深海の都の話   作:林屋まつり

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六話

 

 会社に到着。慣れた海とはお別れ、また陸路です。

「え? え?」

 きょとん、とする榛名。

「いつまでもそんなところで突っ立っていないでください。

 すでに深夜。外に出てる方がおかしい時間帯です」

「そう、ですね」

 歩き出しました。さて、どう話したらいいものか。

「それにしても艦娘か。

 くれは達とは違うな。榛名、とか言ったか」

「あ、はい。榛名です」

「ふむ、…………むむ? 聞いた事があるような、ないような、……………………そうだっ!

 金剛にそんな名前の妹がいたらしいな」

「お姉さまをご存知なのですかっ?」

 ずい、と迫る榛名。言うまでもなく、

「あまり、主君に迫らないでください」

 後輩がずい、と間に割って入りました。そう、それでよいのです。

 主君を害するなど、許しません。

「尊治、榛名は金剛型の三番艦よ」

「そうだったのか、なら、妹か」

 …………それより、主君の言う金剛となると、もしや?

 思い出すのは、例の都で楽しく暮らす彼女ですが、

「あの、金剛お姉さまは、元気ですか?」

「うん? すでに死んでるぞ」

 まあ、そうなりますよね。

「…………す、凄い。顔色ってあそこまで急変するんですね」

「驚きました」

 微かな期待の表情が一瞬で悲しみに、驚きです。

「そうだな。死んで、……海の底で電とか鈴谷と楽しく暮らしていたな。

 ん? なんか言っておきたい事があるのか? 今週末の花見が終わったら遊びに行こうと思ってるから、伝えておくぞ?」

「ほえ?」

 変な顔をする榛名。

「あの、金剛姉さまに、会えるの、ですか?」

「そうだな、来週の頭くらいに遊びに行く。

 くれはたちも付き合え、……加賀はどうする? お前も行ってみるか? 生者が来ると言仁がうるさいが、まあ、気にするな」

「そうね。興味はありましたし、一度行ってみたいです。

 それと、大丈夫、言仁とは会った事があります。誠心誠意お願いすればいいでしょう」

「《波下の都》ですか。楽しみです」

 大江山というところと接続したのならば、以前以上に賑やかになっているでしょう。楽しみです。

「まあ、そういうわけだ。

 伝えておきたいと事があったら言え、伝えてやる」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくださいっ!

 あの、さっき、お姉さま、死んだって」

「うむ。轟沈した。まあ、死んだだな。

 死んで海の底でのんびりと暮しているぞ。金剛の淹れた紅茶は美味いな」

「あの、死んだって。死んだあとに、暮している? え、あの?」

「榛名、落ち着きなさい」

「主君、歩きながらではなく座って話した方がいいでしょう。

 どちらにせよ、長くなるのですから」

 

 と、言うわけで最上階に向かうエレベータへ。……それにしても、

 結構いますね、と。

 六人程度、と聞いていましたが。長である榛名。

 そして、涼風、村雨、名取、鳳翔、です。これに五月雨を加えて六。やはり泊地にいる艦娘をすべて引き取るというのも大変です。

「さて、ここだ。好きな椅子に座るがよい。

 くれは、すまんが茶を頼む」

「はい、お待ちください」

 さて、私も主君の隣に腰をおろしました。ちなみに加賀は眠くなったと言ってどこかに行ってしまいました。自由な娘です。

「榛名は金剛の事が気になるだろうが。

 少し待ってろ、まずはこちらの事を話さなければ、他の娘の不安もとれまい」

「…………はい、お願いします」

 主君の言葉に榛名は困ったように頷きました。

「さて、と。……私の名は尊治。

 くれはたちは主君と呼んでいるが、まあ、好きに呼べ。主と認めたならばそう呼んでも構わぬし、尊治でもよい」

 …………主君を呼び捨てにされるのは、私のほうが面白くないですが。

「で、こっちはそなたらが言うところの深海棲艦の、…………もみじ、なんだっけ?」

「空母の鬼と姫、それとおまけです」

「……誰がおまけですか? 先輩」

 険悪な表情で睨むあきは。やれやれ、

「水鬼です」

「まあ、そう呼ばれているな。

 色々あって今は私の秘書をしている」

 いろいろですか? 殴り込み食らって叩きつぶされた揚句に捕獲されて、秘書を押し付けられているのですが。……いえ? 楽しいので不満はありませんよ?

