深海の都の話   作:林屋まつり

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三話

 

「とりあえず当座の寝床に案内します。

 ビルの中もついでに案内しておきます。少しの間はここで生活をしてもらいます」

「あ、ありがとうございます」

 とりあえず、五月雨に仮眠室を紹介しましょう。一時の寝床にはちょうどいいです。

「あ、あの、もみじ、さん?」

「なんですか?」

「あの女の子は、なん、ですか?」

「主君をなんですかとか言わないでください」

 なんとなく不愉快です。

「あ、ご、ごめんなさいっ!

 ただ、その、……ただの女の子、ではない、ような」

「その通りです。

 我が主君は魔縁、手っ取り早くいえば死者、もう少しわかりやすくいえば、私たちなど足元にも及ばない、正真正銘、桁外れの化け物です」

「ば、化け物」

 …………他者に言われると不愉快ですね。

 仮眠室は申請すれば三日間は宿泊場所として使えます。それだけ時間があれば十分ですし、お花見もあります。あまり時間はかけられません。

「五月雨、貴女の寝床です。

 ビル内の仮眠室ですが数日はそこを使いなさい。恐らくは三日程度ですが」

「三日?」

「貴女の話を聞いた限りでは、その泊地にいる艦娘は提督を半ば見限っているでしょう」

 私の言葉に、五月雨は小さく頷きました。

「なので泊地を叩きつぶして艦娘全員奪取します。

 見限っているなら好都合、大した戦闘は起きないでしょう。ちなみに艦娘はどの程度いましたか?」

「え、えと、六人、くらいです」

「ならば問題ありません」

 五月雨を除けば五人、艦娘五人なら、……指輪持ちでもない限り、主君が出る必要もないでしょう。

 主君が出ればそれで終わりでしょうけど、この程度の些事に主君を出すつもりはありません。……当人が出たがればそれまでですが。

「あ、あのっ!」

「なんですか?」

「お願いしますっ! みんなを、助けてくださいっ!

 私、なんでもしますっ! し、深海棲艦の仲間にも、なります。だから、お願いしますっ!」

「…………貴女は深海棲艦を誤解しています。

 が、艦娘の常識で言えば重い言葉でしょう。解りました。その覚悟は買いましょう。主君には伝えておきます」

「あ、……ありが、ありがとうございますっ!」

 さて、ここですね。扉を開けました。使用中なようです。…………「なぜ、こんなところで寝ているのですか?」

 ご丁寧に寝巻を着て、ナイトキャップ装備の彼女。

「ん、……ああ、おはようございます。もみじ」

 きょとん、とあるいは愕然とした表情の五月雨。

 その原因、加賀は欠伸をして起き上がりました。

「艦娘? なぜ深海棲艦と一緒にいるのですか?

 さては裏切り者ですか」

「へえっ?」

「加賀と同じ、粗大ごみです」

「そうですか、粗大ごみですか。難儀な事ですね」

「そ、粗大ごみって」

「捨てられた艦娘なんて粗大ごみと大差ないでしょう。

 まあ、そんな自虐は鏡に向かっていえばいいのですが」

「…………それ、止めてください。傍から見れば寒気がします」

 鏡に映る自分に向かって粗大ごみと言っている加賀を想像したらホラーです。

「そうですか」

「加賀、も?」

「轟沈前提の出撃を命じられましたからね。捨てられたという事でしょう」

「そうなのですか」

「それで、彼女を引き取ってどうするのですか?

 悪の秘密結社らしく、全身黒タイツにして、叫ばせるのですか」

「絶対に嫌ですっ!」

「…………ぷっ」

「笑わないでくださいっ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る五月雨。ただ、…………それは、コミカルです。

「っていうか、え? 悪の秘密結社」

「知らないのですか?

 深海棲艦が秘書をしているのです。悪の秘密結社がふさわしいでしょう」

「はあ?」

 内心で溜息。悪の、という響きは面白くありません。

 悪の、と名乗っていますが特に悪い事はしていません。深海棲艦の存在そのものが害悪と言えばそれまでですが。

 悪の、と名乗る理由は一つ。主君がその響きを楽しいと気に入っているから、だけです。困ったものです。…………そうそう、幹部の一人が悪党でしたか。

「それで、どうしたのですか?

