深海の都の話   作:林屋まつり

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霧島の話 ― あるいは軍事特秘
一話


 

//.二年前

 

「ほんと、…………です、か?」

 嘘です。……そう、期待しての問いに返ってきたのは感情のない肯定。

「いや、俺が欲しかったの長門型なんだ。

 金剛型はいらないし」

「そん、……な」

「後で解体業者呼ぶから、それまで待機な」

 

 それが、昨日の事。

 私は、ぽつん、と泊地の出入り口で佇みます。

 頭を埋め尽くす文字。解体、と。

 艦娘なら仕方のない。望まない建造結果なら仕方ない。…………なんて、解っていても、寂しい。

 はあ。

 解体、…………ぐるぐると、その文字が頭を回ってて、解体。私。どうなるのでしょうか?

 と、大型のトラックが来ました。多分、解体の人。

 トラックが泊地の、私の前に横付けされて停車。運転席から一人の男性。

 青をベースにした作業着を着た人。目深に帽子をかぶっているので表情は見えません。

 この人、が、解体業者?

 淡々と私の横を通り過ぎ、インターフォンを押しました。私には視線も向けず、淡々と、

 まるで、本当になにかの物になってしまった気分です。

「うぃーっす、……と、業者さん?」

「はい、ご利用ありがとうございます。艦娘解体業者です。

 ええと、金剛型四番艦霧島、でよろしいですね?」

「ん、そこにあるから」

「了解しました。

 では、こちら押印を、それとサインをお願いします」

「……え? これだけ?

 なんだ、もっといろいろ書類書くのかと思った」

「最初は所有権の問題とかでいろいろあったのですが、ご利用者も多く、管理書類も増えましたから。

 いくつか掛け合って手続きを簡略にしました」

「ふーん、……なんだ。利用者多いんだ。

 大変だねえ。お、意外と安い」

「一部の提督から助力を得ていますので、コスト低下分を反映させていただきました。…………はい、ありがとうございました。

 では、今後ともご利用のほど、よろしくお願いします」

「あいよ」

 それだけ、ばたん、と提督は私に視線も向けず、扉が閉まりました。

 しばし、沈黙。一息。業者の人は私のところへ。

「ご無礼をおかけしました。霧島様。

 どうぞこちらへ」

「へ?」

 いきなり丁寧な口調で呼びかけられて、変な返事。業者の人は横を通り過ぎてコンテナの横にあるボタンを押しました。

 機械的な音とともに階段。その先にはコンテナの出入り口。

 業者の人は軽く手で促しました。……えーと、

「詳細は中の者に聞いてください。

 私達は霧島様を害する意図はありません。ですが、こちらの対応を海軍に見られて疑われるのも本意ではありません。

 急かして申し訳ございませんが、速やかな乗車をお願いします」

 微かに聞こえるような、絶妙な音量。ともかく、こんなところに立っていても仕方ないわね。

 小さく頷きコンテナの中へ。扉を開けました。

 

 コンテナの中は、殺風景だけど意外と普通の部屋でした。

 ソファと、中央には長テーブル。そして、ソファに座っていたのは一人の、小柄な女性。

 彼女は私に視線を向け、微笑。「こんにちわ、えーと、霧島ちゃん?」

「はい、金剛型の四番艦、霧島です」

「はじめまして、」彼女はテーブルの上にある小さなマイクに「発車して」

 一声。同時に軽く揺れるコンテナ。そして、

「さ、座って、お話をしましょう。

 艤装は、そこにおいておいてね」

 言いながら、傍らに置いてあった水筒からなにか入れました。珈琲、……でしょうか?

 ともかく、私は言われるままに、艤装をおいて椅子に座りました。

「私の名は五月、陸軍中将よ」

 へ?

