深海の都の話   作:林屋まつり

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四話

 

//.由良

 

「誇り、…………ですか」

 食事と入浴を済ませて、与えられた部屋に寝転がって、ぽつり。声。

 誇り、そんなもの、考えた事もなかった。

 建造されて、……欲していた艦娘とは違う、なにかに使えるかも、とだけ言われて放置。

 そして、それで終わり。

 泊地としてやってこれたみたいだったから、艦娘の追加は必要なかった。ただ、戦果をあげるために優秀な艦娘を期待しての建造だった。

 けど、的外れで、だから、何一つやる事がなかった。

 待機していた部屋で訓練を眺めているだけだった。いつか、自分もあそこに行ければいい、って、最初の方に思っていただけだった。

 なのに、

「諦めたら、……ほんと、ただの欠陥品ですよね」

 戦おうとしない兵器なんて、どこに価値があるのでしょうか?

 

「というわけで、いろいろ行きます」

「あ、はい」

 翌日朝、朝食を食べ終えて提督の部屋に向かったらいきなり言われました。提督は、すでに外出準備してあるようです。

「特に準備はありませんね?」

「はい」

 私物は、なにもないです。

 服は、……その、代えないといけないものは共通利用の物があって、他は、昨夜洗濯してもらいました。

 だから、そもそも準備も何もありません。

「それで、どこに向かわれるのですか?」

「一つは買い物です。

 下着の代えなども必要でしょう。他、私服が必要なら言ってください。買います」

 …………買っていただけるのですね。

「その他、必要な物があったら言ってください。…………以後もですが、必要と思うものがあったら言うように、特に居住環境は睡眠の質に関わります。質の悪い睡眠を得て出撃されても迷惑なので、好適な環境を維持できるようにしなさい」

「はい」

 気遣い、有り難い、のですよね?

「とはいえ、以前に山城が申請した、運が上昇する壺とか、効果が期待できない物に使うお金はありません。

 その辺り、節度を期待します」

「…………それは、もちろんです」

 というわけで、私は提督に続いて基地の中を歩きます。

 艦娘たちは、提督と挨拶を交わしています。やはり彼女に怯えているような事はありません。

 と、

「あっ、提督っ」

 白露さん? 彼女はぱたぱたと駆け寄ってきました。

「あたし、今日、初出撃よっ」

「そうですね」

 胸を張る白露さんに提督は頷いて、

「ただ、訓練の状況は聞いています。

 被弾を恐れるな、とは言いません。ですが、過度に恐れると陣形を崩す原因にもなります。それに、怯えは動きを縛ります。

 山城には貴女達を護るように伝えてあります。出撃の許可が出た事に慢心せず、山城や足柄の指示に従い、出撃相応の成長を示しなさい。

 いいですね? 現状、貴女に戦果は期待しません。まずは実戦になれる事です」

「はいっ、頑張るわっ!」

「そうです。最善を尽くしなさい。白露が一日でも早く高い性能を獲得する事を期待します。

 そして、決して轟沈などしないように、貴女の建造にかかった資材、演習に必要だった資材、そして、錬度を高めるためにかかった時間、そのすべてを無駄にしないようにしなさい。

 それを自覚し、なお轟沈するのなら、せめて一つでも多くの深海棲艦を道連れにして轟沈しなさい」

 提督の言葉に、ふと、白露さんは表情を改めて、

「もちろん、解ってるわ。

 …………焼き芋、一緒に食べたの、美味しかった。……だから、あたし、もっと、高い性能、獲得するわ。絶対に、こんなんじゃ足りないわよ」

 焼き芋? ともかく、真剣な表情から一変、にっ、と笑って、

「いつか、あたしが一番になるからっ、期待しててねっ!」

「曙を超える、ですか。そうですね。期待しています」

「うぐ、…………が、頑張るわっ!」

 曙を超える、と言われて言葉に詰まって、けど、大声で応じて駆け出す。彼女を見送って、提督はまた歩き出しました。

「行きましょう」

「あの、提督」

「なんですか?」

 歩き出す。私も提督に続きながら「曙さんを超える、って可能だと思いますか?」

「可能です。訓練と出撃を重ねれば可能でしょう」

「それは、そう、…………ですけど」

「指輪持ちという事ですか?

 曙がそれだとして、白露が曙を超えられない理由にはなりません。第一、不可能だと告げる事にはデメリットしかありません。

 白露が曙を超えるために、兵器としての性能を高めるのなら、それに越した事はありません」

「そうですよね」

 なら、

「あの、……私も、第一艦隊に入る事は、出来るでしょうか?」

「第一艦隊は第一艦隊を任せるに足る戦果をあげられる艦娘が所属しています。

 その条件について、知りたければ明日にでも私の部屋に来なさい。第一艦隊を任せる最低限の性能、戦果について、資料にまとめてあります」

「はい」

 そして、基地を出て近くの車へ。提督が運転席に向かったので、私は助手席に座りました。

「まず、最初に見てもらう場所があります。

 私のところに所属する艦娘は皆見ているところです」

「はい」

 皆が見ている場所。……何でしょう?

