深海の都の話   作:林屋まつり

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五話 ― 脱線

 

「なんとかなるものですね」

 榛名は荷台に乗った保冷用のケースを運びながら呟きました。

「最初に聞いた時は、形になるとは思わなかったですけど」

 応じるのは隣にいる祥鳳です。彼女は肩を落として「疲れました」

「ふふ、そうですね」

 実際、準備はとても忙しかったです。けど、

「けど、楽しかったですね」

「…………そうですね」

 微笑して祥鳳。本当に忙しくて、移動する時間を惜しんで山の中を走り回ったりして、たまに転んだりして、本当に大変で賑やかで、楽しかった、です。

 けど、それも終わり。辺りには屋台が並び、飾り付けもほぼ終わりました。何せ宴会は明日。新田義興中将が連れてきた艦娘たちもそれぞれ担当する屋台の準備をしています。

 そう、あとは明日の宴会で迎え入れる艦娘たちがそれぞれの役割を果たすための準備だけ、榛名達のお仕事は終わりました。

 もちろん、それを目指して働いていたのですし、いろいろと無茶をしましたけど、それでも準備が問題なく終わったのはよかったです。

 ただ、

「なんとなく、寂しいですね」

 みんなで、いろいろと騒いでやった事が終わった。楽しかった分、少し、残念です。

「かもしれません」

 祥鳳も苦笑。

「私も、あのログハウスでの共同生活は楽しかったです」

「あ、榛名もですっ!

 みんなで交代してご飯作ったり、お風呂に入ったり、またやりたいですっ!」

「そうですね。……ただ、艦娘が山中で深海棲艦と共同生活って、……不思議ですね」

「何があるか解りませんねえ」

 苦笑、主様に拾われる前でしたら、夢にも思いませんでした。

 と、

「電っ」

「へ? きゃあっ」

 両手に荷物を抱えた電が、道から飛び出している木の根に躓いて転びました。やっぱりです。

 だから榛名は飛び出して、支えてあげました。

「あ、ありがとう、なのです」

「ここは山なので、足元注意です」

「了解なのですっ!」

 にこにこと笑顔で歩き出す電。ほう、と一息。

「慣れましたねえ」

「最初は榛名達もよく転びましたからね」

 榛名は、泊地から出た事がほとんどありませんでした。だから、山道を歩いた事もほとんどなくて、木の根とか、突き出した岩とかによく足を取られて転んでしまいました。

「仕方ないですね」

 祥鳳は苦笑。はい、仕方のない事です。けど、

「困ったものです。

 そんな事も、何となく楽しいって思えてしまったのですから」

 本当に、困ったものです。

 

 祥鳳と一緒にログハウスに戻りました。ここも、今夜で終わり。明日のお花見が終わったら引き上げです。

 少し、名残惜しいです。

「さて、それじゃあ、最後にここのお掃除をしましょう。

 明日はお花見で、終わったらすぐに戻りますから、尊治さんに迷惑がかからないようにしないと」

 旗艦、……もといリーダーの大和。彼女の言葉に榛名達は頷きました。

 そう、ここは主様のもの、汚したままにしてはいけません。主様にだらしのない娘と思われたら、……ショック、です。

「目標は、使う前より美しく、ですっ」

「……なんか、不思議なほど気合入ってるね」

 不思議そうな村雨。けど、

「そうですっ! きっと、主様も褒めてくれますっ!

 榛名っ、全力で頑張りますっ!」

 がしっ、と大和と手を握りました。

「……ま、まあ、まずはそれぞれの部屋のお掃除ですね。

 いくつか買った着替えとかもまとめておきましょう」

 なぜか少し困った表情の鳳翔。榛名は頷きました。

「それじゃあ、まずは自室の片づけをしましょう。

 その後はキッチンとか、準備に持ち込んだのもあるのでそこをまとめます。……ええと、重そうな物は後で正成にも手伝ってもらうので、軽いものからまとめて行きましょう」

「「「「「はいっ」」」」」

 

 と、いうわけでお片づけです。

「少し、名残惜しいです」

 同室だった名取はぽつり呟きました。はい、榛名も同感です。

 けど、

「くれは言ってました。

 主様、榛名達のために一軒家を用意してくれるそうです」

 榛名達六人、みんなが入っても十分な広さの家です。……もしかしたら、六人、ではないかもしれませんが。

 鳳翔は、大和の言っていた《波下の都》と言うところにいくかもしれません。けど、それも、いいと思います。

 もう、榛名達は好きなところに行っていいのですから。

「じゃあ、またみんなで一緒に生活できますねっ」

「そうですねっ」

 また、ここで暮らしたように、賑やかにすごす事が出来るのなら、それはそれで嬉しいですっ! 主様に感謝ですっ!

