深海の都の話   作:林屋まつり

68 / 128
六話

 

「ぴりか?」

 不意に、彼女は立ち上がった。

「なにか、……来た」

 見た事もない厳しい視線。憎悪と敵意に彩られた。強い視線。

「ひゅーが、ほーきを頼む」

 傍らで眠る箒を一瞥。

「ぴりか、……まさか、」

「知らない。

 近づくなら、全部、全部壊すっ! これ以上、なにも奪わせないっ! なにも、喪わせないっ!」

 小さな体から出たとは思えない大声。憎悪と敵意の咆哮。

 そして、ぴりかは飛び出した。……「ちっ!」

 …………嫌な予感がする。

 

 なぜだ、喜ぶべきだろう。

 こんなところに来たという事を考えれば、来たのは艦娘だ。助けが来たと、喜ぶべきだろう。

 

「艤装は、どこだ」

 何よりもまず、箒を起こす。艤装の場所を聞いて、外に出る。

 どうするか? …………そんな事、決まってる。だって、私は、

「ここを、護りたいと、思ったんだ」

 だから戦おう。例えその結果、海抜処分として轟沈しても、構わない。

「護りたいんだ」

 だから戦おう。

 もう、誰かが傷つくのは厭なのだから。

 

「艤装はこっちですっ」

 叩き起こした箒に手を引かれ、私は艤装のある場所へ。私の回復に合わせて艤装も万全の状態となっている。

「これか、すまない」

「日向さん、行くのですか?」

 気遣うような問い。軽く事情を説明しただけだが、箒は察したのだろう。

 つまり、艦娘と戦う可能性がある。と、

 問いに、私は艤装を装備しながら頷く。

「まだ数日だが、私はここをいいところだと思う。

 だから、護りたいんだ。お前も、ぴりかも、この島にいるものも、この島もだ」

 告げて、艤装装備完了。走り出す。告げる言葉は、それだけで十分だ。

「無理、しないでください」

「解ってる」

 おそらく前に私達が来た通りの航路を使ってくるだろう。それなら、どこに到着するかの見当もつく。

 だから走り出す。目指すは近くの海岸。…………「ぴりか」

 小さく呟く、すでに砲撃の音が聞こえる。戦っているのだろう。

 止められるか。そう思い走る。悪路に舌打ちしたい内心をこらえて、一刻も早く海岸へ。……出たっ!

「ぴりかっ!」

 そして、眼前に無数の光が見えた。

 

//.伊勢

 

 その声は、泣きたくなるほど焦がれた声。

 すでに諦めていた、妹の声。

 

「日向っ?」「ひゅーがっ?」

 砲撃戦をしていた北方棲姫と同時に声が聞こえた方に視線を向ける。そこには、島にある森から飛び出した日向と。

「提督っ! だめぇっ!」

 そちらに、莫大量の砲撃を叩きこむ船。

 きょとん、と日向が目を見開いて、

「日向さんっ!」

 押し倒された。砲撃が届く直前、誰かが日向を押し倒して、爆発音。

 

//.伊勢

 

 なんだろう、これは。

 大急ぎで走って、森を抜けて、海岸へ飛び出した。直後、押し倒された。後ろから駆け寄ってきた誰かに、押し倒されて倒れた。

 

 視界にあるのは、巨大な船。

 

 なぜ、だろう。

 

 泣きそうな表情で駆け寄ってくる伊勢。

 

 私は、……確かに、

 

 茫然と、絶望的な表情で崩れ落ちるぴりか。

 

 ……護り、……たい、…………と。

 

 一瞬で焦土と化した島。

 

 ………………思った、……の、…………に、……

 

 胸から下が消し飛んだ箒。

 

 ……な、………………ぜ、…………だ、……ろ、………………う。

 

「日向っ!

 よかったっ、無事だったのねっ!」

 声が聞こえる。……ああ、「伊勢、か」

「よ、……よかった。…………よかったぁ」

 伊勢が私にすがりつくように泣いている。そうか、私が無事だったから嬉しいのか。

「なあ、伊勢」

「う、……うん」

「私達は、このために戦っていたのか?」

「日向?」

「なあ、教えてくれ。

 これが私達の戦いなのか?」

「あ、……えと、その娘の、こと?

