「トラックって楽でいいですね」
「電車より楽ですか? 少佐殿」
「それはもちろんですっ!
ふふ、……周りの車が小さく見えます」
「……あの、後半が意味不明なのですが」
艦娘である私には当然免許はありません。戸籍もありません。住民票なんて出るわけがありません。
だから運転を任せられるトラックでの移動は楽でいいです。電車? 嫌いです。
「まあ、出来れば電車使って欲しいんですけどね。陸軍としては、燃料代かかりますし」
「艤装の輸送も必要ですから。
艤装装備して電車に乗れるのでしょうか?」
「改札さえくぐれない、物理的に、……っていうか、町歩くだけで捕まりますよ」
「そうですね。残念です。
どうして現代社会は戦艦が町を歩くことに対応していないのでしょうか?」
「戦艦が町を歩く社会って、…………いや、少佐殿。町を歩く分には普通に艤装外して出掛ければいいじゃないですか。
前に満潮様と買い物していたみたいですし」
「ああ、あれですか。
満潮、元帥を延々とけなしているので少しげんなりしました」
「…………お二人の関係がたまに不思議になります」
「親娘でいいのではないですか? 思春期の」
「…………難しい年頃ですね」
まあ、そんな話をして陸軍学校へ。…………学校です。廃校を作り直した学校です。東京鎮台と同じです。こっちの方がましです。
時間通り、ふふ、完璧です。さて、まずは職員室ですね。挨拶に向かわなければなりません。
「あーっ、霧島ーっ」
「イク?」
「久しぶりなのー」
ぱたぱたと、私服を着て駆け寄るのは、たまにこの学校を訪れる先生こと道真さんが連れている艦娘。
というか、いたのですね。
「はい、お久しぶりです」
そして、ごくたまにこの学校を訪れる私とも顔見知りです。
もちろん、イクは水着ではありませんよ。
「先生もいるのですね?」
「先生いるのー
イク、先生からお出迎え頼まれたのー」
なるほど、
「では、行きましょうか、職員室ですか?」
「そうなのー」
陸軍学校、……当然のように閑散としています。生徒数は、おそらく五十人、満たないのではないのでしょうか?
相当厳しい訓練を積むらしいですからね。……とはいえ、途中脱落がほぼいないというのは、流石というか。なんというか。
「静かですね? 皆は体育館ですか?」
「そうなの、今日は砲撃訓練の日なの」
「都合がいい。……というか合わせたのでしょうね」
「それで皆その準備なの。
霧島も挨拶が終わったら体育館に行くの」
「了解しました。イクは?」
「イクは砲撃しないの」
「砲撃しないまでも訓練くらいは見て行ったらどうですか?」
「んー、先生と相談してみるの」
それがいいでしょうね、と。職員室に到着。
ばさっ、と音。
「こんにちわ、霧島君」
「お久しぶりです。先生」
敬礼、新聞に視線を落としていた先生は立ち上がり、ぎこちない敬礼。……慣れていませんよね。当たり前です。
「先生っ、霧島のお出迎えしたのっ。褒めて欲しいのっ」
「そうだね、ありがとう。イク」
ぱたぱたと駆け寄るイクを丁寧に撫でる先生。
「さて、霧島君。
今、学生の皆で砲撃訓練をしているよ。見に行ってみようか」
「はい。先生も行きますか?」
「そのつもりだよ。一緒に行こう。
イク、君はどうする? ここで待ってるかい?」
先生の問いにイクは、ぷう、と頬を膨らませて「もー、先生はイクの傍から離れちゃダメなのっ」
「じゃあ、一緒に行こうね」
「了解なのっ! 霧島と三人でいくのっ」
「では行きましょう」
嬉しそうに両手をあげるイクを見て、私達は職員室を出ました。
「霧島君が来るのを、皆、楽しみにしてたよ」
「そうですか? 艦娘は珍しいでしょうからね。陸軍にとっては」
「イクも艦娘なのっ!」
…………それもそうでした。
「いや、砲兵隊の少佐だからね。
色々活躍も聞いているし」
「その砲撃が向けられる先なんて大抵土砂やらですけどね。
…………はあ、敵艦に向けて砲撃をした事なんてほとんどありません」
たまに、川をさかのぼってくる深海棲艦くらいです。難儀な事です。イクはけらけら笑ってます。非常に遺憾です。
「それで誰かの生活を助けられるのなら、それに越した事はないと思うよ。僕は」
「そう言ってくれると嬉しいです」
実際、そうかもしれませんね。そう、悲観する事はありませんっ!
この砲撃が深海棲艦を穿つ事がなかったとしても、この国に住む誰かの脅威を撃ち砕けるなら、それでいいのですっ! 私はそれで満足ですっ! …………ちょ、ちょっとした疑問は気にしてはいけませんっ!
