深海の都の話   作:林屋まつり

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七話

 

「相変わらず、ぼろいですね」

「仕方ないでしょ。これくらいしかないんだから」

 放棄された泊地にある入渠施設。手入れなんて望めないので、古いです。

 のんびりと入渠する私と、ちゃぷちゃぷと湯に足を浸して蹴立てる五月。

「今日は一日休み?」

「そうですねえ。……まあ、」視線を向ける、回復までの時間「二時間程度で回復するのに一日休み貰うというのも、申し訳ないですが」

「それだけの事をやったって思われてるんでしょ。

 好意なんだから、有り難く受け取りなさい」

「そうします」

 んっ、と伸び。全身に感じていた痛みが少しずつ癒えていく、実感。

「五月は?」

「私も一日休みをもらったわ」

 にや、と笑いながら告げる五月。……まあ、つまりそういう事ですね。

「では、一緒に買い物にでも行きますか?」

「ええ、そうしましょう」

 

 入渠を終えて、一息。……牛乳が欲しいです。

 ではなくて、私服を着て準備完璧です。泊地を出たところに車を止めていた五月。私は助手席へ。

「それで、どこに行きますか?」

「そうねえ、ま、お買い物に行きましょう。

 使う暇もなかったんだし、ぱーっと使いましょうか」

「そうですね」

「たまには元帥のお財布に頼らないのもいいわねっ!」

「…………え? いつももらっているんですか?」

 流石にそれはどうかと思います。満潮がきっとすごい事になりますよ。多分。

「では、行きましょう」

「それにしても、霧島ちゃんも車運転できるようになればいいのにね」

 発車しながら五月。同感です。けど、「艦娘に戸籍はありません」

 免許の取得は不可能です。

「残念ねえ」

「艦娘の扱いについては海軍が一任していますからね。

 下手に人権を認めると面倒なのでしょう」

 おもに扱いとか、出撃とか。

「それもそうね。……ただ、正直なんとかしたいわね」

「そうですね」

 とはいえ、現実的に不可能だと思っています。資材があれば建造できますから。

 まあ、そう思ってくれる人がいるという事だけ、有り難いと思いましょう。

「さーて、何買おうかしら」

 楽しそうにハンドルを握る五月を横に、どうしましょうか、と少し考えました。

 満潮にお土産もいいかもしれませんね。

 

「さーて、と。

 何買おうかしらねっ」

「…………静かですね」

 爛々と瞳を輝かせる同行者を極力見ないようにしながら、ぽつり、感想。

 店がないわけではありませんけど、活気があるわけでもありません。

 苦笑。

「ま、仕方ないわよ。

 貧困も行きついて、買い物も最低限のものしかなくなったのだしね」

「そうですね」

「ま、けど皆が懸命生きているわけだし、私は好きよ。こういう社会も」

「そうですね。

 それに、確か犯罪もないのですよね?」

 問いに、五月は苦笑。肩をすくめて「そうね。深海棲艦が発生してから、面白い速度で犯罪数が減少しているわ。ここ最近はゼロ、……まあ、道路交通法違反とか、そういうのはあるけどね」

 殺人、傷害、強盗などの凶悪犯罪は全く起きていない、と。五月。それは、

「幸せな社会ですね」

「そういう事。

 だから私はこれでいいと思うわ」

 例え賑わいがなくても、例え、貧しかったとしても、

 人は他者を害することなく懸命に生きている。……そうですね。

「私も、そう思います」

 そんな、静かな生活なら、皆が静かに、穏やかに暮らせるのなら、それは幸いなことだと思います。

「ふふ、霧島ちゃんもそう言ってくれるなら嬉しいわ」

 五月は楽しそうに笑いました。

「皆も、そう思っていますか?」

 皆、……もちろん、陸軍の皆です。それと、元帥も、でしょうか? 満潮はあまり気にしていなさそうですが。

「もちろんそうよ。

 私達軍人のなすべき事は民の平穏を護る事。そのために命を懸けているわ。だから、この静かで平穏な社会は歓迎する事、そして、絶対に守らなければいけないものね」

 きっぱりと言ってのける五月。……そう、何のために命をかけるのか、何のために戦うのか、……そうです。それが答えです。

「そうですねっ!」

 そうです、私達はそのために戦わなければなりませんっ! …………ええ、そうですっ! 例え、私の主砲で撃ち抜くのが土砂であっても、それが平穏のためなら歓迎すべき事ですっ!

「…………ど、どうしたの? 霧島ちゃん」

「いえ、不肖霧島。誤解をしていましたっ!

