深海の都の話   作:林屋まつり

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四話

 

//.五月雨

 

「さてっ、夕食は何を食べるか。

 そうだな、五月雨っ、そなたも来いっ、一緒に食事だっ」

「は、はいっ」

 なんていうか、やっぱりなれません。

 見た目、女の子です。たぶん、私と同じくらい、だと思います。

「では、私達は計画の選定をしています。

 主君、よき時間を」

「うむっ、頼んだぞ」

 というわけで、主君、と呼ばれる彼女と二人で夕食です。

「さて、何を食べるか。

 五月雨っ、食べたいものはあるか? 好きな物を食べさせてやる」

「え、えーと、」

 いきなりそう言われても、困ります。……ただ、食べたいもの、は。

「カレー」

「カレー? うむ? 

 …………うむっ、よいぞっ。カレーだな、では食べに行くかっ!」

 笑顔で、手を引かれて歩き出しました。

「五月雨、そなたがいる泊地の艦娘もカレーは好きか?」

「はい、……だと、思います」

 解らないです。だって、

「む、いかんな、それはよくない。

 友ならば好きな食べ物は把握しておいた方がよいぞ。そっちの方が話しやすいからな」

 そう、です。……けど、

「食事をする事、なかった、です」

「む、…………すまぬ、そうだったな。

 ぶしつけな事を聞いた、許すがよい」

 申し訳なさそうに、そう言われました。沈黙、と。

 にっ、と彼女は笑って、

「ならば、間違いなく全員連れて帰ってくるがよい。

 私が好きなだけ好きなものを食わせてやろう」

 力強い言葉、とても、とても頼りになる言葉。そんな言葉が、とても、嬉しい。

「は、はいっ、ありがとうございますっ」

「そういえば、そなたら艦娘は入渠が必要なんだったな。

 多分、今夜辺りに行くと思うから飯を食べたら入渠しておくか。どの程度で終わる?」

「えと、十分くらい、だと思います。けど、」

 死ぬ気で逃げ回ったおかげか、大きな損傷はありません。……私の意識を失わせた、もみじさんの最後の攻撃も、当たり所がよかったのか悪かったのか、損傷というよりは意識を刈り取られただけですし。

 ただ、燃料が少し心もとないです。食事は嬉しいのですが、艤装を装備し海をかけるには燃料が必要です。

 けど、…………私が行っても、

「ん? どうした? 他になにかあるか?

 なんでもよい、申してみよ」

 覗きこまれる。

「遠慮などするなよ? 安心しろっ、私は凄いからなっ! 大体の事は出来るっ!

 だからなんでも言ってみろ、そんな不安そうな顔をされたままというのも落ちつかぬからなっ!」

「あ、……ええと、燃料が、大丈夫かなって。

 けど、ここ、海軍の泊地とかじゃない、です、よね」

「なんだ、そんな事か。

 心配するなっ! 私に任せろっ、今週末のためにあきはが燃料集めてたから大丈夫だっ。それをちょろまかす。

 じゃあ、飯を食べたら補給に行くぞっ」

「え、い、いいんですかっ?」

「私がいいと言ったからいいっ。怒られたら、…………五月雨も一緒に謝ってくれるな?」

 困ったように、最後に付け加えられる言葉。けど、

「はい、……では、お願いします」

 …………そんなやりとりが、凄く、嬉しい。……あ、れ?

「って、な、な、なぜいきなり泣き出すっ?

 ぐぬぬ、こんなとこを正成に見られたら笑われる。な、泣きやめっ、え、ええと、…………そ、そうだ、食事の時にデザートも奢ってやるから、な、なっ」

 おろおろする彼女、……だって、なぜか、涙がこぼれてしまったのですから。

 けど、それは悲しいからとか、そういう事じゃなくて、

「は、あ、ありがとう、ござい、ます」

「れ、礼はいらぬっ、だから泣きやむのだっ!

