深海の都の話   作:林屋まつり

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 榛名悪堕ち話です。
 …………えろくないですよ?


七話

 

//.榛名

 

「…………はあ」

 眠れないです。

 

 水でも飲めば、少しは気分も変わるでしょうか?

 そんな事を考えながら、仮眠室を出て、ふらふらと教えられた給湯室へ。

 夜のビル。しん、と静かな空間。入浴後に受け取った浴衣で歩いて、

 不思議です。

 夢みたい、と。そんな事を考えてしまいました。……もう、あの提督の命令を聞かなくていい、のですよね。

 目が覚めたら、また、あの泊地にいるかもしれない。そんなわけ、ない、ですよね。

 もし、…………そうなら。榛名は、………………

 

「なんだ、眠れないのか?」

 

 声に、反射的に振り向くと、そこには、「尊治、さん?」

「すまんな、驚かせたか」

「あ、いえ、…………大丈夫、です。

 あの、榛名も、こんな夜中に、ごめんなさい」

「よい、気にするな。

 ……………………いや、気にしろ、気にして付き合え」

「へ?」

「来い、と言ったのだ。

 どうせ怖くて眠れぬのであろう? なら付き合え」

 告げて、歩き出しました。榛名も少し迷って、…………とにかくついていく事にしました。

「ここにいる事が信じられぬか?

 ここにいるのは夢で、また、眠り眼を覚ましたらいつも通りと、そんな事でも考えていたか?」

「え?」

 言い当てられるなんて、思いませんでした。

「図星か? 何、心を読んだとかそんな事は出来ん。

 私にも経験があるだけだ」

「そう、なのですか?」

 少し、驚きました。けど、榛名、この少女のことを何も知りません。

 奔放な少女、そんな風に思っていたので、榛名の不安を言い当てられるなんて思いませんでした。

 困ったような微笑の彼女。なにか、辛かった事があったのかもしれません。

 ともかく、彼女に続いてエレベーターへ。

「少し寒いかもしれぬぞ? 外に行くからな」

「外、ですか?」

「星空は嫌いか?」

「いえ、嫌い、ではないです」

 正確にいえば、よく解らないです。

 夜、外に出たのは夜戦の時くらい。星を見る余裕なんて、当然ありません。

 他は、…………他は、夜は、疲れ果ててすぐに眠ってしまいました。

 ……余裕、なんて、どこにもなかった、です。

「そうか。

 私は好きだ。仲間とともに酒を飲んで馬鹿騒ぎしながら見上げる星も、失意を紛らわせるために見上げた星もな。

 それだけは変わらぬ。酒の味と星の色はな、だから、私は星が好きだ。楽しかったころの事を思いだせるからな」

 楽しかったころ、……ですか。

 榛名には「そんな思い出、ないか?」

 目を見開く。苦笑。

「適当に言ってみたが、当たるものだな。だから、」

 エレベーターが止まりました。屋上。尊治さんは前に、前の、鉄扉へ。榛名は誘われるままその傍らへ。隣に立った榛名を見て尊治さんは笑って、

「確かにここにいると、その目に刻め」

 

 闇夜の中、星は全天に瞬き、月は天頂に輝く。

 圧倒される、夜天の世界。

 

 …………凄い、……綺麗。

「気に入ったようだな」

「……は、…………い」

「ならばよい。……ではないな、よくはないな」

「よくない事なんて、ない、です」

 こんな綺麗な光景を、よくないなんて、そんな事、絶対に、ない、です。

「ないぞ。

 これだけで満足するなど許せぬ。まだまだ、見るべきものはいくらでもある。

 吉野の桜も、華厳の滝も、熊野の森も、富士の山も、伊勢の杜も、そなたが望めば、そのすべてを見せてやる。楽しい思い出など何もないとほざいた事を後悔するほどな。

 目を開け、足を動かせ、美しい光景はいくらでもその目に焼きつけられる。楽しい事など、これからいくらでも出来る。私が、いくらでもさせてやる」

 

 なぜ、でしょうか?