「陸軍、ですか?」

「そ、……あら? 本当に艦娘解体業者だと思った」

「え、はい」

「そんな事しないし、そんな人たちはいないわよ。

 困った娘ね」

 とりあえず、安心しました。嘘つく必要ないですからね。こんなところで、

 けど、

「どうして、陸軍の人がそんな事をしているのですか?」

「そうね。……まあ、私達もいろいろ手伝って欲しい事がある、というのが一つ。

 それと、元帥に頼まれてるのよ」

「げ、元帥っ?」

 意外な大物ですっ? 苦笑。

「ふふ、あんまり期待するほどじゃないわよ」

「え? ……ええ?」

 元帥にそういう事を言うのは、よくないと思います。

「会えばわかるわ。……ふふ」

「え、なんですか?」

 くすくす、と微笑。

「ねえ、霧島ちゃん。霧島ちゃんからやりたい事ってある?」

「やりたい事、ですか?」

「そうね。……まあ、さすがに艦娘の本分、深海棲艦と戦いたいっていうのは、基本的に無理だけどね。

 ごめんなさいね。貴女は一応解体された事になっているのよ。私達陸軍や、元帥じゃ、それは変えられないのよね」

「元帥、でも、……ですか?」

 元帥、軍部では最上位に位置する階級のはず、ですが。

 そんな考えはお見通しなのか、五月は困ったような微笑。

「残念だけどね。元帥って言っても実権はほとんど海軍に奪い取られているわ。

 軍部の九割以上は海軍なのよね、困った事に」

「そうです、ね」

 軽く首を横に振る。なにせ、深海棲艦に立ち向かう事が出来るのは艦娘、……海軍だけ、です。

「だから、まあ、最初に言っちゃうけど大したことは出来ないわ。

 艦娘の本分を果たせないなら死んだ方がまし、なんて言わないでね」

「それはさすがに、言いません」

 私だって、好き好んで死にたくありません。

 けど、

「逆に、聞きます。

 私に何かして欲しい事はありますか? その、……大した事は出来ない、ですが」

 艦娘として海戦に望めないのでは、……さて、何ができるでしょうか?

 いろいろと、一からデータを取り直して学ばなければなりません。それはそれで嫌いではありませんが。

「…………その前に聞きたいんだけど、」五月は艤装を示して「これ、地上でも使える?」

「え、はい、使えます」

「そ、……んー、私達いつも人手不足だし、『中将殿、向かわれる先は決定しましたか?』っと、そうね」

 向かう先、ですか?

「とりあえず東京鎮台にお願い」

『了解しました』

「鎮台?」

「海軍風に言うと鎮守府、ね。

 連隊の編成単位なんだけど、その拠点の名称にもなってるのよ。東京と仙台、名古屋と大阪、広島、熊本にあるわ。本部は東京ね。元帥のご自宅も近いし、とりあえずそこに向かうわ」

「なるほど、了解しました」

 ふむふむ、勉強になります。……ただ、それだけなのでしょうか?

 海軍は四つの鎮守府のほか、たくさんの基地や泊地があります。陸軍も同じなのでしょうか?

「五月」

「なに?」

「陸軍の拠点は、鎮台以外にもありますか?」

 問いに、五月は苦笑。

「海軍で言うところの基地や泊地に該当する。という場所はないわ。

 正しくさっきあげた五か所だけよ」

「す、少ないのですね」

 驚きました。……苦笑。

「予算削減されちゃってね」

「…………すいません」

 その削減した相手、見当つきます。

「霧島ちゃんが謝る事じゃないわ。

 ま、けどやる事はたくさんあるから、手伝ってくれたら嬉しいわ」

「どんな事ですか?」

 問いに、五月は微笑。

「大体は被災者の救助よ。

 犯罪とか、暴動とかはないけど、大雨とか、土砂崩れとかの自然災害はいつでもあるもの。

 あとは、不正を働いた提督の抹、……逮捕」

「陸軍がやるのですか?」

 少し意外です。もちろん、その利点は解ります。同じ海軍でしたら、不正を働いても癒着などがあるかもしれません。それを防ぐためにも別組織である陸軍が逮捕の権限を持つというのは解ります。

 けど、逆に言えば海軍としては都合が悪いでしょう。大きな権限を持つ海軍から逮捕権を確保したというのは、驚くに値します。

「元帥が頑張ってね。ごり押ししたわ」

 苦笑。きっと、よほど無理をしたのでしょうね。

 けど、即答は出来なさそうです。どうしたいか。海に出られない艦娘がどうするか。……難しいです。

 言葉に窮する私を見て、五月は笑って「すぐに決める必要はないわ。鎮台に到着して、仕事を見てからでも十分よ」

「解りました。……それと、もう一つ聞いてもいいですか?」

「どうぞ、時間はあるのだし、聞きたい事は何でも聞いてくれていいわ」

「あの、解体業者の話ですけど、よくある、のですか?」

「あるわよ。解体されると艦娘は資材になって消えてなくなる。……まあ、死ぬからね。そんなわけで、出来るだけ自分でやりたくないのよ。それに、以前、解体を行った提督のところに解体反対を叫ぶ提督が襲撃をしたとか、それで艦娘同士の戦争があったとか。

