深海の都の話   作:林屋まつり

85 / 128
二話

 

 とある山のベースキャンプ。眼前には広げられた地形図。

 山間にある川、そこに記された赤い丸。土砂崩れにより川がふさがれ、早期に水を抜かないと決壊して大きな水害の原因となりそうな場所。

「少佐殿、麓の村の避難、完了しました。

 ヘリを使ってしまったのでいろいろ大変ですが」

「お疲れ様です。燃料代は元帥に請求しておいてください」

「あれ、下手すると満潮様が荒ぶるので不安です」

 早期避難を実現する為、とすれば元帥は、……まあ、喜んで頷いて請求書を見て青ざめてお金を出してくれますが、横にいる満潮が荒ぶるでしょう。

「じゃあ、とりあえず五月中将へ」

「どっちにせよ元帥に流れて満潮様が荒ぶりますね」

 というわけで必要なお金は確保して、

「少佐殿、それで、あとは水を抜く作業です。

 護岸工事は民間の業者とも提携して何とかしました。複数の支流に分けましたので、壁を撃ち抜く際は広い範囲で御願いします」

「了解しました」

 むんっ、と拳を握ります。本来なら敵艦船を撃ち抜くための砲撃。土砂に向けて撃つものではありません。海軍の提督が見たら卒倒するでしょう。

 けど、……間違えていませんよ。

 なぜなら、それが皆のためになるのですから。ええ、そのためならばこの砲撃、深海棲艦に向けようが土砂に向けようが構うものですかっ! …………それで、構いませんっ!

 艤装を装備して、では、

「マイクチェック、ワン、ツー、ワンツー、さん、し」

「…………ところで、少佐殿。

 そのマイク、どうしたのですか?」

「え?」艤装とともに装備した愛用のマイクを示して「元帥に買ってもらいました」

「…………元帥」

 さて、私は前方。堆積した土砂を睨んで、艤装装備。マイクを口元に当てて、…………声を聞く。

『少佐殿、準備完了しました。

 お願いします』

「了解。……では、」

 一息。思う事は一つ。

 深海棲艦を撃ち抜くための一撃でなくても、それでも、誰かのためになりますように、と。

 その願いを一つ。胸に抱いて、声。

「撃てっ!」

 

「お疲れさまでした。少佐殿」

「大した事ではありません。

 それより、状況は計画通り進んでますか?」

 問いに、中尉は頷いて「今のところ、下流の村への被害は確認されていません。引き続き、大尉を中心として確認と、河川の水量増加に対する警戒を呼び掛けています」

「そうですか、ならばよしです」

 視線を向ける。私の砲撃で吹き飛んだ土砂。そして、そこから流れ落ちる水。……ふふ、事前の想定通りです。

 集めた情報から算出された結果。……ええ、かつて艦隊の頭脳を目指していた私にとって、計画通りに事が運ぶのは非常い喜ばしいです。

「では、あとは土砂の撤去ですね」

 少々地道な作業ですが、やらねばなりません。私もこうして陸軍に所属している身。面倒だからと言って手は抜けませんっ! それが護るべき民のためになるのなら、本望ですっ!

 むんっ、と胸を張り拳を握る傍ら、

「…………あの、少佐殿。

 やる気出しているところ申し訳ないのですが、ご帰還をお願いします」

「なぜっ?」

「陸軍学校への訪問予定があります」

「ぐ、…………はあ、了解しました。

 では、土砂の片づけ、面倒な作業を残してすいませんが、よろしくお願いします」

 最後まで付き合えないのは少々残念ですが、これも任務です。

「帰りはヘリでいいですか?」

「元帥の胃に穴が開くのでおやめください」

 

