深海の都の話   作:林屋まつり

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四話

 

 そして、目を覚ましました。

「ん、……う、ん」

 伸びを一つ。朝日が気持ちいいです。

 一応、私も少佐です。部屋に洗面台はあります。お風呂はありません。シャワーはあります。

 眼鏡をかけて洗面台へ。……はあ。

「こんな姿、皆には見せられませんね」

 少し、寝癖がひどいです。これでも少佐、部下もいる身です。だらしない姿は見せられません。

 愛用している櫛で髪を整え、顔を洗って口を漱ぎました。歯を磨くのは朝食後です。

 ともかく、顔を洗って口を漱ぐころには目も覚めて、……よしっ、問題なしですっ!

 寝巻からいつもの服へ。陸軍なので陸軍の制服がありますが、私は艦娘、特別に免除されています。

 あとは、

「マイクチェック、ワン、ツー、ワンツーさんしっ」

 よし、問題ありません。……では、朝食にしましょう。

 というわけで部屋を出て、向かう先は共通利用の食堂、……食堂、…………まあ、アパートの皆が食事をとる部屋、当番から朝食を受け取って、

「あ、おはよ。霧島ちゃん」

「おはようございます。中将」

 先に食堂に来ていたらしい中将がいました。どうせですから「御一緒、よろしいですか?」

「ええ、いいわよ」

「では、失礼します」

 対面に座りました。

「中将、本日のご予定は?」

「いくつかの鎮台を回るわ。特に開発は力を入れたいしね。

 霧島ちゃんは、砲撃訓練、だっけ?」

「対深海棲艦の訓練なので、海が使えればいいのですが」

「海軍に抑えられているからね。……無理、とは言わないけど」

 困ったような中将の言葉には頷きました。

「間違いなく干渉が入るでしょう。

 ただでさえ海軍は陸軍の事を嫌っています。そんなところで艦娘である私がいたら、……まあ、いい事はないでしょうね」

「そういう事。霞ヶ浦、だっけ?」

「そこを予定しています」

「そう、……少し残念ね。たまには一緒に遊びたいのだけど」

「休暇、少し調整してあわせるようにしましょうか」

 満潮とはよく出かけます。中将とも出来れば一緒に出かけられればと思うのですが、私はともかく中将は忙しい身、なかなか予定が合いません。

「出来ればね。ふふ、気遣い感謝するわ。霧島ちゃん」

「では、その時はよろしくお願いします」

「ええ、それじゃあ頑張って」

 告げて、中将は立ち上がりました。同時に、「あーっ! 霧島なのーっ」

「イク?」

 食堂にぱたぱたと入ってきたのはイク。という事は、

「先生もいるのですか?」

 がしゃんっ、と朝食を持ってきた彼女は少し乱暴に食器をおいて「いただきます、なのっ!」

「はい、朝から元気ね」

「なのっ!」

 それは返事として適当なのでしょうか? それより、「先生は?」

「むー、先生、起きないの」

「寝起き悪いのですか」

 少し意外です。イクはぷう、と膨れて「つまんないのー」

 ご愁傷様です。

「と、そうだ。

 霧島、今日はお出かけ?」

「訓練です」

 遊びに行ったりはしません。

「イクも一緒に行くのー」

 は?

「訓練ですよ? 遊びに行くわけじゃないですよ?」

 いや、イクと遊ぶのは吝かではありませんよ。

「そんなことわかってるのっ!

 ただ、先生、イクは遊んでばかりだから少しは訓練の見学をしなさい、って言ってたのー」

「そうですか」

 まあ、それならそれで、…………「先生も来るのですか?」

「もちろんなのっ! イクと先生はいつも一緒なのっ!」

「そうですか」さて、私は食堂内の時計に視線を向けて「あと、二時間程度で出発になります。同行するなら準備をしておいてください」

「了解なのっ! 先生はちゃんと起こすのっ!」

 びしっ。と敬礼。……なんか、少し間違えていますが、まあいいでしょう。

 私は立ち上がりました。

 