 想像つかないです。

 

「ここ、は?」

 そこは、小さな民家。

「ご近所です。

 私が今の基地についた時に、いろいろと近所を案内してもらったり、よくしてもらった恩人です」

「そうですか」

 小さな民家。けど、…………なんていうか。

「ぼろぼろでしょう?」

「あ、はい」

 あまりに失礼な感想なので口に出さなかった言葉。

 けど、第一印象はそれでした。

 ぼろぼろ。と、……少し、提督に付き添って立っていると、声。

「あっ、提督さんっ」

「てーとくさんだー」

「おはようございますっ!」

 ぱたぱたと、子供たちが駆け寄ってきました。この家の子たちでしょうか?

 まだ、十代前半、小さい子は十歳に届かないかもしれません。

 土と泥に汚れたぼろぼろの服。先頭を走る男の子の手には、重たそうな農具、でしょうか? その後ろには二人の女の子。

 彼らは駆け寄って、ぎこちない敬礼。そして、

 提督は、見た事もないほど優しく、柔らかく微笑みました。

「こんにちわ。

 元気にやっていますか?」

「やってるーっ」

「見て見てっ、これとったのっ」

 年下の女の子がつきだしたのは、一抱えの大根、でしょうか? 彼女はそれを見せて誇らしそうに胸を張って、

「おとーさんとおかーさん、褒めてくれるかな?」

「ええ、きっと褒めてくれます。

 頑張ったのですね。偉いです」

 丁寧に女の子を撫でて、彼女は心地よさそうに目を細めました。

 と、家の扉が開きました。出てきたのは日焼けした、がっしりとした体躯の男性。

「おう、終わった。……って、提督様じゃねぇか、久しぶりだなっ」

「こんにちわ、お父さん」

「よせよせ、提督様にお父さんなんて言われる義理はねぇよっ」

 かかと笑う彼。恐らくは、この家の主人、でしょうか?

「おとーさんっ、これとったーっ」

「たくさんとったー」

「おう、助かるぜ」

 二人の女の子をわしわしと撫でる男性。男の子はそんな光景に目を細めて、

「それで、父さん。

 収穫したのは皆で籠に詰めたから」

「おう、解った。まずは提督様にな」

「ありがとうございます。

 いただいた野菜は私たちの健康維持にとても役立っていますよ」

「そう言ってもらえれば嬉しいな」

 にかっ、と笑う男性。それと、

「おねーちゃん、艦娘?」

「え、はい、そうです」

 父親らしい人と、その子たちと話をしている提督。そして、私は一番小さな女の子に手を引かれました。

 小さい、まだ、十歳に満たなさそうです。

 肯定の言葉に彼女はにこー、と笑顔で、

「え、えとね。……あの、えと、」

 ポケットを引っ張って、そして、

「あっ、あったっ! これあげるっ」

「え、ええ、……あ、ありがとうございます」

 手渡されたのは、大きめの飴玉。彼女は胸を張って、

「お小遣い、頑張って貯めて買ったのっ!

 あのね、あのね、艦娘はね。悪者と一生懸命戦って、それでね、皆を護るために頑張ってるんだよっ! だから、ご褒美なのっ」

 精一杯告げられた言葉。……けど、…………なぜ、でしょう。

 その、精一杯告げられた言葉、幼い女の子の拙い言葉に、……なぜか、胸がつまるような思いで、涙まで、出そうになって、

「え、……あ、ありが、とうござい、ます」

 つっかえつっかえの、不格好な言葉に、女の子は嬉しそうに笑いました。

 

「飴玉もらいましたね?

 嬉しいですか? 欲しいのなら後で十個でも二十個でも買ってあげますよ」

 車内に戻ればいつも通り、あまり表情の変わらない提督です。

 ただ、向けられた言葉に得たのは反感。手の中にある飴玉は、なぜか、安っぽいのに、とても、大切なもののような気がして、だから、提督の言葉に反論をするため口を開きかけて、

「それ、ちゃんと食べなさい。

 もし捨てたら、貴女を海に捨てます」

 一息。

「あれが貴女達、そして、私達が守らなければならない人達です。

 見ましたね? あの、ぼろぼろの家と、汚い格好を、あんなに小さな男の子、本来なら思い切り遊びたいはずなのに、遊ぶ事さえせずに働いている現状を、年頃の女の子もいましたね。欲しい服だってあるでしょう。お洒落もしたいでしょう。それなのにあんな泥に汚れた服を着ているのです。

 その飴玉だってそうです。そんな安物の駄菓子を買うために、あんな小さな女の子が、悪者を退治してくれる貴女のために、我慢して、お小遣いを貯めて買ったのですよ?

