そんな話をして工廠を出ました。次に案内するのは入渠施設です。
「えと、ここの秘書艦、ですよね。曙さんは?」
「ん、ああ、そうよ。
第一艦隊旗艦、で、秘書艦。ま、秘書としての仕事は出撃している間別の艦娘がしてるけどね」
「今日は私です。
明日は曙さんですね?」
問いに、曙さんは頷いて「ま、そうなるわね。妙高、朝一で引き継ぎよろしく」
「了解しました。今日はゆっくり休んでください」
「そーする」
ふあ、と、曙さんは欠伸。お疲れ様です。
「入渠とか、休息もちゃんと取るのですね」
由良さんの問いに、曙さんは溜息。
「当たり前でしょ? 疲れ残して出撃してろくな戦果上げられず轟沈したらどうするのよ?
出撃も遠征も、ベストな状態で臨んで最大の戦果をあげる。当然の事よ」
「そう、ですよね」
「あんたんところの提督がどうだったか知らないけど、うちの馬鹿提督はそのくらいのことわかってるわよ」
「そうですか」
安堵の吐息。……こんな、当たり前の事で安堵されるのだから、なんというか、困りものです。
「曙さんが、一番長いですよね。ここでは」
「そうね。うちの馬鹿提督とは最初からの付き合いだし、……もう何年目か、……覚えてないわ」
「提督は、最初からああいう感じだったのですか?」
問いに、曙さんは頷きました。
「ま、最初は馬鹿な指示出す事もあったけどね。
命令違反上等で行動して、戻ってから説教した事も何度もあったわ」
「それは、少し驚きです」
私が着任したころには、ミスもなく十全な命令を出していましたから。
「あんたが来た時にはね。
へたくそな指示出したから、次の日一日中顔突き合わせて艦隊の運用について叩きこんでやった事もあったしね。……………って、何よその顔は?」
きょとん、としている由良さんです。
「それも、提督としての役割、ですか?」
「…………ま、そーなんじゃない?
命令違反してその理由教えてやったら、次の日珈琲が入った水筒横に置いて艦隊運用教えてくださいって来たし。それ、一日付き合わされたわよ」
「そんなに驚き、ですか?」
「……はい。
その、私の提督と違うなって、艦隊指揮について口出しはさせませんでした。から」
「そうですか」
「艦娘の意見も、聞いてくれるのですね」
「現場の意見は重要らしいです。
提督は提督として全体の方針を立てて陣形を指示しますが、その情報として現場で動く私達の情報は大切でしょう」
「そうですね」
艦娘の利点ですね、と。以前提督がおっしゃっていた事を思い出します。
艦娘の利点、現場での独自判断による攻撃。そして、現地の主観情報と客観情報を得られる点。
非常に優れた兵器です。と、付け加えられた言葉を思い出しました。
…………もっとも、メンテナンスは大変でしょうけどね。
「あの、妙高さん」
「はい?」
「私も、頑張れば主力艦隊に所属できるでしょうか?」
「言うまでもありません。相応の戦果を出せば旗艦を任される事もあるでしょう」
その言葉に瞳を輝かせる彼女。やはり、艦娘ですね。
もとは軍船。旗艦という響きは憧れるでしょう。もっとも、それは難しいでしょうが。
言うか言うまいかの逡巡。……けど、
言っておきましょう。それで戦意を喪失するくらいなら出撃などできません。
「旗艦は、会いましたね。
曙さんです」
「はい、駆逐艦、ですよね?」
「意外ですか?」
「はい、……その、ここは大きい基地なので、戦艦や正規空母が旗艦と思っていました」
「もちろん、戦艦や正規空母もいます。
そして、その誰も、駆逐艦である曙さんには勝てません」
「へ?」
「指輪持ち、海軍全艦娘集めても二十人程度と言われる実力者。
曙さんはその一人です」
「…………ほ、んと、ですか?」
「もちろん、この基地で旗艦を務める事は出来ます。
とはいえ、それは非常に難しいです」
「そう、……ですよ、ね」
落ちた言葉。けど、
「それでも、……頑張って、みます」
よかった。
「妙高さん?」
「安心しました。
この程度の事で戦意を喪失するのなら、私から提督に出撃はさせないように伝えようと思っていました。
提督は性能と戦果を基準に、すべての艦娘を平等に評価します。由良さんは来たばかり、その評価は、はっきり言ってしまえば非常に低いでしょう。
とはいえ、提督はその事情も考慮してくださいます。訓練を重ねて性能を高め、出撃して戦果をあげれば絶対に第一艦隊や、多くの役を任されるでしょう」
「絶対、ですか?」
「提督は私達を兵器として見ています。
ゆえに、一切の情を排除して艦娘の性能を評価をします。由良さんも、性能のいい装備と悪い装備、使いたいのは性能のいい方ですね?」
「…………はい」