 私はこれから二度寝をするつもりなのですが」

「少しは働きなさい粗大ごみ。

 彼女の所属する泊地を襲撃するつもりなので、その間ここを彼女の寝床にしようと思います」

「襲撃? それは穏やかではないわね」

「艦娘を捨てるような提督なら、艦娘からも慕われていないでしょう。

 ならば、泊地その物の壊滅も容易。艦娘を得るいい機会です。貯めこまれた資材もまとめて貰いましょう。後の事を考えれば私達の戦力強化は望むべき事です」

「同意します。……そうですね。

 なら、私も少し働きましょう。さすがに演習ばかりでは、なまります。それに、指輪の意味を確かめてみたいです」

「わかりました。主君に伝えておきます。

 というわけで、さっさと部屋を出なさい。五月雨、しばらくはこの部屋を使いなさい」

「は、はい」

「ふふ、久しぶりの出撃、気分が高揚します。

 準備をしています。出撃の日を教えてください。……まさか、お花見に影響はないでしょうね?」

「ないように急ぎます。

 すでに、言仁にも招待状を出しました。予定を狂わせるわけにはいきません」

 加賀に寝室の整理をさせて、改めて五月雨を仮眠室の中へ。

「問題は?」

「い、いえ、ないです。

 あの、……泊地の皆も同じ部屋、ですか?」

 …………なにを言っているのでしょうか、この娘は。

「この部屋は四人用です。

 貴女の泊地には六人程度、皆が同じ部屋を使えるわけがないでしょう」

「あうっ、……そ、そうですけど。

 その、…………泊地も、四人部屋のところを全員で使っていて、……」

「そんな馬鹿な事をする提督と、私達の主君を同一視される事、非常に不愉快です。口を慎みなさい」

「ご、ごめんなさいっ」

「その後の処遇は主君次第です。

 仮眠室は他にもあるので、そこを使わせて、その後にどうするか。西加賀屋にある家を与えるか、あるいは私達に与する提督のいる基地に向かわせるか。そのいずれかでしょうが」

「…………はい」

「先に伝えておきます。

 貴女は主君の気まぐれで拾われたというだけです。主君の命に従いなさい」

「わかり、ました。……あ、あの、けど、命って」

 不安そうに揺れる瞳。溜息。

「先に言いました。貴女達のところの馬鹿な提督と私達の主君を一緒にするな、と」

「は、はいっ」

 少し、安心したような返事。

「私は不愉快になるだけで済みますが、主君は怒ります。

 怒るだけならいいのですが、…………まだ、見た事はありませんが、激怒した場合、命の保証さえ出来ません。主君は私とくれは、……鬼種と姫種の深海棲艦を一人で、余力を持ってねじ伏せる規格外の化け物です。貴女程度では鎧袖一触、瞬く間に殺されるでしょう。

 ゆえに、主君を前にする時は言葉に気をつけなさい」

「はい」

「では行きます」

 

 ビル内を案内、主君は気紛れだから、もしかしたら普通に事務仕事を任せるかもしれません。ゆえに、一応皆が働いている現場も案内しています。

「お疲れ様です。もみじ様。

 それと、彼女は?」

「粗大ごみです」

「…………生々しい粗大ごみですね」

「あの、粗大ごみって、……私、艦娘です」

「艦娘、……深海棲艦に続いてですか。

 さすが、我らの主君です」

「そうですね」

 と、

「あの、もみじ、さん」

「なんですか?」

「その、……そもそも、ここってなにをしているのですか?」

「いろいろです。

 鉱石の採掘や失職した人に対する仕事の紹介、河川の護岸工事や寺院、神社と言った文化財の保護。

 燃料の輸送に使うタンカーの造船や河川向けの船の造船。建築に輸送、と」

「当社の経営規模は国内で五指に入ります。

 お客さまからの信頼も厚い総合商社です。もちろん、艦娘の皆さまが普段使用される基地や泊地の建築にもかかわっています」

「…………あの、悪の秘密結社って、聞いているのですけど」

 誇らしそうな彼の言葉に、不思議そうに五月雨。溜息。

「主君がその響きを気に入っているのです」

「ま、……まあ、悪、というのは強者という意味もありますから」

「いつの時代の話ですか? …………まあ、フォロー感謝します。

 そいうわけで五月雨。主君の気分によっては、この総合商社で社員として働いてもらう事になります」

「「「「「なんだとっ!」」」」」

「ひゃわっ!」

 壁の向こうから響いた声に、五月雨は肩を跳ね上げて壁から離れました。

「黙りなさい。彼女の配属は主君次第です。

 艦娘である少女と一緒に仕事をしたいという願望は解りかねますが、余計な事をすれば爆撃します」

「「「「「すいませんでしたぁあっ!」」」」」

 廊下の隅でがたがたし始めた五月雨の襟首をつかみ立ち上がらせました。

「な、なな、なんですか今のっ?」

「聞いての通りです。貴女と一緒の職場で働くのが楽しみなのでしょう」

「な、なぜですか?」

「女の子だからじゃないですか。私には興味がありませんが」

「私はもみじ様とがいいですっ」

「艤装展開」

 ぽつり、呟いて艤装展開。屋内ですがいいでしょう。……こう、いつでも艤装が展開できるのは便利ですね。艦娘とは違います。

「ひいっ! って、ちょ、こんなところで艤装出さないでくださいっ!」

「艦爆」

「ええっ?」

 