 お、女の子を泣かせたとなったら、……う、くれは達からもなにか言われかねんっ、泣きやむのだーっ」

 

「……ええと、ほんとに、ごめんなさい」

 その、今はいろいろな意味で居心地が、難しいです。

 なんていうか、すっごい高級なお店。注文したカレーも、シェフの方が目の前でご飯にかけてくれました。

 前には銀製のスプーン。……その、艤装にもなる白いセーラー服では、場違いな感じがします。スーツの人とかいましたし。

 それも、そんなお店の個室。尊治さ、「…………あ、あのー」

「ん?」

「私も、主君、とお呼びすればよろしい、でしょうか?」

「なんだ、そんな事か。

 好きに呼べ。大抵の者は主君と呼ぶが、それは私を主として認めたが故の事、五月雨とは今日会ったばかりだ。それで私を主と認めろとは言わぬ。

 所有権は私にあるともみじは言っていた。だが、だからと言って敬意までは要求せぬ。私の命に従うならばそれでよい」

「は、はい。……ええと、では、尊治、さん」

「それでよい。

 さ、冷める前にさっさと食え。高いだけあってここの飯は美味いぞ。カレーは食べた事がないから知らないがな。高いから美味いだろ、多分」

「た、多分って」

「価格は総体が判断する価値を数値化したものだ。

 価格が高いのならば、多くの者がそれだけの価値があると判断したという事だ。食事の場合は、まあ、味だな。つまり、高ければ多くの人にとって美味いと判断したという事だ。だから、美味いだろう」

 尊治さんは、……ステーキを食べながらナイフをくるくるとまわして、

「とはいえ、価値とは人それぞれでもある。

 千人、万人、億人、がそのカレーを美味いと言っても、そなたがそれを美味いと思うかは知らぬ」

「そう、ですか」

 意外と難しい話ですね。…………苦笑。

「私にはなかなか分からぬ事だがな。総体の価値ではなく、私は私の価値を重視する。

 万人の価値より、私の、私一人のな。悪い事だが、他者に合わせるというのは、我慢ならぬ」

「えと、尊治、さん」

 少し、寂しそうな声。……なぜでしょう。

 この娘に、こんな声を出させてしまった事が、凄く、悪い事をしたような気がします。

 意味不明の罪悪感、けど、彼女はすぐに、笑って、

「だから、そなたの提督が、……否、万民がそなたを価値なしとしても、私はそなたが欲しい。

 だから、捨てられたとしても気にするな。私はそなたが欲しい。誰かに価値なしと言われても、私が拾ってやる。それだけで十分とせよ」

「は、…………は、い」

 

 どきどきする。

 

「あ、……あ、あの、…………よ、よろしく、お願いし、ま、す。

 主君」

「む? …………まあよい、それより急ぎ食うぞ。

 入渠やら補給やらとなったら時間もかかるであろう。無理しない程度に急げ、そしたら、次はそなたの仲間と一緒にカレーだな。

 きっと、皆で食べた方がうまいぞ」

「はいっ」

 

//.五月雨

 

//.扶桑

 

「最初聞いた時は、いろいろ疑っていたのだけどね」

「……あんなのが突撃してくるなんて、その泊地。不幸ね」

 しんみりと呟くのは妹の山城です。私達は大王崎からその光景を見ています。

「新田中将の言う事、最初は眉唾でしたが、認識を改めなければならないわね」

「そうね」

 さて、電話しないと。

「山城、監視をお願いしていい?」

「わかったわ」

 というわけで電話電話。その先は私達の提督です。

『はい、春日です』

「お疲れ様です。扶桑です。

 監視の件で報告ですが、時間は大丈夫ですか?」

『お願いします』

「深海棲艦を確認しました。

 内訳は空母の鬼、姫、水鬼。泊地の鬼、姫。駆逐の姫です。戦艦の姫はいません。

 それと、小型の船が一つ。これは通常の船です」

『想定通りですね。

 そのまま遠州灘にある泊地に向かうのでしょう。監視を続けなさい』

「了解しました。

 それで、その泊地はどうしますか?」

 もちろん、救援に向かうつもりはありません。轟沈しますし。間違いなく。

「救援なんて事になったら、私の生涯二番目の不幸ね」

「一番目は何かしら?」

「あのロリコン提督のところで建造された事」

「それもそうねえ」

 幼女じゃないから廃棄とか、なかなか笑えないわね。

 そして、案の定。

『特に重要な場所ではないので不要です。

 ……ただ、そうですね。仮定、艦娘が大破で動けない状況で放置されたまま深海棲艦が泊地に向かった時、ですか。二人の安全が確保されているのなら艦娘は回収しなさい。状況によって、艦娘達が二人に同行したいと言うのなら、許可をしなさい』

