深海の都の話   作:林屋まつり

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五話

 

 桜の花びらが舞う海上で、私達は戦いらしい物に精を出しています。

「気分爽快。恐るべきは我らが主です」

「お得意の鎧袖一触は言わないの?」

 黙りなさい後輩。鎧袖一触にしては意味がないでしょう。

「というか、こういう戦いは新鮮ですね。

 何となく楽しいです」

「やりすぎると飽きそう」

「正直面倒なのだが」

 みずは砲撃をしながら応じました。砲撃は旗艦らしい戦艦に直撃。けど、彼女は必死に食らいついてきます。

 見た感じ、数発の直撃で轟沈ですが、それはいけないのです。

「みず様。万事何事も経験と思って諦めましょう」

「…………そうだな、何事も諦めが肝心だな」

「……相変わらず二人の温度差って、不思議よね」

 後輩には同意します。ちなみに、もう一人付いてきたひさめは駆逐艦の艦娘たちの間を駆け回っています。まったく意味もなく。

「ひゃっほーっ!」

「あの娘、いつからあんな速度重視系になったのですか?」

 ぽつり、呟くと応じるのはすいで、

「なんでも、《波下の都》にいる島風とかけっこしたのが切っ掛けのようです」

「そう」

 まあ、いいです。

 いつもより早く、海を疾駆し、そして、艦載機の制御も冴えています。

 それは私だけではありません。くれはや後輩も同様で、それに、

「ふひゃーっ!」

 高速で疾走するひさめもいろいろ調子がよさそうです。

 逆に、

「つっ?」

 榛名が眉根を寄せて砲撃を回避。その動きは高速戦艦と名高い割には遅いです。まあ、当然のこと。

 主君の異能たる親政。その効力でしょう。まあ、もっとも、

「なぜ、ですか?」

 砲撃を繰り返しながら、榛名は軋むような声。

「なぜとは?」

「なぜ、こんな、嬲るような戦いをするのですか?

 貴女たちなら、もっと攻め込めるはずです」

 そうですね。それもそうです。そう、やっている事は戦闘ではなく、

 艦載機を飛ばしながら前へ。「もみじ?」と、傍らにいるくれはの言葉を無視して榛名のところへ。

 すれ違いざま、苦笑。

 

「時間稼ぎなのだから、妥当でしょう」

 

//.遠州灘泊地

 

「ちく、しょう」

 荷物のように泊地に放り投げられ、呟く。

 輸送した車はすでに行ってしまった。撃ち抜かれた足では這いずるように泊地に戻るのが精一杯で、

「くそっ、誰か助けろっ! 俺はここの提督だぞっ!」

 わめく。けど、聞く者はいない。艦娘はすでに外。他のスタッフも、返事はない。

 くそっ、と、内心で呟いて扉を開く。…………「え?」

 

 真っ赤、だった。

 

 受付のガラスは真っ赤に汚れ、通路には、見慣れているが、それ単体では決して見る事のない物が転がっている。

 すなわち、腕、足、首、腹、…………人の、体の一部。

 それが、通路に転がっている。視界を赤に染めるのは血と臓物。電灯が照らすのは解体された人体がぶちまけられた泊地。

「ひっ、……な、なんだ、これ?」

「ああ、あなたね。深海棲艦に追いかけまわされるのが楽しいって言ってたのは」

 問いに、ぽつり、声。

 気だるさと、少しの興味、艶やかな声。

 聞き惚れそうな魅力的な声。けど、

 

 劫火のような憤怒。溶岩のような憎悪。

 その声の主は、正しく、人の敵。

 

「あ、…………あ、」

 振り返る。そこに、一人の女性がいた。

 すらりとした四肢と均整のとれたプロポーション。白い、美しい素肌を引き立たせる黒いワンピース。絶世、と謳われても何の違和感も感じない美貌の女性。

 けど、その姿に、どうしても自分の、死、を思い浮かべてしまう。

「じゃあ、存分に楽しませてあげるわ」

 

 そして、艤装が展開する。

 

「ひいっ?」

 彼女の後ろに現れたのは巨大な艤装。床を踏み砕いて、その異形が構築される。

 巨大な腕がある、巨大な口がある。人が、どうやっても抗えない存在が、そこにある。

「さ、追いかけっこを始めましょう?

