深海の都の話   作:林屋まつり

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六話

 

「あ、いたた。……はあ」

「痛そーねー」

 ひらひらと手を振る満潮。傍らにいる元帥は青い顔をしています。

「あの、霧島君。……その、なにか、必要なものはあるかい?

 その、私にできる事なら、用意するが?」

 心配そうに言ってくれる元帥には感謝です。けど、

「いえ、大丈夫です。……ええと、綾波、…………っていう艦娘が、資材融通してくれるそうです」

 どこの艦娘なのでしょうね? 恐らく、近くの銚子基地、だと思います。

「綾波、君。か」

「知り合い?」

 首を傾げる満潮。……まあ、知り合いかもしれません。

 この元帥、捨てられた艦娘を拾って、託児所みたいな事もしていますからね。

「ああ、託児所から出た娘?」

「た、託児所って、……その、なんだ。…………満潮君も、いたところなんだが」

「ああ? 私が児童だっての? 打ん殴るわよっ!」

「ひいっ? あ、いや、わ、私は事実を、言っただけでねっ!」

「元帥、それ確実に自爆です」

「ええっ?」

 それ、満潮児童を肯定していますよね。

「では、元帥。

 私は休憩に入ります」

「うん、……ゆっくり休んでおくんだよ。

 その、なんだ、夕食がまだなら部屋に持っていくから、無理はしないようにしなさい」

「…………元帥が?」

「うん、……………………うんっ?」

 何の気なく頷いた元帥は、やや青ざめた表情で視線を横へ。

「えーと、元帥。

 お気持ちはひじょーに有り難いです。正直感激です。……けど、出来れば殿方に、私室に入ってきて欲しくないです」

 気遣いは本当に嬉しいですよ。けどまあ、

「こ、の、ばか元帥っ! 何考えてるのよっ!

 女の子の部屋に入るとか、さいってーっ!」

「あ、い、いや、その、…………ええと、じゃあ、誰かにお願いするからっ!

 霧島君、部屋で休んでいなさい。だ、だから、ほら、満潮君、落ち着いて、落ち着いてっ!」

 荒ぶる満潮を必死で宥める元帥。さて、実をいえばもう少しちょっかいをかけたい気分ですが、休みたいですし、この場は離れましょう。

「では、失礼します」

 

//.霞ヶ浦

 

「《呪詛の御社》、制御実験成功。ですね」

「霧島さんを巻き込んだのは、申し訳ないです」

 はあ、と綾波は溜息。雪風も苦笑して頷き、

「ま、陸軍の方々もいい実験データがとれてよかったんじゃないですか?」

「脅威に、なるでしょうか?」

 ぽつり、綾波が呟く。雪風は、一応、首を横に振る。

「傍から見てましたけど、あの威力じゃ戦艦とかは撃ち抜けません。海軍としては、今のところ脅威になる事はありませんね。

 まあ、艤装があれば、ですけど」

「それは、かなり怖いです」

 艦娘とは言え、艤装を装備していなければただの少女でしかない。熟練の狙撃手に音速超過の狙撃銃で狙われたら、生き残れるとは思えない。

「海軍、陸軍と仲悪いですからねー」

「…………い、今のところは、綾波達とはそれなりに良好、です」

 綾波の言葉に雪風は苦笑。

「ま、何にせよ大きな問題はなし。

 陸軍の切り札も見れましたし、量産体制うんぬん言っていましたけど、それも結構苦しいと思います。……ま、援護が得られるのは、心情的には有り難いですけどね。

 深海棲艦撃破を叶えるなら、艦娘だろうが陸軍の狙撃銃だろうがなんでもいいんですし」

「そうですね。……さて、綾波は銚子基地の資材を徴収して東京鎮台に送り届けます。

 陸軍とはもうしばらく仲良く行きたいですからね」

「末永く、が理想的ですけどねえ。……またデータ銀蠅くらったらしいですよ。

 時雨が頭抱えてました」

「ざるですね」

「規模拡大し続けたせいで管理が行き届かないんですよ。

 ま、多数の雑兵と、まとめる意思もない上官、っていうなら妥当なオチでしょ。重要なデータは陸軍さんに管理してもらってるので、問題はありませんけどね」

「…………その発言が問題ですよお」

 がく、と肩を落とす綾波に雪風はけらけら笑って、

「それでは、雪風は先に帰ります。

 後始末はお願いしますね」

 

//.霞ヶ浦

 

 筋肉痛のように痛む体に鞭打ってシャワーを浴び、ほう、と一息。

 痛いですけど、体が綺麗になるのは心地よいものです。

 シャワーから出て、時計を確認、まだ、眠くはありませんね。白湯を用意して机に置く、夕食は元帥が用意してくれるそうなので好意に甘えましょう。

 適当な本を引っ張り出して視線を落としたところで「霧島ー」

 おや、

「どうぞ」

 満潮でしたか。

「夕ご飯、サンドウィッチでいいわよね?」

「ありがとうございます」

 お皿に、丁寧に載せられた、少し歪なサンドウィッチ。……これは、買ったものではありませんね。

「手作り? まさか元帥が?」

「なわけないでしょ。私が作ったのよ」

 ほほう。

「…………なによ。私がこういうの作るの意外だっての?」

「いえいえ、元帥忙しそうですからねえ」

「ばっ、……な、なんでそこであの馬鹿元帥がでてくるのよっ!