「砲兵隊ってそういうことばっかりなの?」
「そうですね。川をせき止める土砂を撃ち抜いたり、岩石を、周りの皆を避難させたうえで砲撃して破砕したり、…………ふ、ふふ、ふふふふ、霧島は、大丈夫です」
「ひいっ、霧島がなんか怖いのっ?」
「それでいいと思うけどね。僕は」
「あ、ちなみに荷物を砲弾に詰め込んで砲撃輸送とか提案したのですが、元帥に止められました」
「…………霧島君って結構不思議だよね」
そうでしょうか?
「マイクチェックマイクチェック、ワン、ツー、ワンツーさんし」
よし、準備オッケーです。
「そのマイク、イクも欲しいのー」
「元帥に買ってもらってください」
さて、
「こんにちわ、学生の皆さん。
陸軍、砲兵隊、少佐。霧島です」
体育館への扉を開けて言う、と。体育館の中に散らばっていた学生が駆け寄ってきて敬礼。……ふむ、やはり現役の陸軍に比べるとややずれがあります。
まあ、学生だから仕方ありません。
「少佐殿、本日はご足労いただき、感謝いたします」
教官を兼ねた大尉の敬礼に返礼。
「今日は、砲撃訓練ですか?」
「その予定です。……ただ、もしよろしければ少佐殿に講義をお願いしたいです」
講義ですか? 見ると、学生たちも興味津々と私を見ています。
「そうですねえ」
「急な事で申し訳ございません。
準備がないのは重々承知していますが、少佐殿の、砲撃のノウハウなどをお話していただきたいのです」
皆が頷きました。………………ならば、いいでしょうっ!
マイクチェックは終わっています。黒板は、ありますねっ!
「わかりましたっ、金剛型四番艦、霧島っ!
頭脳と経験が導き出したノウハウの、すべてをお伝えしますっ!」
どばんっ、と黒板を叩き、右手にマイク、左手にチョーク。完璧ですっ!
//.陸軍学校
「…………なにか、琴線に触れたの?」」
「そうみたいだね。まあ、霧島君が楽しそうだからいいんじゃないかな?」
先生、菅原道真は講義を続ける霧島を見る。伊19は欠伸を一つ。
陸軍学校の学生達、そして、教官である大尉も真剣に聞き入っている。どこから来たのか、休憩をしている他の教官も集まってきた。
皆、熱心に聞いている。講義が終わったら質問攻めが始まるだろう。
「長くなりそうなのー」
「イク君もちゃんと聞いておきなさい」
「はーい」
「いいですか? 砲撃はただ狙いを定めればいいというものではありません。
温度、湿度、気圧、風向き、風速によっても大きく着弾位置が変化します。気象条件を正確の把握すること、これも非常に重要な事です。
着弾観測のみに頼っては風速の変化による誤差の修正はできませんっ、そう、砲撃手は常に周辺の情報を集め、的確に判断を下さなければならないのですっ!」
マイクを握って絶好調の霧島を見て、道真は微笑んだ。
「そろそろ、彼女にも、……いろいろと教えるといいだろうね。
今度、将門君に話しておこうか」
//.陸軍学校
「遅くなってしまいましたね」
鎮台の近くにあるアパート、陸軍が貸し切っている、そこそこ年季の入った建物。そこにある自室に戻るころにはすでに夜、こんな時間になる予定はなかったのです。
思わず講義に熱が入ってしまいました。失敗です。ともかく、背負った艤装で壁とかを傷つけないように慎重に歩いていると、「あら、霧島ちゃん」
「中将?」
不意にかけられた声に振り返る。五月中将です。
「お疲れ様、思ったより遅かったわね」
「つい、講義を頼まれて熱が入ってしまいました」
「霧島ちゃんってそういう所あるわよね」
「反省します」
「必要ないわよ。熱心なのはいい事だと思うわ。
それより、どう?」
どう、と示されたのは「お酒ですね?」
「一緒しない?」
「寝る時間ではありませんか? 中将、明日もあるでしょ?」
「ちぇー、つまんない。
ま、じゃあ休みの前の日にね」
……意外ですね。思ったよりあっさりと引きさがりました。
まあ、いい事です。代わりに後でお酒に付き合いましょう。……楽しみです。
「おやすみ、霧島ちゃん」
「はい、おやすみなさい。中将」
簡素な自室。まあ、仕方ありませんね。
艤装をおいて、マイクをおいて、眼鏡をおいて、寝間着に着換えて、欠伸を一つ。
布団を出して敷いて、では、寝ましょうか。
「明日、…………は、確か、霞ヶ浦で、砲撃訓練、でしたね」
欠伸を一つ。海軍から一番無駄だと言われる訓練です。
つまり、洋上への砲撃訓練。海岸線は海軍からの干渉が大きいので、湖を仮想海としての砲撃訓練です。
対深海棲艦のため、……と言っても、高速で駆け回る深海棲艦相手に陸上からの砲撃にどの程度の意味があるのか、基本的に、当たらないのですが。
とはいえ、仮定、深海棲艦上陸を考えれば訓練しないわけにもいきません。河川を遡る事もありますから。