 ともかく、荷物をまとめて行きます。ここに来る時に持ってきたものはなにもなくて、ここで、いくつかの着替えなどを買っていただきました。

 それらをまとめて、……ええと、「着替えとか、どうしましょうか? 袋にでも入れておきますか」

「そうですね」

 袋にまとめて入れて、あとは名取と軽くお掃除。お花見準備の時間が多く。それ以外の時もみんなと一緒にいたので、あまり汚していません。お掃除はすぐに終わりました。

 そして、またリビングに戻ったところで、

「ここかっ!」

「あ、主様っ」

 リビングに入ってきたのは主様。彼女は興味深そうにあたりを見て、

「榛名かっ!」

「こんにちわ、主様」

「あ、……ええと、尊治、さん」

 名取は少し緊張しているみたいです。緊張する事、ないのですが。

「初仕事、大変だっただろう。ご苦労だったな、榛名、名取」

「はい、力になれたなら、榛名、嬉しいです」

「あ、あの、……どう、いたしまして」

「それで、そなたらはまだやる事があるのか?

 なければ散策する。付き合うがよい」

「えと」

 それは、少し悩みます。

 可能なら、主様にお付き合いしたいです。けど、「いいですよ」

 声、振り返るとそこには、

「大和か? 相変わらず小さいなっ!」

「小さいって言わないでくださいっ!」

 ……これ、皆さんに言われているのでしょうか?

 けど、主様は首を横に振りました。

「小さい、……それで、いいではないか。

 私は、……私はなあ、女性になってしまったのだぞっ!」

「ご愁傷様です」

 大和は合掌。ふと、

「そういえば、主様、元は男性だったのですよね。

 榛名、主様が男性だったころのお姿、拝見してみたいです」

「むぅ、……とはいえ、写真などはないがな。

 姿絵はあるが、あれは、どうなのだろう」

「あ、私、正成から印象聞いた事があります。

 なんていうか、危ないから近寄るな、っていう姿らしいです」

「あやつは人の事を何だと思っているのだ、無礼な」

 それは、榛名も予想できません。それより、

「じゃなくて、榛名。

 掃除はこちらで出来るので、尊治さんに付き合ってもらえますか? 一応、尊治さんに会場を見てもらいたいです」

「えっ? いいのですかっ?」

「はい、こちらは大丈夫です」

 

「では、行こうかっ」

「はいっ」

 主様と一緒に吉野の散策です。榛名、頑張りますっ!

「今年も、見事な桜だな。

 やはり吉野の桜は美しい」

「そうですね。榛名も、綺麗だと思います」

 本当に、見事と思います。

「榛名も桜は好きか?」

「はい、とても、美しいと思います」

 準備の最中も、何度も見入ってしまいました。

「そうか、では花見が終わった後は弘川寺にでも行ってみるか」

「弘川寺、ですか?」

 お寺?

「かの歌聖、西行法師が最期に愛した桜の地だ。

 そこの山桜は一見の価値がある。墨染桜もよいな。……あとは、聞いた話だと紅葉と桜を一度に見れる場所があるらしい。今度調べて見に行ってみるか」

「たくさん、あるのですね。

 ちょっと、どきどきします」

 こんな美しい光景が、他にもたくさん見られるのでしょうか?

「そうだな。

 私にとってはここ、吉野の桜が一番だが、そなたにとってはどこが一番かは解らぬ。だから、存分に歩いてみて回るがよい」

 えと、そう言ってくれる事、榛名、凄く嬉しいです。……けど、出来れば、

「あの、主様」

「ん?」

「その時は、……あの、主様も、よろしい、でしょうか?」

「無論だ。私もまた桜が見たくなったからな。

 榛名が傍にいるのであれば、桜もまた違った姿を見せるであろうな」

「そうですか?」

「然り、一人で桜を眺めれば過去を想い涙する事もある。正成達悪友どもとともに見れば、桜の花は酒宴を華やかに彩る。

 さて、……では、そなたとともに見る桜はどのような色に染まるか、今から楽しみだ」

 にっ、と笑顔。その笑顔は、桜の花に劣らぬほど華やかで、美しい、です。

「はいっ、榛名も主様と、いろいろなところを見て回りたいです」

「うむっ、その意気だっ!