 確かに、気の毒な事、だけど、……けど、人を護るため、深海棲艦は撃滅しないといけないし、彼女の事は、その、…………ちゃんと、やるわ」

「そうか、人を護るために、だな。

 ああ、そうだな。……それが、艦娘の戦いだからな」

「え、ええ、……と、日向」

「ああ、そうだ。それが艦娘だな、それが人なんだな。……ああ、そうだな」

 

 嗤う、音が聞こえる。

 

「・・? ねえっ! ・・っ! どうしたのっ?」

「・・・・? ・・・・っ! どうしたっ! 返事しろっ!」

 

 なにかが迫ってくる。

 ああ、そうだ。艦娘が世話になる妖精さんだ。なんで、こんなところにいるのだろうな?

 まあ、いいか。

 

「コれガ、うバ割れル屠イウ虚とカ」

 

 護りたいものを喪うという事。

 護ろうとしたものを奪われるという事。

 …………そうか、これが、人と艦娘、か。……ああ、そうだ。それなら、

 

 そんなもの、全部、滅びてしまえ。

 

「・。・。・・、・・・・っ! ・・・・・・・・・っ!」

 

 ――――――こんな、幻視。

 血・ように・・鳥居の向こう。・湿な、泥沼のような濃緑の・。

 境内に・る蝋燭の・・・炎に照らされた、苔・し、傾き、朽・た社。

 そこで、・が嗤う。

 ――――――そんな、幻視。

 

 体が造り変わる。艤装が融合していくのを感じる。体を切り裂いて艤装が入り込んでくる体が変わる作り変わる破壊する為破滅させる為に全部全部壊したくて人も艦娘も護るべきものを壊した護るべきものを壊すために心が壊れる誰か解らない目の前にいるのが誰かわからなくて壊すべき相手と言う事だけが解ると思う壊さなければいけない何かなのか解る奪ったのだろうこれが私の大切な物を奪った全部壊すから壊さなければいけない壊せ壊せ壊せ壊せ目の前にいる誰かを壊せ目の前にいるなにかを壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せそれが護ろうとしたものを私が守らなければいけないはずのものを全部壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ彼女は誰だあれは誰だあれはなんだ奪ったものだ護りたかったものを奪い取ったものだだから壊せあの巨大なものは何だ大切だと思った物を壊したものだだから壊せ壊せ壊せ壊せ友を殺したものだだから壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せあれはなにが操っている人だ人だ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

 艤装が壊れる艤装が造られる体が壊れる体が造られる記憶が壊れる記憶が造られる想いが

 

「だめですよ」

 

 そんな、声が聞こえた。

 

「もー、だめですよ。日向さん。

 日向さんは護りたかったのでしょう。壊す事を志向しちゃだめです」

 

//.北方海域

 

 誰もが、唖然と、茫然とその光景を見ていた。

 ぎちぎちと、深海棲艦として造り変わっていた日向さえ、その動きを止める。

 日向の胸に抱きつくのは箒の亡骸。胸から下が莫大量の砲撃で吹き飛ばされ、即死した少女。

 そして、日向を後ろから抱き締めるのは、彼女と寸分変わらぬ少女。箒。

「あ、戦闘終わりましたか?

 えーと、貴女が伊勢さんですか? ぴりかちゃんも、大丈夫ですか?」

 声、伊勢とぴりかは反射的に顔をあげる。そこにいるのは困ったような視線を向ける少女、箒。

「え?」「ほ、ほーき?」

 きょとんとする伊勢とぴりか。そして、

「うわー、さすがにここまで吹き飛ぶと、……壮観ですねえ」

「なんとも言えず不思議な気分です」

 日向にしがみついたままの箒、その亡骸を見て困ったような表情を浮かべるのは、二人の箒。

「どうしますかこれ?」

「埋めましょうか」

「けど、スコップとかないですよ、多分」

「……うわー、これも壮観ですね。

 これはさすがに、凄いなあ」

 声が重なる。焦土と化した島を気楽そうに見つめるのは、三人いる箒。

「ほ、ほーき?」

「なんですか? ぴりかちゃん」

「なんで、……え? ほーき、たくさん?」

「やだなあ、私は一人ですよお」

 困ったように応じる箒。けど、ぴりかの視界には彼女を含め、七人の箒がいる。

「あ、日向さんも落ち着きましたね。

 ……あー、けど遅かったです。深海棲艦になっちゃいましたね」

「い、いや、なっちゃいました、って」

「まあいいです。

 えーと、伊勢さん。日向さん、ぴりかちゃん、……えーと、北方棲姫ですか。

 彼女に保護されていました。今さっき死んじゃいましたけど、生きていたのは見たでしょ? 貴女の討つべき敵はいません。それで、手を引いてもらえませんか?」

「え、ええ」

「ぴりかちゃん、日向さんと伊勢さんとちょっと離れていてくれますか?