 慢性的に予算不足の事情にのっとり、新幹線さえ使えません。

 在来線に乗ってのんびりと、…………と言っても、疲れました。

 恐らく海をかけた方が楽でしょう。所属が所属なのでほとんど海に出た事はありませんが。

 たまに気晴らしで荒川やらの河川を艤装を使い駆けた事はありますが、やはり燃料を食うため自重しています。無念です。とはいえ我慢です。満潮が荒ぶります。

 まあともかく、すでに見慣れた校も、……東京鎮台の正門。

 そこをくぐり抜け、……あ、元帥もいるようです。草臥れた軽自動車があります。

 下駄箱に靴を入れて、屋内用の靴を履いて本部への扉を開けて、一息。

 実は、いまだに違和感のある敬礼をして、

「砲兵隊少佐。霧島、帰還しました」

「「「「「お疲れ様です。少佐殿っ」」」」」

 敬礼に、応じるのは室内にいる皆の敬礼。一糸乱れぬ挙動と声になんとなく満足感を感じます。やはり、統率のとれた行動というのは見ていて心地の良いものです。

「中将殿は?」

「はっ、中将殿は海軍提督の逮捕任務に従事しております。

 予定ではあと三時間ほどで帰還します」

「わかりました。では、先に元帥に挨拶に行きます。

 この後は陸軍学校へ訪問に行きます。同行者は準備をしておいてください」

「了解しました」

 さて、元帥は、……と。

 隣の部屋です。ノック。「元帥、霧島です」

「あ、……うん、入って」

「失礼します」

 入室と同時に敬礼。……なぜでしょうね。この人、ろくに仕事も出来ない、率直にいえば役に立たないのに敬礼する事にまったく違和感ないんです。向こうが恐縮するほどです。元帥なのに、

 それと、

「霧島? 任務終わったんだ」

 何枚かの書類を抱えた満潮。私は頷きました。

「これから陸軍学校の訪問です」

「そうかい。……その、艦娘が来るのはあまりある事じゃない。

 好奇の目で見られるかもしれないが、…………なんというか、あまり邪険にしないで、出来れば、いろいろ話をしてやって欲しい」

「了解しました。元帥。

 もちろん、将来有望な軍人の卵、軍属である私が邪険にする理由はありません」

「そうかい」

 安堵したような笑みを浮かべる元帥。いい事です。

「すぐに行くのかい? ……その、なんだ。

 もし時間があるならゆっくりしていくといい。安物でよければ、紅茶くらいは出せる」

「あら? 元帥が紅茶を? 奮発したのですね」

 微笑、当然。その先にいるのは満潮。

「客が多いのよ。海軍の連中も、一部除いて岩塩でもぶつけたいんだけどね。

 ま、たまにいる上客のためにね」

「お客さんに階級をつけるべきじゃないと思うのだがなあ」

 困ったように言う元帥は、満潮に睨まれて小さくなりました。

「元帥。任される仕事については問いませんが、せめて元帥を蔑にする輩を歓待するのは止めてください。というか、止めなさい。止めろ」

「……き、霧島君? だんだんと口調が怖くなってるよ」

「失礼」

「ってか、そういうやつ本気でむかつくのよ。

 元帥、私が魚雷出したら机の下に避難しなさいよね」

「…………いや、あの、……満潮君、何をやる気なんだい?」

「で、どうすんの霧島? 時間があるなら紅茶の一杯でも飲んでく?」

「あるなら珈琲を」

「インスタントしかないわよ。……っていうか、金剛型って紅茶しか飲めないのかと思ってた」

「どこから来た情報ですかそれは?」

「じゃ、じゃあ、ちょっと待ってて、これから淹れて「あんたは黙って書類と格闘してなさいっ!」はいっ」

 立ちあがりかけた元帥は荒ぶる満潮の怒声で反射的に座りました。

「ちょっと待って、淹れてくるから。

 ったく、馬鹿元帥。そんなことばっかりやってるからなめられんのよ」

 ぶちぶち文句を言いながら部屋を出る満潮。私は勧められるままに適当な椅子へ。

「相変わらずですね。元帥」

「はは、……いや、有り難い娘だよ。本当に、私のような無能の世話を焼いてくれているのだからね」

 さて、私は立ち上がりました。拳を振り上げました。「って、ちょ、ちょっと霧島君っ? な、な、なんだいっ? なんで、あだっ?」

 元帥にげんこつ叩きこみました。机に倒れる元帥。私は拳をさすって、

「元帥、実は以前約束をしたのです。

 元帥がご自分を無能と言ったら、とりあえず、…………階級の差は忘れようと」

「そこからげんこつ打撃って、霧島君。見た目によらず武闘派なんだね」

「いえ、頭脳派です」

「その割には行動が即断だよね」

 椅子に戻りました。苦笑して元帥もお仕事に戻りました。

「元帥、それは?」

「あ、……うん、海軍から、海軍が独自に内部監査をするから、不正に対する逮捕権を、ってね」

「大体いつものやつですね」

「そういう事だよ。…………まあ、最近は逮捕者も増えているから、あまり海軍も強引な事は言えないみたいなんだけど」

「嘆かわしい事です」

 特権があると、そこを踏み台にしてさらなる権限を求めたがります。

「事例をあげて返さないといけないから、時間かかるんだよね」

「そんな仕事を元帥がやる事はないと思います」

 正直、誰がやってもいい仕事でしょう。けど、元帥は苦笑してゆるゆると首を横に振りました。

「君たちは、現場で働いている。それが、一番大切ではないかな?

