楽しいお茶を終えて、さて、おやすみのため家に戻る。途中。
「ぴょーーーーーーーーーーーんっ!」
「げふっ?」
お、お腹に打撃がっ?
「いぶきーっ!」「ふぁーんっ!」「うわーんっ」
打撃をされて倒れる私に、抱きつく少女達。睦月ちゃんと、三日月ちゃんと、皐月ちゃんね。……はっ!
「私に、モテ期到来っ?」
女の子に押し倒されるって、つまりそういうことよねっ!
「何を言っているのだ、馬鹿者」
ばさっ、と音。巨大な猛禽。この都にいる喋る猛禽といえば一人。
「あ、おじさん」
「久しいな、いぶき」
「えーと、これは何がどうなったの?」
確か、この娘たちはおじさんになついてたような。
「なに、花見の事でもめただけだ。
大した事ではない」
「た、大した事あるよっ!
おじさまっ! これは重要な事だよっ!」
がばっ、と立ちあがるのは睦月ちゃん。卯月ちゃんと三日月ちゃんと皐月ちゃんもこくこくと応じる。
と、
「おじさま、……あ、いぶき」
とことこと弥生ちゃんが現れた。卯月ちゃんが彼女を睨みつける。……二人、仲いいと思ってたのだけど。
「弥生っ! 弥生が変な提案しなければっ! うーちゃんだって、うーちゃんだってぇえっ」
なにか、半泣きになりながら卯月ちゃん。睦月ちゃん達もこくこく頷く。おじさんは処置なしとそっぽを向いてる。
「なにかあったの?」
「花見だ」
「ああ、おじさんも参加するんだ」
弥生ちゃんの後ろからやってきた如月ちゃん、文月ちゃん、菊月ちゃん、望月ちゃん、長月ちゃん。が、先行できた卯月ちゃん、皐月ちゃん、三日月ちゃん、睦月ちゃんと睨みあってる。
変ね、彼女たち、仲良かったと思ったのだけど。なんでこんな真っ二つに割れているのかしら?
「それで、誰が一緒に花見に参加をするかでもめてな。主催者が主催者だから、四人くらいなら連れて行ってもいいと思ったのだが」
「そうだよっ!」
睦月ちゃんがぱたぱたと駆け寄って来た。なにか、ぶんぶんと拳を振りながら、
「誰がおじさまと一緒にお花見に行くか、皆で話し合ったのっ!
それでね、熾烈な争いの結果睦月達が一緒に行く事になったのっ!」
「…………なんで話し合いから熾烈な争いになるの?」
「察せ」
「はい」
「睦月たちは喜んだよっ!
如月ちゃん達は悲しんでたけど、…………えーと? ……しょ、勝者は敗者に情けをかけちゃダメにゃしっ!」
「目の前で小躍りされると流石に腹が立つのだが」
じと、とした菊月ちゃんの言葉に頷く如月ちゃん達。
「そしたらっ、弥生がねっ!」
びしっ、と弥生ちゃんを示す卯月ちゃん。弥生ちゃんは淡々とした表情で「正当な報酬。文句を言われる道理はない」
「だからってっ! おじさまと二人きりでお花見デートなんて羨ましすぎるぴょんっ!」
睦月ちゃんたちがこくこく頷く。如月ちゃんが前に出て、
「羨ましいもないわ。おじさまだっていいって言ったわ。
だから、如月はおじさまと二人きりでお花見して、その後は近くの旅館で、…………もーっ、おじさまと二人っきりでお泊りなんて、如月、頑張っちゃうわっ!」
「…………往来でくねくねするな」
くねくねする如月ちゃんは、まあ、いいとして、
「そうだよー、羨ましいも何もないよねー、おじさまー
お留守番の正当な報酬だよねー、おじさまと一緒にお昼寝、楽しみだなー」
「っていってるけど、おじさん?」
「私は構わぬ。…………せっかくの宴会なのに留守番を押し付けられるのも面白くないだろう。
多少の我が侭は聞いてやる」
「わ、我が侭なんて、……その、私は、おじさまと、……て、て、手をつないで、お、おでかけしてくれるのなら、それ以上は、なにも」
しゅー、と顔を真っ赤にする菊月ちゃん。…………「手?」
おじさん、手、ないわよ? 羽ならあるけど。
「ああ、人の形の事であろうな。
出来なくもない、あまり好きな姿でもないが」