 どうも、私と似たような事を考えていたらしいくれはと後輩も微妙な表情で苦笑。

「む? なんだそなたら、言いたい事があったら言え」

「いろいろですか? 殴り込み食らって叩きつぶされた揚句に捕獲されて、秘書を押し付けられているのですが。……いえ? 楽しいので不満はありませんよ?」

「ならばよし、不満があったら言ってみろ。

 大抵の事は叶えてやる。もっとも、そなたらを手放す気はないがな」

「そうですかあ。

 艦娘が来たから御役目ごめんとか言われなくてよかったです」

 苦笑気味にくれはが告げました。……同感です。

 私も、ここが、この主君のところが楽しいと、そう思っているのですから。

「馬鹿な事を言うな。手放すわけがなかろう。

 安心せよっ、艦娘が来たところで大丈夫だっ、私は金持ちだからなっ、………………………………費用捻出のために、減給しても、よい、な?」

「「「だめ」」」

「…………ぐぬぬ、……」

「いや、主君。浪費止めればいいじゃないですか。

 この前だってなんか、でーっかいテレビ買って、あれ、ろくに使ってないでしょ? 私、映ったところ見た事ないですよ」

「後輩、あれは私と加賀がアニメを見るのに使っています」

「…………あ、え? ……そうだったんだ」

「ぐぬぬ、浪費は支配者の嗜みではないのか?」

「「「ありません」」」

「…………大食いが」

「主君、しばらく艦載機で監視をつけますよ?」

「やめてくれ、あれは非常に鬱陶しいのだ。四六時中視界のどこぞを飛び回りおって。…………まあよい、なんとでもなるだろう。

 それでここは私の会社だな。社会的な立場という意味では、三人は社長秘書という事になる」

「信じられない、っていう顔をしていますね?」

 苦笑、まあ、当たり前です。主君と出会う前の私が聞けば不信どころか正気を疑いますから。

 ちなみに、戸籍もありますよ?

「そうですね。……私達の知る深海棲艦から考えれば、信じられない言葉です」

「け、けど、鳳翔さん。

 私、お昼このビルの中案内してもらったけど、たくさんの人が働いていました。その、……その人たちは、もみじさんと会っても、普通に談笑していました」

「その人たちは彼女らが深海棲艦と解っているのですか?」

 名取の問いに、応じたのは主君。

「隠す必要もなかろう?

 有能ならば徴用する。当たり前のことだ。くれは達の有能さは誰もが認める。ならば使う。身分も種族も関係などない。私が認めれば使い、皆が認めれば慕われる。ただそれだけのことだ。

 別の種族だから、などと、その程度の理由で弾いていては損をするぞ。有能である事に能力が高い以外の理由はない」

「そんな簡単な事ですかっ?」

「難しいことなど何もあるまい。

 とまあ、こちらはその程度だな。何か聞きたい事があれば答えよう」

「それで、榛名達を、どうするつもりですか?」

 まあ、一番大切なのはそこですよね。

「うん、……そうだな。なにも考えていなかったな。

 ま、ここで働くがよい。仕事などいくらでもある。どうせそろそろ艦娘も必要なくなる、再就職先と思えばいいのではないか?」

 さらりと、告げられた言葉。

「いらなくなる、ですか?」

「何級だか、そう呼ばれる深海棲艦はいなくなる。姫種や鬼種も、それぞれの場所に行くであろうからな。

 あるいは、《波下の都》に皆が引きこもればそれで終わりだ。

 私達が終わらせる。あの、忌々しい《呪詛の御社》を砕いてな。だから、その後の事を考えるいい機会であろう?」

「先行できた五月雨ですが、それなり数の部署から来て欲しいと打診を受けています。

 主な理由が下心なので却下しましたが」

「…………ええ、と?」

「まあ、そういうわけだ。

 ん? それとも今まで通り戦いたいか? ……ふむ、それがいいのならそれでも構うまい。義興のところに預けるか。面白くないが、それでもよかろう」

「戦いたい? 深海棲艦と戦う事に生きがいを感じているなら、私達が相手になるのも、いいでしょう。

 今回の手抜きとも、加賀との演習とも、また別の戦いというのもいいと思います」

「そうか、…………戦いたいのなら、私が相手をしてやるぞ、くれは?」

「……いえ、主君が相手では桁が違いすぎるので、まだご遠慮ください」

「なんだつまらん。

 では、榛名だったな、そなたらが相手になるか? それでも構わんぞ。さっき出た時は千本桜の解放で終わってしまったからつまらなかったが」

「千本桜?」

「主君の異能です。

 建武の親政の再現、対象範囲を主君の都合がいいように書き換える我が侭な異能です。動き、重くありませんでしたか?」

 問いに、信じられない表情で艦娘たちは顔を見合わせ、榛名が、小さく頷きました。

「じゃあ、あの、駆逐の姫が物凄い早さで動き回っていたのも?」

「艦載機がやたらといい動きをしていたのも、全部、主君の異能によるものです。

 味方の強化、敵対者の弱体化。……信じられないでしょう? それを叶えるのが我らが主君です。ゆえに、彼女は私達の主君であり、桁外れの化け物なのです」

「何、ですか、それ? あの、尊治、さん。

 貴女は、何者、ですか」

 信じられない、と呟く榛名に、主君は笑いました。…………最高に楽しそうな、最高に、兇悪な笑みで、

「魔縁。後醍醐帝。かつての現人神だ。

 手っ取り早く言えば死者だな。洒落が利いていよう? 艦娘の死者である深海棲艦を統べるのが、人の死者である魔縁。かつての軍艦を統御するのはかつての帝だ。おかしいところはなかろう? そなたらかつての軍艦は、すべて帝、大元帥の所有物なのだからな」