「それでは、提督を含め泊地のスタッフを見殺しにする事になりますが?」

『構いません。そこの泊地は大した戦果をあげていません。

 戦果をあげない軍人は不要です。その命を使って情報が得られればそれで十分です。ただ、艦娘には使用価値があるでしょうから、可能なら回収です。

 もっとも、それでも二人の価値には及びません。損傷する可能性があるのなら艦娘も泊地に所属する人も見殺しにしなさい。泊地の観察は行う事。深海棲艦の姫たちが泊地を直接襲撃する珍しいケースです。その情報は確実に持ち帰りなさい』

 ……とんでもない事を言われた気がします。まあ、泊地全体より価値があると言われた事、嬉しいですが。

「了解しました。

 扶桑、山城、引き続き経過を観察します」

 通話終了。

「扶桑姉さま、提督は何て言っていたの?」

「基本的には見殺しね。ただ、私達の安全が確保されているのなら、艦娘は基地で引き取る事になるわ。

 深海棲艦の姫たちが直接泊地に殴り込みをする珍しいケースだから、情報収集はちゃんと行って欲しいそうよ」

「了解したわ。……けど、よかった。救援なんて言われないで」

「流石に提督はそんな無茶を言わないわ。

 で、山城、泊地まで見えるわね?」

「ええ、見えるわ。

 まだ艦娘は展開していないみたいだけど、気付いていないのかしら?」

 

//.扶桑

 

//.遠州灘泊地

 

 深海棲艦、それも、姫種や鬼種の強襲。

 元々、訓練を怠っていた泊地に抗う能力などない。だから、

 

「くそっ、くそっ! どうしてこんな事になったんだよっ!」

 泊地の提督は真っ先に逃げ出す。次の遊びの準備を終え、明日。仲間とともに誰の駆逐艦が一番長く生き残れるか、そのゲームを楽しみにしながら寝る、つもりだった。

 けど、そろそろ寝るか、と思った矢先に響いた深海棲艦強襲の報。

 絶望的な表情をする艦娘たちを出撃させて時間を稼ぎ、すべてを放り出して逃げだした。

 車を運転し、一刻も早く遠くへ逃げる。…………けど、

「んなっ?」

 眼前にバリケード。そして、そこに立ちはだかるのは、

「くそっ、なんで陸軍のやつがいるんだっ!」

 舌打ち。バリケードの刻印は、それが陸軍の物であると誇示している。けど、構う事はない。

 死んだらそれまでだ。バリケードを粉砕する。その意思でアクセルを踏む足に力を込めて、

 

 銃声。

 

「くあぁあっ?」

 銃撃は正確にタイヤを撃ち抜く。パンクし、制御を失った車はバリケードに突撃。けど、揺るがない。

 もともと、暴走する車を止められる強度を持つバリケードだ。突撃の衝撃にもバリケードを抑えていた陸軍の軍人たちは顔色一つ変えず、車を包囲する。

「て、……く、くそ、なんだってんだよっ!」

 ふらふらと、頭を抑えて車から出る。けど、その眼前に突き付けられた銃に反射的に両手をあげる。

「ひっ?」

 銃を突きつけられる。……それ以上に、自分を取り囲む者たちの容貌に圧倒された。

 装甲を仕込んだ服はその者たちの体格を巨大に見せ、顔を覆うバイザーがついたヘルメットが頭を巨大に見せる。

 不自然なほど大柄なその姿は頑強な武装の証。両手で散弾銃を構え、腰には分厚い格闘用ナイフと大口径の拳銃。おおよそ、人に対する装備ではない。そして、音。

「泊地に帰還し、艦娘を指揮して深海棲艦を撃滅せよ」

 抑揚のない、機械音声。

「ふ、……ふざけんなあっ! 勝てるわけがねぇだろうがっ!

