深海の都の話   作:林屋まつり

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六話

 

「というわけで、お仕事なのですっ」

「…………デースっ!」

 ぶんっ、と拳を振り上げる電と、少しやけっぱちそうな金剛。

 そして、

「寝むそうだね。雷」

「うーん」

 実は、寝起き。起きたのは少し前なの。

 なにかの書類をぱらぱらと見てる響。応じるのは、ぴっ、と指を立てる電で、

「仕方ないのです。お姉ちゃん、電に抱きついて三十分前くらいまで寝てたのです」

「言わなくていいわよっ、電っ!」

「へえ、……いや、いいことだと思うよ」

「美しい愛情デース」

 物凄く生温かい笑顔の響と金剛。……すっごく恥ずかしい。左腕を思いっきり振るうと二人はわざとらしい悲鳴を上げて逃げだした。

 それはともかく、顕仁っていう人が来るらしい。雷の初仕事としてお土産の荷解き。

 どんな人、なんだろ。

 言仁は警戒するような人じゃないって言ってた。電は少し厳しいけど優しい人、って言ってた。

 そして、大鳳と金剛は、なんか、警戒っていうか、会うのが不安そう。

 他にも、何人かの深海棲艦が集まってる。……あ、あっちに山茶花。

 向こうも気づいたのかこっちに手を振る。けど、すぐに近くの深海棲艦とのお話しに戻る。

 と、…………青の光が、その密度が、濃くなる。そして、暗くなる。

 暗い、先を見通せない、闇、なんて表現さえ及ばない、黒。

 そして、その向こうから、

「ただいまですっ!」「帰ったよー」「帰還した」「戻ったよ。……はあ、疲れた」

 ぽろぽろと、艦娘が転がり出てきた。……「は、羽?」

 睦月型の艦娘たちなんだろうけど、その背中には黒の翼。

「深海棲艦としての、異形の部分だよ。

 見ての通り、彼女たちは睦月型、そろってああいう形をしているよ。同じような環境で生きて、そして、同時に轟沈した娘たちだ」

 同じような環境で生きた。つまり、

 皆、きっと、

「響、あまり余計な事は言わなくていい」

 翼をはためかせて、すいー、っと。……やっぱり飛べるんだ。

 彼女はきりっ、とした視線をこちらに向けて、

「はじめまして、私は長月だ。

 会うのは初めてか、響がなにを言おうと余計な同情は不要だ」

「あーっ、新入りさんだ~」

「うわっ」

 がくっ、と長月が落ちた。その背中には翼のある少女。

「はじめましたー、文月だよー」

「ました?」

「あ、ごめーん。はじめましてー」

「うん、はじめまして、雷よ」

 文月と笑顔であいさつ。

「文月、顕仁のおじさんは?」

「んー、あっち」

「ただいまだぴぎゅっ」

「ごめん、あとが閊えてたんだ」

 潰れる卯月と、そのうえで困ったように頬を掻く皐月。「どいてあげなよ」と、ぼやくのは弥生。「ぴょーんっ!」と、卯月が立ち上がって皐月が転がった。そして、

「おじさま、到着しましたわ」

 如月が最後に顔を出す。そして、

「すまないな」

 次に出てきたのは、男の人。

 屈強、というか、頑強な体の、すっごく逞しい人。

「あの人?」

「違いマース。あの人は為朝さんデス。顕仁のおじさんは」

 ばさっ、と、音。

 

「相変わらず、騒々しいな」

 

