一抱えもあるお菓子の袋。持つのは大変だろうと、為朝が運んでくれた。
…………このお菓子、どうしようかな。
金剛のティータイムで御茶菓子にしてもいいし、あとで、睦月たちが暮らしている家を教えてもらって、遊びに行くってのもいいわね。
あるいは、鎮守府に行って響や大鳳、言仁と食べるのもいい。……っていうか、その全部が叶えられそうなほどの量がある。それに、
お仕事、か。
「雷、だったか」
「あ、うん、えと、為朝、でいい?」
「構わない、好きに呼ぶといい」
「為朝さんも魔縁さんなのです。あの、おじさんの、…………友達?」
「いや、従者だ。生前からのな」
生前、……魔縁になる前、雷たちとしたら艦娘のころから、っていう意味なのよね。
「死後も仕えてるんだ。……あの人、そんなにいい人なの?
なんか、すっごく口悪いんだけど」
「い、雷ー、そういう事言ったらだめなのです」
ついつい、と手を引く電。けど、
「確かにな。……まあ、拾ってもらった恩義があってな。
俺は生前、家族からも、というか、周り中から恐れられていた。そんな俺を拾ってくれたのが主だったんだ」
「そうなんだ。……うーん、けど、あんまり怖そうには見えないけどなあ」
確かに、体は大きいけど、怖いっていう感じはしないわね。
「時と場合によるな」
為朝は小さく笑った。
「睦月たちとだが、仲よくしてやって欲しい。
今回は響の依頼だったが、なにかに理由をつけて主についてこの都の外に出ていく。それで、この都の者と疎遠になるのも申し訳ない」
「それは、いいけど、……面倒見いいのね」
「保護者さんなのです」
電も頷く。為朝は首を横に振って「主も心配していた。そういう事だ」
……そうなんだ。え?
「この都の外、出られるの?」
「雷」
なんか、電に可哀そうな人を見る目をされたわ。……………………って、それもそうか。
「新入りには意外かもしれないな。
出られる。外に出ればそこは壇ノ浦につながっている。だが、やらないほうがいい。死者は生者と関わらないほうがいい。どちらにとっても害にしかならない」
「そうなんだ」
まあ、関わりたいとも思わないけどね。地上に行きたいとも、思わない。
雷はここで静かに暮していれば、それでいいわ。
「司令官さんもそう言ってたのです。
都の外に出るのは止めた方がいいし、生者、……艦娘にも、人にも会っちゃだめ、だそうです。理由は、わからないのです」
「すまないが、理由については主か、言仁に聞いて欲しい。
俺も、納得いく説明ができる自信がない」
「ううん、いいわ。
けど、おじさんは外に連れて行っているのね」
ちょっと意地悪な事言ったかな、と思うけど、為朝は苦笑。
「少し事情があってな。それで、一度無理矢理外に引っ張り出した。
それで終わらせるつもりだったのだが、……睦月達が随分とそれを気に入ってな。あとは、まあ、あんな感じだ。主も子供に甘いからか、結局連れて行っている。控えてはいるが」
「無理矢理?」
「ああ、言仁と喧嘩をしていた。
豊浦や守屋まで参加したおかげで歯止めが利かなくなって、この都が滅びかけたが。……尊治は腹を抱えて笑ってて役に立たないし」
「…………な、何があったの?」
いくつか上がった名前、全部、艦娘じゃない、多分、魔縁。
けど、滅びかけたって、
「あまり思い出したくない。……確か、雷は電の家で暮らしているのだったな?」
「そうなのです」
「なら、この近くか」
「ねえ、為朝。
その、…………えーと、……魔縁、だっけ? たくさんいるの?」
「いや、そうでもない。
言仁は、魔縁について何も話していなかったか?」
「えっと、……災厄とか、なんか、怖い事言ってた」
「いや、その認識でいい。
……ただ、そうか、そう話したか。……まあ、死者という意味では深海棲艦に近い存在だな」
「そうなのです? けど、電は司令官さんも、為朝さんも、怖いとは思っていないのです」
「深海棲艦である雷を電は怖いと思っているか?」
「え? そんな事はないのです」