 まあ、そんな事で提督たちも解体は積極的にしたくないらしいわ。ただ、それでも望まない建造結果やドロップはあるから、外部委託の需要もあるのよね。

 で、それを利用してこっちで引き取ってる。……引き取ってるっていうか、大抵は元帥が預かってる。嘆かわしい事ね」

「嘆かわしい、…………ですね」

 解体業者を呼ぶという事は、まあ、あまりいい事ではないでしょう。

 五月は肩をすくめて「陸軍が艦娘を持つ事、警戒しているのに、ざるというか、甘いというか、……あるいは、末端は無視しているのかもしれないわね」

「かもしれません」

 海軍が陸軍に対するアドバンテージは、極論すれば艦娘を所持し、運用できる、という事だけです。

「まあ、一応、そういうわけで最低限艦娘の生活に必要なものは確保してあるわ。

 入渠や補給の施設ね。本当に最低限でいろいろ不便かけるけど、我慢してね」

「はい」

 

 トラックが停車。車内のアナウンスで到着を告げられました。

 どんなところか、興味深いです。と思いながら降りてみて、

「…………え?」

「まあ、海軍の赤レンガと比較すれば見劣りするのは自覚しているわ」

 見劣り、……ええと、鎮守府、赤レンガどころか、私が建造された泊地より小さいです。多分。あまり知りませんけど。

 っていうか、「学校?」

「………………廃校されて手つかずの建物を再利用できるのだから、悪くないわね」

「…………はい」

 それでいいのでしょうか? ともかく、……一応、『東京鎮台』と書かれた校も、……正門を通り抜けました。

「本来なら、ぱーっとお出迎えと行きたいんだけど、……というか、そうするべきだって意見が多かったんだけど、こっちも忙しいのよ。

 寂しい到着でごめんね。霧島ちゃん」

「い、いえ、それは構いません」

 そしてそのまま鎮台内。……子供の靴を入れるような下駄箱には突っ込みません。

「靴は適当なところに入れてね。

 まずは、来客用のスリッパね」

 箱に無造作に積まれたスリッパから一つとって私の足元へ。礼を言って履いて、リノリウム張りの廊下を歩きます。

「そうね。霧島ちゃん。

 少しの間ここで暮しましょうか。見学とか体験とか」

「そうさせてもらえると嬉しいです」

 これからどうするか、何にせよ。情報が必要です。

 そして、そのまま、……恐らくは、元々職員室だった部屋へ。

「一応、この鎮台のトップは私。

 もちろん陸軍のトップは陸軍大将だけど、忙しい人だから仕方ないわね」

「そうですね」

 全体の統率者とは別に、各拠点ごとの責任者を置くのは妥当です。

 そして、ここ、東京鎮台が陸軍の中心なら、その責任者は中将である彼女が勤めるべきでしょう。

 ともかく、扉を開けて、部屋に入って、

 

「中将殿のご帰還に、敬礼っ!」

 

 その声とともに、室内にいた人たちが立ちあがり、一糸乱れぬ挙動で敬礼。

 …………少し、驚きました。

「皆、紹介するわ。

 霧島ちゃん、金剛型の四番艦、今回連れてきた娘よ」

 軽く紹介され、視線を向けられました。さて、

 一息。

「はじめまして、金剛型四番艦、霧島です」

「霧島ちゃんはまだ、これからどうするか決めかねているわ。

 だから、しばらくここで預かる事にするわ、いろいろと見てもらってどうするか決める予定よ」

「よろしくお願いします」

 海戦も出来ない艦娘、それでも、お役にたてるのならば本望です。出来れば、頭脳を活かせる仕事ができればなお良しですが。

「「「「「よろしくお願いしますっ!」」」」」と、一糸乱れぬ声と敬礼。なんとなく、見ていて心地よいものです。

「そうだ、中将。

 元帥がお呼びです。……なんか、満潮様に怒られたとか」

「まだ親娘漫才しているの? まあいいわ」五月は溜息「ちょうどいいわね。霧島ちゃん、元帥紹介するわ。いるみたいだから」

「はい」

 …………あの、元帥の扱い、なんとなくぞんざいではありませんか?