 まあ、一応、あれは沈めますから」

「う、うん」

 ぴりかも大人しく頷き、伊勢と一緒に日向を抱えて移動する。けど、

「二射目?」

 茫然としていた間に砲撃準備が整ったらしい。再度、数百の砲弾が放たれる。けど、

 一人を残し、他にいた箒は青の光と散って消える。それと同時に、

 

 爆発音。

 

 それは、海岸から無数に生えた巨大な木が、すべての砲弾を受け止めた音。

「え?」

 焦土と化した森も、急速な勢いで木が生える。見る見るうちに木が伸び、数秒後には元通りの森となる。

 否、さらに木が生える。海岸が森の一部になり、さらに、海からさえ木が伸びる。船の近くにも木が生える。

 船は慌てて動き出す。が、その船体の下から木が生える。木が伸びる。船体に邪魔されてまっすぐ伸びず、船体に沿うように曲がりくねって木が伸びる。

 木が生える。船体の装甲に根を張り、鋼に根付き、木が生長する。鋼鉄が根に押し上げられて歪む。根付いた場所が膨らむ。鋼鉄が軋む。砕けたところから枝が伸びる。

 

 爆発音。

 

 木々が吹き飛ばされる。莫大量の砲弾に船体に絡みついた木が千切れ飛び、千切れ飛んだ瞬間に木が伸び、さらに絡みつく。締め付ける。

「へ、び?」

 茫然と、伊勢が呟く。そう、まるで、蛇のようだ。

 絡みつき、締め付け、捻じり切る。砲撃を繰り返しても決して滅びない。再生と繁殖。それこそが、蛇の権能ならば止める事は不可能。抗うなど無意味。それには負ける、という概念が存在しないのだ。勝負など成り立つわけがない。その存在を前にするのなら、ただ、ひたすら敵対しないように畏れ敬う事しかできない。

 

 爆発音。

 

 砲撃する。けど、すでに船体のほとんどが木に浸食されている。砲の大半が自爆。そして、そこに空いた穴から木の枝が伸びる。中に入った枝はさらに成長して船を内側から圧し折る。

 木に捻じり切られ、ばらばらになった船はさらに海中から伸びる木々に浸食される、絡みつかれ、飲み込まれる。

 すでに装甲の大部分は木に覆われて見えない。ごりごりと、ぎりぎりと、鋼が木により軋む音だけが響く。べき、と壊れる音が聞こえる。船内にあるすべてを巻き込んで木が絡みつく、包み込むように木が伸び、絡まり、成長とともに内側にある物を圧迫し、そして、圧壊。

「じゃあ、終わりにしましょうか」

 最後、巨大な船をばらばらにして飲み込んだ木々に巨大な落雷。木々は雷に引き裂かれ、燃えて灰となり、海中に散った。

 

 …………そんな、数分の出来事。

 

//.北方海域

 

//.伊勢

 

「君が僕を頼るなんて珍しいね。

 ……まあ、君に恩を売る事は悪い事とは思えないけどね」

「うぐぐ、……はあ、やっぱり借りですか。大蛇さんも容赦ないですね」

「当たり前。

 まあいいや、それで、えーと」

 大蛇、……と呼ばれた少年は私と日向に視線を向ける。

「伊勢と、日向、だね。……艦娘と、深海棲艦」

「ええ」

 頷く、けど、

「日向、とは、私の事だな?」

 声。大蛇の言葉に日向は首を傾げる。大蛇は眉根を寄せる。けど、

「大丈夫、私がフォローするから」

「そう、……うん、まあいいよ。

 それじゃあ、暮す場所は手配するね。ちょっと待ってて」

 そう言って彼は後ろを向き、書類棚からいくつかの書類を取り出し始める。

「ここで、暮らすのか?」

 日向の問いに、応じるのは箒。

「いやですか?」

「いや、……というわけではないのだが。

 それより、暮したい場所があったような、……気が、するんだ」

 眉根を寄せる。箒は困ったように微笑んで「ごめんなさい。日向さん」

「いや、謝らないでいい。……なんていうか、お前に謝られると、悲しくなるんだ」

「そうですか?