 その意味がわかりますか? それをもらったという事が、どういう事かわかりますね?」

「…………はい」

「なぜ私がブラック提督なのか、理由を話しておきましょう。

 あれがこの国の現状です。多くの人が貧困にあえいでいます。海軍、私達は特例なのですよ。

 シーレーンが閉ざされた事で多くの人が生きる糧を失い、経済的な豊かさとは縁遠くなった。暴動、テロ、クーデター、それらが起きない事が不思議なくらい、多くの人が貧しい生活を送っています。

 必死になって勉強し、たくさんの決断をして得た富をすべて吐き出し、かつての高級官僚や富裕層と言われた人たちが自ら進んで野に下り泥にまみれ、なんとかこの国を維持しています」

 それは、私でも知識として知っている事。

 そして、どうにもならないと見向きもしなかった事、でもあります。……けど、提督はまっすぐに前を見たまま、

「私はね、その現状を変えたいのです。

 軍人として、この国をかつての豊かな国へと戻したいのです。

 そのために、原因である深海棲艦を一分、一秒でも早く殲滅する。それこそが、この疲弊しきった状態でありながら、私達を支えてくれる人々に出来る、唯一の恩返しなのです」

 恩返し、と。その言葉を聞いて、私は手の中の飴玉を見ました。

 例えば、この飴玉をくれた小さな女の子に、私が返せる事は? …………そう、私は、艦娘。

 考えるまでも、ありません。

「ゆえに、私は貴女達を兵器として扱います。

 貴女たちの嗜好も、友好も、人格も、一切考慮しません。兵器の持つ性能のみを考慮し最適な方法で運用します。そして、性能相応の最大戦果を出せるように調整します。そのために休憩させ、必要なものがあれば揃え、意見に耳を傾けます。その目的はただ一つ、可能な限り早く、深海棲艦を殲滅する。そのためにあらゆる手段を尽くします。

 この戦争が終わり、人々の生活がまた元通り豊かになったのなら、気に入らない私を殺して構いません。その約束で出撃へのモチベーションが上がるのならば、それにより一つでも多くの深海棲艦を駆除できるのなら、喜んでこの命を差し上げます。

 だから、由良。兵器として性能に応じた最大戦果をあげなさい。私が貴女に望むのはこれだけです。それが、この国を、……私達を支えてくれる人たちのために出来る、唯一の事です」

「はい」

 手の中にある飴玉。…………多大な覚悟と、決意を持って私はその包装を解き、口に含みました。

 甘い、美味しい、と。思って、……だから。

「わかりました。

 軽巡洋艦、長良型四番艦、由良、最善を尽くします」

 美味しいと思った。だから、その恩を返すために、艦娘として護るべきものを護るために、改めて、提督に宣言をしました。

「そうですね。そう言ってくれるのなら連れ出した甲斐があります。

 皆、あなたと同じ反応をしていますよ。だからなのかもしれません。私の艦娘が優秀と言われるのは」

 うっすらと、提督はそう言って微笑しました。

 

//.由良

 

「ただ今戻りました」

 やはり、ですね。

「見てきましたね?」

 問いに、由良さんは頷きました。その瞳に、最初の不安はありません。

「あれが現状です。

 そして、私達はその現状を砕くために、提督の元で動いています」

「はい」

 だから、

「覚悟してくださいね。

 私達の敵は、深海棲艦ではありません。この国の現状を作りあげ、疲弊させる存在です」

「わかっています。

 その事は、提督からもうかがっています」

 由良さんは、まっすぐに私を見ました。ならばいいです。私の伝えようとした事は提督が伝えてくれたようです。

 そう、

 

「例え、艦娘であっても、海軍を敵に回す事になろうとも、……私は、戦います」

 

 その覚悟があるのなら、まずは十分です。

 




 春日清海少将について
 軍人として、民を護る事を最重要事項とし、より効率よく深海棲艦を撃滅させる事を意識している。そのため、艦娘の人格を考慮せず、兵器として性能を評価し、最大効率で運用する事を基本方針とする。
 資材や錬度を高める時間を無駄にしないため、基本的には轟沈を出すような事はしないが、性能に応じた戦果をあげられず、任せられる仕事もない場合、あるいは明確な理由なく命令から著しい逸脱をした場合には欠陥と判断、躊躇なく轟沈前提の命令を下す。

 …………と、いうブラック提督です。
 ところで、この提督。変わり者でしょうか?
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