし、たっ!」
弓を引く、矢を射る。射られた矢は艦載機となり、演習相手の艦載機を追撃。
「そうですね。私も良縁と言うべきでしょう。
かの一航戦と演習ができるというのは、確かに良縁ですね。我らの主に感謝をします」
演習相手、空母棲鬼、もみじは告げて突撃する。高速の突撃は加賀の速度を超え、けど、
「ふっ」
加賀は横に跳躍して突撃を回避。同時に至近距離から副砲を放つ。が。「速いですね」
「直進速度では負けません」
もみじの乗る艤装は高速で駆け抜ける。その速度は加賀の予想を超える。そして、急旋回。改めて向き直り、砲撃。けど、
「確かに、直進速度では、そうでしょう。けど、」
加賀は応じながら右へ左へ、駆ける、というよりは跳ねるように水上を移動。
「方向転換速度はこちらの方が上。簡単に当たるつもりはありません」
「上等、鎧袖一触という言葉、見せてあげましょう」
もみじは応じ、艤装の上に座る。……爆発。
艤装が加速する。鎧袖一触、その速度と艤装の強度があれば、確かに、触れるだけで弾き飛ばされ、大破は確定。直撃すればそのまま轟沈さえあり得る。
直撃するほど間抜けではないでしょうけどね、と。もみじは確信して加速。案の定、加賀は大きく横に跳躍して突撃を回避。もみじは艤装を繰り高速の旋回。莫大量の波しぶきが辺りを駆け抜ける、が。
その波しぶきを貫き放たれる機銃の銃弾。威力は少ないが「鬱陶しいです」
艤装を打撃する機銃の掃射。応じるのは主砲の砲撃。
機銃とは比較にもならない大威力の砲撃、けど、加賀は冷めきった視線で、体を傾ける程度で回避。同時に、傾けたまま艦載機を放つ。
「ちっ」
舌打ち、主砲砲撃直後。一瞬の隙をつき、加賀の放った艦載機が爆撃。
「つっ、……さすがに、頭に来ました」
艤装の口が開く。艦載機が放たれる。けど、それは加賀に向かわず、「波状爆撃、対応出来れば成長は認めましょう」
加賀に向かわず、もみじの後ろへ、もみじの周囲を旋回。そして、さらに艦載機が放たれる。
莫大量の艦載機、加賀は放たれ続ける艦載機を見据える。実戦では放たれる最中から一つでも多く撃墜するが、今は演習だ。何より、
この怪物に実力を認めさせる。……それは、
「曲芸射ち、……あまり好みではありませんが、いいでしょう。
貴女のような怪物に押し勝つ、……ふふ、考えただけで気分が高揚します」
「やってみなさい。英雄。怪物は英雄に敗北する。その条理を食いつぶす事も、怪物の醍醐味でしょう」
莫大量の艦載機が雪崩れ込む。その奥に陣取るもみじの姿も相まって、その光景。確かに伝説に語られる怪物にふさわしい。
ならば、その姿を凛として見据える加賀は怪物退治の英雄か。
「参ります」
矢に番える弓の数は三。指の間で矢を挟み、放つ。
放たれた三本の矢は順次艦載機へ。お互いを邪魔せぬように散会。同時に再度三の矢を放つ。
「二つ矢を超えましたか」
もみじの視線の先、眉根を寄せながら矢を放つ加賀。おそらく、指への負担が大きいのだろう。
射続ければ指から血が零れるかもしれない。それを承知で、さらなる艦載機を放つ。
どこまでいけるか、以前演習した時は、……もう撃破していたか。
けど、
「まだです」
三本の矢を放つ。高速の射出は莫大量の艦載機を迎撃するに足る艦載機を放ち、制空権は一進一退。
「さすがです。
その実力ならば指輪に認められるでしょう」
けど、
「加賀、貴女の実力、その高さは認めます。
が、敗北は腹が立ちます。私からの称賛は敗北後に受け取りなさい」
「冗談を、私は敗北が嫌いです。
貴女に勝利し、私の方が上だと言う確信とともに称賛を受け取りましょう」
応じて、お互いの事を好敵手と認めたが故に二人は笑みを交わす。空母の名を冠するのだ。艦載機の撃ち合いで勝利してこそ、己の実力を示せる。
ゆえに、「加賀っ!」
彼女の警告の言葉に、加賀は急ぎ艦載機を回収、跳ねるようにもみじに駆け寄り、その艤装に手を伸ばす。
もみじは加賀の手を掴み、引き上げながら艤装を加速させる。
「お邪魔します」
ひょい、と加賀はもみじの繰る艤装に乗る。もみじは端に移動し、加賀はもみじと背中合わせに座る。
「なんですかあれは?」
「さあ、……面白そうなもの、とはいえ、貴女との演習を邪魔されたのは腹が立ちます」