「他は知りませんが、ここの提督が言う艦娘を兵器として見る、というのはつまりそういう事、評価をする上で、人格に対する情が入る事はありません、性能と、それに対する戦果がすべて、それのみを基準に評価します。
では、食堂に案内します」
「え? 亀山中将?」
「こほ、……あ、ああ、こんにちわ。久しぶりです。妙高さん」
車椅子に乗った知り合いの提督がいました。そして、彼がいるという事はもちろん、
「お久しぶりです。妙高さん」
亀山中将の車椅子を押す艦娘。筑摩さんです。
「おおっ、妙高か、久しいな。
曙のやつはおるか?」
そして、相方の利根さんもいます。
「曙さんでしたら入渠中です」
「なんだ、あやつ入渠中とは、たるんでおるな」
「利根姉さん。いくら曙さんといえど、怪我をする時はしますよ」
「むむ」
眉根を寄せる利根さん。
「中将、提督にご用ですか?」
「うん、ちょっとね。…………北畠少将も来ると思うんだけど、こほ、少し、話をしたい事があってね」
「提督、水だ。
あまり無理をするな。確かに吾輩と筑摩では果たせぬ要件だが、無理をされては困るのだぞ?」
「ありがと、利根」
受け取った水を少しずつ飲み始める亀山中将。
それにしても、
「北畠少将も?」
また、……それは随分と、
「あの、妙高さん?」
と、
「由良さん。紹介しますね。
この人は亀山昭弘中将。提督のご友人です」
「こんにちわ、はじめまして。由良さんだね」
弱々しく手を出す亀山中将。由良さんはおずおずと彼と握手。
「中将、ですか?」
「中将と言ってもね。義興君には敵わない、末席だよ」
「むぅ、提督。あまり謙遜をするのは嫌味にとられるぞ。
提督は凄いっ、吾輩が認めるっ、だから胸を張れっ」
ばしばしと利根さんは亀山中将を叩きました。…………あの、むせてますよ?
「と、利根姉さんっ、提督苦しそうですよっ?」
「むっ、相変わらずひ弱なやつじゃな」
「あ、あはは、ごめんね。利根。けほ、けほっ」
「提督、私が春日少将を探してきます。
不躾ですが、ここでお話をする事にしましょう」
「構いませんが、ならば話の時間を一時間後にしましょう。
いろいろと聞かれるのも問題です」
かつん、と音。
「あ、提督?」
「お疲れ様ですっ」「お疲れ様ーっ」
提督の登場、食堂にいた皆さんが応じました。
「お疲れ様です。皆。
聞こえましたね? 一時間以内に食事を終了しなさい。無理に急ぐ必要はありませんが、雑談で遅くなる事は控えなさい。
間宮、これからはお弁当を作り、新しく来た艦娘にはそれを渡しなさい」
「了解しました。提督」
「そんな、気を使わなくていいよ。春日少将」
「倒れられても困るのです。
亜紀は死にましたか?」
「ううん、生きてるよ。
ここに来るの、楽しみにしてたよ」
「ちっ」
舌打ち?
「おや? 妙高、由良も、ああ、案内ですね。
これから昼食ですか?」
「吾輩たちも食べるぞっ」
「あ、ここってお粥ありますか?
提督、胃があまり強くないのです」
「それでよく提督を出来ますね。
まあいいでしょう。先に話した通りです。妙高、食堂内の詳しい案内は後にして食事を優先しなさい」
「はい、了解しました。提督」
「む? なんだ、雑談に興じないのか、つまらん」
「利根姉さん」
そっぽを向く利根さんを窘める筑摩さん。
「それでは、隅っこに移動しましょう。
筑摩、こっちです。……と、そうだ。間宮」
「はい?」
「亜紀、……北畠亜紀少将が来たら岩塩をぶつけるので、用意しておいてください。
なければ塩をまきますから、それでも構いません。……いえ、いっそのこと食塩水をぶちまけましょう」
「…………いえ、えーと、それは止めた方がいいと思います」
というわけで、私と由良さんも昼食です。
私と、由良さんと、
「羽黒」
「あ、妙高姉さん」
食事をしていた羽黒を見つけました。由良さんを呼んで席へ。
「羽黒、彼女は由良さん。
本日着任しました」
「軽巡洋艦の由良です。
どうぞ、よろしくお願いします」
「はい、…………あ、ごめんなさい。
あの、重巡洋艦の、羽黒です。あの、よろしくお願いします」
「羽黒、今由良さんの案内をしているのだけど、午後から訓練をしているところを見てもらう予定です。大丈夫ですか?」
「あ、はい。解りました。
お昼休憩が終わったら、明日出撃予定の子日さんと白露さんが最終調整をします。それでよければ、午後一に来てください」
「ええ、解ったわ」「はい」
一息。
「けど、羽黒。二人は早めに上がらせるようにお願いしますね」
「はい、最終調整だけなので、半時間もすれば終わりです。
艤装の調整をしても、1500には休憩に入れますから大丈夫です。二人にも、明日の出撃に備えて十分な休憩をとるように言ってあります」