 ならば私のような者がこういう仕事はするべき、…………では、ないのかなあ?」

「階級考えてください」

「こういう時は階級を忘れて、いいと思うよ?」

「思いません」

 とはいっても聞かないでしょうね。この元帥は、……まったく、仕事の選択で階級を忘れてどうするというのですか。

「霧島、珈琲持ってきたわよ」

「ありがとうございます」

 時計を一瞥。まだ、時間はありますね。

「それにしても少佐か。

 艦娘が偉くなったものね」

「陸軍の少佐なんて海軍も含めた軍部では大した事ありません」

 ほとんど、権限もありませんからね。

「なに、不満?」

 こと、と、元帥のところにカップをおいて首を傾げる満潮。

「まさか、ここで実力を認められるのは嬉しいです。それだけで十分です。

 権限は別にいりません」

「そうだねえ。あっても面倒なだけだからねえ。

 ああ、……ありがとう、満潮君。…………白湯かい?」

「白湯よ」

 元帥は嬉しそうに微笑して白湯を一口。「白湯ですか?」

「胃が弱くてねえ。食事前に珈琲は飲まないようにしているんだよ。

 満潮君、気遣いありがとう」

「別に、単に珈琲がもったいないだけ、何にやにやしてんのよ。気持ち悪い」

 そっぽを向く満潮をにこにこと見守る元帥。溜息。

「少しくらい休んだら? ただでさえ遅い仕事が余計遅くなるわよ」

「…………そうさせてもらおうか」

 立ちあがり、一つ伸びをして私の前に座りました。

「満潮君も座りなさいよ」

「元帥の横に? ただの艦娘が?」

 意地悪く睨みつける満潮に、元帥は小さくなりながら「その、……君みたいな娘を立たせると、…………なんというか、申し訳ない気分になるんだ。……私のためだと思って、だな」

「はいはい、まったく、気の小さい元帥ね」

 満潮も元帥の隣に座りました。ほう、と安堵する元帥。

「元帥は今お忙しいので?」

「いやあ、……はは、書類がたまっちゃっててねえ」

「書くのが遅いのよ。

 こんなの適当に流し見してぱぱっとやりなさい、ぱぱっと」

「それが難しいんだよねえ」

「というか、もう一人くらい仕事手伝う人増やしたらどうですか?」

 まあ、そもそも元帥がやるような仕事じゃない仕事まで引っ張ってるみたいですが、……もちろん、私達が現場で働けるようにしてもらえる配慮は有り難いです。とはいえ、ご本人がそんなに仕事が出来る方ではないので、……まあ、この現状です。

「わ、私なんかの仕事を手伝ってくれる人なんて、いるのかなあ?」

「あ? なに、私が変だっての? 頭蓋かち割るわよ馬鹿元帥」

「ひいっ? ご、ごめんっ」

 凄惨な視線を向けて荒ぶる満潮。

 けど、

「そんなに忙しくなければ私も構いませんし、手伝ってくれる人いますよ?」

 海軍は解らないですけどね。

「そ、そうかい? それなら楽に………………いや、だめだ。

 君たちは現場で、いや、君たちを本当に必要としている人のところで働かなければならない。海軍との折衝や調整なんて些事に煩わせるわけにはいかない」

 一瞬安堵して、……けど、すぐに厳しい表情で応じる元帥。

 その、少し感心しました。一瞬ですよ、だって、

「……と、思うのだが、…………ど、どうかなあ?」

「あんた自分の言葉をいきなり不安がるんじゃないわよ。

 最後の一言が余計なのよ。ほんと馬鹿」

「相変わらず元帥って、なんで締まらないんですか?」

「………………ご、ごめんなあ」

 小さくなる元帥。……いえ、口には出しませんけど、その配慮は私達にとって、とても有り難いです。

 一息。珈琲を一口。そして、さて、

「陸軍少佐、霧島。

 次の任務に着任します。珈琲、ありがとうございました」

 立ちあがり敬礼。

「そ、頑張りなさい」「あまり、無理をしないようにね」

 ひらひらと手を振って、カップを片付けるために立ちあがる満潮と、おずおずという元帥。

 微笑。扉を開けて、振り返り、

「元帥こそ、あまり無理をしないように、……と言っても聞かないですね。

 満潮、元帥が無理しそうになったら、……どうするかわかりますね?」

「言われるまでもないわよ。その時は実力行使に決まってんでしょ。

 さっさと行きなさい」

「ふ、二人して不吉な事を言っていないかっ?

 っていうか、実力行使って何っ?」

「うるさいわねっ、魚雷持ってくるわよっ!」

「なんでっ?」

 そんな声を聞いて、ぱたん、と、扉を閉めました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。