深海の都の話   作:林屋まつり

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三話

 

「も、申し訳ございませんでしたっ!

 だ、だだ、旦那様の兄様とは知らず、ご無礼をっ!」

 平謝りする彼女。言仁君は笑って「ううん、気にしなくていいよ。それに、そう見えないもんね。仕方ないよ」

「え? 提督、本当なの?

 なんでこんな大きな弟さん?」

「魔縁に見た目を気にされてもね」

 それもそうね、人から逸脱した魔縁もいるし。

「それにしても久しぶりだね。尊成。

 参加しないと思ってたんだけど、佐渡島に引っ込んでて」

「そのつもりはなかった。

 が、きくは来た方がいいと思った。それだけだ」

「ああ、それもそうだね」

「さて、きく」

「はい、旦那様のつ、…………じゅ、従者の、きく、と申します」

「妻でいい。遠慮をする事はない」

「はいっ? あ、ありがとうございますっ!」

「…………感謝をする事ではないが?」

 凄い、このやりとりで二人の関係が大体把握できた気がするわ。

「で、でで、では、あ、改め、て。

 だ、旦那様の、つ、つつ、妻、の、きく、と申しますっ」

「そっかあ。

 じゃあ、僕の義妹だね」

「そうなる。

 きくにとっても、兄さまは身内にあたるな」

「はいっ、せ、誠心誠意尽くさせていただきますっ! 義兄様っ!」

「尊成、いきなり身内になったなんて言っても違和感あるし、すぐには無理だよ。

 きく、あまり気を使わないでゆっくり慣れていけばいいからね。無理にそう呼ぶ必要もないし、僕は気にしないから」

 柔らかく微笑む彼に、きくは、少し動きを止め、

「あ、ありがとうございます。

 ……旦那様のような、お優しい義兄様で安心しました」

 安堵したように微笑んだ。

「じゃあ、ワタシの義妹デ、いたっ?」

「どさくさまぎれになに言いだすのよっ!」

 両手をあげて宣言した金剛を打撃する大鳳。

 まあ、それはいいとして、

「それじゃあ、部屋に行こうか」

「兄さま、衣装合わせがある。

 部屋が決まったら案内しよう」

「うん、よろしくね。尊成」

 

 さて、

 とりあえず、同じ深海棲艦の姫である彼女のところへ。

 えーと、ここよね。扉をノック。「はい?」

 いぶき、と名乗ろうとしたけど多分彼女は私の名前を知らない。だから、「…………言仁君と一緒にいた、戦艦棲姫よ」

 扉が開いた。

「こんにちわ、どうしたのかしら?」

「ちょっとした親睦ね」私は部屋から持ち出した缶の緑茶を手に「いい?」

「もらうわ」

 部屋に入る、二人部屋。……「えーと、ご主人は?」

「旦那様でしたら、義兄様の所へ向かわれました」

「そう、……と、私だけどいぶき、って名乗ってるわ。

 そう呼んで、きく」

「いぶき、……そう、では改めて、きくです。以後良しなに」

「ふふ、幸せそうね」

 早速、親睦のお茶に口をつけたきくにいってみる。あ、むせた。

「な、いきなりなに言いだすのですかっ」

「思った通りの事よ。

 いい事だと思うわ、大切な人を得て、平穏に暮らす。……理想的じゃない?」

「ま、……まあ、そうですよね」

「馴れ初めとか聞いていい?」

 他人の恋バナとか実は興味がある。ちなみに愛読書は盗み読みしている大鳳の乙女漫画。

「そんなに面白くはありません。

 艦娘の襲撃を受けて、敗北して海を漂って、そのまま佐渡島に流れ着いて拾われただけです。艦娘の追撃も、旦那様の飼ってる鯨が迎撃してくれたので、なんとか生き延びました」

