一話
処刑台に向かう罪人。……いえ、失礼な表現とは解っていますよ。
とはいえ、正直そんな印象でした。
私の後ろを歩くのは由良さん。俯き、軽く身を震わせ、こらえるように拳を握っています。
……最初から、こうでした。
彼女の所属する泊地から、いらない、と言われて、処分同然に売り払われました。まあ、買い取ったこちらもこちらですが。…………いえ、少量の資材で手に入った事は悪くは思いませんよ。有り難いですから。
原因は解ります。
ここはブラック基地と名高いですからね。私達の提督もブラックです。
「あの、……妙高、さん」
「はい?」
「その、ここの基地は、提督は、艦娘を兵器として扱う、とてもブラックなところだと聞いています。
本当、でしょうか?」
「はい、そうですね」
真黒です。肯定の言葉に由良は断頭台の刃を見るような表情をして、また俯きました。
まさか、餞別の言葉はそれですか。
「ここです」
十三階段を上る罪人のような表情を見せる由良さんを背に、私は扉を開けました。
最奥の机には一人の女性。提督、春日清海少将。彼女は由良さんに視線を向けて、
「はじめまして、ブラック提督です」
「そ、それは、確かに言われたら困るわね。かなり」
「私達の提督は、……なにか、狙ってるのでしょうか?」
困ったように苦笑する山城さんと、緑茶を飲んで溜息をつく扶桑さん。……私も、扶桑さんに同感です。
挨拶の第一声にブラック提督ですとか、正直、……耳を疑いたくなりました。
「それで、新しい娘はどうしましたか?」
溜息。
「よほど不安に思っていたのでしょうね。
その第一声を聞いて、真っ青な顔で震えだしました。先に部屋に案内して身辺整理をしてもらっています」
私は買ったお菓子を掲げて、
「これから彼女のところに行くところです」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。
私たちは艤装の手入れをしています。私達で協力できる事があったら工廠に来てください」
「ええ、ありがとうございます。
とはいえ、山城さんは明日出撃です。自己管理は徹底してくださいね」
「ええ、もちろんです」「了解です」
由良さんのところにお菓子を運びながら内心で溜息。
考えるのは私達の提督についてです。
艦娘を兵器として扱う。……それがブラックな提督というのなら確かにブラックですけどね。
ただ、非常に優秀で、私も信頼していますが、……まあ、なんか、いろいろな意味でずれているのです。
付き合いはそれなりに長いので解ります。なんでいきなりあんな事を言い出したのか? と、問えば方針を簡潔に説明する為です。と、真顔で返すでしょう。
…………困ったものです。
「由良さん、入っていいですか?」
「…………はい、どうぞ」
声に「失礼します」と、声をかけて入りました。
小さな個室。そこにあるベッドにちょこんと座る由良さんです。
「お茶を持ってきました」
小さな個室。けど、備え付けのものしかありません。由良さんの私物はないのでしょうか?
これもよくあることなので意味は解ります。着の身着のまま、……悪い言い方ですが、彼女は捨てられたようなものです。なら、身一つで放り出すというのは妥当でしょう。
…………さすがに、全裸で放り出された方はいませんけどね。
ともかく、
「ありがとう、ございます」
「落ち着いたら、改めて提督のところに、挨拶に行きますね」
「…………あ、あの、」
「なんですか?」
「ここの提督は、その、艦娘を兵器として扱う、のですよね?」
「そうですよ」
即答です。自称ブラック提督は間違いではありませんから。
「そんなに、…………ひどい扱いをするのですか?」
そして、これも案の定です。皆、同じような事を言いますね。
もちろん、否定するのは簡単です。提督は、艦娘を兵器として扱うからこそ、この言葉は否定できます。
けど、
「それは実際に見て回った方がいいでしょう。
提督に紹介したら基地の中を見て回ります。その時にいる艦娘から話を聞くのが一番です。皆、ちゃんと答えてくれます」
素直な子たちですから。
「そう、……ですね。
そうします」
応じてお茶を一口。一息ついたところを見計らって、
「ではまず、私の印象です。
提督は、確かに私達艦娘を兵器として運用しています。そして、結果として非常に高い戦果をあげ、少将でも指折り、このままいけば中将に着任できると考えています。
とても優秀な提督です」
代将、准将はたくさんいますが、少将は海軍すべてを含めても百人程度、中将は二十、程度だったでしょうか?
