深海の都の話   作:林屋まつり

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八話

 

 翌日、朝から私は先生の運転する車に乗ります。

 向かう先は、……なんていうか、私の鬼門なのですが。

「先生。大丈夫ですか? 私の事を海軍に知られると、おもに元帥の胃が大変ですよ」

「そうだね。……まあ、けど大丈夫だよ」

 そう、どこに行くのかと思いきや、向かう場所は横須賀鎮守府。海軍にその存在が知られると主に元帥が困る陸軍所属艦娘である私にとって、最大の鬼門です。

「その根拠は?」

「正確には鎮守府じゃないんだ。

 まあ、鎮守府の一施設という事になっているけど、海軍の誰も近寄らないよ。正確には近寄れないんだ。吾妻島っていう、離島なんだけどね」

「……そういうところ、入っていいんですね」

「うん」

 …………この先生、何者でしょうか?

「それで、何を見せていただけるのですか?」

 興味があります。私を海軍の鎮守府に引っ張り出してまで、それも、海軍の誰もが近寄れない場所に呼んでまで見せてくれるもの。興味がわかないわけがありません。

「そうだね。……五月君から聞いたよ。

 霧島君、君は、人々の平穏を護るために戦いたい、と思っているんだね? それが結果として戦艦としての役割を果たさず、敵を撃ち抜く事なんてなかったとしても」

「もちろんです。

 それこそが艦娘の本分だと思っています」

 応じる言葉に先生は複雑な視線。

「ここに到着する前に、少し、僕の知り合いの話をしようか。

 霧島君、大将代行って知っているかな?」

「いえ」

 もちろん、言葉の意味は察せられます。おそらく、海軍大将の代行者、代理人なのでしょう。

 海軍は陸軍に比べ非常に大きな規模を持ちます。大将の仕事も相応に多いでしょうし、それならば仕事をスムーズに行うためにも代行権限を持つ者がいる、というのも解らなくはありません。