「やりたくなりました。反省はしていません」

「まあ、もみじ様なのでそうでしょうね」

 もちろん、爆撃なんてしていませんよ。艦載機を突撃させただけです。よくあることです。

「軽いっ? え? よくあるんですか?」

「あります。五月雨、ここが貴女の職場です。

 たまに深海棲艦の砲撃や艦爆その他が飛び交いますが、アットホームで働きやすい環境です」

「…………命の危険さえ感じるのですが」

「まあ、それもすぐの話です。

 五月雨、貴女の泊地襲撃は恐らく今夜か、明日になるでしょう」

「早い、ですね」

「時間がないのです。今週末にはお花見です。

 お花見の予定を狂わせるわけにはいきません。そのためなら、かき集められる戦力のすべてをかき集めます。

 そうそう、五月雨、おそらく貴女もお花見に参加するでしょう。今週末の予定は開けておきなさい」

「あ、……はい。お花見、ですか?」

「吉野にて桜の花を見に行きます。

 五月雨たちにも参加をしてもらうと思いますが、くれぐれも粗相のないように、主君の顔に泥を塗るような事は許しません。変客、…………こほん、賓客もいらっしゃいますから。多数」

「え、……あ、はい、気をつけます」

 ともかく、さっさと事をすませましょう。この程度の些事に時間をかける暇など、ありません。

 予定も押しています。会場の準備をしなければなりません。くれはとあきはに共闘者を連れてきてもらって、出来るだけ、速やかに終わらせなければなりません。

 だから、今は待ちましょう。加賀の準備もありますからね。

 

 五月雨に仕事場を一通り案内し「そういえば」

「はい?」

「待ち合わせがあります。他の案内は後日にします」

「待ち合わせ、ですか?」

「はい、下の喫茶店でです」

 というわけで、一階の喫茶店へ。まずは椅子を確保。そして、何を飲もうかとメニューを見たところで、

「来ましたね。ロリコン悪党」

「…………ぶっ殺すぞてめえ」

 目つき悪いです。ほら、「正成、五月雨が怯えていますよ」

 そうです。私の隣には五月雨がいます。ロリコン悪党、もとい正成の悪い目つきに怯えています。

「ちっ、……まあいいや。小娘。…………いいや、なに飲む?」

「飲み物くらい取ってきますよ?」

 傍らにいる大和、小さくなった大和が首を傾げました。「え? 大和?」と絶句しているのは、まあ、想定通りです。

「怯えられんのも面倒なんだよ。先にそっちの小娘と話しておけ」

「はい、じゃあ、私はココアで」「一番高いのをお願いします」

「経費で落とすからな」

「…………ちっ、珈琲」

 汚い大人です。さすがは悪党。

「舌打ちすんなよお前は。

 で、そっちは?」

「あ、……あの、………………その、…………」

 困ったように言葉を詰まらせる五月雨。あまりこういうのはなれていないのかもしれません。

 大和は苦笑して「カフェラテでいいですか?」

「あ、はい。それでお願いします」

「……はいよ」

 溜息。レジに向かう正成を苦笑で見送って、

「まったく、正成も無神経で困ります。

 いきなり言われても解らないですよね?」

「あ、ありがとうございます」

 にっこりと微笑む大和に、つられるように五月雨も微笑。

「ところで、ちび大和」

「相変わらず失礼ですね。大食い空母」

「加賀ならいませんよ」

「貴女の事です」

「なぜでしょう。深海棲艦は食事をとる必要がないのに、食べたくなるのです」

 ふむ、と頷きました。

「それで、ミニマム大和。何の用件ですか?