 何が来てるか解ってんのかっ!」

 怒鳴る。そう、報告が確かなら、自分の所持する艦娘では勝てるわけがない。せいぜいが足止めだ。

 それでも構わない。艦娘がいくら轟沈しようとも、生き残れるならば御の字だ。だから、逃げだした。なのに、

「泊地に帰還し、艦娘を指揮して深海棲艦を撃滅せよ」

 怒鳴る言葉に、返ってくるのは変わらぬ機械音声。

「てめぇらっ! 聞いてんのかっ! 役にたたねぇ陸軍がっ! 偉そうに命令するんじゃねぇっ!」

 そう、深海棲艦と戦う術を持たない陸軍は、海軍より遥かに劣る。

 そして、自分はその海軍の提督だ。そのプライドがさらに怒鳴る声をあげさせ、

「泊地に帰還し、艦娘を指揮して深海棲艦を撃滅せよ」

 応じるのは、何一つ変わらぬ機械音声。

「ふざけんなあっ!」

 怒りに、拳を振り上げて殴りつける。が、

「てえっ?」

 拳に返るのは岩盤を殴ったような痛み。そして、

「強制移送を開始する」

 変わらぬ機械音声。それと同時に陸軍の者たちは提督を押さえつける。気付く間もなく転ばされ、抑え込まれる。

「て、てめぇっ! 離しやがれっ!」

 怒鳴る、けど、応じる言葉はない。暴れる、けど、工業用機械に抑えつけられたように動く気配さえない。彼らは淡々と引き金を引く。

「あぐっ?」

 銃弾は精密に提督の足を撃ち抜き、すぐに輸送用の車が来て彼を、荷物のように荷台に放り込む。

「移送開始」

「あ、……ぐ、……ふ、ふざけんじゃ、ねえ」

 荷台の上、足を撃ち抜かれてもがいている間に車は発進した。

 

//.遠州灘泊地

 

//.榛名

 

「…………皆さん。解っていると思いますが、勝率は、ないに等しいです」

 出撃前、艤装を装備する前に、榛名は僚艦の皆に告げました。

 提督からの指示は一つ。時間を稼げ、だけでした。恐らく泊地を捨てて逃げたのでしょう。

 だから、

「皆さんは逃げてください」

「だったら、なんで榛名はこんなところに来たんだ?」

 涼風の問いに、榛名は胸に手を当てました。思い出すのは、榛名の短慮で死んでしまった一人の女の子。

 その面影を胸に抱えて、

「時間稼ぎです」

「あんな提督に義理立てする必要なんざねぇだろ?」

 …………もちろん、そのつもりはありません。

 ただ、それでも榛名は時間稼ぎのため、絶望的な戦いに挑みます。

 そう、榛名は時間を稼ぎます。皆さんが、逃げられる時間を、…………けど、

「涼風、提督は榛名達の提督です。

 あんな、などと言ってはいけません」

 強いて、感情を押し殺して、応じました。そう、……榛名は艦娘、兵器です。

 だから、感情なんて、いらないんです。

「皆は提督を護衛し、内陸まで避難させなさい」

 告げて、艤装を装備。そして、「涼風っ!」

 出撃、の足は止まりました。だって、榛名の隣、艤装をまとう彼女の姿があったのです。

 そして、他の皆も、それぞれ艤装をまとい、絶望的な戦いが待つ海を見据えています。…………そんなの、

「なにを、しているのですかっ!

 榛名はこの泊地の秘書艦として、第一艦隊の旗艦として命令しますっ! 提督の護衛をしなさいっ!」

「ふざけんじゃねぇっ! あんた一人死地に送り込んでむざむざ生きてられるかっ! バッカヤロウっ!」

 他の、僚艦も皆、歯を食いしばって、それでも頷いて、…………けど、そんな事をしたら。

 その先にある結末、確定した未来を思い。だから、そんなの、だめ、です。

「や、やめてください。

 もう、……もう、仲間が死ぬのは、いや、なんです」

「それはあたいも一緒だよ。

 あんた一人を死なせたりしないさ。……あたい達は仲間だろ。最期まで、一緒に戦わせてよ」

 歯を食いしばって、泣きそうになるのをこらえて、……確かに、榛名は提督には恵まれませんでした。

 それでも、……榛名は仲間には、恵まれていました。だから、深く、呼吸をして、

「生きて、戻りましょう」

 そんな事、出来るわけがないのに、……そんな言葉。気休めにもならないのに、

 それでも、口にして、……皆も、泣きそうな笑顔で、頷いて、一息。そう、それなら、一人でも多く、皆を生きて返すために、

 榛名は、戦います。その一歩を踏み出しました。

 

「出撃しますっ!」

 

//.榛名

 

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