 如月が差し伸べた手に止る。すっごく大きな、……雷とかなら、鷲掴みにしてどこかに連れて行けちゃいそうな、大きな、鳶。

「元気があってよろしいではありませんか。おじさま」

「そうだぴょんっ、元気が一番でっすっ!」

「卯月、そなたは少しうるさい。

 為朝、荷物を広げよ。それと、言仁はいるか?」

 問いに、いつの間にかそっちに向かっていた響。

「おかえりなさい。おじさん。

 司令官は鎮守府にいるよ」

「出迎えくらいせぬか無礼が。

 響、よく言っておけ」

「了解したよ。それで、おじさん。鎮守府に行くかい?」

「おじさま、仕事? せっかくだしゆっくりしようよー」

 不満そうに鳶の翼を掴む文月。

「そうそう、帰ったばっかりなんだしさー」

「望月、そなたはさぼりたいだけであろう。

 我が侭を言うな」

「はーい」

「ボクもおじさまと遊びたい」

「睦月もー」

「……まったく、響、私は荷運びを頼んだのだぞ。

 なぜこの小娘共を寄越すのだ? もっと適任がいるであろう?」

「当人達が希望していたから、これ以上の適任はいるかい?」

「ええ、如月はおじさまのお手伝いが出来て幸いです」

「恩義ある存在の助けになろうとするのは当然のこと。

 おじさま、ご不満でなければ頼って欲しいです」

「馬鹿者、力仕事を貴様らのような小娘にやらせられるかというのだ」

「皆で頑張ればこのくらいは問題ない」

「そうそう、みんなで頑張れば怖くな~い、…………だっけ?」

「ちょっと、違う。……けど、弥生も、同じ気持ち」

「………………勝手にせよ。

 為朝、あとは片づけておけ、響、言仁と会ってくる。案内せよ」

「了解しました」「了解」

 如月から響の肩に跳び移る。響は「それじゃあ、いつもどおりに」って周りに声をかけて、

「金剛、雷と電は任せたよ」

「了解デース」

 こちらに、「見慣れぬ顔だな」

 鳶の視線がこちらに向けられる。えと、

「彼女は雷、昨日堕ちて来た娘だよ」

「はじめまして、……えと、おじさん?」

「なんとでも呼ぶがよい。

 ふん、貴様はあの小娘のように馬鹿な事はするな」

「む、そういう言い方はないんじゃない?」

 せっかく手伝ったのに、馬鹿な事なんて雷はひどいと思う。

 対して、おじさんは鼻を鳴らして、

「馬鹿な事だというのだ。

 子供は遊んでいればよいのだ、貴様や、電のような者たちとな。だというのに自ら時間を削り働く、子供のやる事ではない。言仁には言って聞かせねばならぬ。響、貴様からも言っておけ」

「そうだね、いつかの機会にね」

 苦笑する響、おじさんはそのまま鎮守府へ。

「なにあの人、失礼な人」

「あはは」

 ふんっ、とそっぽを向く雷に、電の苦笑。

「まあ、あの人なりに子供を気遣っているのデス」

 そして、ふと、影。

「あ、えと、」

 為朝、だっけ? 

「すまない。主はあまり、言葉を選ばぬ方なのだ」

 そう言って困ったように一礼。ひょい、と顔を出したのは卯月。

「うーちゃんたちは気にしないの、好きだからやってる事だから、ねっ、ねーっ、為朝っ」

「…………主も、感謝をしている。

 だが、やはり子供に働いてもらうというのは、あまり、いい気持ちはしないのだろう。

 もとは艦だったか、俺達とは考えの違いがあるかもしれない、その辺りの事も、納得して欲しい」

「そうなんだ」

 うーん、……そういうもの、かな。

 雷は、もとは駆逐艦。誰かの、そう、人の役に立ちたい、って思いがあった。

 それこそが存在意義なのだから、けど、…………いま、は?

「さて、荷解きか。

 金剛、彼女は初めてだったな。説明をしてやって欲しい。俺は荷運びをしている」

「了解デース」

 ともかくそちらへ、元戦艦や航空母艦の深海棲艦が黒の中から荷物を放り出す。

 そして、

「荷解きーっ」「睦月、これ欲しいなあ」「あ、これチョコレートっ」「金平糖はわらわのじゃーっ」

 放り出された荷物を駆逐艦の、小さい娘たちが包装を解いて仕分けしていく。

「雷もあっちに参加デース。

 今日はワタシもそっち行きマス」

「金剛ー、さぼりじゃないよねぇー?」

 雷の手を引いて歩き出す金剛の後ろから意地悪そうな声。

「失礼デースっ! ワタシは頼りになるご近所サン。ちゃんと後輩の面倒は見なければなりまセンっ!」

 びしっ、と手のひらを向けて金剛。視線をそむけているのはご愛敬。

「電もいるもん」

 と、

「雷、……その左腕、使える?」

 ひょい、と覗きこむのは長月。

 卯月や電の視線が雷の、異形と化した左腕に向けられる。

 使える、か。

「あ、いや、ごめん。

 配慮に欠けていた、無理にとは言わない。余計な事を言った」

 逡巡の沈黙をどう取ったのか、長月は申し訳なさそうに謝る。

 けど、ぎゅっと、左手を握ってみる。

「やってみる。長月、案内して」

 こんな不格好な左腕だけど、誰かの役に立てるなら。

 いやで、とても、いやな深海棲艦の形。けど、それがもし、…………少しでも、よかったと思えるなら。

 長月は頷く。

「それじゃあ、よろしく頼む。

 金剛、職場復帰だね」

「…………デース」

 やっぱり楽しようとしたんだ。

 