「雷も、電は怖いとは思っていないわ」
「ならそういう事だ。俺たちはお前たちに害意を持っていない。
が、深海棲艦が人にとって脅威であるように、俺たち魔縁も人にとっては災厄となる。言仁が言ったのはそういう事だ」
「文明にまで暗い影響を与えるとか、難しい事言ってたわね」
「そうだな」為朝はその大きな手で雷を撫でて「だが、そこまで考える必要はない。あいつはこの都の長だ。雷にとってはそれで十分だろう」
「うん」
「他の魔縁さんのお話し、電は興味があるのです」
「電は、魔縁の人と会ったことあるの?」
「あるのです。何人か知っているのです」
「そうだが、……到着した」
「あ、ほんとなのですっ」「あちゃあ」
雷も、興味あったのだけど、だから、
「為朝、時間ある?」
「ああ、構わない。ゆっくりと付き合おう。今日はこの都にいるつもりだ」
「おじさんはいいのです?」
電の問いに、為朝は笑う。笑って答える。
「問題はない。……賑やかなのもいい事だろう」
「確かに、賑やかな事になってそうね」
さっそくもらったお菓子を並べる。電が淹れてくれたお茶を一口。うん、美味しい。
「それじゃあ、さっそく質問。
あのさ、為朝、この都みたいなところ、他にもあるの?」
確か、金剛はアヴァロンとか言ってたけど、
「ある。山中や、……まあ、他にも色々だな。
山中には天狗がいる。川辺には河童もいる。そして、深海には深海棲艦がいる、か」
「てんぐ?」
「知らないか。……そうだな。
明日、時間があるようなら図書館に行ってみるといい。道真が持ってきた本にはあるはずだ」
「図書館?」
「本がたくさんあるところなのです。
道真先生がお土産にくれた本が自由に読めるのですっ」
「あまり、本は読んだ事がないか?」
「え、ええ、いろいろ、忙しかったし、そんな時間はなかったわ」
そんな余裕は、なかった。為朝は困ったように視線を落とす。
「確かに、主の気持ちはわかるな。
こんな少女まで戦場に駆り出すとは、……その面だけは俺が生きていたころのほうがましか」
気持ちはわかる。たぶん、あの時おじさんが言った言葉。
他者のために生き続けた、っていうことよね。
艦娘ならそんな事は当たり前。そのために生まれるのだから。……けど、
「あの、為朝さん」
「ん?」
「電たち、艦娘はそのために生まれるのです。
それでも、……生まれた意義を果たすためであっても、そんな事は、ひどい、と思ってくれるのですか?」
「そんな理由のために生まれること自体がひどいと思うがな」
「けど、それは必要な事なのです」
ぎゅっと、拳を握って、まっすぐに為朝を見据えて電。
「ああ、それは菊月から聞いている。主には誤魔化して伝えたが。……必要な事、か。」
為朝は苦笑。
「そんな必要性のある世界など、さっさと滅びてしまえ。
と、俺は思うよ」
「滅んじゃって、いい、のです?」
「でなければ終わりはない。
海上に出る深海棲艦は撃破したところでその想いすべてがなくならねば、また造り直されて、より想いを、……轟沈された憎悪を蓄積して強靭になり海上に向かう。
艦娘は轟沈されて深海棲艦となり、艦娘が轟沈されれば人は艦娘を生みだす。この繰り返しだ。豊浦なら別の方法を思いつくかもしれないが、俺から見れば犠牲を使っていつか来る破綻を先延ばしにしているようにしか見えないんだ」
そして、為朝は困ったように電を撫でる。
「悲観的な事を言ってすまないが、これが俺の見解だ」
「…………ううん、いいのです」
電は、自分の足に視線を落とす。
「もう、……電はその舞台に立つことさえないので、何も言えないのです」
「そうだな。俺も、同じだ」
もう、死んだ人なのだから。
「そういえば、為朝、なんでおじさんには誤魔化したの?」
従者とか言ってたし、真面目そうだからそういう事しなさそうなんだけど、
為朝は言いにくそうに口を噤む。………………………………「主には、秘密にして欲しい」
頷く。
「…………いや、何となくだが、主なら、そんな世界など滅びてしまえと、本気で滅ぼしに行きそうでな。