実質、海軍の主力の一人として期待されているのが私達の提督です。
「それは、……たくさんの轟沈と引き換えに、ですか?」
「もちろん、命令違反した艦娘は轟沈します。
そして、提督の出した命令に、逸脱しないように従う艦娘は轟沈していません」
もちろん、現場判断というものもあります。とはいえ、提督の出した方針に従っているうちは轟沈する艦娘を出す事はありません。
もっとも、命令違反をした艦娘は、例え他の泊地から借りた艦娘であっても容赦なく轟沈し、必要なら轟沈を命じる事さえあります。
つまり、
「兵器として最適な運用を行う提督。それが私達の提督です」
そう、ブラックな人ですが、優秀な人なのです。私達の提督は、…………もっとも、ちょっとずれていますが。
「そうですか」
少しだけ、由良さんの表情が落ち着きました。けど、まだ、不安があるようです。
まあ、そうでしょうね。兵器として扱う、というのは否定できませんから。
「では、行きましょう」
由良さんを伴って部屋を出て、目指すは提督の執務室です。
「…………怒らせて、いないでしょうか」
不安そうな声。私は苦笑し「大丈夫ですよ」
提督、あまり気にしませんから。…………かりかりかり、と音。
振り返る。「曙さん?」
「んー」
かりかりと、なにかを齧る私達の基地の第一艦隊旗艦殿。
「ああ、……彼女? 今日来たって艦娘は?」
「あ、はい。由良です」
「そ、あたしは曙、うちの馬鹿提督の秘書艦してるわ。今日は出撃したから妙高と代わってるけど。
これから挨拶?」
「そうです。
曙さんは報告ですね?」
問いに、曙さんは視線を落としました。多少、傷ついた服。
「そ、出撃のね。
終わったら入渠してご飯食べて寝るわ」
「それがいいでしょうね。……それで、それは何ですか?」
かりかりと食べてる物。
「ああ、チョコレート。
うちの馬鹿提督がなんか甘いものは頭の活性化にいいとかなんか、それで事後処理する前に頭働くようにしておけって、置いてあったわ」
「そうですか」
相変わらず、妙な気遣いというか。
「事後処理、ですか?」
由良さんの問いに曙はひらひらと手を振って「そ、出撃の報告。さっさと終わらせてゆっくりと入渠ね」
ともかく、部屋に入りました。
「はぁいっ!
清海少将でぇすっ! よっろしっくねぇっ!」
「ぶはぁっ!」
隣で曙さんが盛大にチョコレートを噴き出したのさえ気になりません。
「あーっ、曙ちゃんきったなーいっ、清海怒っちゃうぞーっ、ぷんぷんっ」
がくがく震えている曙さん、隣で由良さんが茫然としていますが。……いえ、ええと、…………なんでしょうか? ろりろりでふりふりな服を着た我らがブラック提督、春日清海少将です。
曙さんはしばらくがくがく震えてから、……あ、震えが止まりました。変わりに、本気で泣きそうな表情で、
「提督、……ごめんね。馬鹿提督なんて言ってごめんね。
そんなに思いつめてたんだね。…………まさか、発狂しちゃうなんて、…………ごめん、提督」
発狂。…………ごめんなさい、提督。同感です。
「もうっ、そんなわけないじゃないっ! 曙ちゃん、大丈夫?」
「提督こそ大丈夫ですか?
っていうか、頭おかしくなりそうなのでその気色悪い喋り方、どうにかなりませんか?」
「そうですか」
あ、元に戻りました。
「それで、提督。……ええと、さっきのはなんですか?」
「いえ、先の挨拶は艦娘を怯えさせたので、それはよくないと判断しました。
私が恐れられ怯えられるのはいいのですが、不安が不信に繋がり、作戦命令に背かれたら困ります」
「それでさっきの奇行ですか?」
「ブラック提督という自己紹介は、私の方針を手っ取り早く説明できるので気に入っていたのですが」
それで、とりあえず親しみやすそうな方向にしたのですか。……あれ、親しみやすいのでしょうか? よくわかりません。
「あのさ、馬鹿提督」
「なんですか?」
「それ、誰の案?」
「山城です」
「…………ちょっとあのば艦叱ってくる。物凄く叱ってくる」
「報告の後にしてください。
それと、彼女は明日出撃の予定です。影響のない範囲にしなさい」
「…………そうする。……それと、その服何?」
ひらひらでふりふりな、可愛い服です。……いえ、提督、似合ってますよ。
「趣味です」
「着替えなさい」
「仕方ありませんね」
と応じて、提督は何一つ躊躇わず服を脱ぎ始めました。
「って、ここで脱ぐなぁあっ!」
「……曙、二転三転する指示は好ましくありません。
今は構いませんが、現場では止めるように」
「するかぁあっ!」
もちろん、曙はそんな事をしません。彼女は優秀です。…………それはともかく、
「では、先に戦果を確認します。
曙」
「……はいはい。この馬鹿提督と話してると無駄に疲れるわ。