だから、
「また、明日も頑張って行きましょう」
//.東京鎮台
東京鎮台にある執務室。そこに大柄な人がいる。
個人で艦娘や深海棲艦を粉砕できる存在、人ではない魔縁。強力、強靭、強壮、を体現する存在。
禿頭に大柄な、巨大とさえ言っていい体躯。高い身長に頑強な体、軍刀のように鋭い目を持つ彼。陸軍大将。
「やあ、将門君。頑張るね」
「道真か」
いくつかの書類に視線を滑らせていた将門は、道真の声に顔をあげる。
「なにか用事か?」
「ちょっとね。……その書類は?」
問いに、将門は視線を向ける。
「《呪詛の御社》制御に関する事。こちらの訓練計画に合わせて向こうも実験をしたいのだろう。その申請書だ。
申請者は呉鎮守府の大将だが、実質は代行の雪風か」
「訓練?」
「明日、霧島少佐達が湖上で射撃訓練を行う。それに合わせるのだろう。
こんな申請が来たのなら、私も行かねばならないな」
「その意味、霧島君には教えないのかい?」
道真の言葉に、将門は視線を彼に向ける。
「必要か?」
問いに、道真は答えず一枚の封筒を取り出す。
「これは?」
「尊治君から、お花見の招待状だよ。……あの、南朝の主からのね」
「そうか、最近、やたらと海軍を嗅ぎまわっているようだが。
狙いは《呪詛の御社》か」
「そうだよ。尊治君は単純に嫌っているだろうけどね。
とはいえ、尊治君のところにいる深海棲艦たちは、許容できないだろうね」
「そうだろうな」
頷く。
轟沈した艦娘、深海棲艦。
その、直接的な原因はいろは型と呼ばれる深海棲艦、呪詛の集積物によるものだ。……けど、
「これでいいのか、……誠一君は随分と苦しんだみたいだけどね」
「元帥は優しすぎる。
これでよいのだと、私達は結論を出した。各鎮守府の大将代行、そして、陸軍大将である私と。
そのすべての責任は私達が負う。他者に害を出すつもりはない、……だというのに、彼は最後の最後まで食らいついてきた」
苦笑。
「馬鹿な男だ。なにも知らずに是とし、なにかあれば知らなかったでよいというのに」
「そんな事をするくらいなら、すべての責を負っていなくなる事を選ぶだろうね。…………せめて、隣にいる満潮君が悲しむような事だけはしないで欲しいよ」
道真の言葉に将門は、溜息。
「すでにこれは止められん。
そのために多くの犠牲が出ている。そして、相応の成果も出ている。今更止める事は出来ない」
「なぜ?」
将門の言葉に道真は問う。なぜ、止められないのだ? と、
すでに動いているから?
確かな結果が出ているから?
止める事でさらなる被害が出るから?
――――否。
「あの小娘が、泣きながら下した決断だ。
だから、雪風たちも是とした。なら、その行く末を叶えてやる。
それだけだ」
「決意は固いんだね。……なら、なおのこと早く霧島君には話しておいた方がいいよ」
「そうだな、今回の実験が終わったら知らせた方がいいだろう。それにしても、花見か」
「参加する?」
「呼ばれた覚えはないがな。
だが、」
将門は椅子に背を預ける。
「宣戦布告には、いい機会だ。
それに、尊治以外の者たちの動向も気になる。顕仁、言仁、井上、尊成、……何より、守屋と豊浦だ」
「言仁君と尊成君は、自分の領域を侵されない限り傍観。《波下の都》に手を出そうとしたら、井上君が攻撃者を、いや、攻撃者を中心とした周辺すべて、有象無象、見境なく殲滅するだろうね。けど、そうしなければ彼女も傍観。
顕仁君は解らないけど、……もし動いたら難しい事になるね。彼のところには為朝君もいる。けど、最後の二人は解らないね」
「あの気まぐれな連中の動向など推測できるか。……だが、それも花見で占えるか」
「そうだね。じゃあ、将門君も参加なんだね」
「そうなる。…………それで、」
将門は道真に視線を向ける。
「道真、お前はどうするのだ?」
「……そうだね、僕もお花見の時に決めようと思うよ。
尊治君がどういう決断をしたのか、それを聞いてから決めるよ」
//.東京鎮台
先生こと菅原道真にご登場願いました。崇徳帝に負けず劣らず有名なお方です。
御先祖様は出雲出身の相撲(対戦相手と蹴り合い腰を踏み折って勝ったのを相撲と言えば)取り、そして埴輪を作っていたそうです。
左遷させた人を病死させたり雷(物理)を落としたり、左遷した中心人物の甥まで祟ったそうで、人事関係者にとっては恐怖の人物。
ご当人も、自称は河童で、死後は雷神になり、時々龍になり、今は天神様、といろいろです。
ちなみに、将門記曰く、平将門が新皇を名乗る切っ掛けになった人物。理由は不明、祟りの一環だとしたら約40年前の京都の人事異動のとばっちりを受けた関東の人々の混乱とは何なのでしょうか。
まあ、河童の悪戯なのでしょう。