 あいつは関係ないわよっ!」

「頭脳派を甘く見てはいけません。

 では、いただきます」

「ちゃんと会話しなさい会話っ!」

「忙しい元帥のため、文句を言いながらなれない料理に四苦八苦する満潮。……ごちそうさまでした」

「んなっ? なわけないでしょっ!

 なんで私があんな馬鹿元帥のためにそんな事しなくちゃならないのよっ!」

「言って欲しいですか?」

 逆に問いました。……ふふ、顔を赤くするとは、また可愛らしい反応です。けど、

「いらない、黙りなさい。妄想派」

「頭脳派ですっ!」

 そこは決して譲れない一線ですっ!

 

 さて、満潮を帰して、今日は眠りましょうか。

 すぐの回復が出来ない、というのは不便ですが仕方ありません。そもそもここは海軍ではなく陸軍、回復が出来るだけでも御の字です。それに、

「解体、ですか」

 もともと、私は解体をされる予定でした。それを拾いあげられ、居場所を与えられ、さらには、役に立てる場を与えられた。

 過ぎた幸運、です。……そう、例え、…………………………「例え?」

 深海棲艦を穿つ事がなかったとしても? いえ、そんなはずはありません。

 全身の痛みがそれを否と告げています。

「そうですよね。……私、今日、艦娘としての本分を果たした、のですよね」

 イクや綾波、そして陸軍の皆の助力があったとはいえ、決して少なくない深海棲艦を轟沈に導きました。大金星、会った事はありませんが、きっとお姉さま方も喜んでくれるでしょう。

 けど、

「ええ、と?」

 

 だから、それがどうした?

 

「あ、れ?」

 胸にあるのは、……いえ、あるはずの高揚はなくて、……ない、どころか。それこそ土砂を砲撃した時の方が、まだ、

 

 それは、所詮、その程度の事。

 

 まだ、嬉しかったような。…………あ、れ?

「妙ですね。頭脳派のくせに、何をもてあましているのでしょうか、私は」

 お茶が飲みたい、と、唐突に思いました。いえ、

 お話がしたい。出来れば、お姉さま方と、……もちろん、そんな事、叶うわけがありませんが。

 けど、

「つっ」

 寝巻代わりの浴衣。別にそのままでもいいでしょう。

 眼鏡をかけ、立ちあがりました。もう夕食は終わっている時間ですけど、食堂は空いているでしょう。

 痛む体を引きずって歩く。ただ、話をしたい。と、それだけのために、

 

「こんばんわ、どうしたんだい? こんな時間に」

「先生?」

 誰もいない食堂。眠るイクを膝に乗せて丁寧に頭を撫でる先生です。

「将門君から話を聞いているよ。

 結構な傷を負ったそうだね。寝ていなくていいのかい?」

「いえ、痛いだけです。

 大丈夫です」

 特に、悪化とかしません。

「そう? けど、無理をしてはいけないよ。まあ、霧島君はそういうタイプでもないか。

 どうしたんだい? 相談なら乗るよ」

「そう、ですね。相談、というわけではないのですが。……いえ、正直愚痴にしかならないかもしれませんが」

「ああ、それなら気にしなくていいよ。

 大丈夫、惚気以外ならいくらでも聞くよ」

「のろけはだめですか」

 まあ、聞いていて楽しいものでもないでしょうね。対して先生は溜息。

「昔、友達がいてね。馬鹿だけど。

 よく酒呑みながら惚気話を聞かされて、正直鬱陶しかったよ」

「ご愁傷様です」

 もっとも、悪い関係ではなかったのでしょうね。ばか、と言った時の先生の表情に悪意は感じませんでした。

 友達、だったのでしょう。……こほん。

「…………ええと、今日、私は、深海棲艦を撃破しました。

 数はよく覚えていないですけど、海軍所属の艦娘と比較しても決して劣らぬ戦果だと自負しています」

「そう」

 先生は頷きました。私は、自分の胸に手を当てて、

「艦娘は、深海棲艦を打破するために存在します。

 いわば、私は、……戦艦、艦娘、霧島は本日、確かにその存在意義を果たしました。今まで、…………ええ、心情的には非常に不本意ですが、それでも、あえて言えば、今まで霧島はその存在意義を果たせず、くすぶっていました。そして、念願かなって深海棲艦を打ち砕く事が出来ました。