 捕まったら解体するわ。その後は、…………そうね、最期、踏み潰されるか噛み潰されるか、あるいは、握り潰されるか、どれがいいかしら?」

 

 異形が、咆哮をあげた。

 

//.遠州灘泊地

 

 爆発の音。

 艦娘達は反射的に後ろを振り返る。ふむ。

「終わりましたか、いぶき、遊びすぎです」

「やったーっ、一回も捕まらなかったーっ」

 両手をあげて戻ってくるひさめ。

「な、泊地がっ?」

 慌てて振り返る榛名。

「壊されて、る?」

 茫然とごっそりと破壊された泊地を見る榛名。そして、

 ざんっ! と、波を叩く音。

「はぁい、元気?」

「思ったより遅かったですね。

 遊びすぎです。いぶき」

 艦娘たちが絶望的な表情をする。……そう、なにせ、泊地から飛び出したのは、艦娘たちの間では最強と名高い深海棲艦。戦艦棲姫なのですから。

「ここの提督って深海棲艦に追い回されるのが楽しいんでしょ? もみじ、そう言ってたわよね?

 だから、そうしてあげたのよ」

「艤装装備して歩きまわる深海棲艦に生身で逃げ回るとは、まさに命がけですね。

 ちなみに、生きてますか?」

「生かしておかなくちゃいけないの?」

「生かしていられたら面倒だから確認したのです」

「そ? で、どう思う?」

「死体の確認が困難と思います」

「そうねえ。……ああ、服は、原形をとどめているわ」

 くすくすと笑ういぶき。さて、

「それでは、お使いはこれで終わりですね」

 だから、終わらせてもらいましょう。

「主君っ! こちらは終わりましたっ!」

 私の言葉にぎょっとする榛名達。……まあ、当然でしょうね。

 なにせ、深海棲艦である私が言う主君です。

 ともかく、船の扉が開きました。飛び出したのはもちろん、五月雨です。

 転がり出るように飛び出して、そして、私達の横を通り過ぎて、

「榛名さんっ、涼風っ!」

「さ、五月雨っ?」

 涼風が驚きと喜びの混じった声。そして、榛名も意外そうに、

「五月雨? え? 無事、だったのですか?」

「まあ、轟沈させてもよかったのですが、とりあえず見ての通りです」

 ついで、ひょい、と加賀が顔を出しました。彼女は相変わらずの無表情に、どこか面白くなさそうな声で、

「こんにちわ、はじめまして、せっかく出撃したのに何もやらなかった加賀です」

 主君の護衛を任された時に納得をしたでしょう。そもそも私達が相対するのに、護衛が活躍するとでも思っていたのですか?

「なぜ加賀が深海棲艦と一緒にいるのですかっ?」

 驚愕、と。そんな表情で榛名。……まあ、驚きますよね。

 まあ、榛名達にしてみれば艦娘は深海棲艦を撃ち滅ぼす存在。その艦娘が深海棲艦と一緒にいるのは不思議でしょう。

「いくつもの誤解がありますが。まあ、いいでしょう。

 ちなみに私は別にそこの深海棲艦達の配下ではないですよ。彼女たちの主君の護衛です」

 加賀を配下にしたくありません。間違いなく面倒ですから。

 ともかく、五月雨は榛名の手を掴み「あ、あの、榛名さんっ!」

「五月雨?」

「あ、あの、ち、違うんですっ! 深海棲艦は「終わったかっ!」」

 そして響く主君の声。船の舳先に立ち胸を張る主君。

「ご苦労だったなっ、くれはっ、もみじっ、あきはっ!

 いぶきたちも世話になったなっ! 褒美は何がいいか? 金かっ! 金がいいのかっ!」

 …………金?