 そうですっ! 私達は艦娘である以前に軍人っ! 護国のために戦う者ですっ! 例え私の主砲が撃ち抜くのが土砂であろうと、それが国のためになるのならば本望ですっ!」

「え、ええ、そうね。そう言ってくれると嬉しいわ」

 ぎゅっと五月の手を握り、胸を張って宣言。

「…………っていうか、悩んでたの?」

「え、えーと、実は、……はい、少し。

 艦娘としてこれでいいのかな、なんて思っていました」

「ふふ、考えすぎちゃうのは頭脳派の欠点かしらね?

 そう、難しく考えなくていいのよ。護りたい人のために戦う、人の平穏のために戦う。それでいいじゃない」

 くしくしとなぜか撫でられました。子供扱いしないでください。

「そうですね。……はい、私もそう思います」

 

「と、言うわけで御土産です」

「あ、うん、ありがとう。霧島君」

「どうしたのこれ?」

 お土産、箱詰めされたお菓子を押しつけたら元帥は恐縮して満潮は首を傾げました。

「今日一日、お休みを貰ったので買物をしてきました」

「それでお土産、……いや、霧島君。

 前に新しいマイクを欲しいって言ってなかったっけ?」

「それは後で元帥に買ってもらいます」

「なぜっ?」

「あんたねえ、この馬鹿の財布かなりやばいわよ」

 満潮に真顔で言われてしまいました。そんなにやばいのですか。

「まあ、ともかくお土産を受け取って代わりにマイクを買ってください」

「明らかにマイクの方が高いのだけど、……まあ、ありがとう」

「ああ、……これでまた馬鹿元帥の財布が軽くなる。

 霧島、あんたも少しは手加減しなさいよ」

 頭を抱える満潮。元帥は微笑んで「まあ、いいじゃないか。霧島君は頑張ってくれたのだし、お土産も買ってもらったのだしね」

「…………はいはい。ったく、そうやって甘いから五月とかにいろいろ請求されるのよ。

 霧島も、マイク、あんまりいいのはだめだからね」

「心得ています。元帥のお財布に優しい方向で考えています。

 大丈夫っ、抜かりはありませんっ」

「はは、……まあ、手心を頼むよ。じゃあ、食べようか」

「はいはい」

「それで、元帥。一つ、お聞きしたい事があります」

 椅子に座って、問い。元帥は開けようとしたお土産を満潮に取り上げれながら「なんだい?」

「元帥はなぜ戦うのですか?」

「…………いや、私に戦う能力はないよ。その、なんだ。……現場に出る事もない、皆には申し訳ないのだけどね」

「ばか」

 困ったように応じる元帥に、箱を開けてお菓子を渡しながら小さく呟く満潮。同感です。

「別に元帥を現場に引っ張り出そうなんて考えていません。私はそこまで馬鹿な事しません。

 そうではなくて、…………そうですね。どういう想いで仕事をしているのか、です」

「仕事、か」

 ふむ、と元帥は小さく呟きました。満潮も、興味深そうに元帥を見ています。

「そう、……だね。まあ、なんというか、…………大した仕事も出来ない私が言うのもなんだが、」

 一息。元帥は私と満潮に視線を向けました。

「君たちのためだよ」

「へ?」「は?」

「君たちが、皆が、後悔しないように、精一杯生き抜いて欲しい。やろうと、決めた事をやり遂げて欲しい。…………私は、そんな事を考えているよ」

 えと、……それは、…………なんと、いいましょうか。

 思わず沈黙、満潮もなんと言っていいのか、と。そんな表情。その沈黙をどう受け取ったのか、元帥はおろおろし始めました。

「………………ま、まあ、……その、……大した事は出来ていない、が。……いや、申し訳ない、のだが」

「…………うるさいわよ。ばか」

「うぐっ」

 がくっ、と。そんな風な元帥。

 ただまあ、素直になれない満潮の代わりに言っておきましょうか。

「ありがとうございます。元帥。

 そのお心遣い、有り難いです」

「…………まあ、一応、感謝しておくわよ」

 そっぽを向いて満潮。元帥は少し、きょとんとした後。

「そうかい、……まあ、その、なんだ。

 そう言ってくれると安心するよ」

 柔らかく、微笑みました。

 

 今夜はすぐに眠りに落ちました。眠れなかった昨夜と異なり、いろいろと納得した事があったからかもしれません。

 だから、でしょうか。明日先生の連れていってくれるところが少し楽しみです。

 では、おやすみなさい。

 

 それは、平穏への祈り。

 それは、平和への願い。

「・・・・」

 ……………………それは、艦娘という英霊を形作った、もっとも尊き信仰の形。

 

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