 では、まずは吉野の踏破だなっ」

 主様はそういって、榛名の手を取って駆け出しました。

 で、榛名、こけました。

 いきなり手を引っ張られて、一緒に駆け出そうとして、地面に足を取られました。

「っと、……そなたはバランス感覚悪いな」

 で、すとん、と。

「あ、主様」

「ん?」

 えと、お、……お姫様、だっこ?

 すとん、と。気がつけば主様の腕の中にいました。

「あ、あの、……あ、主、様?」

「ふむ、こういう道を歩くのは慣れていないか。

 すまぬな、ならば手を引かれれば足を取られても仕方ない。失念していた」

 ひょい、と立たせていただきました。けど、

 主様、近くで見ると、とても整った顔立ちでした。

 凛々しくて、華やかで、……華のない榛名には羨ましいです。

 と、ともかくっ!

「えと、主様は、こういうところも慣れているのですか?」

「慣れているぞ。隠岐島をたくさんうろうろしたからなっ!

 ははははっ! 腹が減ったからそこらへんのキノコを食ったら腹壊したなっ」

「…………た、大変だったのですね」

 確か、主様。謀反人呼ばわりされて、……主様を謀反人なんて、ひどいです。

「うむっ、だが、今にして思えばそれも得難い体験だったな。

 絢爛な皇居での生活。それとは対極の、座敷牢と山中を彷徨う日々。多くの失意を得たが、…………まあ、いい経験だったな」

 主様は、困ったように苦笑。

「いい言葉が思い浮かばぬ。…………が、うむ。悪くはなかった。

 腹壊したし、怪我もたくさんした。女装したおかげで正成に指さされて笑われたり顕家に生温い笑顔をむけられたり、護良に頭抱えられたりしたがな。……いや、これは腹立たしいな。

 だが、それでも、その過去を否定はしない。忘れるつもりもないな」

「辛い過去でも、ですか?」

 忘れたい過去、ではないのですか?

「うむ、辛かろうが忘れる事だけは、絶対にしないぞ。

 なぜかわかるか?」

「…………いえ、榛名には、解りません」

 だって、榛名は、あの泊地にいた時の事、提督にひどい扱いをされた過去を、忘れたい、って思っているのですから。

 辛い過去、忘れたくないのですか?

「榛名は私の事をどう思っている?」

「ふぇっ?」

 い、いきなりそんな事を聞かれても、……えと、榛名は、

「は、榛名は、主様の事を、お、お慕いして、おります」

「ならばその過去も悪くはなかったな。

 その過去も、そなたが慕ってくれる今の私を形作っている過去だ。愛らしいそなたに慕われるのは嬉しいからな。それだけで価値のある過去だ」

「そ、……そう、ですか」

 では、……榛名は?