 その言葉に胸が高鳴ります。とくん、とくん、って、今まで感じた事もない、鼓動を感じます。

 

「なぜ、ですか?」

「ん?」

「なぜ、榛名に、そんな事を言ってくれるの、ですか?」

「そなたが気に入ったからだ。

 真面目で優しい娘は好きだぞ。私は」

 

 とくん。

 

「五月雨から聞いているぞ。

 そなたは、いつでもしっかりして頼りになったって、いつでも、頑張ってみんなを励ましてくれた、とな」

「……それ、が。

 榛名の、役目、ですから」

「そうであろうな。

 真面目で優しいそなたは、倒れそうな者を見たら支えようとするであろう」

 手を伸ばしました。その手が、榛名の頭に触れて、

「頑張ったのだな。

 そして、そなたはこれからも頑張っていくであろう。自分の事は大丈夫だから、と言い張ってな。

 だが、私の前では不要だ。私は凄いからな。そなたに支えられる必要はない。だから、」

 丁寧に、撫でて、

「今のうち、私しかいないうちに泣いておけ。もう、過去を思い出して怖い思いをしないようにな。

 辛かった事も、苦しかった事も、嫌だった事も、全部まとめてここで泣いて吐きだして、また、明日から、いつも通り、真面目で優しい、頑張り屋の榛名としてみんなを支えてやれ」

 

 とくん。

 

「……榛名、辛かった、です。五月雨が、ただの遊びで、殺されるような事をされて、凄く、辛かったです」

「そうであろうな」

「……榛名、嫌だった、です。

 好きでもない人に、迫られて、身も、心も、俺のものだ、なんて言われて、……榛名、嫌で、嫌でたまらなかったです」

「当たり前だ」

「…………榛名、苦しかった、……です。

 遊びみたいな指揮と、指示で、無茶な作戦で、……それで、旗艦で、なんとか、誰も死なないように、頑張って、……けど、出来なくて、…………榛名、だめな娘で、…………榛名のせいで、轟沈して、……それで、……それで、……………………」

 

 ぽろぽろと、涙、零れます。

 榛名は大丈夫です。……そうやって、自分に言い聞かせて、今まで、頑張ってきました。

 だから、

 

「………………榛、名は、……」

 

 だから、今だけは、

 気がつけば崩れ落ちていて、抱きしめられていて、丁寧に、撫でてもらって、……だから、

 

「榛名は、泣いて、……いいです、か?」

 

「よい、例えこの世界の誰もが許さなくとも、そなた自身が許さなくても、この私が許してやる。

 だから、榛名、好きなだけ泣いていい」

 

//.榛名

 

//.鳳翔

 

「榛名さんっ?」

「静かにせよ。騒々しい」

 苦笑。くれはさんに案内されてきた場所は屋上で、そこには座る尊治さんと、

「まったく、泣き疲れてて眠るとは、まさに子供だな。

 まあ、私達から見れば十分に子供か」

 座る彼女の太ももに頭を乗せて眠る榛名さん。……なんていうか、

「子供っぽい」

 何度か榛名さんの寝顔を見た事ありますけど、何でしょう。見た事もないほど、子供っぽいです。

「ま、子供だから仕方ないな。

 子供だ子供、意地張って背伸びしてお姉さんぶってる小娘だな。…………だからこそ、可愛らしい」

「そうですね」

 すやすやと眠る彼女は、確かに、子供っぽくて、可愛らしいです。と、

「ん、…………ふ、……あ?」

「お、子供が起きたな」

「ふぇ? ……あ、主様?」

「うん? …………まあよい。

 妙なところで寝たな、随分と足がしびれたぞ」

「あ、……ご。ごめんなさいっ!」

 跳ね起きました。それより、さっき、尊治さんの事を主様とか?

「よいよい、可愛らしい寝顔を見れたのだからな。

 それで十分だ」

「…………あ、……ど、どういたしまし、て」

 顔を真っ赤にして返礼。……あらあら。

「何がどういたしましてなのだ?

 まあよい、さて、私は酒飲んで寝る。鳳翔、榛名を寝室まで送ってやれ、明日もあるからさっさと寝かせよ」

 さっきまで寝ていたみたいですけどね。けど、

「はい、そうします」

 明日もありますからね。仮眠室を抜けだして心配をかけた彼女にはそれくらいはしてもらいましょう。

 榛名さんも、自覚があるのか困ったような微笑。

「ではな。おやすみ、また明日、思う存分楽しもうな」

 ひらひらと笑って手を振る尊治さん。

「はい、おやすみなさい」

「おやすみなさい、主様」

 その背を見送って、ぽつり、と。

「主様、ですか?」

「あ、……え、えーと、…………その、」

 顔を赤くしてもじもじして、……まあ、察しておきましょう。

「ふふ、では戻りましょう」

 その心境の変化、意外です。けど、

 頑張りすぎてた彼女には、いいのかもしれませんね。

「もう、笑わないでください」

 少し拗ねたような、照れたような声。けど、ごめんなさいね。思っていた以上に可愛らしくて、それは無理みたいです。

 

//.鳳翔

 




「泣いて、いいですか」
ふじのん名台詞。榛名は大丈夫です、と言い張る榛名に是非言って欲しかった台詞。
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