「ミナサーンっ、コンニチワーっ」

「おそーいっ」「まだたくさんあるんだからー」

 と、響く声に金剛はひらひらと手を振ってやり過ごす。

「伊勢っ」

「金剛っ、遅いわよ。

 今日は随分と荷物も多いし、早くしてよ」

「……Ohhhh」

 その山を見て金剛は項垂れた。「って、駆逐艦? 雷? 外じゃないの?」

 きょとん、と雷を見る伊勢。……確かに、これ運ぶのは大変そう、けど。

「雷も、お手伝いできるかも、って思って」

 左腕を掲げる。伊勢が息をのむ。そして、周りも一瞬の沈黙。

「そういう事デース。

 ただ、昨日堕ちてきたばかりなので、まだ、自分の体もわかってない事が多いので、それも含めてのChallengeデース」

「そっか、」えーと、と伊勢は荷物の山を見て「それじゃあ、私が渡すの、持っていってくれる?」

「任せてっ」

 にこ、と笑う伊勢に雷も笑みを返した。……ふと、声。

「……日向も、自分を認めてあげれば、よかったのに」

 小さな、声が聞こえた。

 

 ………………結論を言えば、驚いた。

 最初は軽い、小さな荷物から。けど、余裕で運べればそれより少し大きな荷物。

 伊勢の好意で渡される荷物は少しずつ重く、大きなものになっていった。この左腕の事を知るならその方がいい。

 好意に甘えて雷も辛いなら辛いって早めに言おうと思ってた。けど、

 そう感じる前に終わった。暗いからわからなかったけど、伊勢の驚いた表情が印象的で、

「……え? これ、雷が運んだの?」

 灯りの外に出れば、雷どころか、金剛自身よりも重そうな荷物が鎮座。

「ワタシと伊勢が協力して出した家具も一人で運んでまシタ。

 思った以上の出力デース」

「同感」

 左腕を動かしながら呟く。

 と、

「随分と働いたようだな」

 声、視線を向けると為朝と、睦月、そして睦月の肩に止るおじさん。

「まあ、……そう、だよね」

 あんまり自覚ない。だって、重いなんて一回も思わなかった。

 ほとんど短い距離を行ったり来たりしただけ、暗いから、何を持っているのかもよくわかってなかった。

 ふん、とおじさんは鼻を鳴らして、

「褒美だ。受け取れ」

 投げ渡されたのは一抱えの大きな袋。「お菓子?」

 透明な袋の中にはこれでもかって言うほどのお菓子。……これ、一人で食べたらお腹壊しそう。

「報酬を上げるつもりはないがな。小娘ならこれがよかろう」

「如月は可愛い服が欲しいわ」「私は、香水とか、欲しい」「うーちゃんはお化粧品が欲しいぴょんっ」

 如月と弥生と卯月が手を上げる。おじさんは鼻で笑う。

「小娘が色気づくな、十年早い」

「「「えー」」」

「主、子供にはお菓子をあげれば喜ぶというのは偏見でしょう」

 苦笑交じりの、為朝の言葉に「む」と、おじさん。

「そうか? ……気に入らぬか?

 ならば、別に見繕うか、……さて、何か残っているか?」

「いや、いいわよ。お菓子、ありがと」

 お菓子は好きだし、正直うれしい。………………ああ、そっか。

 雷が固まっちゃった理由。ふと思い当った。

「おじさん、子供が働くのはだめ、って言ったのに、働いたらご褒美くれるのね」

「なんだ、そんな事か。

 当たり前だ、気に食わぬ。特に、貴様ら深海棲艦ならなおさらだ。だが、私の信条とは別に成果には報償を与える。ならばこそ、成果に対する満足が得られよう」

「褒めてもらえると嬉しいってことだよねっ」

 おじさんを肩に乗せた睦月。「…………そう言えばよかったのか」と、おじさん。

 けど、

「深海棲艦だから?」

 左腕に視線を落とす。どういう事だろう、と。

「使われるために作られ、人として形を成した後まで戦いに駆り出され、生きてる間、戦い続けた。他者のために、生き続けた。

 ならばこそ、今は自分のために時間を使わねばならぬ。でなければ報われぬであろう。他者のために使われるだけで終わる命など、私は決して認めぬ」

 そう、かな。

 雷がやりたい事、他人のためではない、自分のために、この、深海棲艦としての命を使う。

 そうでなければだめだ、と。

 そうでなければ報われない、と。

 そういえば、響は言ってたっけ、深海棲艦は私利私欲で動く、と。……うん。

「そうだね」

「けど、……それでも、睦月は、おじさまのお役に立ちたいの」

 睦月たちが集まる。まっすぐにおじさんを見て、頷いて、

「…………ここまで言ってもわからぬような馬鹿者とはな、諭す言葉もない。勝手にせよ」

 ひどい言葉、だと思う。けど、

「うんっ、勝手にするっ」

 ぱっ、と笑顔。

 

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