 ぽん、と。頭を撫でられました。

「よいよい、存分に悩め。私は話を聞くのが好きだからな。いくらでも話を聞いてやる」

 わしわしと、乱暴に撫でられました。思いやりなんて欠片もない、乱暴な仕草。けど、嬉しいです。…………ふと、意地悪な笑顔。

「だが、榛名。一つだけ命令だ。聞け」

「はい」

「否定だけはするな。

 そなたがここにいる事が、私は嬉しい。だから、そなた自身が自分を否定するな。それは、私が悲しい」

「そ、……そう、です、か?」

「過去を否定する事は自らを否定する事になる。と、いう事だ。

 祖霊信仰の基本。過去を大切にする事で過去から連なる己を蔑にしなくなる。覚えておけ榛名」

「……はい。…………あの、浅学な榛名には、まだ、難しいです。

 けど、……主様が褒めていただいた榛名を、否定だけは、しないように、します」

 主様のお言葉、ちゃんと理解できないのは、残念です。

 けど、そんなだめな榛名に、主様は笑顔を見せてくれました。

「それでよい。それで十分だ」

 笑顔をを見せてくれて、つられるように榛名も笑顔に、

「えへへ、……主様、聡明なのですね」

「んー? 確かに私は聡明だが、これは血筋ゆえ、な。

 万世一系を信仰の基盤とする皇統は祖霊信仰の極でな、皇統に属する者として、私も随分と学んだ」

 皇統、と。

「主様、皇統、なのですよね」

 かつての軍船である榛名は、当然その意味も聞き及んでいます。

 榛名では想像する事しかできない、ですが。その重「よい、昔の事だ。気にするな」

「…………はい、主様」

 確かに、主様の言う事、榛名には難しいです。……ただ、ふと、こんな事を考えました。

 皇統として生まれ、帝になるために育てられ、……けど、帝になって、謀反人扱いされて、島流しにされ、その後は戦い続けた。

 主様の過去、……たぶん、聞けば語ってくれるでしょう。

 けど、今の榛名には受け止める覚悟が、足りないです。だから、

 それ以上なにかを問いかける事もしないで、ただ、主様の手を握りました。

 

「は、……はー、疲れましたあ」

 ぽつん、とある小さな庵、と言うのでしょうか?

 ここまで来ると桜もなく、宴席の会場でもありません。

 庵で、榛名は下が汚れるのも気にせずへたり込んでしまいました。主様はまだまだ元気です。羨ましいです。

「ははっ、榛名は疲れたか?」

「…………はい、榛名、……へとへとです」

「そうか、では私も休むか。……はっ!」

「主様?」

 なにか、天啓がひらめいたように主様。どうしたのでしょうか?

「良い事を思いついたぞ。

 榛名、ちょっと、そこ、そこに背を預けよ。座るのは正座だっ、疲れるなら足を崩してよい」

「は、はあ」

 何でしょうか? ともかく、榛名は主様の示す先。年季を感じる木に背を預けて座りました。

 そして、ころん、と。

「あ、主様?」

「ん? なんだ、不愉快か?」

 榛名の太ももに頭を預けて寝転がる主様。……こ、これは、膝まくらですかっ?

「い、いえ、そんな事は、ありません」

「私も少し疲れた。このまましばし休憩だ」

「…………あの、……いえ、」

 主様、お疲れのようには見えませんでした。

 だから、きっと、

「はい、ありがとうございます」

「何に礼を言うか?

 まあよい。私が寝たら起こすのだぞ? よいな?」

 きっと、榛名に気遣ってくれた、のでしょうか? もし、そうでしたら、榛名、感激ですっ!

 ただ、それを問うのも無粋です。察しの悪い榛名にもそれくらいは解ります。

 だから、

「はい、主様。

 どうぞ、ごゆるりとお休みください」

 応じると、主様は満足そうに微笑んで、目を閉じました。……それにしても、

 ほ、本当に、元は男性、なのですよね?

 目を閉じる主様、お休みになられたのかは解りませんが。その穏やかな寝顔は、どう見ても可憐な少女のものです。

 …………主様の語る過去。それが本当とは思えません。武骨な榛名なんて足元にも及ばない。可憐な、深窓の令嬢のよう、です。……凄い、です。山を歩いていた時の快活な笑顔も魅力的でしたが、目を閉じた穏やかな表情も、とても可憐で、美しいです。

「……主様」

 ど、……どきどきします。もっと、主様に触れたい、です。

 頬に触れたら、怒られるでしょうか? か、叶うのでしたら、主様の傍らに、…………だ、だめ、です。

 今榛名が動いては、主様の休息の妨げになってしまいます。それは、してはいけません。

 ……け、けど、主様の柔らかそうな頬に、触れてみたい、です。

「主、様」

 目を閉じる主様。耳を澄ませば穏やかな呼吸。……もし、お休みの妨げになるのでしたら、……それで、主様が不愉快な思いをされたのでしたら、榛名、どんな罰でも受けます。

 だから、

「……申し訳、ございま、せん。

 榛名、……だめな、娘、です。…………ごめん、なさい」

 そっと、主様の頬に触れました。

 

「…………る、な」

 ふぇ? ……あ、えと、

 うっすらと目を開ける。…………開ける?

 あ、……榛名、寝て、まし、た?

 主様の柔らかい頬に触れて、その寝顔を拝見して、……最初はどきどきしてましたけど、慣れてくると、とても安らかな気持ちになって、それ、で、…………

 そういえば、主様から起こすように? ……あ。

 徐々に暮れゆく西日。その事を知覚して、少し困ったような笑みを浮かべる主様を見て、

 寝過ごした。そんな言葉を思い浮かべました。だから、

「……あ、…………」

「お、起きたか。可愛らしい寝顔を見せてくれた事はよいのだが。ちと、寝すぎだな」

 その言葉の意味を、完全に自覚。だから、

「も、もも、申し訳ございませんっ! 主様っ!