「あ、…………あの、なら、無理にとは」
視線を彷徨わせる菊月ちゃん。おじさんは苦笑。
「馬鹿者、我が侭を聞くと言ったであろう。
その程度の事なら聞いてやる」
「あ、……ありがとうございますっ!」
「礼を言うほどではないがな」
「ずるいっ、ボクもおじさまと二人きりがいいっ!」
「だめだ。一緒に宴会に参加するならそれで終わりだ」
文句を言う皐月ちゃんに首を横に振って応じる長月ちゃん。…………なんていうか、
「収拾がつかなさそうね」
「…………なにか、私は間違えたのか?」
ばちばちと火花を散らす少女達を横目に、おじさんは項垂れた。
「為朝さんは?」
「………………知らん。卯月と弥生が取っ組み合いの喧嘩をしているところで顔を出して、そのままどこぞに行った」
流石元武士、退き際が解っているわね。
感心する私の横、再度の喧嘩を始めた睦月ちゃん達を見ておじさんは溜息をついた。
翌日、私はひさめと鎮守府へ。
「言仁君、どうするんだろうね」
「さあ、昨日それ聞きたかったのだけど」
あまりにも楽しかったから忘れちゃったわ。
というわけで、改めて私とひさめは言仁君にどうするか聞きに向かう。
「大鳳、いないね」
「そうね」
誰もいない、鎮守府に来れば大抵大鳳がいるのに、彼女は来ない。
というわけで、言仁君の執務室へ。
入る、と。ぐったりとした金剛、きらきらな大鳳、不機嫌そうな響。
それと、「艦娘ね」
「戦艦棲姫?」
長門と、翔鶴ね。
「いぶき、ひさめ、どうしたの?」
「ええ、お花見、言仁君は参加するのか聞きに来たのよ」
「ちょうどその話をしていたところよ」
大鳳がひらひらと手を振る。さて、きらきらな彼女はともかく、
「響は、お留守番?」
「大鳳と司令官が出掛けるからね。
流石に鎮守府を空っぽにするわけにもいかないよ。……だから、私はお留守番」
やっぱり、
「ごめんね、響」
申し訳なさそうに応じる言仁君。そして、思い出すのは昨夜のやりとり。
「なら、言仁君。
なにか、響の我が侭を聞いてあげないといけないわね」
「いぶきっ!」「ちょっと、何を言い出すのよっ!」
「うん、もちろんだよ」
言仁君は真面目な表情で頷く。響を真剣な表情で見つめる。
「響、我が侭ばかり言ってごめんね。
代わりに、僕にできる事なら何でもするよ。大切な君のためなら、どんな我が侭でも叶えてあげるから、…………だから響。僕にして欲しい事、なんでも言って」
…………えー、と?
がくがく震える長門、……なんか、なにかいろいろ噴き出しそうな翔鶴。
「て、てて、テイトク、……な、なな、」
「提督、……って、響?」
がたがたしている金剛と、似たような状況の大鳳。……けど、大鳳は視線を向けた。その先、
「はふ」
響が轟沈した。
「…………ねえ、僕、なにか変な事言った?」
顔を真っ赤にして倒れた響。金剛と大鳳が冷やしたタオルをおでこに乗せて合掌している。
それを横目に凄い事を言うお子様。問いの先にいる長門は、少し真面目に考え、ゆるゆると首を横に振った。
「私には、解らない」
「そう? まあいいや。
それで、お花見だよね」
「言仁君、響を一撃轟沈させた事をまあいいやで終わらせた」
「…………実害ないからいいんじゃないの?」
いまだに合掌、……というか、翔鶴まで加わって三人に合掌される轟沈した響。
「お花見だね。
長門と翔鶴、大鳳と金剛に来てもらうよ」
「私は、別に護衛は必要ないと言ったのだが。
言仁が聞かなくてな」
あー、そうね。
「いや、いた方がいいわよ。
尊治君主催のお花見でしょ?」
「正成と護良、それに義興もいるからね。
僕も頑張るけど、念の為大鳳と金剛にもついてきてもらう事にしたんだ。……その、二人には危ない事に巻き込んで申し訳ないんだけど」
「い、いえっ、そんな事ありませんっ、提督っ!