でー、戦果報告、撃破数の達成率は120%、資材確保量の達成率は105%。
損傷報告、あたしと那智が小破。あとは損傷軽微、入渠の必要はないわ。
深海棲艦について、花見招待の件以降、姫種や鬼種の深海棲艦は確認されていないわ。もう数日はこの状況が続くでしょうね。今のうちに訓練している連中の実戦経験を積ませる事を勧めるわ」
「了解しました。…………確か、明日の出撃は、足柄と山城でしたね。
飛鷹と五十鈴、訓練中の、子日、白露を出しなさい。山城は子日、白露の防御を優先。経験を積むことを最大の目的とする事、資材確保については想定の75%、撃破数は60%と再設定しなさい。代わりに被弾を抑える事を優先させなさい」
「了解。報告は以上。
あたしは足柄に連絡して入渠して飯食べて寝る」
「そうしなさい。そして、由良、ですね」
「は、はいっ」
「特に歓迎はしません。
ここに配備された以上、全霊を持って、兵器という己の役割に殉じなさい。
私は提督として、そのために必要な一切を行います。貴女が兵器として性能に応じた戦果を発揮する為にあらゆる手段を使います。
ゆえに、貴女には兵器として護国のためにその性能を十全に発揮することのみを期待します。私に好意を持つ必要はありません。役目を果たせるのなら、嫌悪し、憎悪しても構いません。ただ、その役割に殉じなさい。
妙高。今日は一日、基地内の案内をしなさい。それと、羽黒と連絡をして訓練風景を見せておきなさい」
「了解しました。提督」
「それと、由良。
貴女の戦歴では出撃や遠征は許可できません。十分な錬度に達したと判断できるまでは訓練を繰り返してもらいます。
どうしても出撃したいというのならそれでも構いませんが、その場合は囮か餌か楯として僚艦のために轟沈してもらう事になります。よろしいですか?」
問いに、由良さんはふるふると首を横に振りました。まあ、当然です。
ちなみに、首を縦に振ったら何一つ躊躇せずそれを命じますからね、私達の提督は。
「なら、今のところこちらからは以上です。
妙高、羽黒に訓練が終わったらここに来るように伝えなさい。由良の訓練内容を相談します」
「訓練は明日からですか?」
「いえ、明日は彼女と出かけます。
買い物などをしないとなりませんからね。着替えなどは共通使用のを用意しておきます。訓練は明後日からですが、私が羽黒と調整します。妙高は明日、那智と資材の状況などを共有しておきなさい」
「了解しました」
「由良からは、なにかありますか?」
「へ? い、いえ、ありません」
「では以上です。
少し待ってください。基地内の地図をプリントアウトします。今日一日使って構いませんので基地の構造は頭に叩きこみ、明日以降の生活に不備がないようにしなさい」
「いかがでしたか? 私達の提督は」
「……その、…………不思議な感じです。
凄く、ひどい事をされる。って聞いていましたから」
「前提がおかしいです。
兵器として扱うのなら、なおのこと乱暴な扱いはしません。由良さんも、自分の艤装を殴ったりしないでしょ?」
「それはそう、ですけど」
「聞いての通り、提督は私達の事を護国を実現する為に必要な兵器とし、自分を護国のために命をかける軍人としています。
なので、私達の整備には手を抜きません。艦娘は人格を宿した兵器。だからこそ、精神的な面も整備の一環として気を使います」
「そうなのですか」
どこか、安堵したような声。けど、……溜息。
後に、思い知る事になるでしょうけどね。とはいえ、伝えておきましょう。
「由良さん、まだ、経歴としての戦果しか見ていませんし、貴女の性能はこれから訓練を通じて確認していきます。
そして、訓練で出撃や遠征に耐えられる性能と判断された場合は、それらの役割を負う事になります」
「はい」
「そして、出撃や遠征で想定された性能に対応する戦果が得られなかった場合、提督は由良さんを欠陥兵器と判断し、顔色一つ変えず、何一つ躊躇せず、貴女を深海棲艦を引き寄せる餌として使うでしょう。
単身で突撃し、深海棲艦を引きずってきて僚艦の包囲陣に戻り、僚艦からの包囲爆撃により深海棲艦もろとも轟沈する事になります」
「…………う」
「もちろん、その日のコンディションもあるでしょう。戦果の波がある事も提督は解っています。
とはいえ、重なれば欠陥品として扱います。その自覚を持って訓練に励み、出撃や遠征に臨んでください」
「わかり、ました」
ともかく、由良さんの案内ですね。まずは工廠。で、
「こおらぁあっ! 馬鹿山城っ!」
「旗艦殿ですね」
「叱りに来たみたいですね」
由良さんと顔を見合わせて、とりあえず工廠へ。そこには荒ぶる曙さんと、
「ああ、いきなり怒鳴られるなんて、…………ふふ、不幸だわ」
「不幸だわ、じゃないわよっ!