 は、榛名っ! 主様を起こすように言われながら、ね、ねね、寝てしまうなんてっ! ご、ごめんなさいっ!」

 はうう、榛名、失敗してしまいました。

 たくさんたくさん頭を下げました。主様からのお願いを果たせないなんて、榛名、本当にだめな娘です。

 だ、だめな娘、だから。

「あ、主様。……榛名、主様を起こす事さえ出来ないだめな娘です。

 だから、……は、榛名に、ば、罰をお与え、ください」

「…………いや、そんな深刻になるほどでもないのだが」

 あ、あれっ? なんか引かれてしまいました?

「よいよい、罰を与えるほどでもない。……が、さてどうするか。

 歩いて戻ったら日が暮れるな。夜の山をうろうろするのも楽しいのだが、榛名が一緒だと不安か」

 あ、……罰、ありません、か。…………か?

 なぜ、落胆しているのでしょうか? それは、いい事、なのに、…………ええと? きっと、主様が榛名に構ってくれる切っ掛けが無くなってしまったから?

 と、

「よし、決まった。

 榛名、これより急ぎ戻るぞ。でなければおゆはんに間に合わぬ」

「あ、は、はいっ!

 榛名、頑張りますっ!」

「いんや、頑張る必要はないぞ」

 へ? って、

「ひゃっ?」

 ひょい、と。抱き上げられました。こ、これは、お姫様だっこ、ですかっ?

「ん、む。

 ちとバランスが悪いな、榛名の方が背が高いからか? ……むぅ」

「ひゃんっ?」

 いきなりお姫様だっこをされて、あ、主様。は、榛名のお尻を撫でて、……ふぁ、だ、だめ、だめですっ! こ、こんな屋外でなんて、そ、そういうのは、ま、まずは寝室でとか、お、屋外は、も、もう少しいろいろな経験を積んで、錬度を高めてからでないとっ?

「む、……榛名」

「は、はいっ! あ、主様っ、榛名のお尻はいかがでしたかっ?」

「…………うん? いや、知らんが。

 それよりバランスが悪い、榛名、こう、榛名からも私にしがみつけ、でないと落としそうでかなわん」

「よろしいのですかっ?」

「いや、してもらわねば困る」

「で、では、失礼、し、します」

 主様に手を伸ばして、ぎゅっと、抱きつくように、

「…………榛名、前が見えぬ」

「はっ?」

 ぎゅっと抱きつきたくて、気がついたら主様のお顔を胸にうずめてしまいましたっ!

「も、申し訳ございませんっ、主様」

「…………」

 はう、主様、黙ってしまいました。怒らせてしまったでしょうか。……榛名、本当にだめな娘です。

 主様に、ば、ば、罰を与えられて、し、しまいますっ!

「榛名は思ったより胸が大きいな」

「は、榛名の胸に罰をお与えくださいますかっ?

 せ、せめて、……ほ、他の人がいないところで」

「そなたは混乱すると言う事が突拍子もないなあ。

 まあよい。……っと、よし、これでよい。では、走るぞ」

「は、え?」

「大道を敷く。八瀬がいないのが残念だが、まあよい」

 じわり、と主様の影から、……え? か、影、ですか?

 黒い、薄い、紙みたいなのが無数に伸びてきました。

「ああ、これか?

 私が稜に持ち込んだ法華経だ。魔縁になったらこういう使い方もできる。……では、行こうか」

 無数の黒い影が、真っ直ぐに伸びて行きました。

「では、行くかっ!

 吉野の宮に、咲けよ千本桜っ!」

 ぱっ、と桜の花びらが舞いあがって、とんっ、と主様はその黒い道を疾走。

「ひゃっ、わっ、わあっ!」

 凄い、速度。けど、

「ははっ! こうして夜道を行くのも楽しいなっ!