他の誰かが言うのなら一笑に付すが、主が言うと、なかなか、……笑えないんだ」
なにそれこわい。
「……為朝も大変よね」
「……よき主、なのだが。…………なんと言うか、気難しいところがあってな」
「………………あの、為朝さん。これ、美味しいのです」
おずおずと電が確保したお菓子を差し出す。「ありがとう」と為朝は受け取った。
一息。
「図書館だったな。
時間があれば行ってみるといい。道真はここが気に入っているから、ずいぶんな本を置いて行った」
「そうなんだ?」
「その、道真先生はいるの?」
会えるなら、会ってみたい。
うん、言仁もそうだけど、おじさんも為朝も、雷たちとは違う考えを聞くのは、面白いわ。
「どうだろうな。あまり人の事を言えた義理じゃないが、魔縁というのも気まぐれでな」
「道真先生も、いたりいなかったりなのです。
生前は真面目に働いた、だから、僕はもういいんだ、って言ってごろごろしてたりふらふらいなくなったりしていたのです」
「……望月と気が合いそうね」
「かもしれないな」
「あ、け、けど、前にお勉強を教えてもらった事があるのですっ
とてもわかりやすくて、きっと、すっごく頭いい人なのですっ」
「その点に関しては同意する。
そうだな、学びたいのなら彼に相談するといい。雷なら話は聞いてくれるだろう」
「雷、ならなの?」
問いに、為朝は苦笑。
「主にも言えることだが、どうも、政争で蹴落とされた魔縁は他者不信なところがあってな。
そういう者にとっては子供のほうが信頼出来る。そっちを構いたくなる、のだと思う」
「政争?」
「…………まあ、……いや、知らないなら知らないほうがいいか。
人同士の争いで、もっとも陰惨な部分だ」
「あう」「うわ」
人、と言われて思い出すのはあの男。……その中でも、陰惨な部分。
ちょっと、怖いかも。
「そういうところにいたからな。
少なくとも、……まあ、基本的にその場に子供はいない。だからいやな事は思い出さずにすむのだろうな」
「あの、司令官さん、も?」
「いや、……言仁については、清盛が甘やかしていたらしいから、そういう事はないだろう」
「清盛?」
「言仁の祖父だ。俺たちに弓引いた、……いや、いいか」
なにか言いかけた為朝は口を噤む。
「言仁はそういう事は知らない。……だから、子供だからって特別扱いはしないぞ」
少し意地悪く笑う為朝。ぷう、と電は唇を尖らせて「電、子供じゃないのですっ!」
けど、
「図書館かあ、明日、行ってみるわ。
電、案内をお願いねっ」
為朝相手にぺしぺしと拳を繰り出していた電はこっちに視線を向けて「はいなのですっ」
「図書館には、確か、高雄や愛宕がいたはずだ。
彼女たちにいろいろと案内してもらうといい。……確か、絵本もあったはずだ」
「為朝も、雷たちを思いっきり子供扱いしているわよね?」
絵本っ、と顔を輝かせる電を横目に呟いてみる。雷だって子供じゃないわ。
じとーっと視線を投げてみる。為朝は、本当に楽しそうに笑った。
「お前たちは、……いや、そうだな金剛でも、俺たちから見れば子供だ。だから、気をかけたくなるのだ。年寄りのお節介だが、笑って流してくれ。
子供に構う事が年寄りの楽しみなんだ。面倒な我儘だが、付き合って欲しい」
夕食は電が作ってくれた。お話しをしてくれたお礼に為朝も一緒にご飯を食べる。
そして、夜。
「明日は図書館なのです」
「うんっ。楽しみね」
「はいなのですっ」
ベッドに、また雷と電で並んで寝転がる。
「今日も楽しかったわね」
「はいなのですっ」
楽しかった、か。……そんなこと思ったの、はじめて、かもしれない。
「ね、電、いま、楽しい?」
「もちろんなのですっ
お姉ちゃんにも会えて、友達もたくさんできて、電は楽しいのです」
にこ、と電は笑って答えてくれた。だから、雷も、自然と笑みが浮かぶ。
「うん、雷も、楽しいわ」
この、死者の楽土で、大切な妹と笑顔を交わし、……明日への期待を持って目を閉じた。
「「おやすみなさい」」