 専用の格納庫に艤装を積んで、傍らでは陸軍の皆がえっちらおっちら積み込みをしています。

「対深海棲艦用の銃、……なんというか、馬鹿兵器ですね」

「仕方ないでしょ。通常の兵器だと歯が立たないんですから。

 馬鹿兵器にもなりますよ」

 開発部の大尉が溜息。まあ、それもそうですけどね。

 何せ、水面を高速で走り回る人と大差ない大きさの的ですから。……それを陸上から撃ち抜く。並の技量では当てられません。仮に当たったとしても相手は艦船相応の装甲の持ち主。大抵は弾かれて終わりです。

 大口径の砲撃ではその速度と的の小ささに狙いを定める事さえままならず、小口径の砲撃では当てたところで弾かれて終わり。……ゆえに、深海棲艦を相手に通常兵器は意味がないと言われています。

 けど、そこにあるのはその条理を覆すための武器。異様な長さとはいえ、個人が運用できるサイズで艦砲よりは狙いも定めやすく、口径を可能な限り小さくし、銃身を長くし、それを大火力で可能な限り高速で銃撃する。銃弾は専用の散弾。深海棲艦の体内に銃弾を捻じり込み、散弾が中側から粉砕する。という代物です。

 つくづく、こんな馬鹿兵器を作ってしまうのですから、人というのはある意味恐ろしいものです。一応、私の感覚では駆逐艦クラスまでなら轟沈可能、巡洋艦でも当たり所次第。空母や戦艦クラスではまだ火力が足りません。鬼種以上は論外です。

 けど、国土防衛を考えればとりあえずはこれでいいでしょう。まだ、鬼種以上の深海棲艦が近海に現れたという話は聞きません。

「これ、……訓練するって金かかりませんか?」

「一応模擬弾使いますから、頑張ってコストは抑えています。

 まあ、……それ以上は頑張りますよ」

 苦笑。いろいろと節約が続きそうですね。

「実弾は?」

「一応、実弾演習も想定していますよ。

 あんまりできませんけどね」

「でしょうね」

 予算ありませんからね。苦しいのは解っています。むしろ、実弾演習が可能だったという事に驚きです。

「ま、まずはこのでかぶつを使いこなせるようになるのが先決です」

「…………これ、この銃。名称なにかありますか? そういえば」

「…………そういえば、なにかあるんでしょうか?」

「いくらなんでもでかぶつでは、……うーん」

 なにか、こう、格好いい名前をつけたいですね。…………「金剛?」

「……とてつもなく不適切な気がします」

「そうですね」

「サウスダコタ、とか?」

「ぶち壊したくなるので止めましょう」

「……………………はい、すいません。ほんとすいません」

「《戈》」

 真顔で謝る大尉の傍ら、重厚な声。

「………………え?」

 声が止まりました。固まってます。その先に、一人の人。……人、です。

 とはいえ、人に対する例えとしてはどうかと思いますけど、まるで、砲を向ける戦車と相対している気分になります。

「魔反戈、霧島連峰の山頂にあるとされる天の逆鉾の別名だ。魔である深海棲艦を深海に返す《戈》。悪い名前ではないと思うが?」

 彼は、

「大将?」

 陸軍大将、………………なんていうか、何度見ても、とんでもない威圧感です。

「少佐」

「はっ」

 ともかく、相手は上官。それも陸軍の長です。

 敬礼、大将殿は一つ頷き、

「今回の訓練、私も同行する」

「大将殿がですか?」

 それは初めてです。大将殿は頷き「対深海棲艦が叶えられる武装には興味がある。相応の成果が出せるのならば量産体制を構築しよう」

「ありがとうございます。……ただ、海軍が何を言うか」

「陸は私達の領域だ。連中に口出しはさせない。

 それに、量産が出来れば艦娘を近海に縛り付ける必要もなくなる。援護射撃が出来るのならそれに越した事はないだろう」

「そうですね。

 では、大将殿、訓練は霞ヶ浦で行います。到着まで性能について説明させていただきます」

「頼む。訓練内容についても確認をしておきたい」

「はい」

 

「こ、ここが霞ヶ浦。…………なにもないの」

 霞ヶ浦にある公園、和田公園に到着してイクが早速首を傾げました。もちろん、理由は解ります。

「深海棲艦の影響ですね」

「ここは海じゃないの?」

 首を傾げるイク、応じるのは欠伸を噛み殺す先生で、

「深海棲艦の出没場所は海。……っていう事にして、そう告知はしている。

 なんだけど、不安までは抑えられないからね。川や湖の近くは居住区として避けられているよ。……まあ、確かに遡らない、なんて事はないからね」

「つまんなーいのー」

「イク、遊びに来たんじゃないよ」

 ぶつくさ文句を言うイクを困ったように窘める先生。そう、遊びに来たのではありません。

「少佐、これより仮想敵の準備を始めます」

「お願いします」

 さて、訓練を始めましょうか。

 