「それなら大丈夫でしょう。
とはいえ、二人、出撃は初めてのはずです」
「そうですね。
足柄姉さんにも言って、話を聞いてあげるようにお願いしましたけど、……大丈夫でしょうか?」
「足柄は少し好戦的ですから、……下手な根性論を立ち上げて追い込まれても困りますし、…………羽黒、訓練終わったら貴女からも声をかけてあげてください」
「はい」
苦笑して羽黒は頷きました。……なんていうか、那智と足柄は、優秀な子たちなのですが、なにぶん、少し、好戦的です。
出撃に不安を感じる娘がいたら、ちゃんとフォローしてあげられるか不安です。
「あの、羽黒さん」
「あ、はいっ、……あ、ごめんなさい。
どうしました、か?」
「羽黒さんも出撃をしたりしているんですか?」
由良さんの問いに、羽黒は少し困ったような表情で、
「その、…………私、上手く戦えない事が多くて、……それで、今は訓練の、指導ばかりやっています。
提督から大した戦果をあげられないならそうしろって言われて、…………あの、ごめんなさい。皆さんには申し訳ないのですが、出撃は少ない、です」
困ったような、少し、泣きそうな表情でとつとつと語る羽黒。由良さんは困ったように瞳を伏せて、
「その訓練の指導で上々の成果を出しています。
ならば問題はありません。万能なのが最善ですが、有能と言える能力があるのならばそれにあった役割を与えるのも、私達提督の仕事です」
「あ、提督」「お、お疲れ様ですっ」
「お疲れ様です。羽黒。
座りますね」
「中将は?」
羽黒の隣、由良さんの正面に腰を下ろす提督。私の問いに彼女は溜息。
「目の前で咳きこまれてはゆっくり食事もとれません。鬱陶しいので逃げてきました」
「…………お疲れ様です」
相手は中将なのですが?
「羽黒、自虐に沈むのは勝手ですが、そこに沈みすぎて指導方針に過ちがないように注意しなさい。
貴女の提示する訓練内容で、私の基地の艦娘は十分な錬度を確保しています。それは戦果が間違いなく証明しています」
「は、はい、……あ、ありがとうございますっ」
立ち上がり、深く頭を下げる羽黒。提督はきょとん、として、
「ああ、確か、戦果報告は羽黒にまで届いていませんね。
これは私の失敗でした。申し訳ございません」
「へ?」
謝られて、きょとん、とする羽黒。……意思疎通が混線を起こしています。
「戦果の確認をしていないのでしょう?
羽黒、貴女が訓練の指導をした艦娘たちがどのような戦果を出しているか、それを見れば自分の成果が確認できます」
「え? け、けど、それはその娘達の頑張りで、……す」
「頑張ったところで戦果は大して変わりません。頑張ったから出来たなど小説の中だけです。高い性能を持つ兵器こそ、高い戦果を残すのです。そして、艦娘の性能を引き上げているのは間違いなく貴女の訓練による物です。
ただ、……確かに戦果報告を共有していないのは失敗です。それを見れば訓練の方向を決める際の参考になるでしょう。…………羽黒、明日、那智と戦果の共有方法について話し合っておきなさい。羽黒の主導で決めて構いません」
「あ、はい、解りましたっ」
「訓練は重要ですからね。
ある程度なら私の仕事が増えても構いません。羽黒の使いやすい資料の提示をしなさい」
「はいっ」
「…………とはいえ、これは見落としでしたね。
曙はそこまで気が回っていませんでしたし、羽黒の出した結果も特に問題がなかったので気にしていませんでした。…………確か、……三日後なら、…………………………羽黒、三日後訓練に付き合います。
私からもあった方がいいと思われる資料を提示します」
「え? 提督が、…………はひっ、が、がんばりますっ!」
「いえ、頑張らずいつもどおりにしてください。
いつも使う資料ですから、いつも通りの訓練を見せてもらわなければ意味がありません」
「ご、ごめんなさいっ」
大慌てで頭を下げて謝る羽黒を不思議そうに見る提督。…………なんとも不思議な光景ですが、実は、よくあることです。
ふと、
「由良さん?」
「あ、…………ええと、提督」
「なんですか?」
「訓練に、ご熱心なのですね」
「深海棲艦撃滅が私達軍人のなすべき事。そして、そのための兵器が艦娘です。
艦娘の性能強化は軍人として優先的にすべき事でしょう。でなければそもそも深海棲艦撃滅という役目を果たす事ができません。役目を果たさない軍人に存在価値はありません」
「そう、です、か」
困ったように頷く由良さん。……そうですね。これが私達の提督です。
「三日後、今のところ予定はありませんが少し調整が必要かもしれませんね。
妙高、予定の確認と、明日、曙への引き継ぎ時に伝えておきなさい」
「了解しました。提督」