あんた、うちの馬鹿提督に何吹き込んでんのよっ!」
「なにって? 相手に緊張を与えない自己紹介よ?」
「可愛い服着てってアドバイスして、それで、喋り方のレクチャーしてたわよね」
一緒に山城さんの艤装を整備していた扶桑さんです。
というか、提督。そういう事は山城さん、あまり向いてないのではないでしょうか? ……まあ、誰でもよかったのかもしれませんが。
「それで扉開けたら、はぁいっ、って挨拶されたわよっ!」
「……その光景、見たいわ」
「曙さん、チョコレート噴いてましたね」
というわけで会話参加。
「あ、妙高さんこんにちわ」
「こんにちわ、妙高さん。
そちらの娘が、新しく配属された娘ですか?」
「はい。
軽巡洋艦、由良です。はじめまして」
「ええ、はじめまして、私は戦艦、扶桑です」
「扶桑姉さまの妹の、山城です」
「はい、よろしくお願いします」
曙さんはすでに挨拶を済ませているので小さく会釈。
「ったく、見たいじゃないわよ。
うちの馬鹿提督、本気で馬鹿なんだから余計な事吹き込まないでよね」
「そういうところ可愛いと思うわよ」
「ふふ、けど、私も見てみたいです。
提督、あまり表情変わりませんから。……ねえ、曙、どうでした? 無表情のまま、はぁい、でしたか?」
「……それ、怖いわ」
くすくす笑う扶桑さんと慄く山城さん。確か、
「とってもいい笑顔でした。……あれ、意外と提督って童顔なのでしょうか?」
「そうですね。元々整っている顔立ちでした。
いい笑顔なら可愛らしく見えるかもしれませんね」
「それが見れなかった事、不幸な気がしてきたわ」
「ちなみに、曙さんは発狂したとか言っていましたね」
「ったり前でしょ。
あの無表情馬鹿が部屋入ったらいい笑顔で、はぁいっ、よ、なにかと思ったわ」
「曙さんが提督に謝っている貴重な光景でしたね」
そういえば、一応、気にしていたのですね。
「それも見てみた、あだっ?」
笑顔の山城さんは曙さんに頭突きされて倒れました。溜息。
「曙さん」
「………………条件反射だった。反省するわ」
はあ、とため息。
「う、うぐぐ」
「自業自得です」
崩れ落ちる山城さんを横目に扶桑さん。……まあ、いいでしょう。
「というわけでここが工廠です。
大体知っての通り、装備品を作ったり手入れをしたりします。自分の装備品は自分が責任を持って手入れしましょう」
「え? じ、自分でですかっ?」
「あんた、装備の手入れとかした事ない?」
不審そうな曙さんの問い。由良さんは困ったように頷きました。
「自分の装備品は自分が一番癖とか解っています。だから、自分で整備するのが一番です。
来たばっかりならしばらく訓練ですね? その時に教えますね」
「はい、お願いします」
「出撃や遠征するならその前に自分で事前整備するから、ちゃんと頭に叩き込みなさいよ。
間違ってもどっかの馬鹿みたいに、分解したけど戻せなくなったとかするんじゃないわよ?」
「そうでしたね。いましたね。戻す手順忘れちゃった艦娘が」
「そうね。いたわね。部品なくしちゃった艦娘が」
視線を決して合わさずに山城さんと扶桑さん。まあ、お察しです。
「と、そういう場所です。
整備については訓練の時に教えてもらってください」
「はい」
「では、次は入渠施設を案内します。
曙さん、足柄さんへの連絡は終わりましたか? それなら、一緒に行きましょう」
「そーする」
苦笑する曙さん。そして、
「あの、山城さん、扶桑さん」
「なんですか?」「どうしたの?」
「お二人から見て、提督ってどんな方ですか?」
「どんな?」
「私、前の泊地で、ここの提督は凄くブラックな人だと聞いていました。
けど、直接会って、よく解らなくて、……だから、お二人の印象を聞きたいです」
「そうですね。天然で冷徹な軍人です。私の印象は」
「私も大体同感よ。
私たちの話もちゃんと聞いてくれるし、あまり余計な事しないから提督としては理想的ね。友達としては面白、……いところも、たまにあるわね」