 …………なのに、なぜでしょうね。なぜ、霧島は、大して喜べないのでしょうか」

 本当に、愚痴になってしまいました。

 申し訳ございません、と。言う前に、

「艦娘も、難しいね。

 だからなのかな、尊治君や言仁君、あの顕仁君も、艦娘を可愛がっている。……そうだね、僕も彼らの気持ちはわかるよ」

「先生?」

「霧島君、君は誤解しているよ。

 艦娘は深海棲艦を打破する為の存在じゃない。……艦娘は、その程度の存在じゃないんだよ」

「そう、……なのですか?」

「そうだね。霧島君。

 明後日は予定あるかな?」

「明後日ですか? 開発の人と艤装について、それと、《戈》の整備をしたいです」

「それ、僕が将門君に言って延期してもらうから、明後日あけておいてね」

「え、ええ?」

「明日は入渠で休憩でいいから、明後日ね」

「いいのですか?」

 というか、この先生、言いだすと止まらないのです。

「いいんだよ。……見て欲しい物があるんだ。

 それに、知って欲しい事もね。霧島君、君のその問いは、明後日見たもののあとに答えを出すといいよ。

 想いをもてあますのは辛いと思う。けど、それまで待って欲しい」

「え、ええ、解りました」

 思わず、真面目な言葉が返ってきました。どういう事でしょう?

 とはいえ、待てと言われれば待つしかありません。先生の言う見せたいものにも興味があります。

 首を傾げながら私は寝室に戻りました。

 

//.銚子基地

 

「ふぅ、……まったく、面倒な事をしないで欲しいです」

 綾波は片手の単装砲に視線を向けて一息。

 あと、資材を探さないと。

 この基地にいた艦娘は全員、自分の所属する舞鶴鎮守府に強制送還した。同時に追放した提督たちはどこに行ったのか知らない。おそらく近くの基地か泊地かにでも行った、と思う。追放した後の事に大した興味はない。

 横須賀鎮守府に連絡を入れるかもしれないが、問題はない。もみ消す方法などいくらでもあるし、面倒になったら逃げた先の基地もろとも壊滅させればいい。

 だから綾波は些事を気にせず資材がある場所を探して基地を歩く。と、

「はい、綾波です」

 無線が着信を告げる。通話、相手は、

『お疲れ様です。吹雪です』

「お疲れ様です。どうしましたか?」

『先生が、霧島さんに《呪詛の御社》を見せると言っています』

「そう、ですか。……その霧島さんって、陸軍の?」

『はい、少佐をしているそうですね。

 その、艦娘にも階級を預けて相応の職務を任せるのは、凄いと思います』

「同感です。

 …………まあ、あれは陸軍の大将や元帥も承認していますし、綾波はいいと思います。けど、時雨はしぶりそうですね」

『時雨ちゃん、情報が漏れる口は少ない方がいいって、言っていますから』

 吹雪の、困ったような声に綾波は苦笑。それもそうだ、と。

 けど、

「陸軍なら大丈夫だと思います。

 あそこは、そうざるでもありませんから、……ええと、けど、誰か同行した方がいいです。やっぱり危ないものですから」

『簡単には壊れませんけどね。……ううん、どうしようかな。

 流石に時雨ちゃんを呼ぶのは悪いし、…………雪風ちゃん、もう帰っちゃいましたよね?』

「後始末を綾波に押しつけて帰りました」

『そう、なんだ。……じゃあ、私が案内しようかなあ』

「赤城さんにお願いすればいいと思います」

 確か、横須賀鎮守府にいたはず。故の言葉に、

『赤城さんは、だめ、です』

 小さいながら断固とした言葉。……溜息。

「じゃあ、綾波が行きます。今、銚子にいるので、これから横須賀に向かいます。

 寝床とかの準備をしておいてください」

『……ごめんね。綾波ちゃん』

「銚子基地から徴収した資材を陸軍の東京鎮台に届けないといけないので、代わりに誰かお願いします」

『うん、こっちで運送は手配するから、解りやすい場所に置いておいてね』

 通話を切る。少し急いで探さないといけない。

 けど、

「どう思うでしょうか、《呪詛の御社》の事を知ったら、…………まあ、」

 なにかあったら、自分で仕留めるしかないです。と、綾波は溜息。

 真っ向勝負で霧島に負けるとは思えないが、とはいえ積極的に交戦したくない。……せめて、

「先生も、ちゃんと考えているのかなあ」

 なにかあったら止めてくれるように、止められるように手配しておいてくれればいいのだけど、と呟いた。

 

//.銚子基地

 

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