 けど、きっと大丈夫ですよ」

「そう、……か。…………ああ、そうかもな」

「気が向いたら遊びに来ますから、伊勢さんと仲良くしていてくださいね」

「……解った。が、」

 そして、日向は困ったように私を見る。

「なんと言うか、……私は、あまり楽しい性格ではない。

 その、……面白くないかもしれないが、我慢、して欲しい」

 そんな事、言わないで欲しい。

 泣きたくなるような想いを、必死に胸に押し込めて、

「いいよ。大丈夫。

 本当に、気にしないでいい、から。……日向がいてくれるだけで、嬉しいんだから」

「そうか、……その、すまないな。

 そんなに大切に思ってもらいながら、貴女の事、覚えていないなんて」

 そう、日向は、記憶のほとんど失っていた。

 無理もない、か。

 あれから、箒にあの島でどうやって暮らしていたか聞いた。静かな、穏やかな暮らし。厭戦的だった日向にとって、出撃をする基地での暮しより幸せだったのかもしれない。

 それを、私は壊した。一度見捨てて、次に奇跡の再会をしたと思えば妹の平穏を破壊し、そして、艦娘としての彼女を殺し、記憶さえ、壊した。

 ……なんて、罪深いんだろうね。私は、

 だから、

「いいよ。大丈夫」

 気にしないで欲しい。その事で気に病まれたら、私も、辛い。

「そうか、……では、すまない。

 いろいろ迷惑をかけるだろうが、甘えさせてもらう」

「うん、そうだね。大丈夫、だよ」

 申し訳なさそうに瞳を伏せる日向。心に何かが突き刺さる、痛み。

 迷惑、か。

「さて、それじゃあ私は帰りますね」

「ああ、箒も感謝する。……それと、あの、少女にも、よろしく言っておいて欲しい」

「解りました」

 箒は一瞬、寂しそうな表情をしたけど、すぐに笑みを浮かべる。

 日向が忘れたのは私だけじゃない、箒も、ぴりか、と名乗っていたらしい、北方棲姫の事も忘れていた。

 ぴりかはその事が辛くて、悲しくて、泣きながらどこかに行ってしまった。その小さな背中を見送って、……そう、どうせなら彼女に轟沈されたかった、と思ってしまった。

 つい、そんな言葉を漏らして箒に怒られた。……本当に、だめよね。私は、

 だから、せめてもの罪滅ぼしに、日向の事を助けよう。もう、自分にできる事はそれしかないのだから。

 胸に抱えた失意を押し殺す。これから、この都で日向と暮して行くのだし、いつまでも沈んでいたら余計日向に心配をかける。

 せめて、彼女には心安らかに暮らして欲しい。だから、いつも通りの表情を浮かべる。大丈夫だよ、と。

 決意を一つ。顔をあげる。大蛇と呼ばれた少年は数枚の書類を持ってこっちに戻ってきた。

「はい、伊勢、日向。

 これが住所、ちょっと待ってて、案内してくれる人を呼ぶから」

「うん、お願いね」

 頷く。大蛇は頷き返して「その人から生活についていろいろ聞いてね。ご近所さんも紹介してくれるようにお願いするから、生活の細々した事はご近所さんと協力してやって欲しいな。もちろん、ここにきて僕達に頼ってくれてもいいからね。出来るだけ、協力するから」

「ああ、わかった」「わかったわ。ありがとう」

 日向と頷く。「では、私は帰りますね」

 箒は背を向けて歩き出す。大蛇はその背中に声。「ぴりかによろしく言っておいてね」

「わかりました。今度は二人で遊びに来ますね」

 振り返り、手を振る。大蛇は手を振り返して、

 

「そうだね、ぴりかと、また遊びに来るのを楽しみにしているよ。

 あらはばき神」

 

//.伊勢

 





ある日、農夫と奥さんと子供は、住処を奪われた蛇に咬まれてみんな死んでしまいました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。