「海軍大将。……横須賀、舞鶴、呉、佐世保にある鎮守府の長。

 まあ、その中でトップは横須賀鎮守府の長なんだけどね。大将代行っていうのは、その大将の秘書艦の事だよ」

「え? 大将に秘書艦がいるのですか?」

 大将ともなれば艦娘を指揮する事なんてないと思うのですが。

 私の言葉に先生は苦笑。

「そうだよ。初期から今まで生き残って、莫大な量の経験を積んだ、全艦娘の中でも最上位に位置する艦娘だね。

 指輪持ちは知っているよね?」

「…………はい、……そういう事ですか」

 指輪、艦娘の成長限界を解除する指輪です。初期から、延々とその実力を高めた艦娘となれば、仮に駆逐艦といえど戦艦である自分さえ一蹴する、…………「綾波」

「そういえば、会ったみたいだね。

 そうだよ。一昨日の任務で会った綾波君がその一人だよ。舞鶴鎮守府大将代行だね」

「結構な大物と会っていたのですね」

 驚きました。……けど、同時に納得もしました。

 駆逐艦の艦娘。その砲撃で容易に重巡洋艦級の深海棲艦を撃ち抜いたのならば、あるいは、そうなのかもしれません。

「横須賀鎮守府の吹雪、呉鎮守府の雪風、佐世保鎮守府の時雨、舞鶴鎮守府の綾波。

 彼女たちが大将代行と呼ばれる艦娘だよ。向こうに行ったら綾波君に会うから、彼女にもいろいろと聞いてみるといいよ」

「そうですね」

 これは、非常に興味があります。興味深い話をたくさん聞けるでしょう。……なるほど、

「先生が見せたいものというのは、彼女の事、…………ですか?」

 言いながら、変だと思いました。綾波となら、見せるではなく会うというでしょう。

 案の定、先生は首を横に振りました。

「彼女じゃないよ。もっと別のもの。

 海軍の大将代行たちと、陸軍の大将、そして元帥が共同で運営する、軍部の最高機密施設。それを見てもらおうと思ってね」

「海軍、……大将、ではなくて、ですか?」

 軍部の最高機密というのなら、代行である艦娘ではなく大将直々に管理をすると思うのですが。

 問いに、先生は笑って応じました。

「違うよ。大将代行の、艦娘が、だね。

 だから霧島君にも見て欲しいんだ。古い艦娘たちの、祈りの形を」

 祈り、ですか。

「それは、皆の平穏を護る、という事ですね?」

「そうだよ。その方法に対する彼女たちが出した答えがあるんだ。

 それを見て、霧島君がどう思うか。……このために戦う事を是とするか、それを改めて考えて欲しいんだ」

「わかりました」

 一つ、深呼吸。……そうですね。

 陸軍の大将や元帥も認めたその答え。私も知り、そして、叶うならば肯定して軍務につきたいです。

 その方が、やりがいもあるでしょう。……もし、

「もし、その答えを私が肯定できなかったら?」

「陸軍にいるのが辛いのなら、イクと一緒に僕が面倒を見るよ。

 他にも行き場はいくつか知っているから、好きなところを選ぶといい。何にせよ、後悔しない方法を選択して欲しいからね」

「はい、……御気遣い、感謝します」

 昨夜の元帥にもですが、本当に私は人に恵まれています。

 私の返事に先生は笑みを浮かべて、

「さて、そろそろ到着だ」

 

 長い鉄製の橋。

 そして、

「こんにちわ、先生、霧島少佐」

 綾波がいました。「こんにちわ」と挨拶。

「では、乗りますね」

 そして後ろの席へ。

「霧島君も、綾波君の隣に座るといいよ。

 話、聞いておきなさい」

「そうですね」

 頷き、外へ。

「それにしても驚きました。

 先生から聞きましたよ。舞鶴鎮守府の大将代行だって」

 車内に入りながら我ながら多少意地悪な笑み。応じるのは困ったような笑みで、

「いえ、……単純に古参っていうだけです。

 それに大将代行なんて言っても特に権限はありません。メッセンジャーみたいなものです」

「けど、それだけ信頼されているという事でしょう」

 まったく、謙遜も過ぎれば嫌味です。

「では、行こうか」

 座った事を確認して発車しました。

「それで、霧島少佐」

「霧島、でいいですよ。

 綾波大将代行殿」

「うっ、……え、えーと、霧島さん。

 それ、止めてください」

「はい、綾波。

 それで、これから向かう場所ですよね?」

「はい、軍事特秘、《呪詛の御社》です」

「社、……ですか?」

 確か、えーと、……「神社?」

「のようなものです。

 由来とか、縁起とか、そういうのはないですけど」

 がくんっ、と車が揺れました。「雑木林?」

「鎮守の森だよ。

 少し揺れるから気をつけてね」

「はい」

 まあ、それなりに整備されているので大丈夫でしょう。確かにがたがたと揺れますけど、

「そうですね。神社、というよりは、呪詛、……人の持つ害意や敵意、悪意、そう言った悪い感情を吸い寄せるための施設です」

 え?