 確か貴女達は先に吉野に行って、お花見の会場設営をしているはずだったのですが」

「言仁くんから《波下の都》にも招待状を出したって聞いたのだけど、最近、《波下の都》には艦娘も結構いるらしいのです。

 もし、彼が艦娘を連れてきたら、燃料とかも必要になるかもしれないって、正成と話してて、一応用意があるか確認に立ち寄りました」

「そうですか、助言、感謝します」

「あのがきも肝心な事はいいやしね。

 結構性格悪いよなあ、あいつ」

 両手に飲み物が乗ったお盆を持つ正成です。溜息をつきながら私の前に珈琲をおきました。……ふむ。

「ならば、ちょうどいいですね」

 ぽん、と私は傍らにいる五月雨の頭を軽く叩きました。不思議そうに彼女は私に視線を向けます。

「実は彼女、とある提督が遊ぶために弾薬も持たずに深海棲艦がうろうろしている海域に出撃しました」

 息を飲む、音。

「そ、……それって、」

「楽しかったらしいですよ。深海棲艦に襲われるのは、だから、今度はもっと楽しませてあげようかなと思ったわけです。

 わざわざ楽しませるために働くのです。代価として資材を戴いても、何の問題もありません」

 そうですね。楽しんでいたようですから。もっと、もっと楽しんでもらいましょう。

「…………とんでもない事になりそうですね」

「俺たちが手ぇ貸す必要もないか。

 資材の供給元もあるなら、小娘。予定通り吉野に行くか」

「あ、……あの、えと、」

 そわそわと、五月雨と正成を見る大和。正成は彼女の頭を軽く撫でて「話したい事があるなら話しておけ。そのためにお前はここにいるんだろ」

「はい。……その、五月雨さん。

 私ですけど、確かに大和です。けど、」一息、彼女は自分の胸に手を当てて、まっすぐに五月雨を見て「艦娘、ではありません。深海棲艦です」

「へ?」

 絶句、しましたね。

 微かに表情をこわばらせる大和。けど、正成に撫でられて、一息。

「燃料も、弾薬もないまま出撃されて、深海棲艦。……戦艦棲姫に轟沈されました。

 轟沈、……一度、死に、けど、死に切れなかった艦娘。それが私です」

「それが、深海棲艦、ですか?」

「そう、です」

 …………さて、私はどうだったのでしょうか。

 絶句する五月雨と、困ったように微笑む大和を見て過去を思い起こします。そう、昔、…………多分、正規空母だった、いつか。…………「なに変な顔してんだよ?」

「いえ、私も昔は艦娘だったはずなのですが、全然思い出せませんね」

「思い出したくねぇんだろ」

「そうですね。正直、どうでもいいのです」

 そう、どうでもいい事です。艦娘だったころ、……過去の事など。

 ともかく、なにやら友情を確かめ合っている深海棲艦と艦娘を横目にして、

「それで、見つかりそうですか? 正成。

 《呪詛の御社》は?」

「ねぇな。

 やっぱ鎮守府かどこかの基地、だろうな。探す手が足りねぇ。陸軍が隠してたらさらに面倒だな」

「…………そうですか。

 その辺、今回の花見で解決すればいいのですが、……私達からも探してみましょうか。役割を考えれば海にある可能性も、ありますし」

「そだな」

 さて、

「話は終わったか?」

「あ、はい」

 終わったのでしょうね。五月雨に抱きつかれて丁寧に頭を撫でる大和。さて、

「では、正成。

 まずはお花見の成功に尽力しましょう」

「そうだな、そっちも頼むぞ」

 最後、正成と言葉を交わして、別れました。

 

「……ごめんなさい。もみじさん」

「何がですか?」

 私の隣を歩く五月雨から唐突に声をかけられました。謝られる事なんて何もないのですが。

「私、……深海棲艦を誤解していました」

「誤解はしていません。

 とはいえ、貴女達の知る深海棲艦には二種類いたというだけの事、そして、その事を海軍が秘匿しているという事。貴女の態度は想定通りです」

「二種類、ですか?」

「そうです。一つは轟沈した艦娘。もう一つは人の呪詛、……怨念などが海底の残骸に宿って形を得た存在です。

 前者は先の大和や、鬼種、姫種と呼ばれる深海棲艦、後者はイ級だとかロ級だとか言われている深海棲艦です。

 そして、大体のイメージは後者でしょう。艦娘が主に相手をしているのはそちらでしょうから」

「…………はい」

「なので、貴女の認識は間違えてはいません。

 間違えていると思っていたとしても、私は気にしません。ようは実害がなければいいのです。……が、そうですね」

「はい」

「貴女の泊地にいた艦娘をここに連れてくる時、貴女がそれを呼び掛けてください。

 私達が伝えるよりは確実でしょう」

「は、はいっ」

 なぜか、五月雨は少し嬉しそうに応じました。内心で首を傾げましたが、まあ、事がスムーズに進むのならそれに越した事はありません。

「…………時間ですね。まだ案内しきれてない場所もありますが、それは追々、主君のところに戻りましょう」

 

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