「飼ってる鯨?」

「ええ、……まあ、正確には骨の鯨、旦那様の構築したなにかのようです。詳しくは解りませんが」

「まともな人じゃないみたいね」

「…………話の流れをくんで首肯します。

 ただ、旦那様がそのように言われるのは面白くありません」

「失礼」

 一息。

「魔縁と名乗っていました。

 それ以外は何も、今は無人と化している佐渡島で、私と二人で静かに暮らしています」

「佐渡島ね。今度遊びにいっていいかしら?」

「今のうちに日時を教えてくださいね。

 でなければ化け鯨に襲われますよ」

「迎撃は、……どうかしらねえ?」

 それが何なのかわからない。よほどのものじゃなければ負けるつもりはないけどね。……私も、伊達で戦艦の姫を名乗っているわけじゃないわ。

「やめておきなさい」

「そうねえ。……じゃあ、お花見が終わったらその足で、でいいかしら?」

「わかりました。旦那様にも聞いてみます」

「ええ、お願い。……ふふ、楽しみね」

「そうですか?」

「いった事ないところに行ってみるって、わくわくしない?」

「…………私は今の場所で静かに暮していれば満足です」

 残念ねー、と。扉が開く。入ってきたのは男性で、

「きく、……と、確か、兄さまのところにいたな」

「いぶきよ」

「そうか、きくと仲良くしてくれたようだな。

 感謝する」

「いえいえ、私もお話が出来て楽しかったわ」

「旦那様、いぶきはお花見の後佐渡島に遊びに来たいと言っています。

 いかがでしょうか?」

「……そうか?」

 少し、困ったような表情、きくも察したのか「なにかご予定が?」と問う。

「無理にとは言わないわよ」

「いや、兄さまの構築した都に行ってみようと思っていた。

 いつでも行けるし、大した用事ではない。それよりもきくの友人を優先すべきだ。いぶきか、なにもないところだが歓迎しよう」

 そういう事なら。

「その都なら私もよく顔を出しているし、よければ案内しましょうか?」

「…………そうか、では、お願いしよう。

 きく、構わないか?」

「はいっ、もちろんですっ、旦那様っ!」

「じゃあ、佐渡島に遊びに行くのはその後でね」

「それでいい。……そうだ。

 兄さまの付き人ならば兄さまのところに行くといい。着物を選ぶと言っていた」

「着物?」

「宴席、ハレの舞台なら相応の服が必要だ」

「そういうものなんだ。

 この服装、変かしら?」

「似合ってはいる。

 だが、ハレの舞台にいつの服装で参加をするわけにはいかない、という事だ」

 そういうものなんだ。よく解らないわ。

 まあ、いいか。

「きくはもう選んだの?」

「はい、…………旦那様に、選んでいただきました」

 ごちそう様です。

 …………とまあ、約束一つ。けど、

 どうなるかしらね、と。……もしかしたら、約束、果たす暇もなくなるかもしれない。

「果たせない約束なんて、…………辛いだけだけどね」

 

「言仁君っ! 金剛の色っぽい着物姿が見れるってほんとっ!」

「なんでワタシ限定なんデスっ!」

 突撃していってみたら金剛に怒鳴られたわ。

 まあ、それはともかく、

「そうだよ。宴席で着る晴れ着を選ぶの。

 正装とか特にないから尊治が用意したやつだね」

「私は別に必要ないのだが」

 ぶちぶちと文句を言う長門。言仁君は苦笑。

「宴席はハレの舞台。いつもの服装っていうわけにもいかないんだよ。

 面倒かもしれないけど、ごめんね」

「いや、別に面倒というわけではない」

 と、しぶる長門。けど、

「着物デースっ! 楽しみデースっ!

 ワタシ、一回着てみたかったデースっ!」

「そうね。縁もなかったし、楽しみね」

「晴れ着ですか。……いいですね」

 代わりに、金剛と大鳳、翔鶴は嬉しそうね。

「そういえば、ひさめは?」

「さあ、どこかに遊びに行ったよ。

 それで、いぶきはどうする?」

「もちろん行くわ」

 さて、眼福期待しましょう。

 

「宴席か、……初めてだな」

「大抵の艦娘には縁がないでしょ。お花見なんて」

「いや、そういうの大切にしている提督も結構いるみたいだよ。

 深海棲艦の迎撃よりお花見を優先する代将がいたとか、……義興がぼやいてた」

「それはそれで問題だな」

 溜息をつく長門。言仁君も苦笑。

「代将だからね。

 義興曰く、代将の九割は使い物にならないって」

 なんでそんな事になってるのか。まあ、見当つくけどね。

「あ、あの、提督」

「ん?」

 もじもじと、大鳳が少し赤くなって、

「そ、その、……私、着物は初めてで、どんなのが似合うのかわからないです。

 だから、その、……提督、見繕ってはいただけないでしょうか?」

「……うーん、…………といわれてもね。僕もあんまりよくは解らないけど。それでもいい?」

「はいっ、もちろんですっ!」

 勢い良く頷く大鳳。「じゃあ、」と言仁君は悪戯っぽく微笑んで、

「僕が大鳳に似合うだろうなって思ったの選ぶからね。

 僕の好みが大鳳とあってなくても、文句言っちゃだめだよ?」

「よろしくお願いしますっ!」

 勢い良く頭を下げる。言仁君は首を傾げて「あれ?」…………解ってないわね、このお子様。

「甘いわよ、言仁君」

「え?」

「いい」ぴっ、と指を立てて「大鳳は言仁君の事が好きなのよ。好きな人が選んでくれる服、これに勝るものはあるかしら?」

 顔を赤くしてこくこく頷く大鳳。言仁君は首を傾げて「そんなものかな?」と呟いた。けど、

「ま、そういう事なら。…………大鳳、可愛いの、選んであげるね」

「はいっ」

 心底うれしそうに応じる大鳳。だからもちろん、

「テイトクーっ! ワタシのも選んで欲しいデースっ!