加賀ともみじが見据える物。巨大な、あまりにも巨大な、船。
「何でしょうか、あれは?」
「さあ? 輸送船? 私はあまり知らないのですが、加賀、ああいうものもあるのですか?」
「石油などのタンカー、ならあのくらいの大きさでしょう。
とはいえ、……見たところ大型客船のようですが」
加賀は眉根を寄せる。当たり前だが、深海棲艦に海が閉ざされているこのご時世。旅客輸送など狂気の沙汰だ。
「まあ、いいでしょう。
加賀、水を差されました。不愉快ですが演習は終了としましょう」
「そうですね。……さて、指輪に認められればいいのですが」
加賀を乗せたもみじの艤装は加速する。二人がいるところを見られれば、少し、都合が悪い。
だから高速で離脱。溜息。
「「貴女を打破できなかったのは、残念です」」
溜息、そして、次に零れた言葉まで重なり、加賀ともみじは顔を見合わせ、同時に視線をそらした。
//.北方海域
なにか、こそばゆい感覚。って、
「ふ、ふはっ、はっ、ふはははっ」
「起きたっ」
「ぴ、ぴりかっ! なにしてるっ!」
「起こしたっ!」
思わず、怒鳴る私に怒鳴り返すぴりか。……起こした事は、構わない。構わないのだが。
「腋の下をくすぐって起こすなっ」
起こし方が問題だ。
「むー」
なぜかむくれられた。……と、ぴりかは困ったような表情。
「ひゅーが、寂しそうだった」
「寂しい?」
「うん、……ひゅーが、寂しそうに寝てた。
だから、笑って欲しかった」
それでくすぐったのか、……まあ、手段は難だが。
「そうだったのか、……気遣いは感謝しよう。
だが、くすぐるのは止めてくれ、驚く」
「そうか? わかったっ、ならもうくすぐらないっ」
「ああ、そうしてくれ」
ただ、そんなに寂しそうな表情をしていたか。……「もう、夜か?」
暗い、だとしたら随分と長く眠ってしまったか。
「違う、雨だ」
「雨か」
体を起こす、外を見れば、確かに、しとしとと雨が降る。
「ぴりかは、雨は嫌いか?」
外を見ながら、なんとなく、そんな事を聞いてみた。
賑やかで元気な彼女だ。家から出られなくような雨天はあまり好まないだろう。そう予想しての問い。けど、
「ううん、嫌いじゃない」
しとしとと、降る雨を見ながらぴりかは応じた。
「そうか? 外で遊べないだろう」
「うん、外で遊ぶのは好きだ。だから、外で遊べないのは残念だ。
……けど、」
ぴりかは外の森に視線を向ける。どこか、優しい視線で、
「雨が降れば木は喜ぶ。
熊とか狐とかも、乾きが癒える。木の根元の苔も増える。色々なものにとっての恵みになる。陽も、雨も、風も、波も、万象は恩恵になる。だから私は雨は好きだ。
雨が降れば、私の好きな物たちの恩恵になる」
…………なんだろうな。
凶暴な深海棲艦、幼く無鉄砲な少女、……けど、今のぴりかはまた別の表情を見せてくれた。
森羅万象と共にある、賢者のような表情。
「恩恵、か」
「そうだ。けど、もう誰も覚えていない、忘れた。
恩恵を捨てて、豊穣を得た。その方がよかったのだろうが、私は、寂しい」
雨を見ながら、ぽつり、呟く。
「寂しいか?」
「そうだ。……なんで、だろうな。
恩恵に感謝して、みんなで生きるのは辛いか? 奪って得た豊穣じゃないとだめか? それじゃあ、奪われた者たちはどうすればいいんだ?」
「そうだな」
どうすれば、いいのだろうな?
消えて行けと、死んで逝け、と、そういう事なのか? そうするしか、ないのか?
「もう遅いですよ。ぴりかちゃん」
声、箒は苦笑。
「人はもう、恩恵だけじゃ足りないんです。
奪い得た豊穣で、人は増えました。もう、恩恵にすがって生きるには耐えられないのです。だから、人はここまで奪いに来るのではないですか」
「……そうか、じゃあ、まだ、戦わないといけないな」
ぽつり、ぴりかが呟いた。
「ぴりかは、戦うのは嫌いか?」
「嫌いだ。痛いし、それなら雨にうたれている方が好きだ。
けど、もう、これ以上ここを奪われないためにも、戦わないといけない。また、人の豊穣のために奪われるのは、もう、絶対に許さない」
戦うのは嫌だ、と彼女は語る。
けど、護りたいものがあるから戦う、と彼女は語る。
…………私、は?
「ぴりかは、強いな」
「うむっ、私は強いっ! ひゅーがより強いぞっ!