「じゃあ、みんな。お仕事よろしくね」

「了解しました」

 お仕事に戻った陸軍の皆さま。私は五月について行きながら「それで、元帥ってどんな人ですか?」と問いかけ、

 五月は即答しました。

「役立たず」

 

「こ、のっ! 馬鹿元帥っ!」

 ……すっごい言葉が聞こえました。

「またやってる」

「あのー?」

 恐らく、旧校長室です。そこから怒声。五月は溜息をついて扉を開けました。

「元帥」

「あ、……やあ、五月君」

「また何かやらかしたのですか? 満潮ちゃん?」

 満潮? ……元帥らしい、奥に座る中年男性の傍らには荒ぶる満潮。

「なにか、じゃないわよ。

 また金使いこんだみたいなのよっ!」

「またですか元帥。今度は何やらかしたのですか?」

「い、いや、何ってわけではなくて、……まあ、その、大した事じゃないのだが」

 ……中将と艦娘に睨まれて小さくなる元帥というのは、……その、どうなのでしょう?

 どばんっ、と音。

「うわっ」

「大したこと、じゃない?

 保護した艦娘の燃料の購入とか、海軍の連中に足元見られるような事して、大金払ってっ! 本気でっ、ばっかじゃないのっ!

 ちょっと財布出しなさい、財布っ!」

「い、いや、……満潮君。人の財布を勝手に見るのは、行儀よくない、よ?」

「出せって言ってんのよっ!」

「…………はい」

 おずおずと渡されたお財布。それを見て満潮の眉根がきりきりとつり上がって、

「今度から財布は私が管理するわ」

「ええっ?」

「ええ、じゃないっ! ……って、霧島?」

 ……今気付いたのですか?

「解体業者に化けて迎え入れた娘です。元帥」

「あ、そうなんだ。……その、なんていうか、災難だった、ね。

 っと、申し遅れた。私は小鳥遊誠一、元帥をしているよ」

 ……なんというか、少し不思議な感じもしますけど、相手は元帥。敬礼です。

「お初にお目にかかります。元帥。

 金剛型四番艦、霧島です」

「ああ、いや、……そんな堅苦しくしなくていいよ。

 まあ、その、なんだ。元帥なんて言っても形式だけだよ。何せ、無の「元帥」ひっ?」

 何か言いかけた元帥は、傍らでとんでもない視線を向ける満潮に言葉を止めさせられました。

「み、満潮、君?」

「次その言葉言ったら本気で打ん殴るわよ」

「……………………ああ、いや、その、………………すいません」

「とまあ、こんな元帥よ」

「いろいろと、イメージ変わりますね」

 なんというか、驚きました。ともかく一礼して部屋を出る私達。

「それじゃあ、これからいろいろ案内していくわ。

 と言っても、まあ、見ての通りだからすぐ終わるけどね。最後に霧島ちゃんの部屋を案内するから、必要なものを言って、仕事終わったら買物に行くから」

「了解しました」

 そして、廊下を歩きだす。……しばらく歩いて、ふと、声。

「元帥だけどね。……まあ、なんていうか、海軍に担ぎ出されたのよ。

 表向きは経歴と公正な選挙、っていう事になっているのだけどね」

 その言葉、そして、元帥に会う前の彼女の言葉を聞いて、ぴん、と来ました。

 つまり、

「傀儡?」

「あそこにいた満潮ちゃん、貴女と同じ理由で引き取ったのよね。

 しばらくふさぎこんでたんだけど、元帥のあんまりな、……まあ、あんまりなあれ見て我慢できなくなったみたい。元帥の部屋に殴り込みして、それ以降あんな状況」

「そうですか、……けど、」

 ふと、思い出すのは何か言いかけた元帥を睨みつける視線。……多分、言いかけた言葉は、

「元帥にとって、いい人でしょう。満潮は」

 無能、と、その自嘲を激怒とともに叩きつぶしたのなら、裏を返せば大切に思っているという事なのですから。

「元帥がいい人だからね。仕方ないわ。

 あ、我が侭なら元帥に言いなさい。大将と満潮ちゃんのいないところでね。大抵、なんとかしてくれるわ。半泣きになる事が多いけど」

「…………自重します」

 そんなやりとりを重ね、不意に、笑みがこぼれた。

「ふふ、笑ってくれたわね。よかったわ。

 ま、こんな人たちがいるところだけど、よろしくね。霧島ちゃん。貴女が私達と一緒に働いてくれると、嬉しいわ」

 

//.二年前

 




 担ぎあげられて地位だけはある、かなり役に立たないおじさん。……と言う元帥が登場しました。
 こういう人物、一度書いてみたかったのです。
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