私は提督の「じゃあっ、ワタシも我が侭一つお願いしマスっ!」金剛っ!」
「金剛は昨日の夜我が侭言ったじゃないか」
のっそりと復活した響。彼女の言葉に金剛は死んだような目で笑った。
「ふふふ、そうデス。昨日の夜、テイトクに我が侭言って、LoveでSweetな二人きりの夜を過ごす予定だったのデス。
それなのにっ! なんデスカあれはっ! なんでワタシは鈴谷とダブルノックアウトで一晩経過っ! そんなの絶対にNoっ! デスっ!」
「そういうオチだったの」
「なにかあったのですか?」
首を傾げる翔鶴。私は頷いて「なんでも、金剛を護衛に連れ出した事を気にしてた言仁君が、金剛に我が侭を聞くって言ったらしいのよ」
「それで、LoveでSweetな、二人きりの夜。…………う、羨ましい、です」
「翔鶴、お前もか」
言仁君って、凄いわよね。
「いーなー、私も言仁君と、二人きりの夜迎えたいなー」
「じゃあ私が可愛がってあげるわよ」
「え? …………いや、ちょっと遠慮」
どん引きされた事で精神的に中破。けど、私は負けないわ。
「ちなみに、その事を響に伝えたのは私」
「大鳳、……いつか、ワタシは貴女と決着をつけるべきだって思っていまシタ」
どや顔で告白する大鳳に陰惨な視線を向ける金剛。
まあ、いいわ。
「それで、いぶきとひさめも参加するんだ?」
「そのつもりよ」「うんっ、楽しみー」
「その花見というのは、そんなに、なんというか、大事なのか?
正直、今朝聞いたばかりなのでよく解らないのだが」
「そう? 言仁君?」
「うーん、《呪詛の御社》については尊治が何か言うと思うし、言わないかもしれないけどね。
ただ、そうだね。……その、主催者、尊治って言うんだけどね、長門」
「ああ」
「彼女、女の子なんだけど、僕と同じ魔縁なんだ。
ええと、空母の鬼と姫を一人で打破して、そのまま秘書として仲間に引き込んだんだよ。あと、水鬼もね」
「そんな事が、…………いや、可能なのか?」
「可能だよ。まあ、それは行けば分かるかな。彼女たちもいるし。
そしてその尊治に比肩する実力を持つ魔縁、正成と護良もいる。魔縁としての能力は彼らに劣るけど、新田義興は大島の基地を任されて、海軍でも最大規模の艦娘指揮を任されているよね。
そんな魔縁達が主催するお花見なんだ」
「…………それは、……なるほど、警戒するわけだ」
「自分が主催する宴席で争いを起こすなんて無粋な事をするとは思えないけどね。
ただ、万一の事を考えればね」
「そういう事か、了解した」
「その、《呪詛の御社》というのは?」
「それは尊治から直接聞いた方がいいかな。
ねえ、いぶき?」
「私あれ嫌いー
さっさと打ち壊したいわ」
ふん、とそっぽを向くひさめ、長門と翔鶴は首を傾げる。
響、大鳳、金剛は、ある程度は解っているのか、少し神妙な表情。
ただ、そうね。
「ええ、同感。…………まあ、そういうものよ。
私達、……ええ、姫種や鬼種の深海棲艦からしてみれば、一刻でも早く見つけ出して打ち壊したい代物ね」
「ここにいる私達にとってもね。……ただ、どうするかは司令官に任せるよ。
私達は死者だ。生者の世界にいちいち口を出したいとは思わない」
響の言葉に大鳳と金剛も頷く。けど、
「長門たちは、まだ生者。
だから、話を聞いて決めて欲しい。どうするかね」
「………………わかった」
その意味をある程度察したのか、長門と翔鶴は真面目な表情で頷く。さて、
「それじゃあ、準備ができたら行こうか。
吉野まで、結構、遠いんだ」
少し悩んだけど、私とひさめは言仁君達と一緒に行く事にした。
鎮守府を出る。言仁君が呼んだらしい、夕立と時雨が手を振って送り出してくれた。
ちなみに、
「響、なにかあったらすぐに呼んでね。無理をしないで、なにかあったら都の皆を頼ってね。
酒呑童子もこの都にいてもらうから、なにかあったら彼を頼っていい、絶対に無理をしたらだめだよ」
響の手を握って言仁君。心配性よね。
「うん、解った。大丈夫だよ。