 大鳳ばっかりずるいデスっ! 不貞腐れちゃいますヨー?」

「わ、私もお願いします。

 あの、……提督に選んでいただいた着物、ちゃんと着こなしてみせますっ」

「うん、いいよ。

 それにしても意外だな。女の子ってそういうの気にするって思ってたんだけど」

「気にした結果がこれなのだろう」

 長門は苦笑。まあ、確かにそれが一番よね。

「いぶきはどうする?」

「私は自分で選ぶわ」

 さっさと選んで金剛達の晴れ着姿を楽しむとしましょう。

 

「…………よくぞまあ、かき集めたというか、そろえたというか」

 感心半分、呆れ半分で室内を見渡しながら呟く。

「ここまで来ると壮観だな」

 同行している長門も頷く。壮観というか。流石は南朝というべきかしら?

「…………それにしても、不思議な感じはするな」

 ぽつり、言葉。……苦笑。

「言いたい事があるなら言っておきなさい。

 言仁君がいない、今のうちにね」

「………………お見通しか」

 はあ、と溜息。

「残念ね。伊達に経験は積んでないわ」

 貴女とは年季が違うのよ。年季が、……………おばあちゃんとか言ったら殴る。

「私達、艦娘は深海棲艦を打破する為に、存在する。と思っている。

 なのに、こんなところで深海棲艦であるお前とのんびりしていていいのかと思ってな」

 長門は胸に手を当てる。溜息。

「あの都についてとやかくいうつもりはない。平穏にあるのならばそれでいいと思っている。

 だが、……己の意義を考えると、これでいいのかと思ってしまうのだ」

 苦笑。

「お前にこんな事をいうのもどうかと思うのだがな」

「ま、それは人望よ。

 それに、艦娘の存在意義ね。深海棲艦を打破する。それ、間違えているわよ」

「は?」

「艦娘はその程度の存在じゃないって事。

 ま、大抵の艦娘は誤解しているし、海軍は誤解させているんだけどね。だからそう思うのも無理はないわ。

 艦娘は、その程度の存在じゃない。貴女のその迷いは的外れよ」

「では、……私達は何のために存在しているのだ?」

「あの都にいる娘は皆それで悩んで、それぞれ必死になって回答を出している。そして、その回答に縋って生活している。

 ずるはいけないわよ? 深海棲艦がいない世界で、艦娘、長門、貴女はどうやって生きるか? 考えておきなさいね。

 あ、死にたいならそれでもいいわよ? 私が優しく殺してあげるわ」

「いや、……それは、遠慮したい。……………………って」

 苦笑、が、少ししてぎょっとした表情でこっちを見た。

「深海棲艦が、いない、世界?

 撲滅、出来るのか? 深海棲艦を?」

「…………あの都で暴れまわらないでよ?」

 そんな事したら死にたくないって言われても殺しちゃうわ。

「い、いや、流石にそんな事はしないが」

「冗談よ。解ってるわ。

 ……っていうか、長門、貴女は終わらないって思ってたの?」

「………………深海棲艦は、未知の存在だ。

 そう簡単に撲滅できるとは思っていない」

「終わらない戦争って、……地獄よね」

「…………そうだな。いや、私もどうかしていた」

「いいのよ。そうなるようにしているのだから。

 ふふ、素直ないい子ね」

 撫で撫で、……あら、払われたわ。

「子供扱いしないでもらおう」

「残念、私の方がずっと年上よ?

 言仁君たちほどじゃないけどね。……ええ、向こうで遊んでる金剛達も、ひさめも、今日初めてあったきくも、私には可愛い妹に見えるわ」

「…………お前は、何者だ?」

「そうね。……いろは型以外なら、最初の深海棲艦よ。

 そして、元は最初期の艦娘。……と、あまり深く考えないでね? 女性の年齢を考えるのは無作法よ」

「…………そう、だったのか」

「艦娘だったころの記憶なんて、――――」

 

 涙を零す、少女が一人。

 

「――――覚えていないけどね。だから、元の名前は喪失しているわ」

「そう、……か」

 気まずそうに視線をそらす長門。

「ま、その辺の事はお花見でお話が出てくるでしょうね。

 だから、今は気にせず考えておきなさい。……ふふ、深海棲艦撲滅がその存在意義なら、深海棲艦がいなくなったら自沈しないといけないわね? 艦娘は必死になって死期を早めているのかしら?」

「そういうわけではないのだが。

 そうだな、考えなければいけない事だな。すまない、いろいろ参考になった」

「そうそう、年少さんは年長さんのいう事を聞くものよ」

「…………だからと言って子供扱いはやめてくれ」

 不貞腐れたような表情が面白くて、つい、声を出して笑った。

「わ、笑うなっ」

「あははっ、……ううん、いいわ。

 私、頑張ってる娘は好きよ。貴女が私好みの女の子に成長してくれる事を祈るわ」

「それは私が遠慮する」

「ちぇ」

 残念ね、ほんと。

 

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