 くつくつと、笑いながら主君が言います。そう、現人神。かつての帝。そして、魔縁。……これほど、深海棲艦である私達の主君にふさわしい方はいないでしょう。

「帝、……あ、あの、そ、」

「ふむ、だが今上帝ではない。

 その名だけで忠誠を得ようなどとは思わぬ。硬くなるな、話が進まぬ。敬意は後に判断すればよい。敬語も不要だ」

「は、……い」

 とはいえ、皆緊張していますね。村雨と涼風は青ざめていますよ。

「凄い人、なのですね」

 感心した、と。そんな口調で五月雨。主君は胸を張りました。とても嬉しそうです。

「そうだっ、私は凄いぞっ! …………さて、私の事はこの程度でよいな?

 そなたらについては先に告げたとおりだ。幸いか、生憎か、ここも人手不足でな。そなたらにやって欲しい事もいくらでもある。

 ああ、安心せよ。戦わせるつもりはない。先にも告げたが、この戦いも、遠からず終わるであろうな」

「あの、……後醍醐帝」

 おずおずと、鳳翔が手をあげました。溜息。

「かつての名だ。それはやめよ。

 尊治でよい」

「あ、……申し訳ございません。

 それで、あの、」

「ん?」

「本当に、戦いが終わるのですか?」

「終わらせる。私はこの現状が気に食わん。

 《がらくた》を止める事は不可能だが、《呪詛の御社》ならば見つけてぶち壊す事も可能であろうよ。最悪、あの口煩い顕仁に頼み込めばよい。……………………と、言いすぎたな。

 忘れよ、そなたらには関係のない事だ」

「関係ない、ですか?」

「ない、告げたであろう? 私はそなたらを戦わせるつもりはない。

 ここで好きなように生きよ。その手助けはしてやる」

「なんで?」

「ん?」

「なんで、ですか? じゃあ、どうして私達を引き取ったのですか?」

「欲しいからだ。

 部下に深海棲艦はいるが艦娘はいなかったからな。なんだ? 言わなかったか? 私はいろいろな者とともにいるのが好きでな。

 五月雨と夕食を食べたのは楽しかったし、加賀と夜通し飲んで騒ぐのも楽しい。くれは達と遊んで回るのも好きだ。社員の連中とくだらん事で言いあって騒ぐ事も、正成たちと馬鹿をするのもな。

 だからそなたらが欲しい。そなたらがいれば私の周りは賑やかになる。そうなれば私は楽しい。だからだ」

「そんな事、ですか?」

「大切な事であろう? …………ふ、あ」

「主君、すでに深夜ですよ。

 彼女たちを仮眠室に案内します。主君はお休みください」

 欠伸をした主君に苦笑してくれは。

「ふ、…………む、それもそうだな。

 すまんな、くれは、もみじ、あきは、遅くまで付き合わせた。仮眠室は好きに使うがよい。明日は遅刻しても大目に見よう」

「あ、それと残業手当いただけますか?」

 あきはの問いに主君は苦笑して「そなたはしっかりしているな。やらん。さっさと寝ろ」

「はい」

 

「信じられない、という顔をしていますね」

「それは、そうです」

 応じるのは鳳翔。場所は仮眠室の一つ。

「貴女達の事も、正直信じられないけどね」

 村雨の言葉に同じ部屋で寝る事にした名取もこくこくと頷きました。

「そうですか。とはいえ、これが現実です。

 夢から覚めたら元の日常に戻っていた。などという超展開はありません。明日もあります。そして、明日にはどうするか決めておきなさい。主君は決して気が長い方ではありません。いつまでも返事を渋っていたら怒られます」

「…………そう、ですか」

「他の皆と相談したいなー」

 ふむ。…………確かに、それも必要でしょう。

「わかりました。では、主君には伝えておきましょう。

 明日の午後、もう一度主君と会う場を用意します。その時にどうするか決めなさい。……そうそう、このビルは五月雨に一度案内をしました。彼女についてビルの中を見て回るのもいいでしょう。

 なんにせよ、後悔しないようにする事です」

 

「さて、仮眠室を使うのは久しぶりです」

「そうですねー」

「…………はあ、先輩方と一緒」

「いやなら出て行きなさい。

 そして、海で浮かんで寝なさい後輩」

「いやですよー」

「なら我が侭を言わない事です」

 と、言うわけで仮眠室を開けました。

「…………加賀」

 そして、そこにはすやすやと眠る加賀。寝間着に着換えてご丁寧にナイトキャップ装備。

「なんでしょうか、なんとなく、蹴飛ばしたくなりました」

「ま、まあ、抑えて抑えて」

 こくこくと頷くあきはを横目に、くれはに留められました。残念です。

「ともかく寝ましょう。

 明日、……ああ、あの泊地から資材持ち出さないと」

 面倒です、と後輩は溜息をつきました。

 

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