//.霞ヶ浦

 

「なんていうか、ああ見ると海軍との錬度差がちょっと悲しいです」

「それ、言わない約束です」

 双眼鏡を使い陸軍の様子を見る雪風に、彼女の傍らにいる綾波は肩を落として応じる。

「それに、仕方ないです。

 元の質は同等でも、権限も予算も徹底的に奪われて、虚仮にされ続けながらそれでも残り訓練を続けた陸軍と、全土防衛の名目で片っ端から人を集めた海軍。方や少数の精鋭、方や多数の雑兵です」

「……いや、綾波さんも結構言いますねえ」

「へえっ?」

 思った事をそのまま口にした綾波は、雪風の呆れたような声に変な声をあげる。

「それにしても、霧島さん。…………艦娘がいますよ。

 陸軍、艦娘も受け入れてるんですね」

「はい、少佐やっているみたいです。

 陸軍は艦娘とは離れていますからね。海軍よりはスムーズに軍人として受け入れているみたいです」

「能力相応の地位ですか。

 ちょっとうらやましいですね」

「海軍ほど身近じゃないから余計じゃないですか?」

 綾波の言葉に雪風は苦笑して頷く。どうも陸軍は艦娘を正しく軍人として扱っているようだ。

 少し、羨ましい。

「ま、それもこれも狙ってやっている事なのでいいじゃないですか。……と、陸軍大将自らいましたか。

 雪風たちの監視でしょうか?」

「実験の、警戒だと思います。こんな事で人死なんて、馬鹿話にもなりません」

「いざとなったら雪風が出ますよ。

 陸軍の皆さんとは友好的に行きたいですから」

「海軍全体がそうならいいのですけどね」

 はあ、と綾波は溜息。雪風はひらひらと手を振る。仕方ない事もある。……それに、その方が都合がいい事も、ある。

「ま、仕方ありませんよ。…………さて、銚子基地は、人いませんね。吹雪さんはいつでも出撃可能、と。綾波さん、鰐川への河口に向かってください。恐らく逸れるとしたらそこです。…………では、《呪詛の御社》出力、0.01%、起動。

 展開領域、銚子港から霞ケ浦までです」

 

//.霞ヶ浦

 

「なかなか、難しいですね」

 微かに苛立ちを含んだ声。まあ、仕方ないでしょう。

 何せ、訓練を行っている銃、《戈》は、……まあ、強いていえば狙撃銃。けど、あまりにも特殊で、癖が強すぎます。

「艦砲よりは位置修正楽ですけど、それでも、細かい調整は難しいです。

 基本は待ち伏せによる狙撃。です」

「やはりそうなりますか」

 艦娘のようにはいきませんね。解ってはいましたが。仕方ありません。

「製造コストは実際の艦砲に比べれば随分と安くなる。

 それと、」

 大将殿は視線を落として、

「これなら確かに、巡洋艦級の深海棲艦なら打破できるだろう」

 過去の情報から引っ張り出した。正しく艦船と同様の硬度を持つ的。まあ、ラジコンですけどね。

 見事に撃ち抜いています。もっとも、私は銃撃の結果を書き込みながら、

「命中率が低ければ意味はありません。

 訓練が必要です」

 確かに、的は小さいです。一メートル四方の箱ですから、深海棲艦に比べれば小さいでしょう。速度も、駆逐艦級を参考にしているので決して遅くはありません。

 とはいえ、どうしても動きは単調で機械的になります。総合的に見ればやはり深海棲艦の動きには及びません。

 それでも、ちゃんと当てられないのですから訓練が必要です。

「初日であるからまずは銃になれる事が先決だ」

「…………了解しました」

 そうですね。私達艦娘の艤装とは違います。

 ほぼ体の一部と言っても差支えない艤装とは異なり、あの銃は正しく武器。なれるという事も必要ですね。

 難しいものです。

 一息。さて、マイクを手にして、息をすって、

「では、訓練を続けてください」

 

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