「一万円をお願いします」「一万円でいい」「一万円欲しいっ!」「一万円がいいわ」

「合計四万円だな。……くれは、貸してくれ」

 深海棲艦がお金を要求してどうするのですか? 貴女達、別に必要ないでしょう。

「お財布を持ってきていませんよ。

 というか、深海棲艦が一万円持っててどうするのですか?」

 だから、このくれはの言葉には同感です。

 第一、なんで出撃に財布が必要なのでしょうか? …………加賀、なんで財布を持ってきているのですか?

「これで人生ゲームが買えますね。みず様。お相手願います」

「一対一で人生ゲームか、…………新しいな」

「これで、…………私、……やっと、調理した春雨が、食べられるんだね」

「薄い本、何冊買えるかしら?」

 ともかく、お金を受け取り四人はのろのろとどこぞへ行きました。どこに行くか、あまり考えたくありません。

 と、そっちはどうでもいいのです。あまり関わりたくもありません。

 問題は、

「あ、あの、…………ええと、五月雨」

「あ、はいっ」

「その、彼女たちに保護された、というのは本当ですか?」

「はい、その、私が、「こんなところで長話ですか?」」

 応じる五月雨に、呆れたような表情で加賀。確かに、ここは海の上、どうせ長話になるでしょうから。ここで立って話をするのも疲れます。

 それに、

「さっさと戻りましょう。

 こんなところで口先で語られるよりは、説得力のある現実を見せる事もできます。……それに、大丈夫です」

 不意に、加賀は笑いました。

「深海棲艦の主君治める拠点。

 そこで艦娘が暴れようとも、大丈夫。主君ならどうとでもなるでしょう」

 まあ、そのような些事に主君を煩わせるつもりはありません。そんな事をしたら私達が叩きつぶします。

 とはいえ、

「うむっ、安心しろ加賀。

 お前たちは私のものだからな。私は私のものが害されるのが嫌いだから、全力で妨害する」

 そう言ってくれるのは有り難いですが。

「ならば大丈夫です。行きましょう」

「そうですね。……とはいえ、」

 必要な事。

「警告します。私達の主君は、空母の鬼と姫、そして、水鬼さえも軽く打破できる規格外です。

 決して、余計な事をしないように、命の保証はできませんし、私に、主君を止める事はできません」

 止めるつもりも、ありませんしね。

 

//.扶桑

 

「さて、報告通りでしたね」

「深海棲艦と艦娘、……なかなか、私達の常識だと不思議な光景ね」

「同感。けど、それなら新田中将の話していた説も、あり得るわ」

「そうね。……そして、それを海軍が把握していないとは、思えない。

 深海棲艦は謎の存在、そう定義しているのは、ほかならぬ海軍よ。それに、捕獲の命令もない。研究の結果も、なにもない」

 怪しいわね。

「あの、榛名達に接触できると思う?」

 私の問いに、山城は首を傾げてから、

「そうね。あっちにつけば可能、でしょうね。

 けど、意味はないわ。欲しいのは付いた後なのだし」

「…………まあ、その辺は私達が判断する事じゃないわね。

 兵器は兵器の本分を、それじゃあ、戻りましょう。場合によっては引越しね」

「そして、最悪の場合は海軍すべてを敵に回す、と。

 不幸だわ」

「不幸なら止めていいのよ?」

 溜息をついて肩を落とす可愛い妹に、そんな意地悪な事を言ってみた。可愛い妹は可愛らしく微笑みました。

「不思議よね、扶桑姉さま。

 不幸なのに、後悔する気がしないの。それに、その不幸、回避するとすっごく後悔しそうなのよ。……扶桑姉さま、私は不幸な目に遭えばいいの? 後悔すればいいの?」

「私は後悔したくないわ。山城。

 だから、一緒に不幸な目に遭いましょう?」

「ええ、そうね。それに、どんな不幸も扶桑姉さまが一緒にいてくれるなら問題ないわ。

 ………………じゃあ、はじめに行きましょう」

 

//.扶桑

 

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