じゃあ、司令官、行ってらっしゃい。いろいろあると思うけど、楽しんできて欲しい」
「お土産話たくさん期待してるっぽいっ!」
「行ってらっしゃい、お土産待ってるよ」
というわけで、私達は無目籠に乗って上へ。
「山の中なんだけどね。
ただ、紀ノ川っていう川が吉野の近くまで流れてるから、それ遡って行くね。吉野神宮駅近くに宿があるらしいから。そこで一泊して吉野神宮駅から電車とロープーウェーを使ってお花見の会場だね」
「そうか、……それにしても、艤装がないというのは少し不安だな」
当たり前だけど、翔鶴も長門も艤装はない。どこぞで買ったらしい私服で、溜息。
「宴席に艤装とか、無粋よ。
別に長門が個人的にそう思われるのは勝手だけど、一応、貴女達は言仁君の付き人、連れてきた言仁君まで無粋呼ばわりされるわよ」
「むぅ」
生真面目なのねえ。
「いざとなったら私と金剛でなんとかするわ」
「お任せデースっ!」
「深海棲艦は、そういう時に便利ですね」
翔鶴が苦笑。そう、深海棲艦の艤装は文字通り体の一部。いつでもどこでも展開可能。それに、特に金剛の艤装は特殊だしね。
「じゃあ、貴女も深海棲艦になってみる?」
「それは死ねって事ですよね?」
とまあ、そんな会話を交わしながら指定された旅館へ。
「ここだねー」
ひさめの言葉に私も頷く。うん、招待状に書いてある通り。
「ここの旅館、貸し切り?」
「そうみたいだね。食事は適当に、らしいよ」
「雑だな」
ぽつり、呟く長門に言仁君は肩をすくめて「誰が何人連れてくるかわからなかったんでしょ」
「そういう事か」
「料理当番が必要デースっ!
昨夜の手料理のお礼に、テイトクには自慢の英国式カレーを食べて欲しいデスっ!」
「金剛の手料理かあ、……じゅるり」
「…………貴女はダメデース」
「こらこら、金剛。
ご飯は皆で一緒に食べようね」
わざとらしく唇を拭う仕草に金剛の嫌そうな表情、苦笑して窘める言仁君。
まあ、大体いつも通りの風景。解っているのか金剛も「わかりまシター」と、気楽に頷く。
と、
「兄さま?」
兄? と呼びかけた男の人。やせている、という感じはしないけど、線の細いすらりとした青年。結構格好いい。
けど、兄? ……右、左、見る。金剛達もきょとんとしているけど、この場で、兄、と呼ばれるとすると、
「や、尊成」
「誰かは存じませんが、旦那様を呼び捨てにしないでいただけますか?」
気楽に手をあげる言仁君、そして、二人の間にむっとした表情で割って入るのは、中間棲姫。
そして、割って入った彼女に警戒するように金剛と大鳳も前へ。
苦笑。
「きく、彼は兄だ。
彼の方が年長なんだから、呼び捨てでいい」
「へ?」
尊成、と呼ばれた青年の言葉に、きく、と呼ばれた中間棲姫は変な声をあげて、
金剛と大鳳が目を見開いて、振りかえり、
「そうだよ。尊成、僕の異母弟だよ」
言仁君は、笑って頷いた。
//.尊成(後鳥羽帝)
悲劇の幼帝、安徳帝や大魔縁、崇徳帝、大天狗、後白河帝と、平安後期のあまりにも有名な方たちに負けず劣らずな、安徳帝の弟。
新古今和歌集を作った一人で中世屈指の歌人、刀を打つ事を好んだそうで、特に菊紋はこの御方が始まりとの事。
誰かが三種の神器の一つ(しつこいですが分霊)を海に沈めてしまったせいで、神器のない即位と扱われた、ある意味とんでもない悲劇の天皇。
そして、佐渡島に流されて怨霊になった方。当人は怨霊にはならないように気を配っていましたが、怨霊になるのに当人の意思はあまり関係ありません。残念な事に怨霊となってしまいました。
討幕を果たそうとしたという意味で後醍醐帝の先輩。後醍醐帝も後鳥羽帝の御影堂にお参りをしたとか、しなかったとか。
ちなみに、一時、顕徳、と諡号が送られましたが、改められました。理由は、…………あの先人を思い出させるからでしょう。ご当人も嫌がったでしょうし。
個人的に、『神』、『武』、『徳』の諡号を持つ一部の御方は注意が必要です。