「そんな事、……出来るの、ですか?」

「出来ます。

 犯罪、凄く少ないでしょう? それは、犯罪に走らせるような悪い感情をすべてこちらで引き寄せているからです」

「そうなのですか」

 驚き、ました。……確かに、この国の犯罪率は低い。貧困で余裕のない状況という事を考えればなおのこと、驚くほどです。

 それにはこのような理由があったのですね。

「もちろん、副作用込みだけどね」

「え? ……副作用、ですか?」

 運転をする先生が困ったように呟きました。綾波は溜息をついて、

「深海棲艦の発生を誘発させるんです。

 引き寄せた悪い感情、……まあ、私達は呪詛なんて呼んでますけど、それは少しずつ海に還さなければりません。

 深海棲艦というのは、そうした海に流された呪詛が蓄積されて出来た存在なんです」

 そうですか。つまり、

「深海棲艦の発生は、軍部によるものなのですね」

「そうです」

 綾波は、一息。

「私達は、それでよしと決めました。

 人々は悪い感情、呪詛を得ず、平穏に暮らします。私達艦娘は深海棲艦、呪詛を砕く。そうする事で国は確かに犯罪のない、平穏な社会が実現されています。

 代償に、シーレーンが閉ざされ貧困な状況となっていますが、それでもやっていけているのなら、貧しくても、平穏が維持できているのなら、それでいいと決断しました」

「そうです、か」

 確かに、これは驚きの言葉です。……あるいは、横にいる綾波に砲撃を加えても仕方ないかもしれません。艤装、持ってきていませんが。

 けど、

「わた「《呪詛の御社》を見てから、どうするかは決めよう。霧島君」」

 私の言葉は阻まれて、「答えを急ぐ必要はないです」と綾波も頷きました。

「私達は、……その、陸軍とも友好的に付き合いたいです。

 だから、陸軍に所属する霧島さんにも、出来る限りの情報を提供します。そのうえで、納得して協力して欲しいです」

「わかりました」

 首を横に振り、思考の切り替え。

 そうですね。これほどの問題、即断するわけにはいきません。頭脳派として考えられる事、確認しなければならない事を考え、納得をしなければなりません。

 …………けど、すでに、それでいいと思っている自分がいる。少し困りものです。

 

 いくつかの思いついた質問。応じるのはすらすらと応じる綾波。まるで、すでにその質問には一度答えたみたいに、…………結構、いろいろと聞いたのですけどね。

「凄いですね。ここまでちゃんと調査していたなんて」

「えーと、いえ、実は霧島さんがした質問。事前に全部受けていたんです」

「そう、ですか?」

 まあ、そうかもしれません。何せ、聞いただけではにわかに信じがたいものです。

 ましてやその影響は未知数、深海棲艦の発生さえ誘発するのなら、慎重に慎重を重ねた議論が必要です。

 と、

「それね。全部誠一君、……元帥が出してたね」

「へ? 元帥が?」

「そうですよお。

 すっごくばしばしと質問や確認を投げかけられて、大変でした。まあ、それだけ慎重だった、のでしょうけど」

「そうかもしれません」

 そういう人ですからね。元帥は、……ただ、それなら十分なのでしょう。

 安全は、海軍や私達が確保すればいいのです。

 その成果は、確かに現実となっているのですから。

 だから、…………

 

「到着したよ」

 

 先生の言葉に、私達は車を降りました。そこにあるのは、白木の鳥居。石畳。玉砂利。

「綾波君」

「はい、霧島さん、こっちです」

「え、ええ」

 呪詛、という割におどろおどろしい雰囲気はなくて、むしろ、……潔癖なほどに清浄な空間。

 石畳を歩く。かつん、こつん、かつん、こつん、と。音が響いて吸い込まれます。

「これ、海軍が?」

「ベースは、いざなぎ流という人たちが作ったみたいです。それを、豊浦、という人が今の形に作り直しました」

「豊浦、ですか?」

 知らない人です。綾波も首を横に振って「私も、よく知らない人です。直接来たのは妙な舞風でしたから」

「妙な?」

「変な仮面をかぶってたんですよ。

 日本の舞踏とかで使われる、……よく知らないですけど」

「ファッションでしょうか?」

「さあ、……けど、先生なら知っていると思います」

「そうですか、では、あとで聞いてみます」

 むんっ、と拳を握りました。……けど、綾波、なぜ首を横に振っているのですか?

「えーと、先生、その人の事あまりよく思っていないみたいです。

 すっごくいやそうな表情で関わらない方がいい、って言われました」

「そ、そうなのですか?」

 やや得体のしれないところはありますけど、温和な男性の印象があったのですが。

 まあ、嫌な人は嫌なのかもしれません。少し残念です。

 ともかく、石畳を歩いて、……「手水舎」

「あ、あそこで手を清めます」

「あるのですね」

 流石社です。ともかく、白木の柄杓に、澄み切った水を掬って手を洗って、口をすすいで、

「では、行きましょう」

「はい」

 もう一つ。白木の鳥居をくぐり抜けて、…………

 

 怖気が走るほど、清浄の地。

 ここに、自分という存在がある、この清浄な場に、自分という異分子が存在するという事が、恐ろしく感じる。

 

 鎮守の森に隠された。巨大な、白木の社。

 感嘆の声はこぼれない。この空間で、この、無音と言う清浄の中、音を発するということ自体が恐ろしい。呼吸をする事さえ憚れる。

 一筋の傷もない、一切の汚れもない、完全で、完璧な、……一切を穢れ拒む清浄の社。

 

 ここが、すべての元凶。そして、……人々の平穏を約束する社。

「これが、《呪詛の御社》です」

 

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