 榛名っ、離すなよっ! 落ちたら多分痛いぞっ!」

「は、はいっ、榛名、主様を離しませんっ」

 主様にお姫様だっこしていただきながら、夕暮れの空を駆けます。

「加速するぞっ!」

「はいっ」

 とーんっ、と跳躍する音。そして、着地。加速。

 今まで、主様と手をつないで歩いた吉野の道を下に、加速してかけおります。

 眼下には宴会会場で準備をする艦娘の皆さん。それも、全部あっという間に過ぎて行きます。

「うむっ、こういうのも楽しいなっ!」

「は、はいっ」

 凄い勢いで流れている眼下の光景。主様にお姫様だっこをしていただいて、風を切って駆け抜けて、

 風が心地よくて、そして、向かう先。沈みゆく太陽。……凄い、です。

「ん?」

「あ、……あの、夕日、綺麗です、ね」

「ふむ? ……そうだな」

 とんっ、と音。主様は跳躍して、着地。……本当に、

 

 胸が、どきどきします。

 

「む、あそこか?」

「はいっ」

 主様と二人きりの時間。それも、もうすぐ終わりです。

「では、落ちるぞ」

「へ?」

 お、ちる? ……ええと、主様と榛名の進む道、黒い影が、途中で途切れて、

「ある「捕まっていろっ!」は、はいっ!」

 ぎゅっと、主様に抱きついて、ふわり、と。…………榛名、落ちました。

 

 ――――そして、夜。

「主様」

「ん? なんだ? 酒に付き合うか?」

 ログハウスの傍ら、茣蓙を敷いてお酒を飲む主様。

「はい、お付き合いさせていただきます」

 そっと主様の隣に座りました。主様は首を傾げて、けど、頷く事で榛名が傍にいる事をお許しになられました。

「なかなかいい趣向の家であったな。

 こういうのも面白い。風呂もいい湯であったしな」

「はい」

 主様と一緒に入ったお風呂は、とても心地よかったです。

 …………それに、主様。とても美しかったです。本当に、元々男性なのでしょうか?

「榛名」

「あ、……は、はい、いただきます」

 杯を渡されました。受け取るとお酒を注いでいただきました。

「飲めるか?」

「はい、……あ、あまり強くありませんが」

「そうか? 明日は花見だ。無理をするなよ」

「はい」

 杯を受け取り、一口。ほう、と一息。

 美味しい、です。

「ここでの生活は楽しかったか?」

 問いに、榛名は迷いなく頷きました。

 もちろん、大変な事は多々ありました。準備はとても忙しくて、割と自由に行動する深海棲艦達と、彼女達に負けず劣らず自由な加賀を相手におろおろしたりして、

 …………けど、それも全部含めて、とても、楽しかったです。

「それで、宴会が終わったら、そなたはどうする?」

「榛名は、主様のお役に立ちたいです。

 ……その、あそこから拾ってくれた主様に、その御恩を返したい、です」

 それは、きっと建前。

 確かに、その思いもあります。けど、…………もっと単純な事で、……ただ、主様のおそばにいたいだけ、なのだと思います。

 きっと、主様はいろいろな物を見せてくれるから、主様とともにいると、きっと、楽しいから、です。

「そうか、少し安心した。

 か。…………ふむ」

「主様?」

「いや、以前にいたな? 私の会社だ。

 榛名、泊地での扱いから人を嫌いになっていると思ったが。大丈夫そうだな」

「あ」

 主様の不安は、的外れでは、ありません。

 現に、まだ、正成さんとお話しする事に抵抗があります。彼も、悪い人ではありません。口調とかは乱暴ですけど、よく榛名達の事も気にかけてくれますし、準備も、重たいものとかは率先して運んでくれたりしています。

 大和が、彼に好意を抱いているのも、解ります。…………けど、

 けど、

「いえ、……主様。

 榛名、まだ、怖い、です。……正成さんとお話しするのに、まだ、抵抗があります。正成さん、榛名達の事も気遣ってくれているのに、悪い人じゃあないって、解っているのに、……それでも、少し、怖い、って思ってしまいます」