ほーきよりは、…………多分弱いっ! ほーきの作るご飯は美味いからなっ!」
「話、なんか変わってませんか?」
楽しそうに笑う箒。……そう、確かにそうだ。
きっと、ぴりかは戦う事を諦めないだろう。私のように、動けなくなって、それで戦いを止めるという事はしないだろう。
護りたいものがあるから。だから、戦う。…………諦めて、動けなくなって膝をついた自分が、なんて弱いのか。
情けないな。
「そうだな、私よりずっと強い」
告げる。ぴりかは胸を張る。箒は苦笑して「日向さん、あんまりそういう事言うとぴりかちゃん御鼻高くなっちゃいますよー」
「鼻が高いぞっ! ぞ?
……ほーきっ、それどういう意味だっ! 私の鼻はちっちゃいっ! 大きくないっ!」
拳を振りまわすぴりか、そして、箒は手を伸ばして彼女の頭を押さえる。ぴりかはぶんぶん手を振りまわす。
そんな光景を見て、……なぜだろう、少し、涙が出そうになった。
「ほーきっ、ひゅーがっ、狼だっ」
ぴりかが示した先、窓の向こうに視線を向ける。
雨の中、狼は心地よさそうに走り回る。
「恩恵、か」
もう、それを喜ぶ人はいないのだろうな。
さわさわと、葉が擦れる音。しとしとと、雨の降る音。
目を閉じる。この島にいるであろう、雨の恩恵を得るもの。……そうだな。
ぴりかが護りたいという気持ちも、解るな。
「私も、ここを護りたいな」
ぽつり、言葉が零れた。……ああ、そうだな。
ここを護るために戦うのも、いいな。それなら、厭と思う事なく戦えるかもしれない。
逃げる事も、護る事も、出来なかった。
…………もう、そんな事は、厭だった。
「日向さんは優しいのですね」
ぽつり、零れた言葉に箒は微笑。
「そうか?」
「仲間が害されるから、戦うのが嫌だったのでしょう?
戦う事がなければ、仲間が害される事もないのですから」
「…………そう、」
思い出すのは夢。
護りたくて、けど、護れなかった。逃げる事さえ出来ず、ただ、死んでいくのを眺めている事しかできなかった。
「なのかもしれないな」
もう、そんな事は嫌なのだから。
また、ぴりかを中心に眠る。
彼女の手を握る、さらさらと、零れる雨音を意識する。自分の想いを解ったからか、それが、心地よくて、…………そう、大丈夫。
失意の夢は、もう、みない。
//.伊勢
後ろに巨大な船をひきつれて、雨の中進む。
巨大な、……客船のような船。片舷に艦娘が艤装として装備するような小型の、ではなくて、本物の14センチ単装砲を数百並べた巨大な、対深海棲艦用兵器。
コンセプトは簡単。数百の砲による一斉砲撃。逃げ場のない広域砲撃により高速で移動する小型の深海棲艦さえ捉える、ってやつ。
とはいえ、砲撃の98%近くの無駄弾を出しての制圧砲撃。それは、確かに効果はあった。事実何度か遭遇した深海棲艦は確かに、轟沈した。
もちろん船体の装甲は分厚く防御性能も、それなりにある。足が遅くて硬い深海棲艦に対しては砲撃範囲を絞っての連続砲撃。……まあ、それでも90%程度は無駄弾だけど。
そして、私の主な役目は深海棲艦の足止め。この巨大な客船には簡易的だけど入渠施設もある。私が足止めして砲撃準備。一斉砲撃で轟沈した後入渠して進む。その、繰り返し。
まあつまり、ごり押しと当たらぬ弾も数撃ちゃ当たるの究極系。対艦巨砲主義が可愛く思えるような馬鹿兵器。
けど、あるいはこれなら。
『伊勢』
無線から声。解ってる。頷き応じる。
こんな馬鹿な遠征に協力している理由。大切な妹を轟沈した敵。
視線の先には森のある小島、深海棲艦の泊地。そう、一度攻め込んで、敗北して撤退した場所。
『あの森は邪魔だな。
他にも深海棲艦が隠れているかもしれない。少し、足止めが長くなるかもしれないぞ』
「どうせここが最後だし、まあ、なんとか頑張ってみる。
入渠の準備はしておいてよ」
『わかった』
肯定の声を聞いて、一息。最初の砲撃で森を薙ぎ払いそこにいる可能性のある深海棲艦をあぶり出して、広域砲撃でまとめで轟沈する。という事ね。
そうなれば、少なくとも二回目の砲撃までは時間を稼がないといけない。きついかもしれないけど、まあ、なんとか耐えられると思う。
だから、一息。吐き出す息に緊張を意識して、辺りを見る。そう、
「この辺りよ。北方棲姫が出たのは」
さあ、この失意を砕くためにも、敵討ちをしましょう。
//.伊勢