「そうか」

「…………忘れて、いました。

 榛名、主様のお傍にいたいです。けど、それで他の人とも関わる事になるって、考えてなかった、です。

 それで、榛名、主様にご迷惑をかけてしまうかも、しれません」

 恐る恐る、言葉を紡いで感じたのは恐怖。もし、

 だめだ、と。

 もし、主様からその言葉が紡がれたら、榛名は、……きっと、…………

 こつん、と。

 榛名の額に、主様の拳が当たりました。

 殴られた。と言う感じではなくて、

「ばかもの、そんなこと気にするな。

 代わりに笑ってくれればそれでよい。そなたの笑顔が見れるのなら、多少の迷惑など安いものだ」

「あ、……ありがとう、ございます」

 笑顔、と。そう言って向けていただいたその表情が嬉しい、です。

「そうだな、人が怖い、か。

 仕方ないな、……が、榛名、それでは損をするぞ」

「損、ですか」

「人はいろいろな面を持っているからな。

 中には榛名が嫌う側面を持つ者もいよう。だが、…………ふむ、そうだな」

 主様は杯のお酒を一口。小さく笑って、

「昔話だ。

 私の部下にな、よく食事を零す者がいてな。だらしないやつだ。と嘲られていたな。

 榛名は、そういうやつは嫌いか?」

「そう、……ですね。

 榛名は、たぶん、そういう人は嫌だと思います」

 深く考えず、ただ、主様の言葉だけを聞いて応じました。主様はくつくつと笑って、

「そやつはな、零した飯を実家に持ち帰っていたのだ。

 年寄りの母親にな。貧しいやつでな、そうでもないと白米を母に食わせる事が出来なかったそうだ。

 何せ、税で得た食事だからな、勝手に持ち出す事は許されん。だが、年寄りの母親では働く事も出来ぬ。少しでも食事の足しになればとやったそうだ」

 主様は、くつくつと笑いました。

「自身はだらしないと嘲られ、やっている事は、……はて、なんであろうな。今風に言えば横領か?

 どうだ、榛名。そういうやつは嫌いか?」

 先と、同じ問い。

 けど、……もし、そんな人がいたら、榛名は、きっと、

「…………いえ、嫌いには、なれないと、思います」

 自身は貶められて、やっている事は悪い事で、

 …………けど、それでも、

 その思いは、悪い事とは、思えません。

 主様は少し乱暴に榛名を撫でて、

「妙な例だな。変な連中が多くて困る。……だがな、榛名」

「……は、い」

 熱に浮かされる、そんな気分。

 榛名を見る主様の瞳が、きらきら輝いていて、まるで、吸い込まれてしまいそうです。

「極端な例ではないぞ。

 人は醜い、人は嫌なやつも多い。だが、反面として美しくて、素晴らしいところがある。だから、榛名、怖がってもよい。私になら、好きな時に泣きついてよい。

 だから、拒絶し絶望だけはするな。それでは面白くないぞ。とりあえず、私の言う事だ。信じてみよ。

 安心しろ、正成や会社の連中なら、私が認めた者たちだからなっ、大方変だが、大体は大丈夫だっ」

「…………嫌な人は、いや、です」

 ぽつり、零れた言葉。思い出すのは榛名がいた泊地の提督。

 嫌な人は、嫌。……けど、「たわけ」

 主様は、優しく微笑みました。

「清いだけの人などただの人形。正しいだけの人などただの機械。

 それだけの人など価値はない。速やかに滅べばよい」

「そう、なのですか?」

 それなら、嫌な思いもしなくて済む、のではないでしょうか?

「美醜含め、清濁併せて、……それでこそ、人は人として素晴らしいのだ。

 先の話にもあったであろう? 親への情のため、罪を犯す。善悪が両立し、人は人としてあるのだ。私も善人ではないしな。

 そして、だからこそ面白い。素晴らしい。……実感がわかぬなら私の傍にいろ。存分に見せてやる」

「…………はい」

 主様の言葉、そして、向けられる笑顔と煌めく瞳。

 それが、凄く、……綺麗、です。

「さて、」主様は立ち上がって「花見もあるし、酒はこの位にしよう。榛名、そろそろ寝るぞ」

「はい、主様」

「長話に付き合わせたな。

 …………と、そうだ。よい機会か」

「主様?」

 よい機会? なにがでしょうか。榛名の問いに主様は、にや、と笑って、

「榛名、そなたは我が侭が足りぬ。気を使うのはよい事だが、そればかりではだめだ。

 故に榛名、これより私に我が侭を言ってみよ。私は凄いからな、大体の我が侭は聞いてやる」

「よ、……よろしいのですか?」

 主様に、我が侭を?

「代わりに、先に言ったな。私がいる間は人を拒絶するな。

 それでは惜しいからな。なに、なにかあったら私が何とかしてやる」

 力強い言葉と、きらきら輝く瞳。……ふと、榛名は悪い事を考えてしまいました。

 この輝きを独り占め、したい。って、……だから。

 

「…………で、では、お願いしたい事が、あります。

 主様、……榛名の我が侭を、聞いてください」

 

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